第1 学費という名称だけで経費にしない
個人事業主本人が学校や講座へ支払う学費は,事業に役立つという理由だけで全額を必要経費にできるものではない。
現在の業務に必要な知識を更新する研修,本人が新たな職業資格を取得する教育,趣味や教養のための学習を,支出当時の目的と具体的な履修内容から区別する必要がある。
本記事は,令和8年10月16日に確認した所得税法,国税庁資料及び大阪高裁令和2年5月22日判決に基づき,個人事業主とその申告を担当する税理士の確認手順を整理する。
必要経費の可否と,必要経費に算入する年分は別の問題である。
支払済みの授業料でも私的な支出は控除できず,業務上の費用であっても前払いや債務の確定など,計上時期の確認が残る。
領収書は支払の資料であり,業務との関係や私的部分の区分まで当然に証明するものではない。
第2 必要経費と家事費・家事関連費の順に確認する
1 売上げと個別に対応しない費用も検討対象になる
所得税法37条1項は,売上原価等のほか,「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」を必要経費の対象としている。
学費や研修費について,特定の売上げとの直接対応を一律に要求するのは適切ではない。
担当業務,講座の内容,受講時の課題及び受講後の利用状況から,業務との関連性と業務遂行上の必要性を具体的に説明する。
当年の売上げが増えなかったことだけで,一般的な業務費用を否定することもできない。
反対に,後から売上げが増えたことだけで,もともと趣味や私的な能力形成のために支出した費用が当然に業務費用へ変わるわけでもない。
目的の説明と売上げの結果を分けて記録する必要がある。
2 私的な性格がある場合は必要部分を特定する
所得税法45条1項1号は家事上の経費等を必要経費から除き,所得税法施行令96条が家事関連費の範囲を定める。
同条1号は主たる部分の業務上の必要性と必要部分の明確な区分を,2号は青色申告承認を受けた者について取引記録等による業務遂行上直接必要な部分の明確化を定めている。
青色申告であることだけで学費全額が経費になるものではない。
所得税基本通達45-2は,主たる部分の判定を50%超としつつ,必要部分が50%以下でも,その部分を明らかに区分できれば当該金額の算入を認める取扱いを示している。
したがって,白色申告で業務割合が半分以下なら一切控除できない,という説明も適切ではない。
私的な学習を含む支出について,実際の業務に必要な部分と金額を特定することが中心となる。
第3 資格取得の学費を否認した大阪高裁判決
1 接骨院の経営者が自ら資格を取得した事案
大阪高裁令和2年5月22日判決は,接骨院を経営していた者が柔道整復師の資格取得のために支出した学校への支払額を扱う。
判決は,経営者本人が免許を取得することは接骨院経営に必須ではなかったことや,取得資格によって他の事業者に雇用されるなど,期間の限定なく利用できる地位を得ることを検討した。
その上で,当該接骨院の業務に必要な部分と金額について具体的な主張立証がなく,全額の算入も,算入できる一部の特定も認められないとした(PDF実頁5~7)。
この判決を,資格取得費は常に全額控除できないという一般則へ広げることはできない。
また,既に資格を持つ弁護士の業務上の活動費と,本人が新たな職業資格を取得する費用とを同じ事案として扱わない。
判決が評価した事業の実態,資格の必要性,私的な性格及び必要部分の立証を,自分の事案と比較する必要がある。
2 「開業費にする」という名称変更だけでは解決しない
所得税法施行令7条1項1号は,開業費を,事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用と定義する。
開業前の支払であることだけでは足りず,資格取得という本人の能力形成と,具体的な事業開始の準備を区別する必要がある。
私的な学費を単に開業費や繰延資産と名付けても,必要経費性の問題が解消するわけではない。
大阪高裁判決も,学費を開業費・開発費等とする主張を採用していない(PDF実頁6~8)。
法科大学院の学費,受験のための学習費,登録費用,開業準備費及び登録後の研修費は,一括せず,支出の性質と時点に応じて確認する。
同判決は法科大学院の学費を直接判断したものではないため,その結論を学校名だけで当てはめることも避ける。
第4 業務との関係と区分の根拠を残す
1 受講の前後で保存する資料
受講を決めた時点で,当時の事業内容,担当業務,解決する必要があった課題,その講座を選んだ理由を短く記録する。
募集要項,シラバス,時間割,科目別の授業料,受講契約,領収書及び返金条件を併せて保存し,受講後は修了証,教材及び業務での利用記録を対応させる。
これは支出の説明を可能にするための実務上の提案であり,特定の書式を法令が一律に要求しているという意味ではない。
資格取得課程の一部が現在の業務に関連するという場合は,科目の独立性,内容,授業時間,費用の算定方法及び実際の利用を示す。
時間数で按分した表を作るだけでは,各科目の私的な性格や一体となった資格取得のための支払であるという問題まで解決しない。
区分できることと,その区分に法的・事実上の根拠があることを別々に点検する。
2 税理士へ渡す情報を支払額だけにしない
税理士には,①現在の業務との関係,②本人に新たに付与される資格・地位,③私的な学習部分,④必要部分の区分と計算根拠,⑤役務の提供期間と支払・返金条件,⑥青色申告承認の有無をまとめて渡す。
経理は支払資料を,事業主は目的と利用実態を説明し,税理士は所得区分,必要経費性,家事関連費及び計上年分を確認する。
税務上の結論について争いが見込まれる場合は,判断資料と採用理由を残し,弁護士と争点・証拠を共有することが有用である。
計上年分については,国税庁No.2210が説明する債務の成立,具体的な給付の原因事実及び金額の合理的算定を確認する。
年度をまたぐ授業料,翌年分の受講料の前払及び返還される保証金を,当年の支払額として一括計上しない。
第5 従業員の研修費と給与所得者の制度を混同しない
使用者が役員・使用人の職務に直接必要な技術・知識の習得又は資格取得のために適正な費用を支給する場合には,所得税基本通達36-29の2及び国税庁No.2601に給与として課税しない取扱いがある。
これは受給者側の給与課税の説明であり,個人事業主が自分のために支出する学費の必要経費性をそのまま決める規定ではない。
大阪高裁判決も,両者を別の問題として扱っている(PDF実頁7)。
給与所得者本人の研修費・資格取得費については,給与所得者の特定支出控除という別の制度がある。
対象となる支出,証明及び控除の条件を確認し,事業所得の経費処理と混同しない。
勤務条件付き奨学金や学資金の非課税は,従業員の学費支援に関する記事で扱っている。
第6 関連記事と出典
①弁護士登録初年度の確定申告
②領収書がない支出の税務と証拠保存
③令和3年司法試験租税法第1問の模範解答と評価項目
法令は所得税法37条1項,45条1項1号,57条の2第2項4号・5号及び所得税法施行令7条1項1号・96条を参照した。
通達及びタックスアンサーは国税庁の行政解釈・説明であり,法令本文や裁判所の個別判断とは区別する。
大阪高裁判決は国税庁税務訴訟資料270号順号13408のPDF実頁4~8の判断部分を中心に確認した。
同資料では事件番号が伏せられているため,番号を推測して補っていない。
本記事の資料整理・役割分担は実務への応用であり,裁判所や国税庁が学費の経費算入を一律に認めるための手順を示したものではない。