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交通事故後にMRIで腱板断裂が見つかっても,「画像に断裂があること」と「その断裂が事故で生じたこと」は同じ問題ではありません。腱板断裂には外傷性,変性性及び両者が重なるものがあり,無症候性断裂もあります。事故態様,事故前後の症状,初診所見,画像の撮影時期,慢性変化及び治療経過を時系列で評価する必要があります。
目次
第1 腱板断裂の基礎
腱板は,肩甲下筋,棘上筋,棘下筋及び小円筋の腱からなり,上腕骨頭を肩甲骨側に引き付け,肩関節を安定させます。断裂には部分断裂と完全断裂があり,症状は夜間痛,運動時痛,筋力低下及び運動障害等です。
日本整形外科学会の一般向け解説は,明らかな外傷によるものは半数で,残りは明確な原因がなく日常生活動作の中で生じると説明しています。また,MRIで腱板部の断裂所見を確認できる一方,断裂があっても保存療法で症状が軽快する例があるとしています。
したがって,「事故後のMRIに断裂」とだけ記載しても事故起因性の立証は完成しません。
第2 事故起因性を判断する資料
事故で腱板断裂が生じたか,既存の断裂が症候化又は増悪したかを検討するときは,少なくとも次の事情を時系列表にします。
- ① 衝突方向,速度変化,物損の程度,シートベルト,転倒及び肩の直接打撲
- ② 腕を伸ばして手をついたか,肩をひねられたか等の受傷機転
- ③ 事故直後からの肩痛,挙上困難,筋力低下及び夜間痛
- ④ 初診日,初診時の主訴,圧痛,筋力及び可動域
- ⑤ 事故前の肩症状,通院歴,スポーツ,職業負荷及び利き手
- ⑥ X線,超音波及びMRIの撮影日並びに所見
- ⑦ 注射,リハビリ,手術及びその反応
2018年版赤い本講演録の整形外科医講演は,物損・受傷機転,年齢・既往歴,初診時の痛み・圧痛,画像時期,経過及び後遺障害診断書の信頼性を挙げています。ただし,同講演は実際の事例部分に私見を含むと明示しており,確立した判例基準ではありません。
第3 MRIその他の画像所見
急性肩痛で身体診察上腱板断裂が疑われ,単純X線が陰性又は判然としない場合,American College of RadiologyのAppropriateness Criteriaは,造影なし肩MRI及び肩超音波を通常適切な次の検査としています。
画像では,断裂の部位,部分断裂か全層断裂か,断裂幅,断端の退縮,筋萎縮,脂肪浸潤,上腕骨頭の上方化,肩峰下腔の狭小化,骨棘及び骨硬化等を確認します。骨棘・骨硬化,筋萎縮及び脂肪浸潤は慢性経過を示唆することがありますが,一つの所見だけで断裂時期を断定できません。
医学研究では,脂肪浸潤・筋萎縮は慢性断裂との関連が検討されています。他方,2024年の経時的MRI研究は,脂肪浸潤が断裂後早期に生じ得る一方,筋萎縮は慢性経過で進行する可能性を報告しており,「事故後1~2か月で脂肪変性があれば必ず事故前から存在した」と機械的に断定することは避けるべきです。
第4 既存変性と事故による発症・増悪
腱板断裂は加齢とともに増え,痛みのない断裂も少なくありません。一般住民664人を超音波で調べた研究では,全層断裂は22.1%で,そのうち無症候性が65.3%でした。年代別有病率は20~40歳代0%,50歳代10.7%,60歳代15.2%,70歳代26.5%,80歳代36.6%と報告されています。
この疫学は,個別被害者の断裂が事故前から存在したことを直接証明するものではありません。事故前に無症状で就労・生活していたこと,事故直後から症状が連続したこと,受傷機転が整合すること,急性所見と慢性所見の程度等を総合します。
事故前から変性又は無症候性断裂があったとしても,事故によって新たに断裂が拡大した,症状が発現した又は機能が悪化した可能性は別途検討します。「既存変性があるから因果関係はない」と「画像に断裂があるから全損害が事故原因である」の双方が短絡です。
第5 治療経過と症状固定
治療は,症状,断裂の大きさ,年齢,活動性及び筋力低下等により,薬物・注射・運動療法等の保存療法と手術を選択します。症状固定時期は「事故後6か月」のような一律の期間ではなく,治療選択,手術の有無,リハビリ及び回復経過により判断します。
2018年講演録には,肩関節の可動域制限評価には半年では短く,1年から2年程度の経過観察を要するとの講演者見解があります。これは個別診療を代替する固定基準ではありません。主治医が治療効果と残存症状を医学的に評価した時点を基礎とします。
第6 後遺障害等級と可動域測定
腱板断裂後の後遺障害では,肩関節の機能障害,疼痛・筋力低下等の神経症状及び手術後の状態等が問題となり得ます。等級は病名だけで決まらず,器質的損傷と症状の整合性,治療経過,可動域測定及び日常・就労上の支障を確認します。
厚生労働省の労災障害等級認定基準は,関節の機能障害について,原因を無視して角度だけを機械的に測定しても労働能力低下の資料にできないとし,主要運動・参考運動,健側との比較及び測定誤差を踏まえる方法を示しています。これは労災基準であり,自賠責の個別認定を直接決める資料ではありませんが,測定の考え方を確認する公的資料です。
測定時は,自動・他動の別,疼痛による制限か器質的制限か,健側にも障害がないか,測定姿勢及び複数回の整合性を確認します。
第7 収集すべき立証資料
- ① 事故状況図,写真,ドライブレコーダー,車両修理見積書及び実況見分調書等
- ② 事故前の健診・診療記録,勤務・スポーツ歴及び肩症状の有無を示す資料
- ③ 救急搬送記録,初診診療録,看護記録及び問診票
- ④ X線,超音波,MRIの画像データ及び放射線科読影報告書
- ⑤ 整形外科医の診断,受傷機転に関する意見及び治療計画
- ⑥ 関節可動域,筋力検査,徒手検査及びリハビリ経過
- ⑦ 手術記録,術中写真,病理所見及び術後画像
- ⑧ 後遺障害診断書並びに仕事・家事・睡眠等の具体的支障
MRI画像そのものを専門医に読影してもらい,診療録の記載と照合することが重要です。読影報告書の短い結論だけで断裂時期又は事故起因性を確定しないようにします。
第8 出典と証拠上の限界
- ① 日本整形外科学会「肩腱板断裂」(2026年9月27日確認)
- ② ACR Appropriateness Criteria: Acute Shoulder Pain(急性肩痛の画像選択)
- ③ Minagawa et al., Prevalence of symptomatic and asymptomatic rotator cuff tears in the general population, J Orthop. 2013.
- ④ Matsumura et al., Quantitative evaluation of natural progression of fatty infiltration and muscle atrophy in chronic rotator cuff tears, JSES Int. 2024.
- ⑤ 厚生労働省「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準」
- ⑥ 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準2018年版下巻(講演録編)』45頁以下(「肩関節~腱板断裂を中心に~」)。実際の事例に関する部分は講演者の私見を含む。
本記事は一般的な資料評価の整理であり,個別事故の医学的診断又は事故起因性を断定するものではありません。本記事作成時に,腱板断裂の事故起因性を直接判断した裁判例について網羅的な判例データベース検索は実施していません。
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