第1 この記事の対象
1 上司から部下への言動だけが対象ではない
職場のパワーハラスメントは,上司から部下への言動に限られない。
同僚又は部下であっても,業務上必要な知識・経験を持ち,その協力がなければ業務を円滑に進めることが難しいなど,相手が抵抗又は拒絶しにくい関係があれば,「優越的な関係」を背景とする言動になり得る。
本記事は,同僚間の言動について,会社が相談を受けてから,事実確認,調査中の接触回避,認定,注意・懲戒の選択,配置転換及び事後確認へ進む実務上の順序を整理するものである。
個別の言動がパワーハラスメントに当たるか,懲戒処分又は配転命令が有効かは,具体的な事実,就業規則及び雇用契約に即して別に判断する必要がある。
2 法令上の三つの要素
労働施策総合推進法31条1項及び厚生労働省の指針によれば,職場のパワーハラスメントは,①優越的な関係を背景とした言動,②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動,③労働者の就業環境が害されることの三要素を全て満たすものである。
客観的に見て業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示又は指導は,これに当たらない。
法令上の類型と他のハラスメントとの関係は,職場のハラスメント防止-種類・事業主の措置義務・主要最高裁判例(AIリライト)で説明している。
第2 同僚間の「優越的な関係」を具体化する
1 役職名だけで決めない
同僚間の事案では,勤続年数が長い,声が大きい又は性格が強いという抽象的な評価だけで,「優越的な関係」を認定しない方がよい。
会社は,業務分担,作業手順を実際に決めている者,質問・承認・引継ぎの経路,代替要員の有無,特定の知識又は技能への依存,二人だけになる時間,相手が拒絶した場合の業務上の影響などを確認する。
形式上の役職が同じでも,一方が事実上作業を割り振り,他方がその者の協力なしに仕事を続けにくい状態であれば,関係の実態を記録する必要がある。
反対に,勤続年数の差だけで相手が抵抗又は拒絶できない蓋然性が高いとまではいえない場合もある。
2 優越性は言動が行われた時点で確認する
優越的な関係の有無は,会社が後に配置転換をした結果ではなく,問題となる言動が行われた時点の関係を基準に確認する。
組織図,職務分掌,勤務表及び資格一覧だけでなく,実際の指示系統を知る上司・同僚の説明も対応させることが重要である。
第3 一連の出来事を場面ごとに分ける
1 業務上の指示と私的・感情的な追及を分ける
同じ日に複数の応酬がある場合は,「一日中怒鳴られた」又は「仕事の注意をしただけ」という一括した評価から始めず,場面ごとに分ける。
例えば,機械又は運搬作業の速度に関する指示,休憩中の私的な話題を理由とする追及,謝罪の言葉,退職を示唆する発言は,目的も業務上の必要性も異なるため,それぞれ日時,場所,発言,声量,距離,継続時間及び同席者を確認する。
作業の安全又は納期のために一定の指示が必要であったとしても,そのことから,別の場面の人格攻撃,威圧的な反復又は私的な話題への過度な追及まで正当化されるわけではない。
反対に,一部に不適切な表現があったことから,全ての業務指示を不要な言動と扱うことも適切ではない。
2 前後の経緯を切り離さない
発言だけを短く抜き出すと意味が変わるため,直前の会話,相手の応答,上司による制止,その後の謝罪又は追加発言まで一つの時系列にする。
謝罪の有無に食い違いがある場合は,「謝罪した」「謝罪を受けていない」という評価だけでなく,実際の言葉,声の調子,場所,同席者及び相手の応答を記録する。
第4 初動では保護と証拠保全を並行する
1 最終認定前でも暫定措置を検討する
心身への影響又は接触継続の危険が具体的に認められるときは,最終的な事実認定を待たず,勤務場所,担当業務,休憩場所又は連絡経路を一時的に分けることを検討する。
これは有罪認定又は懲戒処分ではなく,調査と安全を確保するための暫定措置であるから,目的,開始日,期間,見直し日,給与・評価への影響及び責任者を記録する。
申告者だけを本来の仕事から長期間外すと,保護措置が実質的な不利益となり得る。
本人の意向を確認し,接触時間の調整,上司の同席又は行為者側の一時配置変更など,より負担の少ない方法を比較する必要がある。
2 消える資料から保全する
防犯カメラ映像,チャット,電子メール,勤怠記録,作業日報及び入退室記録は,通常運用で消去又は上書きされる前に保全する。
保全した資料について,取得日時,取得者,取得元,複製方法及び保管先を記録し,原本又は元データと作業用複製を分ける。
私物端末,私用アカウント,健康情報又は秘密録音を当然に取得できるわけではない。
取得の適法性,調査目的との関係,アクセス権限及び個人情報の取扱いを別に確認する。
調査体制,情報管理及び暫定的な保護措置の詳細は,内部通報・ハラスメント調査の進め方―独立性,通報者情報と事実確認の管理で説明している。
第5 聴取と記録の作り方
1 自分が見聞きした事実と伝聞を分ける
相談者,目撃者及び行為者を聴取するときは,誰が自分で見聞きしたのか,他人から聞いたのか,資料から確認したのかを区別する。
面談記録には,出席者,開始・終了時刻,質問,回答の要旨,提出資料,食い違う点及び追加確認事項を残す。
相談者と行為者の説明が一致しない場合は,双方の主張を並べ,客観資料及び第三者の説明で確認する。
行為者には,回答できる程度に日時,場所,問題となる発言又は行動及び適用を検討する規程を示し,認否,経緯,理由,反証資料及び関係者を確認する。
2 資料の種類を混同しない
調査記録では,①本人の原発言又は原資料,②聴取者が作成した要約,③勤怠・映像・チャット等の客観資料,④後日作成された回顧的なメモ,⑤法的評価を区別する。
後日作成された指導メモは,過去の対応を確認する手掛かりにはなるが,今回の言動そのものを直接証明する資料ではないため,当時のメール,面談記録又は人事評価等で裏付ける。
生成AIによる要約は,整理又は検索の補助として使うことはできるが,原発言,原資料又は会社の正式な認定記録の代わりにはならない。
要約を利用するときは,元資料への参照を残し,事実と評価が混ざっていないかを人が確認する。
第6 パワーハラスメントの認定と対応を分ける
1 三要素を場面ごとに当てはめる
会社は,各場面について,①優越的な関係,②業務上の必要性と態様の相当性,③就業環境への影響を記録し,三要素を全て満たすかを判断する。
声量,反復回数,人前かどうか,身体的な接近,発言内容,行為の目的,緊急性及び制止後の継続などを総合する。
欠勤,受診又は業務変更は就業環境への影響を判断する重要な事情となり得るが,これらがあれば自動的にパワーハラスメントになるわけではない。
逆に,医師の診断書がないことだけで,就業環境が害されていないと決めることもできない。
2 認定と措置の重さは別に検討する
パワーハラスメントに当たると認定した後も,どの措置を講ずるかは,行為の内容,反復性,結果,過去の注意歴,規程,弁明,同種事例との均衡及び再発可能性に即して決める。
認定したことから直ちに特定の懲戒処分が決まるわけではなく,認定できなかったことから職場環境の改善措置が不要になるわけでもない。
厚生労働省のパワーハラスメント指針は,事実確認ができなかった場合にも,再発防止措置を講ずることを求めている。
第7 厳重注意と懲戒処分を区別する
1 非懲戒の厳重注意にする場合
会社が懲戒処分までは行わず,書面による厳重注意又は業務上の指導を行う場合は,文書の性質を明確にする。
文書には,確認した具体的事実,問題となる規程又は職場ルール,問題点,今後求める行動,再発時に検討し得る措置及び相談・指導の担当者を記載する。
「パワハラを認めて反省する」など,本人が争っている法的評価への同意を受領署名の条件にすると,文書の交付と事実認定が混同されやすい。
受領欄は文書を受け取ったことの確認にとどめ,受領が記載内容の自認を意味しないことを明示する方法が考えられる。
本人が受領又は署名を拒んだ場合は,その日時,同席者,提示方法及び本人が述べた理由を記録し,可能であれば書面又は電子メールで交付する。
署名拒否だけを新たな懲戒事由又は事実の自認として扱わない。
注意指導と懲戒処分の区別及び記録方法は,問題社員対応の基本手順―事実確認・注意指導・改善機会・記録化から処分までで説明している。
2 懲戒処分を行う場合
懲戒処分を行う場合は,就業規則上の根拠,処分手続,弁明機会及び労働契約法15条の相当性を別に確認する。
過去の指導歴を考慮するときは,当時の具体的事実,会社が伝えた内容,本人の応答及び改善状況を確認し,今回と無関係な印象評価を積み重ねない。
第8 配置転換の目的と手続を分ける
1 暫定分離と恒久的な配置転換は目的が異なる
調査中の接触回避は,安全及び調査の確保を目的とする期限付きの暫定措置である。
調査後の恒久的な配置転換は,人員配置,業務量,適性,欠員補充又は職場環境の改善等を目的とする人事措置であり,根拠と必要性を改めて検討する。
行為者への厳重注意又は懲戒処分と同時に配転する場合も,処分通知書と人事異動の通知書を分け,それぞれの目的,根拠及び効力発生日を説明することが望ましい。
書面上は業務上の異動としながら,実際には制裁として不利益な仕事へ移すと,目的の説明と実態が食い違う。
2 配転命令の有効性を別に確認する
配転前に,就業規則及び雇用契約上の命令権,職種・勤務地の限定合意,業務上の必要性,不当な動機・目的,賃金・通勤・健康・家庭生活・専門性への不利益及び代替手段を確認する。
人員不足又は将来の退職見込みを理由とする場合は,対象部署の要員数,業務量,必要な技能,教育計画及び選定理由を同時期の資料で残す。
被害申告者を異動させる場合は,本人の意向だけでなく,本来の業務,賃金,評価,キャリア及び通勤への不利益を具体的に確認する。
保護を目的とする措置であっても,被害申告者だけが不利益を負う運用になっていないかを点検する。
配転命令の法的枠組みは,配転命令(転勤命令)の有効性―就業規則の根拠,職種・勤務地の限定合意と東亜ペイント事件の判断枠組みで説明している。
第9 当事者への説明と事後確認
1 行為者への説明
行為者には,会社が確認した事実,認定した事項,認定できなかった事項,適用した規程,注意又は処分の内容及び今後求める行動を区別して伝える。
異動を行う場合は,注意又は処分とは別に,異動の業務上の目的,配属先,職務,発令日,引継ぎ及び教育計画を説明する。
2 相談者への説明
相談者には,プライバシー及び人事情報に配慮しつつ,調査が終了したこと,会社が必要と判断した職場環境上の措置,相談後の不利益取扱いを行わないこと及び再相談先を伝える。
他の従業員に対する懲戒の詳細又は聴取内容を無制限に開示する必要はないが,会社が何も対応していないとの不安を残さない範囲で説明する。
3 再発防止と見直し
次回確認日と責任者を決め,接触の再発,業務分担,健康状態,職場のコミュニケーション,注意又は異動後の適応及び報復的な取扱いの有無を確認する。
一件の対応を終えた後も,管理者不在時の指示系統,二人作業の安全手順,相談経路及び研修内容を見直すことが重要である。
第10 実務チェックリスト
1 初動と調査
①同僚間の実際の指示系統,知識・経験への依存及び代替要員を確認したか。
②一連の出来事を,業務指示,私的・感情的な追及,謝罪その他の場面に分けたか。
③消去される資料を先に保全し,原資料と作業用複製を分けたか。
④相談者,目撃者及び行為者の説明について,直接見聞きした事実と伝聞を分けたか。
⑤食い違う事項を行為者に示し,反証の機会を確保したか。
2 暫定措置,注意及び異動
①暫定分離の目的,期間,給与・評価への影響及び見直し日を記録したか。
②パワーハラスメントの認定と,注意又は懲戒の重さを別に検討したか。
③厳重注意が非懲戒の指導である場合,文書上もその性質を明確にしたか。
④受領署名を事実又は法的評価の自認と混同していないか。
⑤配置転換について,職場環境の改善目的と人員配置上の必要性をそれぞれ記録したか。
⑥処分通知と異動通知を分け,説明した目的と実際の運用を一致させたか。
⑦相談者への説明,再相談先及び事後確認日を定めたか。
第11 出典・参考資料
1 法令・行政資料
①労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律
②事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
③職場におけるハラスメントの防止のために
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③問題社員対応の基本手順―事実確認・注意指導・改善機会・記録化から処分まで
④配転命令(転勤命令)の有効性―就業規則の根拠,職種・勤務地の限定合意と東亜ペイント事件の判断枠組み