第1 歯の異変は事故当日に分かるとは限らない
交通事故で口元を打った後,しばらくして歯の色の変化に気付くことがある。
事故当日に歯が折れたり抜けたりしていなくても,その後の変化に注意が必要である。
一方,後から変色したという時間的な前後関係だけで,事故が原因だと断定することもできない。
気付いた時期と経過を整理し,歯科で診察を受けることが大切である。
第2 変色だけで歯髄壊死とは決められない
歯の内部には歯髄があり,外傷後の診断では,歯の色,症状,診察所見,画像,検査結果等を組み合わせて状態を判断する。
変色を見ただけで,「神経が死んだ」「必ず抜歯が必要」とは決められない。
永久歯の破折・脱臼に関する国際的な診療ガイドラインに照らせば,歯髄感覚検査は神経の反応を調べるものであり,歯髄への血流を直接測定する検査ではない。
外傷後には一時的に検査へ反応しなくなることがあるため,検査に反応しないことだけを歯髄壊死の確定的な根拠にすることはできない。
また,外傷後の歯髄腔の狭窄・閉塞は,通常,歯髄が生きていることを示すとされている。
治療の必要性や方法は,歯の損傷の種類,永久歯か乳歯か,歯根の発育状態等によって異なる。
本記事は,読者自身で歯髄の状態を診断したり,受診を先送りしたりすることを勧めるものではない。
紹介したガイドラインの対象は永久歯の破折・脱臼であり,乳歯の診療へそのまま当てはめることはできない。
第3 最初の検査と経過観察を比較する意味
同ガイドラインは,初診時のエックス線画像や写真,歯髄感覚検査の記録を,その後の経過と比較するための基準として位置付けている。
写真は,色の変化や治癒の経過を記録することにも役立つとされている。
初診時に異常が明確でなかったことと,その後の経過観察が不要であることは同じではない。
外傷後には歯髄壊死・感染,歯根吸収等の合併症が問題になることがあり,損傷の種類に応じた確認が必要である。
ただし,すべての歯の外傷に同じ検査・同じ受診間隔が当てはまるわけではない。
同ガイドラインも,経過観察の時期を損傷の種類ごとに分けて示している。
必要な画像検査や経過観察の時期は担当の歯科医師と確認し,経過観察を指示された場合は,その理由,次の受診時期,変化があった場合の連絡方法を確認しておくとよい。
第4 事故との関係を説明するために残したい記録
損害賠償の検討では,事故と歯の症状・治療との関係が問題になることがある。
次の資料を整理しておくと,事故前後の状態と診療の経過を説明する手掛かりになる。
① 口元を打った状況,事故直後の出血・痛み・歯の動揺等についての記録
② 初めて変色等に気付いた日と,その後の変化を撮影日とともに記録した写真
③ 初診時と再診時の診療録,画像,検査結果,診断・治療方針
④ 事故前の歯科治療歴と,比較できる過去の診療録・画像
⑤ 歯科医師から経過観察を指示された内容と,実際の受診経過
写真は,撮影時期や照明等の条件も分かるように保管する。
自分で撮った写真は補助資料であり,歯科での診察・検査に代わるものではない。
また,受診まで期間が空いた場合には,その理由や,その間の症状の推移も整理する。
記録が乏しいからといって直ちに事故との関係が否定されるわけではないが,後から分かった異常を事故と結び付けるには,時間の経過に加え,受傷状況や医学的所見を踏まえた説明が必要である。
第5 治療費・後遺障害は分けて検討する
歯が変色したこと,治療が必要であること,治療費を損害として請求できること,後遺障害の等級に該当することは,それぞれ検討すべき内容が異なる。
自賠責保険の歯牙障害の等級は,歯科補綴を加えた歯の数によって定められている(自動車損害賠償保障法施行令別表第二)。
変色したという事実だけから,特定の後遺障害等級やインプラント費用の全額負担が当然に認められるとはいえない。
事故との関係,治療の必要性・相当性,治療後に残る状態等を資料に即して検討する。
歯牙障害,咀嚼・言語機能の後遺障害の詳しい説明は,歯の欠損・咀嚼障害・言語障害の後遺障害等級-歯科補綴の歯数と4種の語音で説明している。
事故直後からの受診と記録の全体は,交通事故治療の流れ―事故直後の受診,検査,手術・リハビリ,治療費と症状固定を参照されたい。
第6 出典・関連記事
① Bourguignon C, et al. International Association of Dental Traumatology guidelines for the management of traumatic dental injuries: 1. Fractures and luxations. Dental Traumatology. 2020;36(4):314-330.(DOI 10.1111/edt.12578)
② IADT「Guidelines」
③ 自動車損害賠償保障法施行令(e-Gov法令検索)別表第二