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2024年の米国大統領候補襲撃事件2件――下院タスクフォース報告書が認定した警護の失敗(AI作成)

第1 2024年に起きた2件と,下院タスクフォース

本記事は,2024年に米国で起きた大統領候補に対する2件の襲撃事件を,米国連邦議会下院の調査報告書に基づいて整理する。

この2件は,姉妹記事暗殺された米国の現職大統領4人で扱った4件と異なり,いずれも未遂に終わっている。

しかし,警護がどこで失敗し,どこで機能したのかが,議会の調査によって具体的に認定されている点で,法制度の資料としての価値は4件に劣らない。

日本の首相・元首相の事件については,姉妹記事暗殺された日本の首相・元首相7人で扱っている。

下院は,2024年7月24日,全会一致で決議を可決し,この事件を調査する特別委員会(Task Force on the Attempted Assassination of Donald J. Trump)を設置した。

同委員会は,2024年12月5日付で,180頁の最終報告書(Final Report of Findings and Recommendations)を公表している。

委員長はマイク・ケリー下院議員(ペンシルベニア州第16区),筆頭理事はジェイソン・クロウ下院議員(コロラド州第6区)であり,委員は両党から選任されている。

報告書は,「5か月に満たない期間に,証人から聴取し,証拠を入手・分析し,ペンシルベニア州及びフロリダ州における暗殺未遂について公聴会を開いた」と述べている。

第2 2024年7月13日 ペンシルベニア州バトラー

1 事実経過

報告書の冒頭は,事実関係を次のように記述している。

2024年7月13日,ペンシルベニア州バトラーで開催された選挙運動の行事において,暗殺を企てた者がドナルド・J・トランプの生命を奪おうとした。

その銃弾は,参加者コーリー・コンペレトーレの生命を奪い,参加者デービッド・ダッチ及びジェームズ・コペンヘイバーに重傷を負わせた。

シークレットサービスのカウンタースナイパー1名と,バトラー郡緊急対応部隊(Butler ESU)の隊員1名が応射し,銃撃者を排除した。

壇上及びその付近に配置されていたシークレットサービスの特別捜査官らがトランプ前大統領を覆い,現場から搬出した。

トランプ前大統領は,生命に別状のない負傷で難を逃れた。

報告書によれば,銃撃者トーマス・マシュー・クルックスは,集会のステージに向けて8発を発射している。

2 「防ぐことができた」という結論

報告書の要旨は,結論を次の2文で示している。

第1に,「タスクフォースは,ペンシルベニア州バトラーにおける悲劇的かつ衝撃的な出来事は防ぐことができたものであり,起きてはならなかったと認定した」。

第2に,「もっとも,トーマス・マシュー・クルックスが前大統領をあわや暗殺するに至らせた単一の瞬間や単一の決定は存在しなかった」。

そして,「7月13日及びそれ以前における計画,実行及び指揮の各種の失敗と,その日に配置された人的・物的資産の実効性を損なっていた先行的な諸条件とが,重なり合って,前大統領と行事の参加者全員を重大な危険にさらす環境を作り出した」と述べている。

単一の原因ではなく,複数の不作為の重畳によって結果が生じたという認定の仕方は,日本の警察庁が安倍晋三元総理の事件について行った検証と共通する構造である。

3 認定された失敗——場所の確保

報告書が第一に挙げるのは,会場に隣接する高リスク区域を確保しなかったことである。

具体的には,アメリカン・グラス・リサーチ(AGR)の敷地及び建物群である。

報告書によれば,この区域は,主要道路に近接し,ステージへの明瞭な射線を有し,高所に位置していた。

それにもかかわらず,シークレットサービスは,警備区域とAGR敷地とを隔てるフェンス際に,シークレットサービスその他の法執行機関の検査を受けていない群衆が集まることを許した。

報告書は,警備区域の外に群衆が存在したことが,クルックスの挙動が次第に不審になっていく中で,同人を阻止することを一層困難にしたとしている。

そして,AGRの敷地を最初から確保しなかったことの帰結は,同区域が脅威を抑止するに足りるだけの監視も巡回も受けていなかったという事実によって増幅された,と評価している。

4 認定された失敗——責任分担の不明確

報告書は,シークレットサービスが州及び地方のパートナーに対し,どの機関がこの区域を担当するのかについて明確な指針を示さなかったと認定している。

その結果として何が起きたかの記述が,本件の核心である。

AGRの建物の窓に配置されていた地元のスナイパーチームは,自らの任務を群衆と会場のオーバーウォッチであると理解しており,クルックスが徘徊して準備をしていた警備区域の外については,シークレットサービスのカウンタースナイパーと巡回部隊が確保しているものと信じていた。

その誤解の結果,同チームは,窓の直下や屋根を監視する位置に配置されていなかった。

会場の反対側に配置されていた別の地元スナイパーチームは,AGRの敷地への射線を有していたが,同様に自らの担当であるとは考えず,監視をしなかった。

報告書は,人員及び資機材の不足が表明されていたのに十分に手当てされず,地上のカバーに空隙が生じたことも認定している。

「誰も担当だと思っていない区域」が生まれたという認定であり,これは複数機関が関与する警護に共通する構造的な弱点である。

5 認定された失敗——技術,通信及び情報

報告書は,当日の失敗として次の3点を挙げている。

第1に,会場の警備を補完するための技術が,数時間にわたり機能していなかった

第2に,断片化した通信構造と拙劣な意思決定により,重要な情報が関係する法執行職員に届かなかった。

報告書は,この技術と通信の機能不全が,クルックスの追跡を妨げ,介入の機会を逸させたとし,さらに,前大統領を壇上から退去させることができたシークレットサービス職員への情報の流れをも中断させたとしている。

第3に,情報コミュニティの構成員が把握していた関連する脅威情報が,集会に従事する主要な職員に対して上げられなかった。

6 認定された失敗——経験と訓練

報告書は,7月13日の失敗が行事当日やその数日前に限られたものではないとし,指揮と訓練における先行的な問題が,上記の個別の失敗が生じ得る環境を作ったと認定している。

すなわち,事前計画の役割についてほとんど又は全く経験のないシークレットサービス職員に,重大な責任が与えられていた。

報告書は,これを,当該行事が射線の問題が多い高リスクの屋外会場で開かれ,しかも長距離からの脅威に関する具体的な情報があったにもかかわらず,と留保付きで指摘している。

さらに,事前計画の重要な役割にあった一部の捜査官は,自らの責任の区分を明確に理解していなかった,としている。

第3 2024年9月15日 フロリダ州ウェストパームビーチ——阻止された事例

報告書は,バトラーの約2か月後に起きた第2の事件も調査対象としている。

2024年9月15日,フロリダ州ウェストパームビーチのトランプ・インターナショナル・ゴルフクラブにおいて,シークレットサービスの特別捜査官1名が,前大統領に先行して区域を偵察していたところ,敷地の外周フェンスのすぐ外側で待ち伏せをしていた別の暗殺企図者を発見した。

報告書によれば,同捜査官が銃撃をもって対処したところ,当該人物は現場から逃走し,その後に逮捕された。

負傷者は生じなかった。

報告書は,この事件について,「これに対し,2024年9月15日にフロリダで起きた出来事は,適切に実行された警護措置が暗殺未遂を阻止し得ることを示した」と評価している。

同じ人物に対する2か月違いの2件が,失敗例と成功例として1つの報告書に並べられている点は,警護の検証資料として珍しい。

そして,成功した側の決め手が,特別捜査官による先行しての区域偵察であったことは,日本の警護要則第11条が実地踏査を義務付けていることと重なる。

第4 シークレットサービス自身の認定

調査を受けた側であるシークレットサービスも,公式に失敗を認めている。

シークレットサービスが公表しているロナルド・L・ロウ長官代行の書面証言(2024年12月5日付,タスクフォース提出)は,次のように述べている。

「7月13日は,シークレットサービスがバトラー・ファーム・ショーの会場を適切に確保し,トランプ大統領選出者を守ることに失敗した日であった。」

「その明白な失敗(abject failure)は,シークレットサービスの運用における重大な欠落を浮き彫りにした。私は,我々が,米国民,議会及び我々の警護対象者が当然に有する期待に応えられなかったことを認識している。」

調査対象機関の長が,議会に提出する書面で「abject failure」という語を用いて自機関の失敗を認めた記録である。

第5 提言の内容

報告書は,バトラーにおける警備の失敗に直接つながった問題について25の個別提言を各節の末尾に置き,これに加えて,指揮,訓練及び機関の資源に関する11の一般提言を掲げている。

報告書は,シークレットサービスの警護任務を「失敗が許されない任務(zero fail protective mission)」と呼んでいる。

提言のうち,制度論として注目されるものを挙げる。

提言の対象内容
無線通信の記録7月13日,シークレットサービスは無線通信を記録していなかった。無線のログや録音が存在しないことは,捜査目的でも評価目的でも事後に事象を再構成する能力を著しく制限する。長官代行は今後記録するよう指示したと証言している
警備計画の所有権議会は,高い注目を集める行事の警備計画について,警備区域内の部分だけでなく全体の所有権をシークレットサービスに与えるべきである
冗長性の確保高圧の場面で運用が破綻しないよう,警備上の冗長性を実装させる監督を議会が行うべきである
意見相違のエスカレーション行事における警備上の意見の相違について,正式なエスカレーション手続を設けるべきである
警護対象者の数シークレットサービスは,警護する人数を減らすことによって利益を得られる可能性がある
捜査機能との併存議会は,シークレットサービスの捜査上の義務が主たる警護任務と実効的に併存し得るか,捜査機能が国土安全保障省内に残るべきかを検討しなければならない

最後の2項目は,日本でいえば「警察庁警備局が警護以外の任務をどこまで併有すべきか」という問いに相当し,機関の任務設計そのものに踏み込んでいる。

第6 日本の検証報告書との比較

1 認定された失敗はよく似ている

日本の警察庁が安倍晋三元総理の事件について公表した検証及び警護の見直しに関する報告書(令和4年8月25日)は,警護計画の作成過程で,遊説場所の南方向への警戒や銃器による攻撃への備えが具体的に検討されなかったこと,制服警察官の配置や交通規制が検討されなかったことなどを認定していた。

両者を並べると,認定された失敗の型が驚くほど似ている。

失敗の型米国(2024年・バトラー)日本(2022年・奈良)
射線・方向の見落としAGR敷地の高所からステージへの明瞭な射線が確保されないまま放置された遊説場所の南方向への警戒の必要性が具体的に考慮されなかった
銃器による攻撃への備え長距離からの脅威に関する具体的情報がありながら計画に反映されなかった銃器による攻撃への備えが特に意識されなかった
制服警察官・交通規制警備区域外に未検査の群衆が滞留することを許した制服警察官の配置も県道の交通規制も検討されなかった
機関間の責任分担どの機関がAGR敷地を担当するのか明確な指針が示されなかった本部警備課と警察署が署警護員の配置場所を連絡調整しないまま各々計画書を作成した
経験の不足事前計画の経験がほとんどない職員に重大な責任が与えられた前回警護を踏襲したのみで,決裁過程でも指摘がされなかった

2 検証する主体が違う

もっとも,検証の主体は対照的である。

米国では,立法府である下院が超党派の特別委員会を設置し,公聴会を開いて調査した

日本では,警護を実施した側である警察庁自身が,国家公安委員会に経過を報告しながら検証した

安倍事件の報告書は,警察庁が検証・見直しの過程で11回にわたり国家公安委員会に報告し,同委員会における議論を踏まえて作業を進めたと記している。

国会が独自に調査委員会を設けて警護の失敗を検証した例は,本記事の調査範囲では確認できなかった。

3 応答の形式が違う

応答の形式も異なる。

米国のタスクフォースは,機関に対する提言と議会自身が行うべき立法・監督に関する提言とを書き分けている。

これに対し日本では,安倍事件の後,法律の改正ではなく国家公安委員会規則である警護要則の全部改正によって対応した。

旧警護要則(平成6年国家公安委員会規則第18号)は令和4年8月26日限りで廃止され,同日,新たな警護要則(令和4年国家公安委員会規則第15号)が公布・施行されている。

米国側の提言のうち「警備計画の全体の所有権を与える」「冗長性を実装させる」「意見相違のエスカレーション手続を設ける」という3点は,日本の新警護要則が第10条(警護計画の記載事項の細分化),第3条第4項(重層的な警護),第14条(現場指揮官への権限付与)で対応している事項と,問題意識が重なる。

両国が,別々の事件を契機に,ほぼ同じ論点に到達していることになる。

なお,米国のシークレットサービスの警護対象は合衆国法典第18編第3056条(a)に法律で列挙されており,トランプ前大統領は,元大統領として同項(3)により終身の対象であると同時に,主要な大統領候補者として同項(7)の対象でもあった。

この点の詳細は,姉妹記事暗殺された米国の現職大統領4人で扱っている。

第7 出典

① 米国連邦議会下院・ドナルド・J・トランプ暗殺未遂に関するタスクフォース「認定及び提言に関する最終報告書」(2024年12月5日,全180頁)

② 米国シークレットサービス・ロナルド・L・ロウ長官代行の書面証言(2024年12月5日,同タスクフォース提出)

③ 警察庁「令和4年7月8日に奈良市内において実施された安倍晋三元内閣総理大臣に係る警護についての検証及び警護の見直しに関する報告書」(令和4年8月25日)

④ 警護要則(令和4年国家公安委員会規則第15号)及び旧警護要則(平成6年国家公安委員会規則第18号)

⑤ 合衆国法典第18編第3056条