第1 知財高裁は東京高裁の特別の支部である
1 独立した第9の高等裁判所ではない
知的財産高等裁判所(知財高裁)は,知的財産に関する事件を専門的に取り扱う東京高等裁判所の特別の支部である。
知的財産高等裁判所設置法2条は,東京高裁の管轄に属する所定の事件を取り扱わせるために設けると定めている。
全国の8高裁とは別の第9の高裁が設置されたという意味ではない。
本記事は,令和8年10月9日に確認した現行法令及び知財高裁の公式案内に基づき,組織,取扱事件,管轄及び大合議を説明する。
特許が無効であることをどの手続で争うかは,特許無効を争う三つの手続で扱う。
2 通常の高裁支部との違い
| 比較項目 | 通常の高裁支部 | 知財高裁 |
|---|---|---|
| 設置根拠 | 裁判所法22条及び高裁支部設置規則 | 知財高裁設置法2条 |
| 主な役割 | 担当区域の控訴・抗告等を取り扱う | 東京高裁の所定の知財事件を専門的に取り扱う |
| 長の名称 | 支部長 | 知的財産高等裁判所長 |
| 裁判事務の分配等 | 本庁の裁判官会議による定めを基本とする | 知財高裁に勤務する裁判官の会議による |
知財高裁は,高裁支部設置規則の別表に掲げられる金沢・岡山・松江・宮崎・那覇・秋田の6支部とは別枠である。
通常の支部の一覧と担当区域は,高等裁判所支部を参照されたい。
第2 知財高裁が取り扱う事件
1 審決取消訴訟は行政事件の第一審である
知財高裁の取扱事件案内によれば,知財高裁が扱う事件には,行政事件の第一審としての審決取消訴訟と,民事事件の控訴審などがある。
高等裁判所という名称であっても,すべてが地方裁判所の判決に対する控訴ではない。
特許庁の審決に対する訴えについては,特許法178条1項が東京高裁の専属管轄を定め,知財高裁設置法2条2号により知財高裁が取り扱う。
実用新案法,意匠法及び商標法の同号に掲げる訴えも対象である。
行政不服申立てとしての審判と,裁判所での審決取消訴訟は別の手続である。
2 民事控訴事件は権利の種類によって集中の仕組みが違う
| 事件の種類 | 控訴段階の基本的な扱い | 知財高裁との関係 |
|---|---|---|
| 特許権・実用新案権・回路配置利用権・プログラムの著作物の著作者の権利に関する訴え | 東京高裁への集中が基本 | 所定の控訴事件を知財高裁が扱う。移送に関する例外がある |
| 意匠権・商標権・プログラム以外の著作権・出版権・著作隣接権・育成者権・不正競争等 | 第一審を扱った地裁に対応する高裁に控訴 | そのうち東京高裁の管轄に属し,設置法2条1号の要件を満たす事件を扱う |
| 特許庁の所定の審決に対する取消訴訟 | 東京高裁の専属管轄 | 知財高裁が第一審として扱う |
「知財事件はすべて全国から知財高裁へ行く」と理解すると,商標・意匠・著作権等の控訴先を誤るおそれがある。
争っている権利の種類,原審裁判所及び移送の有無を確認する必要がある。
3 その他の専門的事件と併合事件
設置法2条3号は,前2号以外でも,主要な争点の審理に知財の専門的知見を要する事件を対象にする。
同条4号は,所定の事件と口頭弁論を併合して審理されるべき訴訟事件も対象にする。
ただし,いずれも東京高裁の管轄に属する事件という同条柱書の前提がある。
第3 第一審の東京地裁・大阪地裁との関係
1 民事訴訟法6条の特許権等に関する訴え
民事訴訟法6条1項は,特許権等に関する訴えについて,通常の土地管轄によって管轄を有すべき地裁の所在地に応じ,東京地裁又は大阪地裁の専属管轄とする。
同条2項には,通常の管轄によれば簡裁が管轄を有する場合にも,所定の東京地裁又は大阪地裁へ提起できる定めがある。
東京地裁の判決に対する控訴は通常の控訴管轄により東京高裁に向かい,大阪地裁の所定の判決に対する控訴も同条3項により東京高裁の専属管轄となる。
この仕組みにより,所定の特許権等の控訴事件は知財高裁に集中する。
2 移送に関する例外を見落とさない
民事訴訟法20条の2第1項には,専門技術的事項を欠くことその他の事情により,東京地裁・大阪地裁から他の地裁へ移送できる特則がある。
同項により移送された訴訟の判決に対する控訴は,6条3項ただし書の対象である。
また,20条の2第2項には,所定の控訴事件を東京高裁から大阪高裁へ移送する特則がある。
したがって,東京高裁への集中は基本的な仕組みとして理解し,個別事件では移送の経過まで確認する必要がある。
意匠権等については6条の2が東京地裁・大阪地裁への追加的な提訴先を定めるが,6条1項の特許権等と同じ専属管轄の規定ではない。
第4 裁判官3人の合議体と大合議
1 通常は3人,大合議は所定の事件で5人
知財高裁の組織の概要は,通常部4か部と特別部(大合議部)が置かれ,事件は原則として裁判官3人の合議体で扱うと説明している。
大合議は,所定の事件について裁判官5人で審理・裁判をする仕組みである。
民事訴訟法310条の2は,所定の特許権等に関する控訴事件について,合議体の決定により5人の裁判官の合議体で審理・裁判をすることを認める。
特許法182条の2は,所定の審決取消訴訟について同様の仕組みを定める。
実用新案についての適用関係は,公式の組織案内及び実用新案法47条2項も参照されたい。
2 すべての知財事件が大合議になるわけではない
大合議の対象は法令が定める事件であり,知財高裁に係属した事件がすべて当然に大合議となるわけではない。
知財高裁の専門性と,大合議の対象・実施は別の問題である。
公式案内は,高度な専門的・技術的事項や企業活動・産業経済への影響を踏まえ,慎重な審理判断と法的解釈の統一を図る制度と説明している。
第5 所長,司法行政及び事件利用時の確認
1 司法行政について独自の権限がある
設置法3条は,最高裁が知財高裁に勤務する裁判官を定め,そのうち1人に知財高裁所長を命ずると定める。
同法4条は,知財高裁の裁判事務の分配その他の司法行政事務を,勤務する裁判官の会議の議により行い,所長が総括すると定める。
同法5条は独自の事務局を置く。
通常の高裁支部と比べた独立性の高さは,この法的な組織・権限の違いを意味する。
裁判官の人事上の序列や,個別事件の結論を示すものではない。
年度別の部の構成や事務分配は,高等裁判所の事務分配の比較(令和8年度)も参照されたい。
2 提出先を確認する順序
① 審決取消訴訟か,地裁判決に対する控訴かを確認する。
② 民事事件では,権利の種類,原審裁判所及び移送の有無を確認する。
③ 係属先・担当部を,裁判所からの通知及び知財高裁の最新の公式案内で確認する。
裁判所の種類や所在地の確認だけでは,出訴期間,提出書類,送達・電子提出の扱いまでは決まらない。
具体的な手続では,関係法令と最新の提出案内を別に確認する必要がある。
第6 関連記事及び出典
① 高等裁判所支部
② 特許無効を争う三つの手続
③ 控訴審の手続と主要論点
① 知的財産高等裁判所設置法2条~5条
② 民事訴訟法6条,6条の2,20条の2,310条の2
③ 特許法178条,182条の2
④ 知財高裁公式「取扱事件」「組織の概要」(本文リンク参照)