第1 飼主の責任は何によって決まるか
ドッグランで他人の犬にぶつかられ,転倒してけがをした場合,飼主に損害賠償を請求できるかは,犬の管理状況,事故前後の具体的な行動,けがとの因果関係などによって判断される。
リードを外して遊ばせる施設であることだけで,飼主の管理責任がなくなるわけではない。
他方,事故が起きたというだけで飼主がすべての損害を負担するとも限らない。
ここでは,ドッグラン内で犬が人に直接衝突した事故を扱い,裁判所がどの事情を確認したかを整理する。
犬を避けて転倒した非接触事故は,犬を避けて転倒した事故の損害賠償――飼主・散歩者・自転車運転者の責任と証拠で説明している。
1 民法718条の動物占有者責任
民法718条1項は,動物の占有者について,その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を定めている。
ただし,動物の種類及び性質に従い,相当の注意をもって管理をしたときは免責される。
同条2項は,占有者に代わって動物を管理する者にも責任を定めている。
したがって,犬の登録上の所有者だけを確認して終わらせず,事故当時,誰が犬を連れてきて,どのように管理していたかを確かめる必要がある。
請求の検討では,管理者,犬の行動,接触・転倒の経過,受傷及び損害を順に整理する。
2 事故の発生と免責の判断を分ける
大阪高裁令和7年6月18日判決(令和7年(ネ)第351号)は,占有者が犬の種類・性質に従って相当の注意をもって管理したことを主張・立証すれば免責されるという枠組みを示している。
その注意は通常払うべき程度のものであり,異常事態に対処し得る程度の注意義務まで課すものではないとしている。
もっとも,通常どのような注意が必要かは,犬の体格,興奮の程度,他の犬や人との位置関係,事故前の危険な動き,飼主がそれを認識していたかなど,具体的な状況によって判断される。
第2 ドッグランでも犬の管理が必要である
1 リードを外せることと管理責任は別である
大阪高裁判決は,ドッグランをリードを外して自由に走らせることのできる施設としつつ,飼主の適切な管理下にある犬の利用が想定されているとして,施設の性格から通常払うべき注意義務が軽減されるものではないと判断した。
この判断は,ドッグランでは常にリードを付けなければならないという意味ではない。
犬の動きを見守るだけで足りる状況か,呼び戻し,リードを付ける,一時的に退場させるなどの対応を必要とする状況かを,事故前の経過から検討するということである。
2 危険な動きを見た後の対応が問題になる
犬が人に衝突しそうになる場面が事故前にあった場合,その後も追い掛けっこを続けていたか,飼主は見ていたか,制止する行動を取ったかが重要になる。
単に「温厚な犬だった」「普段は命令に従う」と説明するだけでは,事故当時の管理状況は明らかにならない。
第3 裁判例が重視した具体的な事情
1 大阪高裁令和7年6月18日判決
この事案では,体重約28キログラムの犬がドッグラン内で他の犬を追い掛け,人に衝突して転倒させた。
裁判所は,事故前にも衝突しそうになった場面を飼主が見ていたことや,犬が遊びに夢中になっていた状況を検討している。
その上で,リードを付ける,一時的に退場させる,犬のところへ駆け付ける,口頭で制止を試みるといった行動がうかがわれないなどとして,飼主が通常払うべき注意を尽くしたとは認めなかった。
一方,被害者についても,背後から走ってくる可能性のある犬に対する警戒をしていなかったなどの事情から,2割の過失相殺をしている。
飼主の責任を認めたことと,被害者側の行動を評価することは,別の判断として行われている。
2 神戸地裁平成28年12月26日判決
神戸地裁平成28年12月26日判決(平成27年(ワ)第1105号)の事案では,ドッグラン内で2頭の大型犬が相前後して被害者の右膝付近に衝突した。
裁判所は,各飼主が犬の動きを監視し,必要に応じて制御すべき状況などを検討し,飼主らの責任を認めている。
被害者についても,犬の興奮に気付いて子どもに避難を促していたことや,夫の助力を期待できたことなどの具体的事情を検討し,一定の不注意があったとして2割の過失相殺をした。
ただし,被害者の位置が小型犬専用エリアから離れていた上,同エリアは飼主の退避スペースとして設けられたものでもないとして,そこへ避難しなかったこと自体を被害者の落ち度とはしなかった。
3 2割という数字を相場にしない
以上の2件では,いずれも被害者側の過失が2割とされた。
しかし,同じくドッグラン内で起きた事故だから同じ割合になるわけではない。
民法722条2項は,被害者に過失があったとき,裁判所がこれを考慮して損害賠償額を定めることができると定めている。
比較すべきなのは数字だけでなく,犬が近づく方向や速度,事前の危険な動き,飼主が取れた対応,被害者が犬の接近に気付けたかなどである。
大型犬エリアに立ち入ったという一事だけで,一定の過失割合を当てはめることはできない。
第4 けがとの因果関係と後遺障害を確認する
1 事故から診断までの時間だけで決めない
大阪高裁判決では,事故約4か月後のMRIで損傷が疑われた左棘上筋について,その部分損傷と事故との因果関係も争われた。
裁判所は,初診時の左肩の違和感,症状の推移,画像所見,損傷の程度,事故時に加わった外力及び事故前の状況を検討して,事故との因果関係を認めている。
この事例から,診断が遅れれば常に因果関係が認められるとはいえない。
反対に,事故当日に強い肩痛を訴えていなかったという一つの事情だけで,後に確認された損傷を事故と無関係と決めることも適切ではない。
初診記録から診断に至る経過を具体的に確認することが重要である。
2 傷病名と残った機能障害を分ける
同判決は,肩の他動外転可動域などを検討し,残存した機能障害を12級6号に相当するものと評価した。
これは犬の事故について裁判所が民事損害賠償上の評価をしたものであり,自賠責保険が等級を認定した事例ではない。
肩に関する医学資料と事故起因性の整理は,交通事故による腱板断裂―事故起因性,既存変性,MRI所見,後遺障害等級及び立証資料も参照されたい。
ただし,犬の事故に自動車事故の保険制度が当然に適用されるという意味ではない。
第5 事故後に整理する資料
請求や相談の準備では,次の資料を事故時からの時系列で整理すると,争点を把握しやすくなる。
① 事故の日時・場所,犬の飼主と当時の管理者,連絡先
② 犬の体格,頭数,走っていた方向,人や犬の位置を示す写真・動画・見取図
③ 衝突前にも危険な動きがあったか,呼び戻しや制止があったかを具体的に記したメモ
④ 同行者,他の利用者,施設職員など,その場にいた人の説明
⑤ 初診記録,診断書,画像検査,通院・リハビリの記録
⑥ 治療費等の領収書,休業や仕事上の支障を示す資料
施設へ映像等の確認を求めるときは,対象の日時と場所を具体的に伝え,記録が残っているかを確認する。
本人の記憶,他の人から聞いた説明,実際の映像で確認できる事実を分けておくことも大切である。
損害額を検討する際は,けがの程度に加え,治療経過,休業の必要性,残った機能障害,仕事への具体的な影響を区別する。
判決に記載された賠償額を,そのまま自分の事故の見込額として用いることはできない。
第6 よくある質問
1 ドッグランだから自己責任なのか
施設の性格だけで,犬を管理する人の責任がなくなるわけではない。
紹介した裁判例でも,ドッグラン内であることを踏まえた上で,飼主の具体的な管理状況と被害者側の行動を検討している。
2 犬にかまれていなくても請求を検討できるか
紹介した2件は,犬が人に衝突して負傷させた事案である。
咬傷の有無だけで判断せず,犬の行動と接触・転倒,受傷,損害とのつながりを確認する。
3 過失割合は被害者2割で決まるか
決まらない。
2件の具体的事案での判断であり,被害者に過失があるか,その程度はどうかを,それぞれの証拠から検討する必要がある。
4 後から肩の損傷が分かった場合はどう整理するか
事故前の肩の状態,初診時の訴え,受傷状況,検査日と所見,症状の変化,治療経過を並べる。
事故の映像と初診記録の説明が食い違う場合などには,その違いも含めて確認し,診断名や検査結果だけを切り離して説明しないことが重要である。
第7 出典・参考資料
2 大阪高裁令和7年6月18日判決・令和7年(ネ)第351号・損害賠償等請求控訴事件(裁判所公開原文)。
管理責任は9頁~10頁,過失相殺は10頁~11頁,受傷との因果関係は11頁~15頁,後遺障害の評価は16頁を参照。
3 神戸地裁平成28年12月26日判決・平成27年(ワ)第1105号(裁判所公開原文)。
飼主側の管理状況は9頁~11頁,過失相殺は11頁~12頁を参照。