第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,仮差押えや仮処分(以下,併せて「保全処分」ということがある。)が後に取り消され,又は本案訴訟で債権者が敗訴した場合に,保全処分を受けた債務者が債権者に損害賠償を請求できるか,どのような損害が認められやすいか,債権者が立てた担保(供託金等)からどのように回収するかを説明するものである。
調査基準日は令和8年9月17日である。
条文はe-Gov法令検索の現行条文で確認し,民事保全規則は裁判所ウェブサイト掲載のPDFで確認した。
最高裁判所の裁判例は,裁判所HPの裁判例検索で書誌事項と全文を確認したものを挙げている。
司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年3月1日発行。以下「教材」という。)は平成25年時点の資料である。
岡口基一『民事保全・非訟マニュアル―書式のポイントと実務』(ぎょうせい,2019年。以下「岡口マニュアル」という。)は,担保からの回収,過失相殺及び消滅時効の説明に用いる。
平成26年~27年の下級審裁判例は,消費者庁の検討会資料「不当な仮差押命令に関する損害賠償請求についての近時の裁判例」(平成28年4月22日・参考資料1。国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)の保存版)に基づいて紹介する。
令和元年以降の下級審裁判例は,判例秘書で内容を確認したもの(いずれも裁判所ウェブサイト未掲載)を紹介する。
仮差押えの全体像は,仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像で説明している。
2 結論
①不当な保全処分による損害賠償責任の根拠は,民法709条の不法行為であり,債権者に故意又は過失がなければ責任は生じない。
保全処分が取り消されたこと自体から当然に責任が生ずるわけではない。
②もっとも,保全命令が異議若しくは上訴手続で取り消され,又は本案訴訟で債権者敗訴の判決が確定した場合には,特段の事情のない限り,債権者に過失があったものと推認される(最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決)。
③この推認は覆ることがある。
債務者を会社とすべきか代表者個人とすべきかが極めてまぎらわしかった事案や,遺言の解釈が分かれうる事案では,取消しや本案敗訴の一事で過失があるとはいえないとされている(同判決,最高裁判所第二小法廷平成2年1月22日判決)。
④損害の範囲については,民法416条が類推適用され,特別の事情による損害は予見可能性がある場合に限られる(最高裁判所第一小法廷昭和48年6月7日判決)。
債権の仮差押え後に第三債務者との新たな取引がなくなったことによる逸失利益について,相当因果関係が否定された最高裁判決がある(最高裁判所第一小法廷平成31年3月7日判決)。
⑤消費者庁資料が紹介する平成26年~27年の東京地裁判決7件では,保全異議の弁護士費用,仮差押解放金の調達費用・利息,自己資金の法定利率相当額等が認められる一方,不動産の売却機会の喪失,信用毀損の慰謝料,上場廃止による損害等は否定されている。
令和元年以降の東京地裁判決でも,保全異議等の弁護士費用5,303万円余りが全額認められた例や,給料の仮差押えについて慰謝料50万円が認められた例がある一方,取引の途絶による逸失利益は否定され,本案の第一審で請求債権の存在が認められた事案等では過失が否定されている。
⑥過失相殺(民法722条2項)は,債務者が通常とり得た損害拡大防止措置をとらなかった場合に問題となりうるが,保全異議を申し立てなかっただけでは過失相殺事由にならないとした裁判例がある(岡口マニュアル397頁)。
消滅時効は損害及び加害者を知った時から3年であり(民法724条1号),本案判決の確定日を起算点とした例がある(同頁)。
⑦債務者は,債権者が供託した担保について他の債権者に先立って弁済を受ける権利を有する(民事保全法4条2項,民事訴訟法77条)。
回収するには,債権者の同意書と印鑑証明書を添付するか,損害賠償請求権の存在を認める確定判決(存在確認の判決でもよく,執行文は不要)又はこれと同一の効力を有する和解調書等を得て,供託所に還付請求をする(教材107頁,岡口マニュアル397頁~398頁)。
担保が支払保証委託契約で立てられているときは,債務名義又は損害賠償請求権の存在を確認する確定判決等に表示された額を,裁判所が定めた金額を限度として銀行等から支払を受ける(民事保全規則2条1号)。
⑧債権者から権利行使催告(民事訴訟法79条3項)を受けたのに期間内に権利を行使しないと,担保取消しに同意したものとみなされ,担保から優先的に回収する機会を失う。
東京地裁では催告期間を催告書の送達を受けた日から14日としており(岡口マニュアル377頁),同書380頁が紹介する東京地裁の催告書の書式によれば,権利を行使したときは期間の満了日から5日以内に,訴状等の写しを添付した証明書を添えて申し出る必要がある。
第2 責任の根拠と過失の推認
1 民法709条による不法行為責任
民法709条は,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めている。
不当な保全処分による損害賠償も,この条文による不法行為責任として構成されている。
最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決(昭和43年(オ)第260号,民集22巻13号3428頁)は,仮処分命令が被保全権利の不存在のため当初から不当であるとして取り消された場合に,仮処分申請人に故意又は過失があったときは,民法709条により,被申請人が執行によって受けた損害を賠償すべき義務があるとした。
最高裁判所第一小法廷昭和52年10月27日判決(昭和52年(オ)第648号,集民122号167頁)も,保全処分の執行が被保全権利を欠くために違法とされた場合には,申請人に過失が認められる限り,相手方に賠償責任を負うとしている。
したがって,保全処分が取り消されたこと又は本案で債権者が敗訴したことだけで,債権者が無条件に責任を負うわけではない。
責任の有無は,①保全処分が違法であったか(被保全権利又は保全の必要性を欠いていたか),②債権者に故意又は過失があったか,③損害が発生し,保全処分との間に相当因果関係があるかによって決まる。
2 最高裁昭和43年12月24日判決の過失の推認
(1) 判決理由中の一般論
昭和43年判決は,前記の責任原則に続けて,「一般に、仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のないかぎり、右申請人において過失があつたものと推認するのが相当である。」と述べた。
これは過失を「推認」するものであり,過失を擬制するものでも,無過失責任を認めるものでもない。
保全処分は債権者の一方的な主張と疎明で発令されることが多いから,後に取り消された以上は債権者の側で特段の事情を示すべきである,という位置付けと理解できる。
同判決は仮処分の事案であるが,消費者庁資料の注1によれば,同資料は同判決を引用する平成26年及び27年の裁判例を抜粋したものであり,仮差押命令に関する損害賠償請求事件でも同判決が引用されている。
なお,同判決は民事保全法の制定前の旧民事訴訟法の下での判決である。
(2) 事案と結論(会社と代表者個人のまぎらわしさ)
昭和43年判決は,一般論に続けて,申請人がその挙に出るについて相当な事由があった場合には,取消しの一事によって当然に過失があったということはできないとし,その例として,仮処分の相手方とすべき者が会社かその代表者個人かが,相手側の事情その他諸般の事情により極めてまぎらわしい場合を挙げた。
事案は,土地の帰属をめぐる紛争で,隣地所有者が整地工事の施行者を不動産会社と判断し,その会社を相手方として仮処分を申請したが,異議手続と本案訴訟で,工事施行者が会社であるとは認められないとして敗訴したものである。
仮処分申請人は,会社の代表取締役から会社の肩書の名刺を渡され,会社名義の年賀状も受け取っていた。
最高裁は,取締役が会社の営業と競合する事業を個人として営む場合には会社の事業か個人の事業かがまぎらわしいこと等から,会社を相手方としたことには無理からぬものがあるとし,過失を認めた原判決を破棄して差し戻した。
また,仮処分の実効性を確保するには隠密性や緊急性の要請も無視できず,話合いが物別れになった段階で相手方に内部関係の信頼できる回答を期待するのは難きを強いるとも述べている。
3 推認が覆るその他の場合
(1) 最高裁昭和57年7月1日判決(法律構成に無理からぬものがあった場合)
最高裁判所第一小法廷昭和57年7月1日判決(昭和53年(オ)第608号,集民136号171頁)は,競業禁止契約の当事者でない第三者に対するパチンコ営業禁止の仮処分が,いわゆる債権侵害を理由に第三者の営業を禁止することは許されないとして取り消された事案である。
最高裁は,仮処分申請当時の諸般の事情に照らし客観的にみて,第三者も相手方として申請したことに無理からぬものがあると認められるときは,仮処分が異議手続で取り消され,又は本案で敗訴が確定しても,直ちに過失があるとはいえず,むしろ過失の推定を覆すに足りる特段の事情があると解するのが相当であるとして,過失を認めた原判決を破棄して差し戻した。
(2) 最高裁平成2年1月22日判決(遺言の解釈が分かれうる場合)
最高裁判所第二小法廷平成2年1月22日判決(平成元年(オ)第1546号,集民159号121頁)は,土地の処分禁止の仮処分の本案訴訟で申請人の敗訴が確定し,被申請人が土地を賃貸できなかったことによる賃料相当額の損害賠償を求めた事案である。
最高裁は,本案訴訟で原告敗訴の判決が確定しても,その一事をもって直ちに過失が存すると断ずることはできないとし,本案の結論が遺言の趣旨を遺贈と解するか遺産分割方法の指定と解するかにかかっており,申請人が遺産分割方法の指定と解したことは首肯し得るものであった等の事情を審理しないで過失を認めた原判決を破棄して差し戻した。
(3) 過失が認められた例
これに対し,前記昭和52年判決は,法定地上権は引き続き2年以上地代の不払がなければ消滅請求ができないことを知り又は知りうべき事情にありながら,その要件を満たさないのに賃料不払を理由に契約解除をし,解除が有効であることを前提に仮処分を申請した事案で,申請人の過失を認めた原判決を是認した。
法律上の要件を満たしていないことを知り得たのに保全処分に踏み切った場合には,推認を覆す特段の事情は認められにくいといえる。
消費者庁資料の事例5(東京地裁平成26年8月18日判決)は,処分禁止の仮処分の前提となる売買が本案で否定された事案で,売買に関する原告の意思を確認したり,代表取締役の辞任登記がされたか否かを確認しなかったとしても被告に過失があるとは認められないとして,請求を棄却したものと紹介されている。
下級審でも,推認が覆るかどうかは,申請時に債権者が知り得た事情と調査の可能性を具体的に検討して判断されている。
4 違法とされる場面(被保全権利又は保全の必要性の欠如)
保全処分が違法とされる典型は,被保全権利が存在しない場合である。
もっとも,被保全権利が存在しても,保全の必要性がないのに仮差押えをした場合にも違法とされることがある。
最高裁判所第一小法廷平成31年3月7日判決(平成29年(受)第1372号,集民261号87頁)の事案では,年間売上高が26億円から57億円程度で,現金,預金債権及び売掛金債権だけでも16億円余りの資産を有していた会社に対する債権仮差押えが,保全異議で保全の必要性がないとして取り消されていた。
原審は,この仮差押命令の申立ては当初から保全の必要性が存在しないため違法であり不法行為に当たると判断した。
最高裁は,この点には触れず,逸失利益との相当因果関係についての原審の判断を是認できないとして破棄したものである。
消費者庁資料の事例6(東京地裁平成27年2月3日判決)は,本案敗訴部分は被保全権利の不存在が確定しており,勝訴部分についても保全の必要性があったと認められないとして,仮差押え全体を違法としたものと紹介されている。
また,最高裁判所第一小法廷昭和48年6月7日判決(昭和43年(オ)第1044号,民集27巻6号681頁)は,理由中で,本案訴訟で被保全権利の不存在が確定していなくても,仮処分債権者が起訴命令を受けながら本案訴訟を提起せず,かえって自ら仮処分の執行取消申請をしたという事実があれば,仮処分は被保全権利を欠く違法なものであったと推認するのが相当であると述べている。
本案で決着がつかないまま保全処分が終わった場合でも,違法性が推認されうることになる。
債務者が起訴命令,保全異議等で保全処分を争う方法は,仮差押えを受けた債務者の対抗手段―保全異議,起訴命令,事情変更による保全取消し及び保全抗告で説明している。
第3 損害の範囲と因果関係
1 民法416条の類推適用(最高裁昭和48年6月7日判決)
前記昭和48年判決は,仮処分の執行による損害賠償請求の事案で,「不法行為による損害賠償についても、民法四一六条が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において、右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負う」とする判例の趣旨を維持した。
同判決は,上告人が主張した財産上及び精神上の損害はすべて仮処分の執行によって通常生ずべき損害に当たらず特別の事情によって生じたものであり,申請人がその事情を予見し又は予見し得た状況にあったとは認められないとした原審の判断を是認し,請求を棄却した。
この判決には,不法行為に民法416条を類推適用すること自体に反対する大隅健一郎裁判官の反対意見がある。
現行の民法416条2項は,「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」と定めている(平成29年法律第44号による改正後の文言)。
昭和48年判決は改正前の文言の下での判断である。
2 信用毀損・取引停止による損害
(1) 最高裁昭和49年3月15日判決(融通手形の振出人に対する仮差押え)
最高裁判所第二小法廷昭和49年3月15日判決(昭和47年(オ)第720号,集民111号387頁)は,銀行が,約束手形の振出人の支払銀行に対する預託金返還請求権を仮差押えした事案である。
原審は,仮差押えの疎明資料とされた報告書について,作成した係員が真実振出人の資産を調査したか甚だ疑わしく,調査したとしても安易軽率な方法によったものと推認するに難くないとして過失を認め,仮差押えにより取引銀行の信用を失い手形割引を拒否されたこと等の損害を認めていた。
最高裁は,振出人が融通手形であることを理由に支払を拒絶し,同一の被融通者に額面合計567万円余りの融通手形7通を振り出しており,被融通者が既に銀行取引停止処分を受けていたことからすると,仮差押えの有無にかかわらず金融機関が振出人を警戒,敬遠することは当然生じうるとした。
そして,信用失墜や手形割引の拒否が仮差押えの結果招来されたというためには特段の事情が必要であるとし,その認定をしないで因果関係を認めた原判決には理由不備の違法があるとして,破棄して差し戻した。
信用毀損の損害を主張する場合には,仮差押えがなくても同じ事態が生じたといえる事情がないかが問われることになる。
(2) 最高裁平成31年3月7日判決(第三債務者との新たな取引の途絶)
前記平成31年判決の事案では,債権者が,債務者の取引先百貨店(第三債務者)に対する売買代金債権を仮差押えしたが,債務者が仮差押解放金約1,497万円を供託したため,仮差押命令が第三債務者に送達された日の5日後に執行取消決定がされ,その頃第三債務者に通知された。
債務者は,仮差押えにより信用が毀損され,第三債務者との新たな取引が行われなくなったとして逸失利益等を主張し,損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を出した。
原審は,少なくとも3年分の利益を得られたとして,逸失利益等の損害合計1,522万4,244円を認めていた。
最高裁は,次の事情を挙げて,仮差押命令の申立てと逸失利益の損害との間の相当因果関係を否定した。
①債務者は第三債務者と1年4か月の間に7回取引をしたが,継続的な取引の合意はうかがわれず,取引が将来にわたって反復継続されると期待できるだけの事情があったとはいえない。
②新たな取引を行うかどうかは第三債務者の自由な意思に委ねられていた。
③金銭債権に対する仮差押命令及びその執行は,特段の事情がない限り,第三債務者が債務者と新たな取引を行うことを妨げるものではない。
④債務者は相当の売上高と資産を有する会社で,執行は送達の5日後に取り消されて第三債務者に通知されており,第三債務者が新たな発注をしない理由として仮差押えの執行を特に挙げていた事情もうかがわれない。
最高裁は,第三債務者が仮差押申立てにより債務者の信用がある程度毀損されたと考えたとしても,そのことをもって逸失利益の損害が生じたと断ずることはできないとした上で,逸失利益以外の相当因果関係のある損害の有無等について更に審理を尽くさせるため,事件を差し戻した。
取引先への仮差押えを理由に逸失利益を請求する場合には,継続的取引の合意や実績,取引が途絶えた理由として仮差押えが挙げられたことなど,因果関係を具体的に裏付ける資料が必要になる。
3 平成26年~27年の下級審裁判例(消費者庁資料)
消費者庁資料は,ウェストロー・ジャパンで昭和43年判決を引用する裁判例を検索し,平成26年及び27年の裁判例を抜粋して整理したものである(同資料注1)。
同資料によれば,各事例の概要は次のとおりである(文献番号は同資料の記載による。いずれも裁判所HPの裁判例検索の日付検索では見当たらなかった)。
| 事例 | 裁判所・判決日(文献番号) | 保全処分と経過 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1 | 東京地裁平成26年1月23日判決(2014WLJPCA01238013) | 処分禁止の仮処分(担保8,000万円),本案で債権者の請求棄却確定 | 棄却(損害不発生又は相当因果関係なし) |
| 2 | 東京地裁平成26年4月15日判決(2014WLJPCA04158007) | 仮差押え(振替社債・預金等),保全異議で取消し | 一部認容(保全異議等の弁護士報酬660万円,処分できなかったことの慰謝料30万円,損害賠償請求訴訟の弁護士報酬70万円) |
| 3 | 東京地裁平成26年6月27日判決(2014WLJPCA06278012) | 不動産仮差押え(担保120万円),保全異議で取消し | 一部認容(損害額120万円+弁護士費用12万円) |
| 4 | 東京地裁平成26年8月5日判決(2014WLJPCA08058001) | 不動産仮差押え,保全異議で取消し | 棄却(売却機会の喪失の原因が仮差押命令にあるとは認められない) |
| 5 | 東京地裁平成26年8月18日判決(2014WLJPCA8188001) | 処分禁止の仮処分,本案で債権者敗訴確定 | 棄却(過失なし) |
| 6 | 東京地裁平成27年2月3日判決(2015WLJPCA02038002) | 不動産仮差押え,解放金の供託で執行取消し,被保全債権の大部分で本案敗訴 | 一部認容(解放金の調達費用等) |
| 7 | 東京地裁平成27年2月3日判決(2015WLJPCA02038003) | 預金債権と動産の仮差押え,保全異議で取消し | 一部認容(保全異議事件の弁護士費用703万5,000円等) |
事例5の文献番号は,同資料の表記どおりに記載した。
7件のうち認容は4件,棄却は3件である。
棄却の理由は,過失なし(事例5)のほか,損害の不発生や相当因果関係の否定(事例1,事例4)であり,過失の推認があっても,損害と因果関係の立証で請求が退けられることが少なくない。
4 令和元年以降の下級審裁判例(判例秘書登載)
判例秘書で「不当な仮差押」等の語と「過失」「損害賠償」を組み合わせて検索し,仮差押えによる損害賠償が争われた東京地裁判決を確認したところ,次の4件があった。
いずれも判例秘書登載の判決であり,裁判所HPの裁判例検索で各判決日を日付検索しても該当する判決は見当たらなかった(裁判所ウェブサイト未掲載)。
| 裁判所・判決日(事件番号) | 保全処分と経過 | 結果 |
|---|---|---|
| 東京地方裁判所令和元年7月10日判決(平成29年(ワ)第36781号ほか) | 給料債権の仮差押え,本案で債権者の請求棄却確定 | 一部認容(慰謝料50万円) |
| 東京地方裁判所令和7年12月24日判決(令和2年(ワ)第25140号) | 預金債権の仮差押え,保全抗告審で取消し,本案でも債権者敗訴確定 | 一部認容(弁護士費用合計5,834万2,680円) |
| 東京地方裁判所令和7年2月25日判決(令和6年(ワ)第6735号) | 不動産仮差押え,保全異議で取消し,本案第一審は請求の大部分を認容(未確定) | 棄却(過失なし) |
| 東京地方裁判所令和6年1月25日判決(令和3年(ワ)第32830号) | 預金債権の仮差押え,保全異議の審理終結前に申立てを取下げ | 棄却(過失なし) |
(1) 過失が認められた例
令和元年7月10日判決は,新築分譲マンションの売主が,買主との売買契約を解除したとして違約金請求訴訟を提起するとともに買主の給料債権を仮差押えしたが,売主の請求を棄却する判決が確定した事案である。
同判決は,昭和43年判決を参照して過失を推定した上で,売主は自らの説明義務がないと軽信し,無効な催告を前提に解除が有効と考えたにとどまり,給料を仮に差し押さえる切迫した保全の必要性もなかったとして,過失の推定を覆す相当な事由があるとはいえないとした。
損害については,買主の退職は一身上の都合によるもので本案判決の確定から約1年後であるとして仮差押えとの相当因果関係を否定したが,仮差押命令を受けたことは名誉・信用を害するおそれがあり,月額50万円の給料のうち12万円~13万円の支払が約1年間差し止められたこと等から,慰謝料50万円を認めた(請求額は400万円)。
令和7年12月24日判決は,会社の代表者が取締役会決議を経ずに締結した保証契約に基づく保証債務履行請求権を被保全権利として,2社が会社の預金債権を仮差押えしたが,保全抗告審で被保全権利の疎明を欠くとして取り消され,本案でも2社の敗訴が確定した事案である。
同判決は,2社には被保全権利の不存在について故意又はこれに準ずる重大な過失があり,申立てに相当な事由もないとして共同不法行為責任を認めた。
損害については,金融機関からの新規案件の紹介が止まったことによる逸失利益は,代表者の行為による信用毀損等も原因と考えられるとして相当因果関係を否定した。
他方,保全異議・保全抗告の弁護士費用5,303万8,800円は全額を相当因果関係のある損害と認め,損害賠償請求訴訟の弁護士費用530万3,880円と合わせて5,834万2,680円を認容した(請求額は4億2,948万円余り)。
会社の役員・従業員である弁護士に委任していたことは弁護士費用の相当因果関係を否定する理由にならないとし,会社側の監督体制の不備を理由とする過失相殺も,2社の故意・重過失を理由に否定している。
(2) 過失が否定された例
令和7年2月25日判決は,不動産仮差押えが保全異議で被保全権利の疎明がないとして取り消され,債務者が保全異議の弁護士費用等797万円余りを請求した事案である。
同判決は,保全異議での取消しの理由は疎明の程度にとどまり,その後の本案の第一審判決(未確定)が請求債権の存在を認めて請求の大部分を認容していることから,被保全権利が存在しないのに仮差押えを得たとはいえず,少なくとも申立てに相当な事由があったとして過失を否定し,請求を棄却した。
令和6年1月25日判決は,預金債権の仮差押え後,保全異議の審理が終結する前に債権者が申立てを取り下げたため,債務者が保全の必要性を欠く申立てであったとして143万円を請求した事案である。
同判決は,債権者が債務者所有のマンションの剰余価値を100万円と推測したことに不合理な点はなく,200万円を超える剰余価値を認識できたとは認められないとして,保全の必要性の判断について過失を否定し,請求を棄却した。
5 損害項目ごとの整理
(1) 認められた損害項目
消費者庁資料によれば,認められた損害項目は次のとおりである。
①保全異議事件等の弁護士報酬・弁護士費用(事例2で660万円,事例7で703万5,000円)
②損害賠償請求訴訟の弁護士報酬・弁護士費用(事例2で70万円,事例3で12万円,事例6で合計36万円)
③仮差押えされた財産(振替社債や預金債権)を処分できなくなったことについての慰謝料(事例2で30万円)
④執行取消しに関する手続費用(事例6で4,370円)
⑤仮差押解放金を調達するために金融機関に支払った借入費用・約定利息(事例6で14万8,823円)
⑥仮差押解放金として用いた自己資金についての法定利率の割合による金員(事例6で95万5,311円)
⑦仮差押えにより期限の利益を喪失し,一括弁済を余儀なくされて約定どおりに支払った場合より高額な支払をしたことによる損害(事例6で15万3,564円。債権者にも予見し得たとされた)
事例3では,仮差押決定の内容,債務者が取得する可能性がある損害賠償請求権の担保として120万円の供託が命じられたこと等一切の事情を考慮して,保全異議を申し立てたことによる損害額を120万円とし,その1割の弁護士費用12万円を加えた132万円が認められたと紹介されている。
また,事例7の判決は,本案事件の弁護士費用として462万7,800円も認めたと紹介されているが,同事例では仮差押えと本訴提起の両方が不法行為に当たるとされている。
(2) 否定された損害項目
消費者庁資料によれば,否定された損害項目は次のとおりである。
①仮差押えされた株式が上場廃止となったことによる損害(事例2。予見可能であったとは認められない)
②不動産の売却機会の喪失(事例4。売却の機会を逸した原因が仮差押命令にあるとは認められない)
③仮差押えを懸念して買主が購入をためらったための値引き(事例6)
④慰謝料(事例6)
⑤金融機関や取引先に対する信用毀損の慰謝料(事例7)
(3) 整理
前記の最高裁判決と下級審の傾向を併せると,保全処分に対抗するための弁護士費用,解放金の調達コスト,処分できなかった資金の利息相当額など,保全処分から直接生ずる費用は認められやすい。
他方で,売却機会の喪失,取引の途絶,信用毀損といった第三者の意思決定を介する損害は,保全処分がなくても同じ結果になったのではないか,債権者に予見可能性があったかが厳しく問われ,否定されることが多い。
令和元年以降の東京地裁判決も,保全異議・保全抗告の弁護士費用を全額認める一方で,退職や取引の途絶による損害との相当因果関係は否定しており,同じ傾向にある。
ただし,消費者庁資料の事例6及び事例7では慰謝料が否定されているのに対し,令和元年7月10日判決は給料の仮差押えについて慰謝料を認めており,勤務先に仮差押命令が送達される給料の仮差押えでは,名誉・信用や生活への影響が考慮される余地がある。
預金,給料,取引債権の仮差押えは,第三債務者である銀行,勤務先又は取引先に仮差押命令が送達されるため,信用への影響が問題になりやすい。
もっとも,平成31年判決が示すとおり,金銭債権の仮差押え自体は第三債務者との新たな取引を妨げるものではないとされているから,信用毀損による損害を主張する場合は具体的な因果関係の立証が必要である。
預金・給料の仮差押えの手続は,預金・給料の仮差押え―取扱店舗の特定,差押禁止の範囲及び陳述催告で説明している。
6 過失相殺と消滅時効
(1) 過失相殺
民法722条2項は,「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と定めている。
岡口マニュアル397頁によれば,債務者が通常とり得た損害拡大防止措置をとらなかったことは過失相殺事由となりうるが,保全異議の申立てをしなかったというだけでは過失相殺事由にならないとした東京地裁判決がある。
保全異議を申し立てなかったことだけを理由に賠償額が減らされるわけではないが,通常とり得る損害拡大防止の措置をとらずに損害を拡大させた場合には,過失相殺が問題になりうるということである。
前記令和7年12月24日判決は,債務者である会社側の監督体制の不備を理由とする過失相殺の主張を,債権者側の故意・重過失を理由に否定している。
(2) 消滅時効
民法724条は,不法行為による損害賠償の請求権は,「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき」(1号)又は「不法行為の時から二十年間行使しないとき」(2号)は時効によって消滅すると定めている。
岡口マニュアル397頁によれば,不当な保全処分による損害賠償請求権の起算点について,被保全権利が存在しなかった場合は本案判決の確定日が損害を知った時に当たるとした例があり,保全命令が保全取消しによって取り消された場合は保全取消決定の確定を知った日とした例もある。
起算点は事案によって争いになりうるから,債務者としては,保全処分が取り消され,又は本案で勝訴が確定した時点で,損害賠償請求の要否を早めに検討しておくのが安全である。
消滅時効の起算点と完成猶予・更新の全体像は,消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置で説明している。
7 損害賠償請求の方法
(1) 別訴,反訴及び相殺
債務者は,債権者に対して別に損害賠償請求訴訟を提起するほか,債権者が提起した本案訴訟の中で反訴を提起し(消費者庁資料の事例7),又は損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張する(平成31年判決の事案)こともできる。
(2) 損害の一部を先に請求する場合の注意
最高裁判所第一小法廷平成20年7月10日判決(平成19年(受)第1985号,集民228号463頁)は,樹木に対する仮差押命令の申立ての違法を理由に,前訴で本案訴訟の応訴等に要した弁護士費用相当額の賠償を求め,後訴で県からの買収金の支払が遅れたことによる損害の賠償を求めた事案である。
最高裁は,両請求権は1個の債権の一部を構成するものではあるが,前訴で買収金の受領が妨害されることによる損害の発生も主張していたことなど判示の事情の下では,前訴で1個の債権の一部についてのみ判決を求める旨が明示されていたと解すべきであり,前訴の確定判決の既判力は後訴に及ばないとした。
この判決は事案に即した判断であり,同じ保全処分による損害を複数の訴訟に分けて請求すると,後の請求が前訴の既判力に妨げられるかが争点になりうる。
損害項目は,できる限り一つの訴訟でまとめて請求するのが安全である。
第4 担保(供託金)からの回収
1 担保の性質と債務者の優先弁済権
教材107頁によれば,保全命令手続では,ほぼ例外なしに債権者は担保を立てることを要する(民事保全法14条1項参照)。
民事保全法4条2項は民事訴訟法77条を準用しており,同条は「被告は、訴訟費用に関し、前条の規定により供託した金銭又は有価証券について、他の債権者に先立ち弁済を受ける権利を有する。」と定めている。
教材24頁は,担保は民事保全により債務者の被る可能性のある損害を担保する性質を有し,債務者は供託物について他の債権者に先立ち弁済を受ける権利を有し,不当な民事保全に対する損害賠償請求権の実現につき優先的な保護を受けていると説明している。
債権者が他の債権者から差押えを受けていたり,資力を失っていたりしても,担保の範囲では優先的に回収できるということである。
担保の額の決まり方は,仮差押えの担保金はいくらか―目的物の価格を基準とする算定方法,担保基準表及び立て方で説明している。
2 供託金の還付請求
(1) 還付を受ける権利を証する書面
岡口マニュアル397頁によれば,担保権利者(債務者)は,供託所に対し,直接,供託物の還付を請求する権利を有する(民事保全法4条2項,民事訴訟法77条)。
供託規則24条1項1号は,供託物の還付を受けようとする者は,供託物払渡請求書に「還付を受ける権利を有することを証する書面」を添付しなければならないと定めている。
何がこの書面に当たるかは,担保を立てた債権者(担保義務者)が還付に同意するかどうかで異なる。
(2) 債権者が還付に同意する場合
岡口マニュアル397頁によれば,債権者が還付に同意しているときは,供託物払渡請求書に債権者の同意書と印鑑証明書を添付して還付請求をする(同書は供託規則24条及び26条を挙げる)。
この同意書は,被担保債権である損害賠償請求権の存在と数額を認めるものでなければならないとされている。
供託規則24条2項1号は,払渡請求書に利害関係人の承諾書を添付する場合には,その承諾書に押された印鑑についての市町村長又は登記所が作成した証明書(承諾書の作成前3か月以内又はその作成後に作成されたもの)を併せて添付しなければならないと定めている。
(3) 債権者が還付に同意しない場合
債権者が同意しないときは,損害賠償請求権についての債務名義等を添付して,請求権の存在を証明して還付請求をする(岡口マニュアル397頁)。
教材107頁も,債務者は,保全命令の執行により損害を被ったときは,損害賠償請求権の存在を認める確定判決又はこれと同一の効力を有する和解調書等を添付して,還付請求の手続を行うことができると説明している。
岡口マニュアル398頁によれば,この確定判決は損害賠償請求権の存在を確認する判決でもよく,執行文の付与も不要である。
そのため,担保からの回収を目的とする訴訟では,給付を求める訴えのほか,損害賠償請求権の存在の確認を求める形で請求することも考えられる。
もっとも,本記事で確認した資料には請求の趣旨の書式は掲載されていないから,具体的な請求の趣旨は,担保の額や債権者の一般財産から回収する必要の有無を踏まえて事案ごとに検討することになる。
債務者は,まず損害賠償請求訴訟(又は反訴)で判決を得て確定させ,又は訴訟上の和解で損害賠償請求権の存在を明らかにしてもらう必要がある。
教材24頁は,このように確定判決等を添付して還付請求の手続を行わなければならないため,債務者がこの権利を実行することは比較的少ないとも述べている。
担保から優先的に回収できるのは,供託された担保の範囲に限られる。
損害額が担保の額を超える部分は,確定判決等に基づいて債権者の一般財産に強制執行するなどして回収することになる。
3 支払保証委託契約で担保が立てられている場合
担保は,供託のほか,裁判所の許可を得て,債権者が銀行等との間で支払保証委託契約を締結する方法でも立てることができる(民事保全法4条1項,民事保全規則2条)。
民事保全規則2条1号は,その契約の要件として,「銀行等は、担保を立てるべきことを命じられた者のために、裁判所が定めた金額を限度として、担保に係る損害賠償請求権についての債務名義又はその損害賠償請求権の存在を確認する確定判決若しくはこれと同一の効力を有するものに表示された額の金銭を担保権利者に支払うものであること。」を定めている。
岡口マニュアル398頁によれば,担保権利者(債務者)は,支払保証をした銀行等に対し直接支払請求権を有し,債務名義又は損害賠償請求権の存在を確認する確定判決等を提示して支払を請求する。
同頁は,第三者が債権者に代わって銀行等と支払保証委託契約を締結している場合でも,債務名義等は担保提供者である債権者本人を相手方とするもので足りるとして,最高裁判所第二小法廷平成11年4月16日判決(平成8年(オ)第2358号,集民193号7頁)を引用している。
同判決は,民事調停規則6条による民事執行の手続の停止にあたり,弁護士である第三者が担保提供義務者に代わって支払保証委託契約を締結した事案である。
最高裁は,この場合でも銀行等が支払を約束する債務の内容や担保権利者の権利行使の方法は担保提供義務者自身が契約した場合と異ならず,銀行等に提示すべき債務名義等は申立人本人を当事者として成立したものであることを要するとし,第三者を被告として損害賠償債務の確認を求めた訴えを確認の利益を欠くとして却下した。
保全の担保についての判断ではないが,岡口マニュアルが保全の担保の説明の中で引用していることからすると,債務者としては,契約を締結した第三者ではなく,債権者本人を相手方として判決等を得る必要がある。
また,民事保全規則2条4号は,担保権利者の申出があったときは,銀行等は契約が締結されたことを証する文書を担保権利者に交付するものであることを要件としている。
債務者としては,担保が支払保証委託契約で立てられていることが分かったら,契約の相手方である銀行等と契約内容を確認しておくことになる。
同条2号は,担保取消しの決定が確定した時又は民事保全規則17条1項若しくは4項の許可(担保の取戻しの許可)がされた時に契約の効力が消滅することを要件としている。
担保取消しが確定した後は銀行等に支払を求めることができなくなるから,次に述べる権利行使催告への対応が重要になる。
4 権利行使催告を受けたときの対応
民事訴訟法79条3項は,「訴訟の完結後、裁判所書記官が、担保を立てた者の申立てにより、担保権利者に対し、一定の期間内にその権利を行使すべき旨を催告し、担保権利者がその行使をしないときは、担保の取消しについて担保権利者の同意があったものとみなす。」と定めている(民事保全法4条2項で準用)。
教材109頁は,債権者敗訴の本案判決が確定したとき,又は民事保全の執行が取り消されたときなどに,担保権利者が権利の行使(民事保全の執行を原因とする損害賠償請求の訴えの提起等)をしないと,担保提供者はいつまでも担保金をそのままにしておかなければならないため,この催告の制度があると説明している。
東京地方裁判所民事第9部の案内(令和8年9月17日確認)では,保全事件で権利行使催告による担保取消しをするには,本案訴訟の確定(未提起の場合を除く)に加え,保全命令の申立ての取下げが必要であるとされ,申立てから供託原因消滅証明書の交付まで通常2か月程度かかるとされている。
債務者にとっては,債権者が保全命令の申立てを取り下げて権利行使催告を申し立ててきた段階が,担保から回収するための最後の機会になりうる。
催告で定められた期間内に損害賠償請求の訴えを提起するなどして権利を行使しないと,担保取消しに同意したものとみなされ,担保取消決定を経て債権者が担保を取り戻してしまう。
岡口マニュアル377頁によれば,東京地方裁判所では,催告期間を催告書の送達を受けた日から14日とし,さらに権利行使の証明書の提出期間として5日を加えている。
同書380頁が紹介する東京地方裁判所の催告書の書式によれば,権利を行使したときは,期間の満了日から5日以内に,その手続をとったことの証明書(訴状等の写しを添付したもの)を添えて裁判所に申し出る必要があり,申出がないときは権利を行使しなかったものとして処理される。
訴えを提起しただけで安心せず,証明書を添えた申出まで期限内に済ませる必要がある。
損害賠償を請求するつもりがあるなら,催告書を受け取った時点で期間を確認し,訴えの準備を急ぐ必要がある。
債権者側からみた担保取消しの3類型と手続は,仮差押えの担保(供託金)を取り戻す方法―担保取消しの3類型,簡易の取戻し及び所要期間で説明している。
5 担保取消しに同意する前の注意
民事訴訟法79条2項により,担保権利者の同意があれば担保取消しの決定がされる。
教材108頁によれば,本案訴訟で和解をする場合は,和解条項中に担保取消しに対する同意条項及び担保取消決定に抗告しない旨の合意条項を入れることが通常である。
同意すれば,担保から優先的に回収する機会はなくなる。
保全処分による損害を請求する余地があるなら,同意する前に,損害の有無と和解条項での清算の範囲を検討する必要がある。
第5 債権者側の注意点
1 被保全権利の疎明と調査
昭和43年判決の推認があるため,保全処分が取り消され,又は本案で敗訴すれば,債権者は過失がなかったことを基礎付ける特段の事情を示さなければならない立場に置かれる。
昭和49年判決の事案では,原審は,疎明資料とされた報告書の作成者が真実債務者の資産を調査したか甚だ疑わしいとして過失を認めていた(最高裁は因果関係の認定に理由不備があるとして破棄した)。
申立ての前に,被保全権利の根拠となる契約書,請求書,やり取りの記録を確認し,債務者の資産状況についても合理的な調査をしておくことが,後の損害賠償リスクを抑えることになる。
令和元年以降の東京地裁判決をみても,本案で請求債権の存在が認められた事案(令和7年2月25日判決)や,債務者の資産の剰余価値の推測に不合理な点がなかった事案(令和6年1月25日判決)では過失が否定されている。
他方,被保全権利の不存在について故意又は重大な過失があるとされた事案(令和7年12月24日判決)では,保全異議・保全抗告の弁護士費用だけで5,303万円余りの賠償が命じられており,争われた場合の弁護士費用が損害額を大きく押し上げることがある。
2 債務者の取違え
昭和43年判決は,会社と代表者個人のどちらを相手方とすべきかが極めてまぎらわしかった事案で過失を否定したが,これは申請人が名刺や年賀状から会社の事業と判断したことに無理からぬものがあった事案である。
登記事項証明書や契約書で容易に当事者を確認できるのにこれを怠った場合にまで,同様に過失が否定されるとは限らない。
同判決も,工事施行者が会社でないことを容易に知ることができる特段の事情があれば別であるという留保を付けている。
3 過大な仮差押えと保全の必要性
教材27頁は,担保額について,目的物の価格が被保全債権額よりも著しく高額となる場合には,債務者がその物を他に処分する個別具体的な危険性と他にめぼしい財産がないことを疎明しない限り,保全の必要性はないと判断される可能性が高いと説明している。
平成31年判決の事案のように,債務者に十分な資産があるのに取引先への売掛金債権を仮差押えすると,保全の必要性がないとして取り消され,損害賠償を求められることがある。
消費者庁資料の事例6のように,被保全債権の一部で勝訴しても,保全の必要性がなかったとして仮差押え全体が違法とされることもある。
4 取引先・勤務先への影響への配慮
取引債権や給料の仮差押えは,第三債務者に仮差押命令が送達されるため,債務者の信用への影響が大きい。
平成31年判決は,そのような損害についても相当因果関係を具体的に審理する立場をとったが,取引の実態や第三債務者の対応によっては因果関係が認められる余地が残る。
目的物の選択にあたっては,不動産等の他の財産で足りないかを検討する必要がある。
第6 関連記事
①仮差押えとは―要件・手続の流れ・担保・効力・解放金・担保の取戻しの全体像
②仮差押えを受けた債務者の対抗手段―保全異議,起訴命令,事情変更による保全取消し及び保全抗告
③仮差押えの担保金はいくらか―目的物の価格を基準とする算定方法,担保基準表及び立て方
④仮差押えの担保(供託金)を取り戻す方法―担保取消しの3類型,簡易の取戻し及び所要期間
⑤仮差押解放金とは―金額の決まり方,供託による執行の取消し及び債権者の回収方法
⑥預金・給料の仮差押え―取扱店舗の特定,差押禁止の範囲及び陳述催告
⑦民事訴訟の和解案・和解条項案の作り方-確認・給付・清算・執行のチェックリスト
⑧消滅時効に関するメモ書き――起算点,完成猶予・更新,経過措置
第7 出典・参考資料
1 法令・裁判所規則
①民法416条,709条,722条,724条(e-Gov法令検索)
②民事保全法4条,14条(e-Gov法令検索)
③民事訴訟法77条,79条(e-Gov法令検索)
④供託規則24条,26条(e-Gov法令検索)
⑤民事保全規則2条(裁判所ウェブサイト)
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決(昭和43年(オ)第260号,民集22巻13号3428頁)
②最高裁判所第一小法廷昭和48年6月7日判決(昭和43年(オ)第1044号,民集27巻6号681頁)
③最高裁判所第二小法廷昭和49年3月15日判決(昭和47年(オ)第720号,集民111号387頁)
④最高裁判所第一小法廷昭和52年10月27日判決(昭和52年(オ)第648号,集民122号167頁)
⑤最高裁判所第一小法廷昭和57年7月1日判決(昭和53年(オ)第608号,集民136号171頁)
⑥最高裁判所第二小法廷平成2年1月22日判決(平成元年(オ)第1546号,集民159号121頁)
⑦最高裁判所第一小法廷平成20年7月10日判決(平成19年(受)第1985号,集民228号463頁)
⑧最高裁判所第一小法廷平成31年3月7日判決(平成29年(受)第1372号,集民261号87頁)
⑨最高裁判所第二小法廷平成11年4月16日判決(平成8年(オ)第2358号,集民193号7頁)
⑩東京地方裁判所令和元年7月10日判決(平成29年(ワ)第36781号・平成30年(ワ)第18393号,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)
⑪東京地方裁判所令和6年1月25日判決(令和3年(ワ)第32830号,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)
⑫東京地方裁判所令和7年2月25日判決(令和6年(ワ)第6735号,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)
⑬東京地方裁判所令和7年12月24日判決(令和2年(ワ)第25140号,判例秘書登載,裁判所ウェブサイト未掲載)
3 裁判所等の案内
①東京地方裁判所民事第9部「担保取消しの手続」(令和8年9月17日確認)
②消費者庁「不当な仮差押命令に関する損害賠償請求についての近時の裁判例」(平成28年4月22日・参考資料1。国立国会図書館WARP保存版)
4 文献
①司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全(補正版)』(日本弁護士連合会,平成25年3月1日発行)24頁,27頁,107頁~109頁
②岡口基一『民事保全・非訟マニュアル―書式のポイントと実務』(ぎょうせい,2019年)377頁,380頁,397頁~398頁