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死者の占有―人を殺害した後に財物を取ったときは窃盗罪か占有離脱物横領罪か(AI作成)

第1 この記事の対象と結論

本記事は,人を殺害した者が,殺害した後に初めて財物を取る気になり,被害者の身に着けていた物や部屋に残っていた物を持ち去った場合に,窃盗罪(刑法235条)が成立するのか,占有離脱物横領罪(刑法254条の遺失物等横領罪)にとどまるのかを扱う。
いわゆる「死者の占有」の問題である。

結論として,最高裁判所は,人を殺害した者が殺害の直後にその現場で被害者の身に着けていた財物を奪った場合,被害者が生前に有していた所持は死亡直後もなお保護され,窃盗罪が成立するとしている(最高裁昭和41年4月8日判決)。
他方,下級審の裁判例は,殺害から相当の時間がたった後や,殺害とは別の機会に財物を取った場合には,死者の占有を認めず,占有離脱物横領罪にとどめている。

もっとも,時間だけで線が引かれているわけではない。
殺害から約5時間後の取得でも窃盗罪とした例(岡山地裁平成23年7月28日判決)がある一方,約9時間後に別の機会に戻って取得した例では占有離脱物横領罪とされた(東京地裁昭和37年12月3日判決)。
財物を取った者が被害者を死亡させた本人か,殺害と取得が同じ機会といえるか,現場の状況がどれだけ変わったかが,判断を分けている。

第2 問題の所在

1 窃盗罪と占有離脱物横領罪

刑法235条は,「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」と定める。
窃盗罪は,他人が占有している財物を,その意思に反して自分の占有に移す犯罪である。

刑法254条は,「遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」と定める。
誰の占有にも属さない他人の物を取った場合は,窃盗罪ではなく,この罪(占有離脱物横領罪)が問題となる。
法定刑は窃盗罪よりはるかに軽い。

2 死亡と占有

占有は,物を事実上支配していることをいうから,人が死亡すれば,その人の占有は原則として失われる。
そうすると,死亡した人の財物を取った者は,相続人その他の者が占有を取得していない限り,占有離脱物横領罪にとどまるのが原則となる。
東京地裁昭和37年12月3日判決も,「人の死亡により原則としてその者の占有を離脱する」と述べている。

問題は,その人を殺害した者自身が,殺害の直後に財物を取った場合である。
殺害によって被害者の占有を失わせた者が,その結果を利用して財物を手に入れたのに,軽い占有離脱物横領罪にしかならないのは不均衡ではないか,という点が問われる。

なお,殺害の前から財物を奪う意思があり,その手段として殺害した場合は,強盗殺人罪(刑法240条の強盗致死)の問題となる。
本記事が扱うのは,殺害の後に初めて財物を取る意思を生じた場合である。

第3 最高裁昭和41年4月8日判決

1 事案

最高裁昭和41年4月8日第二小法廷判決は,被告人が野外で人を殺害した後に財物を取る意思を生じ,その犯行の直後に,その現場で,被害者が身に着けていた腕時計を奪った事案である。

2 判示

同判決は,上告趣意に対する判断の中で,このような場合には,「被害者が生前有していた財物の所持はその死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなうものというべきである。」とした。
その上で,「被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して右財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害したもの」であるから,その奪取行為は,占有離脱物横領ではなく窃盗罪を構成するとした。

3 判示の読み方

同判決の要点は次の3点である。
①保護されるのは,被害者が生前に有していた所持であること。
②その保護は,死亡の「直後」に及ぶこと。
③殺害と奪取を切り離さず,自己の行為によって被害者の占有を失わせ,その状態を利用して奪取した一連の行為として全体的に考察すること。

③の理由付けからすれば,殺害に関与していない第三者が死体から財物を取った場合には,同判決の論理はそのままでは当てはまらないと考えられる。
もっとも,第三者が取得した場合を直接扱った裁判例は,本記事の作成に当たって確認できていない。

第4 死者の占有が認められる時間的な限界―下級審の裁判例

1 東京地裁昭和37年12月3日判決

被告人は,別居中の女性をその居室で殺害し,殺害して間もない同日午後11時頃,同じ居室で,同女が生前所持したままの状態にあった現金7,000円を取った。
その後,被告人は同所を立ち去り,知人と都内のバーを回って飲酒し,旅館に宿泊した上,同女が郵便貯金通帳を持っていたことを思い出し,殺害から約9時間後の翌日午前8時頃に再び居室に戻って,通帳を持ち去った。

同判決は,刑法上の占有の有無は「財物奪取者の被害者の死亡に対する責任の有無、財物奪取と死亡との時間的接着並びに機会の同一性の有無等の諸点を考慮」して判断すべきであるとし,殺害して間もなく同一の機会に取った現金については,死亡した被害者になお占有があるとして窃盗罪とした。
他方,通帳については,「死亡後すでに相当の時間を経過し、または死亡と全く別個の機会に財物を奪取したようなときには、最早死者の占有を犯したとはいい得ない」として,窃盗罪の主位的訴因を認めず,予備的訴因の占有離脱物横領罪とした。
同判決は,自ら人を死亡させた者が死亡直後に死者の懐中から財物を奪った行為に窃盗罪を認めた判例(同判決が引用する大審院昭和16年11月11日判決)について,死亡後「直ちに」という点は「死者に占有を認め得る時間的限界を示したもの」とみるべきであるとも述べている。
また,相続人やアパートの管理者が死亡した女性の財産を所持するに至っていたとも認めなかった。

2 新潟地裁昭和60年7月2日判決

被告人は,一人暮らしの女性をその居宅で殺害し,翌日の午後,同女の死体が居宅内に残っている状況で財物を持ち出した。
その後,殺害の2日後に居宅内で死体を解体し,2日後と4日後に死体を居宅から持ち出して自宅の車庫に隠し,殺害の5日後と10日後に,居宅から現金や整理ダンス等を持ち出した。

同判決は,殺害の翌日に死体の現存する状況で持ち出した行為は窃盗罪としたが,5日後と10日後の持出しについては,殺害からかなりの日時が経過し,その間に死体を解体して持ち出し隠匿したという状況の変化を考慮すると,もはや被害者の居宅内の財物に対する占有は失われたとして,窃盗罪ではなく占有離脱物横領罪にあたるとした。
同判決は,居宅内の財物は,同女の死亡を知らない第三者から見れば同女の占有下にあるとみられる状態が続いていたことを認めつつ,それだけでは占有の継続を認めなかった。

3 岡山地裁平成23年7月28日判決

被告人は,被害者を殺害した後,殺人の発覚を防ぐため,死体を布団にくるんで自分の車に乗せ,血痕を拭き取り,親族にうその説明をし,被害者の車を運転して移動させるなどしていた。
そして,殺害から約5時間後,被害者の車を殺害現場から約2.5キロメートル離れた山中まで運転して移動させ,車内にあったバッグを持ち出して,その中の財布から現金を抜き取った。

同判決は,約5時間の経過は殺人の罪証隠滅行為を続けていた間に生じたにすぎないこと,現金の遺留状況は,車を移動させバッグを持ち出して約10メートル歩いた点以外は殺害時点とほとんど変わっていないこと,現金は他人が容易に発見しがたい状態にあったことを挙げた。
その上で,現金を抜き取った時点でも「被害者が生前有していた現金に対する所持は,なお継続して保護に値する状態にあった」とし,最高裁昭和41年4月8日判決と同じく一連の行為を全体的に考察して,窃盗罪が成立するとした。

4 裁判例の比較

裁判例殺害から取得までの時間間の事情結論
最高裁昭和41年4月8日判決犯行の直後殺害現場で被害者が身に着けていた腕時計窃盗罪
東京地裁昭和37年12月3日判決殺害して間もなく(現金)同じ居室で,同一の機会窃盗罪
東京地裁昭和37年12月3日判決約9時間後(通帳)立ち去って飲酒・宿泊した後,別の機会に戻った占有離脱物横領罪
新潟地裁昭和60年7月2日判決翌日死体が居宅内に残っている状況窃盗罪
新潟地裁昭和60年7月2日判決5日後・10日後その間に死体を解体し,居宅から持ち出して隠した占有離脱物横領罪
岡山地裁平成23年7月28日判決約5時間後罪証隠滅行為を続けていた間の時間経過で,現金の遺留状況はほぼ不変窃盗罪

第5 判断の要素

裁判例から,死者の占有を認めるかどうかの判断要素は,次のように整理できる。
①財物を取った者が,被害者を死亡させた本人であるか。
②殺害と財物の取得との時間的な近さ。
③殺害と財物の取得が同じ機会といえるか。
④財物の置かれた状況(死体の所在,財物の場所,他人からの発見の容易さ)が殺害時から変わったか。

東京地裁の判決と岡山地裁の判決を比べると,経過時間は約9時間と約5時間で大差がないのに,結論が分かれている。
東京地裁の事案では,被告人がいったん現場を離れて飲酒・宿泊し,財物を思い出して改めて戻ったのに対し,岡山地裁の事案では,殺害の後,罪証隠滅の行為を続ける中で財物を取っている。
時間の長さだけでなく,③の機会の同一性と④の状況の変化が重視されていることが分かる。

新潟地裁の判決は,翌日の取得でも,死体が現場に残っている状況であれば窃盗罪となり得ることを示す一方,死体の解体・搬出という状況の変化の後は占有を否定しており,④の要素を重く見ている。

第6 司法試験の答案での使い方

死者の占有は,殺人の後の財物の取得が問われる事例問題で,繰り返し論点になり得る。
答案では,まず殺害の前から財物を取る意思があったかを確かめ,あれば強盗殺人罪の問題として検討する。
殺害の後に初めて取得の意思を生じた場合は,占有は死亡により原則として失われることを示した上で,最高裁昭和41年4月8日判決の理由付け(生前の所持の保護と,自己の行為を利用した一連の行為の全体的考察)を示し,第5の要素に問題文の事実を当てはめる。

令和8年司法試験刑事系第1問では,甲と乙が,被害者Aを死亡したと誤信した後,A所有の自動車を無断で運転して持ち出しているが,その時点でAは実際にはまだ生きていた。
この場合,Aの占有は客観的に続いているから,窃盗罪の客観面は満たされ,甲乙がAの死亡を誤信していたことは,殺害直後に被害者の財物を取れば窃盗罪となるという最高裁昭和41年4月8日判決の考え方からすれば,窃盗罪の故意を否定する理由にはならないと考えられる。
同問の模範解答は,第7の関連記事で示している。

第7 関連記事

①令和8年度司法試験刑事系第1問の模範解答と予想される評価項目―出題の趣旨・採点実感の公表前に問題文と判例から予想した45項目と5段階の重み付け(AI作成)
②置き引きは窃盗罪か占有離脱物横領罪か―置き忘れた物の占有が続いているかの判断と裁判例(AI作成)
③会社の書類や物を持ち出して隠した・捨てたときの不法領得の意思―窃盗・詐欺と横領で判例の定式が違う理由(AI作成)
④死亡したと誤信して証拠隠滅行為に及び,その行為で死亡させた場合―因果関係の錯誤・概括的故意・共同正犯(AI作成)
⑤一緒に管理していたお金や物を一人が持ち出したとき―窃盗罪か横領罪か,共同占有と親族相盗例(刑法244条)の裁判例(AI作成)

第8 出典及び確認状態

1 法令

①刑法(e-Gov法令検索)

2 裁判例

①最高裁判所第二小法廷昭和41年4月8日判決(昭和40年(あ)第1573号,刑集20巻4号207頁)
②東京地方裁判所昭和37年12月3日判決(昭和37年(わ)第193号,判例秘書の判例番号 L01730288)
③新潟地方裁判所昭和60年7月2日判決(昭和60年(わ)第41号・第60号,判例秘書の判例番号 L04050401)
④岡山地方裁判所平成23年7月28日判決(平成22年(わ)第232号・第289号,判例秘書の判例番号 L06650465)

3 確認状態

刑法235条,240条及び254条は,e-Gov法令検索で現行の条文を確認した。

最高裁昭和41年4月8日判決は,裁判所ウェブサイトの判決全文で判示を確認した。
該当部分は,上告趣意に対する判断の中の括弧書きの説示である。

東京地裁,新潟地裁及び岡山地裁の各判決は,裁判所ウェブサイトに掲載されておらず,判例秘書で判決本文の該当部分を確認した。
東京地裁の判決が引用する大審院昭和16年11月11日判決は,同判決の引用によるものであり,大審院判決の原文は確認していない。

殺害に関与していない第三者が死体から財物を取った場合の裁判例,及び判例秘書で「死者の占有」の検索に該当したその他の裁判例(福岡高裁昭和50年2月26日判決,盛岡地裁昭和44年4月16日判決等)は,本記事の作成時点では内容を確認していない。