第1 綱紀審査会とは何か
1 日弁連に置かれる11人の審査機関
綱紀審査会(こうきしんさかい)は,日本弁護士連合会(日弁連)に置かれ,一定の不懲戒決定に対する異議申出が日弁連で却下・棄却された後,懲戒請求者の申出に基づいて綱紀審査を行う機関である。
各地の弁護士会に置かれる綱紀委員会とは異なり,弁護士,裁判官,検察官及びこれらの経験者を除く学識経験者11人で構成される(弁護士法71条から71条の3)。
本記事は,令和8年10月15日に確認した現行法,日弁連の申出案内及び綱紀審査手続の規程に基づき,申出資格,期限,提出書類及び審査後の流れを説明する。
綱紀審査会が判断する中心は,原弁護士会の懲戒委員会に事案の審査を求めることが相当かどうかである。
綱紀審査会が自ら戒告や業務停止の処分をする制度ではない(弁護士法64条の4)。
2 綱紀委員会・懲戒委員会との違い
| 機関 | 設置場所・構成 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 綱紀委員会 | 各弁護士会・日弁連。弁護士,裁判官,検察官及び学識経験者から委嘱 | 弁護士会では事案を調査し,懲戒委員会の審査に付すべきかを議決する。日弁連では一定の異議申出も審査する |
| 懲戒委員会 | 各弁護士会・日弁連。弁護士,裁判官,検察官及び学識経験者から委嘱 | 懲戒の要否・処分内容等を審査する。懲戒処分等は議決に基づいて弁護士会又は日弁連が行う |
| 綱紀審査会 | 日弁連。現職・元職の法曹三者を除く学識経験者11人 | 所定の異議申出の却下・棄却後,原弁護士会の懲戒委員会で審査すべきかを綱紀審査する |
手続全体については弁護士会の懲戒手続を,日弁連の各機関の関係については日弁連の懲戒手続を参照されたい。
第2 綱紀審査を申し出られる場合と対象外の場合
1 申出の前提となる3つの段階
綱紀審査を申し出るには,①原弁護士会が綱紀委員会の議決に基づき,懲戒委員会の審査に付さず不懲戒とする決定をし,②懲戒請求者が日弁連へ異議を申し出,③日弁連がその異議申出を却下又は棄却する決定をしたという経過が必要である(弁護士法58条4項,64条の2第2項・第5項,64条の3第1項)。
綱紀審査を申し出られるのは,その異議申出をした懲戒請求者である。
何人も懲戒請求できるという最初の段階の規定から,第三者が新たに綱紀審査を申し出られることにはならない。
まず,原弁護士会の決定書・議決書,日弁連の異議申出に対する決定書・議決書及び各通知を受け取った日が分かる資料を確認する。
通知の表題に「棄却」とあることだけでなく,どの機関がどの手続段階で審査した事案なのかを確かめる必要がある。
2 懲戒委員会の審査後の事案・手続遅延は対象外
| 不服の内容・現在の段階 | 利用する制度 | 綱紀審査の対象となるか |
|---|---|---|
| 弁護士会の不懲戒決定を初めて争う | 日弁連への異議申出 | 直接は申し出られない |
| 懲戒委員会の審査に付されなかった不懲戒決定への異議を,日弁連が却下・棄却した | 所定の要件を満たせば綱紀審査申出 | 対象となり得る |
| 原弁護士会の懲戒委員会が審査した事案への異議が却下・棄却された | 日弁連懲戒委員会による異議審査の経路 | 対象外 |
| 相当の期間内に懲戒手続を終えないことについての異議 | 日弁連への異議申出 | この異議の却下・棄却は対象外 |
日弁連の公式案内は,原弁護士会の懲戒委員会の審査に付された事案と,相当の期間内に手続を終えないことについての異議申出を,綱紀審査申出の対象から除いている。
弁護士会の処分が不当に軽いという不服や,処分を受けた弁護士側の審査請求も,この綱紀審査とは区別する必要がある。
第3 申出期限は通知を受けた日の翌日から30日
1 通知の受領日と郵送の取扱い
綱紀審査の申出は,日弁連が異議申出を却下又は棄却する決定をした旨の通知を受けた日の翌日から起算して30日以内にしなければならない(弁護士法64条の3第2項)。
決定書に印字された決定日や,最初に弁護士会へ懲戒請求をした日を起算点にしない。
弁護士会の不懲戒決定等に対する異議申出の3か月という期間とも異なる。
提出方法は郵便,信書便又は持参である。
日弁連の公式案内では郵便は消印有効とされ,法で定める一定の信書便も通信日付印有効とされている。
ファクシミリ,電報又は電子メールによる申出は受け付けられていない。
提出用書面の写しに加え,通知の封筒,受領日を確認できる記録及び発送時の記録も保存しておくと,期限の確認に役立つ。
これは提出経過を明確にするための実務上の整理であり,発送記録を保存すること自体が独立の法定提出要件という意味ではない。
2 休日・やむを得ない事由・誤った教示の特例
期間の末日が土曜日,日曜日,国民の祝日又は12月29日から翌年1月3日までの日などの行政機関の休日に当たるときは,その休日の翌日が末日とみなされる(綱紀審査会及び綱紀審査手続に関する規程17条の3)。
休日が続く場合も含め,提出前に日弁連の最新案内と暦を確認する必要がある。
天災その他やむを得ない事由があるときは期間経過後の申出が認められるが,その事由がやんだ日の翌日から起算して1週間以内に申し出なければならない(同規程18条)。
また,日弁連が30日より長い申出期間を誤って教示し,その教示された期間内に申出がされた場合の特例もある(同規程19条)。
単に準備に時間がかかったという事情を当然にこれらの特例と同視せず,通常の30日以内の提出を基本に検討する。
第4 綱紀審査申出書の書き方
1 公式参考書式と記載する事項
日弁連は,綱紀審査申出書の参考書式を公開している。
書式冒頭には,参考書式であり,必要事項を記載すれば利用できる旨が記載されている。
公式案内の記載事項と書式の欄を照合し,書ききれない理由や複数人の表示は別紙で整理する。
| 項目 | 記載・確認する内容 |
|---|---|
| 表題・宛先・申出日 | 表題は「綱紀審査申出書」,宛先は日本弁護士連合会とする |
| 申出人 | 個人は氏名・郵便番号・住所と押印又はフルネームの自筆署名。法人等は名称・住所・代表者等の表示,押印及び資格証明書類 |
| 対象弁護士等 | 弁護士の氏名と原弁護士会。法人等については公式案内に従い,名称・主たる法律事務所等を記載する |
| 手続の日付 | 最初の懲戒請求日と,日弁連の異議申出却下・棄却決定の通知を受けた日 |
| 教示 | 綱紀審査を申し出られる旨の教示の有無と内容 |
| 趣旨・理由 | どの決定の取消しと事案の送付を求めるか,その理由を具体的に記載する |
複数人が共同して申し出る場合は,公式案内に従い,代表者1人を選び,その氏名又は名称と住所を明記する。
通知は代表者宛てに行われるため,共同申出人相互の連絡方法も決めておく必要がある。
2 申出の趣旨と理由の組み立て
申出の趣旨では,日弁連の異議申出却下・棄却決定と原弁護士会の不懲戒決定を取り消し,事案を原弁護士会に送付することを求める旨を記載する。
綱紀審査会に対し,直ちに業務停止処分や返金を命じるよう求める形に置き換えない。
理由は,「不満である」という評価だけを繰り返さず,争う認定又は判断,その誤りを指摘する理由及び対応する証拠を結び付けて整理すると分かりやすい。
例えば,説明義務の履行が争点であれば,議決書の該当箇所,説明の日時・内容,委任契約書や電子メール等の証拠の対応を示す。
これは記載を明確にするための構成例であり,この順序で書けば審査相当になるという基準ではない。
新しい証拠がなくても,既提出の証拠のどの部分が,どの認定・判断との関係で重要なのかを説明することはできる。
他方,綱紀審査の対象となった事案と無関係な別の非行を羅列するのではなく,どの事案について審査を求めるのかを明確にする。
第5 提出部数・証拠・提出先
1 A4横書・正本1通と副本2通が基本
公式案内では,A4判横書で,対象弁護士が1人の場合は正本1通・副本2通の計3通を提出する。
対象弁護士が2人の場合は副本3通となり,計4通である。
法人を含む対象の組合せが複雑な場合は,対象の表示と必要通数を提出先へ確認する。
既に原弁護士会及び日弁連綱紀委員会に提出した証拠書類・証拠物を,再度提出する必要はない。
新たな証拠を提出する場合は,申出書と同じ通数を用意して一緒に提出する。
提出された書類等は手続終了後も返却されないため,原本の扱いに注意し,提出するものと手元に残すものを整理する。
2 提出先と代理人
令和8年10月15日に確認した提出先は,日本弁護士連合会の審査部審査第三課である。
所在地は〒100-0013東京都千代田区霞が関1-1-3,問い合わせ電話番号は03-3580-9841(代表)である。
提出時には公式案内で担当部署と所在地を再確認されたい。
代理人を選任して申し出ることもでき,その場合は委任状を提出する。
代理人を選任しても申出期間の確認を後回しにせず,通知日,提出期限及び提出済み資料を共有しておく必要がある。
第6 綱紀審査の進み方と結果
1 審査期間・議事・記録の閲覧
綱紀審査会の議事は公開されない(綱紀審査会及び綱紀審査手続に関する規程8条)。
同規程24条は,綱紀審査を求められてから6か月以内に審査を遂げて議決を行うものとする一方,事案が複雑なときその他特別の事情がある場合を例外としている。
申出書の提出から必ず6か月以内に結論が出ると断定することはできない。
対象弁護士等及びその代理人は,提出された書類を閲覧・謄写できる(同規程27条1項)。
申出人については,綱紀審査会が相当と認める場合に閲覧又は謄写を許すことができるという規定であり,同じ権限が当然に与えられるわけではない(同条2項)。
申出書の副本が対象弁護士等へ送られることも踏まえ,主張に必要な資料と個人情報の範囲を確認して提出する。
2 審査相当・却下・棄却とその後
原弁護士会の懲戒委員会で審査することが相当との議決には,出席した委員の3分の2以上の多数が必要である(弁護士法64条の4第1項)。
その議決があれば,日弁連が異議申出却下・棄却決定と原弁護士会の不懲戒決定を取り消し,事案を原弁護士会へ送付する。
原弁護士会は懲戒委員会に審査を求めなければならないが,懲戒処分の有無や内容はその後の審査による(同条2項・3項)。
申出が不適法として却下相当と議決された場合は,日弁連が却下の決定をする。
それ以外で審査相当の議決が得られなかった場合は,その旨の議決に基づき日弁連が棄却の決定をする(同条4項・5項)。
議決は綱紀審査会が行い,それに基づく決定は日弁連が行うという区別が重要である。
3 申出の取下げと統計の読み方
綱紀審査の申出は,日弁連の所定の決定等がされるまで,書面により取り下げることができ,取下げがあったときは綱紀審査会が審査を終了する旨を議決する(同規程29条)。
最初の弁護士会段階で懲戒請求を取り下げても手続が当然に終了するものではないという説明を,綱紀審査申出の取下げへそのまま当てはめない。
綱紀審査の件数については懲戒請求事案の統計を参照されたい。
綱紀審査会の審査相当件数は最終的な懲戒処分件数とは異なり,同じ年の新受件数と処理件数も同一の事案集団ではない。
単年の数字をそのまま個別事件の成功確率とみなすことはできない。
第7 よくある質問
1 弁護士会と綱紀委員会の関係は?
綱紀委員会は,弁護士会から調査を求められた事案について調査し,懲戒委員会の審査に付すべきかを議決する機関である。
懲戒処分又は不懲戒の決定を行うのは,その議決等に基づく弁護士会である。
綱紀審査会は,さらに所定の不服申立てを経た事案を扱う日弁連の別の機関である。
2 綱紀審査は誰でも申し出られるか?
誰でも新たに申し出られるわけではない。
所定の不懲戒決定について日弁連へ異議を申し出,その異議申出が却下又は棄却された懲戒請求者が,対象事案と期間の要件を満たす場合に申し出ることができる。
3 綱紀審査で返金や損害賠償を命じてもらえるか?
綱紀審査は,懲戒委員会での審査に進めるべきかを判断する手続であり,返金や損害賠償を命じる手続ではない。
金銭的な被害回復は,懲戒手続とは別に,契約関係,損害,証拠及び時効等を踏まえて検討する必要がある。
第8 出典・関連記事
① e-Gov法令検索「弁護士法」56条,58条,64条から64条の5,66条の2,70条の3,71条から71条の7。
令和7年10月1日施行の現在施行版を令和8年10月15日に確認。
https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC1000000205
② 日本弁護士連合会「綱紀審査申出の方法について」1から8。
申出資格,期間,休日,部数,証拠,代理人及び提出先の根拠。
https://www.nichibenren.or.jp/legal_advice/petition/chokai/kouki_sinsa_mouside.html
③ 日本弁護士連合会「綱紀審査会及び綱紀審査手続に関する規程」(会規第58号,令和3年6月11日改正)8条,16条から19条,22条から31条。
参照箇所はPDF実頁3頁,5頁から10頁であり,見開きの印字頁とは区別している。
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/jfba_info/rules/kaiki/kaiki_no_058.pdf
④ 日本弁護士連合会「綱紀審査申出書(参考書式)」PDF実頁1頁・2頁。
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/legal_advice/petition/kouki_000.pdf
⑤ 日本弁護士連合会「懲戒請求事案に関する異議の申出の方法について」7。
懲戒手続が個人的な損害回復を目的とするものではないことを確認した。
https://www.nichibenren.or.jp/legal_advice/petition/chokai/tyoukai_igi.html
処分を受けた弁護士等による審査請求及び取消訴訟については,弁護士の懲戒処分に対する審査請求と取消訴訟を参照されたい。