第1 最多得票と過半数は分けて読む
2026年の東京大学総長選考では,学内意向投票の最多得票者と,総長予定者に選出された候補者が異なった。
この結果を検討するには,公式の得票数と,東京大学新聞社(以下「新聞社」という。)が実施したアンケートの回答を区別する必要がある。
東京大学の公式意向投票結果による染谷隆夫氏の得票は,次のとおりである。
割合は,それぞれ白票を含む総投票数を分母として小数第1位に丸めた。
| 学内意向投票 | 染谷氏の得票 | 総投票数(うち白票) | 総投票数に対する割合 |
|---|---|---|---|
| 第1回 | 818票 | 2155票(45票) | 約38.0% |
| 第2回 | 1107票 | 2169票(58票) | 約51.0% |
第1回の染谷氏は最多得票であるが,総投票数の過半数ではない。
第2回では総投票数の過半数を得ている。
しかし,有資格者は2583人なので,第2回の1107票を「全有資格者の過半数」と表すこともできない。
白票を除くと割合は変わるが,第1回は約38.8%,第2回は約52.4%であり,最多得票と過半数の区別は同じである。
何に対する過半数なのかを示すことが,数字を正確に伝える出発点となる。
第2 有資格者,分類対象者,回答者は同じ集団ではない
新聞社の分析記事①には,有資格者の所属構成と,アンケート回答者の分析が掲載されている。
そこで使われる人数は,集計の目的によって異なる。
| 数字 | 対象となる集団 |
|---|---|
| 2583人 | 東京大学の公式資料に記載された意向投票の有資格者全体 |
| 2205人 | 新聞社が文系・理系・学際に分類した,大学院研究科・附置研究所に所属する教員 |
| 582件 | アンケートの全回答 |
| 387人 | アンケートの回答のうち,新聞社が意向投票の有資格者からの回答とする人数 |
| 338人 | そのうち所属を明示した回答者 |
新聞社の所属分類で理系は1477人,66.98%とされる。
この割合の分母は2205人であり,全有資格者2583人ではない。
また,所属先を文系・理系・学際に分類した数字から,各人の研究分野や投票理由まで確定することはできない。
アンケートは,2026年10月1日から7日まで,Googleフォームを使って実施された。
新聞社は,紙面やXでの告知に加え,教員へのメールでも回答を募ったと説明している。
全有資格者を無作為に抽出した調査として紹介されているわけではなく,回答するかどうかによる偏りを考慮する必要がある。
回答者の所属構成が有資格者側の所属構成に近いとしても,意見まで同じ割合で集まったことにはならない。
例えば,同じ所属区分の中でも,選考に強い関心や不満を持つ人ほど回答しやすい可能性がある。
これは今回の偏りの方向や大きさを断定するものではなく,所属構成の比較だけでは解消しない限界を示すものである。
第3 藤垣氏投票層の52.1%が理系教員という数字の分母
分析記事①は,第1回意向投票で藤垣裕子氏に投票したと回答し,かつ所属を明示した48人について,理系が25人,52.1%だったと示している。
これは,アンケートに回答した特定の集団の構成である。
公式の第1回意向投票で藤垣氏が得た400票について,その投票者全体の52.1%が理系だったと確定した数字ではない。
また,候補者の研究分野だけから,支持者も同じ分野に限られると考えることの限界を示す材料にはなるが,個人の投票理由を説明する数字でもない。
記事を引用する際は,「藤垣氏の支持者の半数超が理系だった」とだけ書くより,「第1回に藤垣氏へ投票したと回答し,所属を明示した48人のうち25人が,新聞社の所属分類で理系だった」と記す方が正確である。
分母を添えるだけで,調査が示す範囲を読者が判断しやすくなる。
第4 選考結果への賛否と説明への評価は別である
新聞社の分析記事②は,藤垣氏の選出結果への評価,選考過程への評価,選考に関する説明への評価を分けて扱っている。
結果を好意的に評価することと,説明が十分だと評価することは同じではない。
逆に,説明に不満があることから,藤垣氏の選出そのものへの反対まで推定することもできない。
同記事が示す説明への否定的評価は,理系80.8%,学際75.5%,文系87.8%である。
これはアンケート回答者についての所属別集計であり,全有資格者や大学構成員全体の割合へ広げてはならない。
ここで387人又は338人をそのまま各設問の分母とみなすことも避ける必要がある。
新聞社は,所属分類の間で,選考会議の説明に対する評価に統計的に有意な差はなかったと説明している。
他方,同記事は,選考プロセスへの否定的評価の割合は理系が学際より,藤垣氏の適性への肯定的評価の割合は学際が理系より,それぞれ統計的に有意に高かったとも示している。
有意差が認められなかったことは,所属間の評価が完全に同じであることの証明ではない。
本記事は新聞社の集計結果を紹介するものであり,個票を使って検定を独立に再現したものではない。
調査の実施日は10月1日から7日までである。
その後の10月13日の部局長等会議での説明や,10月30日の追加公表を読んだ回答者の評価を測定した調査ではない。
調査期間までに示された説明に対する評価と,その後の説明によって十分になったかという問題は,時点を分けて考える必要がある。
第5 学内意向投票と会議内の投票を混同しない
東京大学の10月30日の主資料は,9月28日の総長選考・監察会議内で行った投票も説明している。
会議内の1回目の意向確認は藤垣氏7票,染谷氏4票,山本氏4票,2回目は藤垣氏12票,染谷氏2票,山本氏2票であった。
1回目の3人の合計は15票であり,16票との差の1票について,資料に記載はない。
いずれも議長を含む16人の投票である。
その後の正式な表決は,議長を除く15人による藤垣氏選出への賛否であり,賛成14票,反対1票と説明されている。
12票と14票は,同じ投票の異なる数え方ではない。
前者は候補者についての意向確認,後者は最終案への賛否という,別の段階の結果である。
学内意向投票と会議内の投票は,投票者も目的も異なる。
両者を一つの得票率として比較したり,「何回も投票した」という言葉だけから同じ投票のやり直しと判断したりすることはできない。
選出理由と制度上の位置付けは,選考結果の記事及び仕組みの記事で整理している。
第6 数字を読む際の確認事項
総長選考をめぐる数字を読む際は,次の点を確認すると,異なる数字を混同しにくい。
① 公式の投票集計なのか,回答を募ったアンケートなのか。
② 分母は有資格者全体,実投票者,特定の所属分類の対象者,又は特定の設問への回答者のどれか。
③ 所属先の分類なのか,個人の研究分野や投票理由の回答なのか。
④ 評価の対象は選出結果,選考手続,又は説明の十分さのどれか。
⑤ いつ実施された調査であり,どの公表資料までを評価できるのか。
⑥ 資料に記載された事実,資料の作成者による分析,読者自身の推論を分けているか。
公式の得票数は,誰が何票を得たかを示す。
アンケートは,回答者の支持や評価を知る手掛かりになる。
どちらも,資料が対象とする集団と時点を保って読むことが必要である。
第7 関連記事
① 東大総長選挙2026の結果―藤垣裕子氏の選出理由と意向投票(AI作成)
② 東大総長選挙の仕組み―投票資格と総長選考・監察会議(AI作成)
③ 東大総長選考2026の候補者5人を比較―所見・大学運営の方針・意向投票結果(AI作成)
第8 出典
①東京大学「総長選考の選考経緯に関する資料の公表について」(2026年10月30日)
②東京大学「意向投票結果」
③東京大学総長選考・監察会議「次期総長予定者の選考経緯について」(令和8年10月30日)
④同「令和8年度総長選考に関する説明」(10月30日公表の別添資料。R8.10.13部局長等会議資料より抜粋)
⑤東大新聞オンライン「【総長選考2026】アンケート分析① 藤垣氏投票層の半数は理系? 文系・理系・学際系の教員は誰に投票したか」(2026年10月19日)
⑥東大新聞オンライン「【総長選考2026】アンケート分析② 「選考会議への説明は不十分」文理問わず多数 文系・理系・学際系の教員は何を重視して投票し、選考プロセスをどう評価したか?」(2026年10月22日)