第1 この記事の対象
1 規程の文言が認定と処分を左右する
職場でハラスメントの申告があったとき,会社は,事実を確かめた上で,就業規則やハラスメント防止規程の定義に当てはめ,注意指導又は懲戒処分を検討する。
その際,規程の定義が法令や厚生労働省の指針と違う言葉で書かれていたり,既に廃止した規程を引用していたりすると,認定や懲戒事由への当てはめが難しくなる。
本記事は,就業規則と付属規程のハラスメント条項について,定義,引用している法令・規程,懲戒事由との対応及び令和8年10月1日施行の改正への対応を点検する手順を整理するものである。
個別の規程が有効か,特定の懲戒処分が相当かは,事業場の規程の全体,周知の状況及び具体的な事実に即して判断する必要がある。
2 基準日と資料
本記事は,令和8年10月16日現在の法令,厚生労働省の指針及びモデル就業規則に基づく。
モデル就業規則は,令和7年12月版と平成30年1月版を比べて用いる。
第2 定義の新旧を照合する
1 法令と指針の三つの要素
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「労働施策総合推進法」という。)31条1項は,事業主に対し,職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されることのないよう,雇用管理上必要な措置を講ずることを義務付けている。
同条は,令和8年10月1日に施行された令和7年法律第63号による改正の前は,30条の2であった。
厚生労働省のパワーハラスメント指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は,職場のパワーハラスメントを,①優越的な関係を背景とした言動であって,②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境が害されるものであり,①から③までの要素を全て満たすものとしている。
同指針は,同僚又は部下による言動であっても,行為者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており,その協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの等は,優越的な関係を背景とした言動に含まれるとしている。
2 モデル就業規則の定義の変化
厚生労働省のモデル就業規則の令和7年12月版の第12条は,「職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。」と定めている。
これに対し,平成30年1月版の第12条は,「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景にした、業務の適正な範囲を超える言動により、他の労働者に精神的・身体的な苦痛を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない。」としていた。
平成30年1月版の解説は,平成24年3月に厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が取りまとめた提言の概念整理を参考として掲げており,同版の定義はこの整理に沿うものと考えられる。
古い時期に作った就業規則に「優位性」「業務の適正な範囲」等の言葉が残っている場合は,現行の三つの要素と照らし合わせ,意味の違いが生じていないかを確かめる。
3 「継続的に」等の独自の要件
平成30年1月版の解説は,何が業務の適正な範囲を超えるかの具体的な判断について,行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分があるとしていた。
現行の指針も,業務上必要かつ相当な範囲を超えたかの判断に当たり,言動の態様・頻度・継続性等の様々な要素を総合的に考慮するとしている。
これらは考慮する要素であり,言動が継続していることをパワーハラスメントの成立に欠かせない要件とするものではない。
就業規則の禁止条項や懲戒事由が,継続的に誹謗中傷する等の形でパワーハラスメントを定めていると,一回の大声での叱責や威圧的な言動に懲戒処分をするときに,その条項には当てはめにくくなる。
その場合は,粗暴な言動の禁止や互いの人格の尊重といった服務規律の条項への違反として構成できるかを別に検討し,次の改定の機会に条項の文言を指針に合わせることを検討する。
第3 引用している法令・規程を確かめる
1 廃止・改称した規程の引用
パワーハラスメントとセクシュアルハラスメントの防止規程を一本のハラスメント防止規程にまとめ直したときは,就業規則の禁止条項や懲戒事由が旧規程の名称を引用したまま残っていないかを確かめる。
引用先が存在しない規程になっていると,どの定義を適用するかについて争いの種になるため,現行の付属規程の名称と条番号に改める。
2 令和8年10月1日の条番号の移動
令和7年法律第63号による改正が令和8年10月1日に施行され,パワーハラスメントの措置義務は労働施策総合推進法30条の2から31条へ,妊娠・出産等に関するハラスメントの措置義務は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」という。)11条の3から15条へ,それぞれ条番号が移った。
セクシュアルハラスメントの措置義務(男女雇用機会均等法11条)及び育児休業等に関するハラスメントの措置義務(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律25条)の条番号は変わっていない。
モデル就業規則の令和7年12月版の解説は,施行前の条番号(労働施策総合推進法第30条の2,均等法第11条の3)を記載している。
解説の記載を写して規程や社内資料を作るときは,現行の条番号に読み替える。
第4 禁止条項と懲戒事由を対応させる
1 懲戒の種別・事由の定めと周知
最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決(平成13年(受)第1709号,フジ興産事件)は,「使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」とし,就業規則が拘束力を生ずるためには,「その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する」とした。
労働基準法89条9号は,表彰及び制裁の定めをする場合においては,その種類及び程度に関する事項を就業規則に記載するよう求めている。
パワーハラスメント指針も,就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において,パワーハラスメントに係る言動を行った者に対する懲戒規定を定め,その内容を労働者に周知・啓発することを,対処方針を定めて周知していると認められる例に挙げている(4(1)ロ)。
モデル就業規則の令和7年12月版の第68条は,第11条から第15条までに違反したときをけん責・減給・出勤停止の事由とし,第12条から第15条までに違反し,その情状が悪質と認められるときを懲戒解雇の事由としている。
自社の就業規則でも,ハラスメントの禁止条項と懲戒事由の各号が条番号で対応しているか,付属規程の違反が懲戒事由に含まれているかを確かめる。
2 付属規程の「懲戒処分を行う」と懲戒しない措置
ハラスメント防止規程が,ハラスメント行為が認められた従業員には就業規則に基づいて懲戒処分を行うと定めている場合に,軽微な事案で懲戒処分ではない書面の厳重注意にとどめるときは,懲戒処分の要否を検討した結果と理由を記録しておく必要がある。
記録がないと,規程に従った対応をしなかったと受け取られるおそれがある。
パワーハラスメント指針が,行為者に対する措置を「必要な懲戒その他の措置」と表現していることも参考に,規程を改める機会には,懲戒処分以外の注意指導を選べることが分かる書き方にしておく方法が考えられる。
3 同僚間・部下から上司への言動
平成30年1月版のモデル就業規則の解説は,パワーハラスメントが上司から部下への言動に限られず,先輩・後輩間や同僚間,部下から上司に対して行われるものもあり,こうした行為も含める必要があるとしていた。
現行の指針も,同僚又は部下による言動が優越的な関係を背景とした言動に当たる場合を示している。
規程に同僚間の行為も含むと明記していても,定義が優越的な関係を要件としているなら,その要件の確認は必要である。
優越的な関係が認められない同僚間の言動については,その他のハラスメントの禁止(モデル就業規則の令和7年12月版の第15条)や服務規律の条項で扱えるよう,受け皿となる条項を確かめておく。
同僚間の事案の進め方は,同僚間のパワハラが疑われたときの会社対応―優越的な関係,事実調査,暫定分離,厳重注意及び配置転換(AI作成)で説明している。
第5 令和8年10月1日施行の改正に合わせて足す事項
1 カスタマーハラスメント
令和8年10月1日から,事業主は,顧客,取引の相手方,施設の利用者等の言動であって,労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されることのないよう,相談体制の整備,抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない(労働施策総合推進法33条1項)。
労働者が相談したこと等を理由とする不利益な取扱いも禁じられている(同条2項)。
就業規則や付属規程には,会社としての対応方針,相談窓口及び相談者に対する不利益取扱いの禁止を加えることが考えられる。
具体的な整備項目は,令和8年10月1日施行のカスハラ対策義務化―全事業主が整える10項目(AI作成)で説明している。
2 求職者等に対するセクシュアルハラスメント
同日から,事業主は,求職者等の求職活動等において行われる自社の労働者による性的な言動により求職活動等が阻害されることのないよう,相談体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない(男女雇用機会均等法13条1項)。
採用選考等で従業員が求職者等と接する場面を想定し,禁止条項の対象に求職者等への言動を含めるかを確かめる。
第6 規程を改めるときの手続
1 意見聴取・届出・周知
常時10人以上の労働者を使用する使用者は,就業規則を変更した場合にも行政官庁に届け出なければならない(労働基準法89条)。
変更について過半数組合又は過半数代表者の意見を聴き,届出にはその意見を記した書面を添付する必要がある(同法90条)。
変更後の就業規則は,掲示,備付け,書面の交付等の方法で労働者に周知させなければならない(同法106条1項)。
付属規程も就業規則の一部として扱われ得るので,就業規則本体と別の手続で足りると考えない方がよい。
別規程の位置付けは,就業規則とは―記載事項・作成届出・周知・変更・懲戒の基本(AIリライト)で説明している。
2 労働契約上の効力と変更の時期
労働契約法7条は,使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には,労働契約の内容はその就業規則で定める労働条件によるとしている。
就業規則の変更により労働条件を変更する場合は,変更後の就業規則の周知と変更の合理性が求められる(同法10条)。
懲戒事由を改めた場合も,変更前の行為には,変更後の条項ではなく行為時の条項を当てはめる。
モデル就業規則の令和7年12月版の解説も,就業規則に懲戒規定を設ける前にした労働者の行為について,さかのぼって懲戒処分をすることはできないとしている。
懲戒処分は,行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,権利の濫用として無効となる(労働契約法15条)。
第7 点検表
| 点検項目 | 確認すること | 見直しの例 |
|---|---|---|
| 定義 | 優越的な関係,業務上必要かつ相当な範囲及び就業環境の三つの要素で書かれているか | 「優位性」「業務の適正な範囲」等を現行の語に改める |
| 独自の要件 | 「継続的に」等,指針にない成立要件を加えていないか | 考慮要素と成立要件を分ける |
| 引用先 | 廃止・改称した規程や改正前の条番号を引用していないか | 現行の規程名と条番号に改める |
| 懲戒事由 | 禁止条項の違反が懲戒事由の号と対応しているか | 条番号で対応させ,付属規程の違反も含める |
| 措置の選択 | 懲戒処分以外の注意指導を選べる書き方か | 懲戒その他の措置を講ずる等の表現にする |
| 対象者 | 同僚間,部下から上司及び求職者等への言動を含むか | その他のハラスメントの受け皿を置く |
| 改正対応 | カスタマーハラスメントと求職者等へのセクシュアルハラスメントの方針と窓口があるか | 方針,窓口及び不利益取扱いの禁止を加える |
| 手続 | 意見聴取,届出及び周知を終えたか | 変更日と周知の方法を記録する |
第8 関連記事
①就業規則の作成・届出・周知と懲戒の基本は,就業規則とは―記載事項・作成届出・周知・変更・懲戒の基本(AIリライト)
②ハラスメントの種類と事業主の措置義務は,職場のハラスメント防止-種類・事業主の措置義務・主要最高裁判例(AIリライト)
③同僚間の事案の調査から厳重注意・配置転換までは,同僚間のパワハラが疑われたときの会社対応―優越的な関係,事実調査,暫定分離,厳重注意及び配置転換(AI作成)
④カスタマーハラスメント対策は,令和8年10月1日施行のカスハラ対策義務化―全事業主が整える10項目(AI作成)
⑤注意指導と懲戒処分の区別は,問題社員対応の基本手順―事実確認・注意指導・改善機会・記録化から処分まで(AI作成)
第9 出典・参考資料
1 法令
①労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律31条及び33条(e-Gov法令検索,令和8年10月16日確認)
②雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律11条,13条及び15条(e-Gov法令検索,令和8年10月16日確認)
③育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律25条(e-Gov法令検索,令和8年10月16日確認)
④労働基準法89条,90条及び106条(e-Gov法令検索,令和8年10月16日確認)
⑤労働契約法7条,10条及び15条(e-Gov法令検索,令和8年10月16日確認)
2 裁判例
①最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決(平成13年(受)第1709号,フジ興産事件)
3 行政資料
①厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号。令和8年10月1日適用版)2(1)・(4)・(5),4(1)ロ及び4(3)ハ
②厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則(令和7年12月版)」17頁~18頁及び87頁~89頁
③厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則(平成30年1月)」16頁~17頁
④厚生労働省「モデル就業規則について」