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配偶者の運転する車に同乗中の事故と被害者側の過失―最高裁昭和51年3月25日判決,婚姻破綻の基準時及び運転者の死亡・相続(AI作成)

第1 この記事の対象と確認の方法

1 対象と結論の要旨

(1) 取り上げる場面

夫又は妻が運転する自動車に同乗していた人が,第三者の運転する自動車との衝突で負傷し,その第三者やその使用者(勤務先の会社等)に損害賠償を請求する場面を取り上げる。
この場面では,運転していた配偶者にも過失があると,相手方から,配偶者の過失の分だけ賠償額を減らすべきであるという反論が出る。
これが民法722条2項のいわゆる「被害者側の過失」の問題である。
あわせて,相手方の運転者が業務中であった場合の使用者責任,事故後に夫婦関係が破綻した場合,運転していた配偶者が死亡して同乗者が相続した場合の法律関係も扱う。

(2) 結論の要旨

最高裁昭和51年3月25日判決は,夫の運転する自動車に同乗した妻の損害賠償について,夫婦の婚姻関係が既に破綻にひんしているなどの特段の事情のない限り,夫の過失を被害者側の過失として考慮できるとした。
内縁の夫婦についても同じ結論の最高裁判例があり,恋愛関係にとどまる男女や職場の同僚については被害者側の過失に当たらないとした最高裁判例がある。
これに対し,事故の後に婚姻関係が破綻した場合に「特段の事情」を事故時と請求時のどちらで判断するかについては,最高裁判例を確認できなかった。
また,運転していた配偶者が死亡し,同乗者が単独で相続した場合に,相手方の債務がどうなるかについては,平成29年の民法改正後の最高裁判例を確認できず,見解が分かれ得る状態にある。
なお,確認した損害保険会社2社の約款では,運転していた配偶者の任意保険の対人賠償責任保険は配偶者に対する賠償責任を補償の対象外としており,配偶者側からの回収は自賠責保険が中心になる。

2 確認の方法と資料の性質

(1) 確認日と資料

令和8年9月26日に,民法及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)の条文をe-Gov法令検索で取得し,改正前の条文は同日時点のe-Gov法令APIで令和2年3月31日時点の本文を取得した。
裁判例は,裁判所HPの裁判例検索で個別ページと判決全文を確認したものだけを取り上げる。
平成29年改正の立案段階の資料は,法務省HPに掲載された法制審議会民法(債権関係)部会の資料・議事録と,法務省民事局参事官室が作成した中間試案の補足説明で確認し,自動車保険の約款は保険会社がWebで公開しているPDFで確認した。
以下で「最高裁」とあるのは最高裁判所の判決であり,引用部分は判決全文の文言のとおりである。

(2) 司法試験の資料の位置付け

令和7年司法試験論文式試験の民事系科目第1問の設問1⑴及び⑵は,この記事の論点をほぼそのまま出題している。
本記事では,法務省が公表した「令和7年司法試験論文式試験問題出題の趣旨」と「令和7年司法試験の採点実感(民事系科目第1問)」も紹介する。
これらは考査委員が答案に期待した検討の筋道を示す試験資料であり,判例でも行政解釈でもない。
本文で引用するときも,その位置付けを明示する。

第2 関係する条文

1 過失相殺と責任の根拠

(1) 過失相殺

民法722条2項は,「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と定める。
条文上は「被害者に過失があったとき」とされており,被害者以外の者の過失を考慮できるかは,後で述べる判例による解釈に委ねられている。

(2) 相手方に請求する根拠

一般の不法行為は民法709条であり,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定める。
相手方の運転者が業務中であった場合は,民法715条1項本文が「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と定める。
自動車の運行による人身損害については,自賠法3条本文が「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。」と定める。
相手方の運転者と同乗者の配偶者の双方に過失がある場合,民法719条1項前段は「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。」と定める。

2 連帯債務,混同及び相続の規定

(1) 現行の民法

現行の民法436条は,数人が連帯して債務を負担するときは,債権者は一人に対し又は全員に対し全部又は一部の履行を請求できると定める。
民法440条は「連帯債務者の一人と債権者との間に混同があったときは、その連帯債務者は、弁済をしたものとみなす。」と定める。
民法441条本文は,438条(更改),439条1項(相殺)及び440条(混同)に規定する場合を除き,連帯債務者の一人について生じた事由は他の連帯債務者に対して効力を生じないと定める。
民法442条1項は,連帯債務者の一人が弁済等で共同の免責を得たときは,「その免責を得た額が自己の負担部分を超えるかどうかにかかわらず」,他の連帯債務者に対し各自の負担部分に応じた額の求償権を有すると定める。
民法520条本文は「債権及び債務が同一人に帰属したときは、その債権は、消滅する。」と定める。
民法896条本文は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。」と定める。

(2) 改正前の民法と経過措置

平成29年法律第44号による改正前の民法では,混同の規定は438条にあり,文言は現行の440条と同じであった。
改正前の442条1項は「連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、他の連帯債務者に対し、各自の負担部分について求償権を有する。」と定めており,負担部分を超えるかどうかについての文言はなかった。
法務省の民法の一部を改正する法律(債権法改正)についてによれば,この改正は一部の規定を除き令和2年4月1日から施行された。
改正法附則20条2項は,「施行日前に生じた旧法第四百三十条に規定する不可分債務及び旧法第四百三十二条に規定する連帯債務(これらの原因である法律行為が施行日前にされたものを含む。)については、なお従前の例による。」と定める。
事故の日が施行日の前か後かで適用される条文が変わるので,まず事故日を確かめる必要がある。

(3) 相続の承認と放棄

民法925条は「相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなす。」と定める。
民法939条は「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。」と定める。
いずれも,民法915条1項により,原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にしなければならない。
共同相続人がいるときは,民法923条により,限定承認は共同相続人の全員が共同してのみすることができる。

第3 被害者側の過失の一般論

1 最高裁昭和42年6月27日判決

(1) 判示の内容

最高裁昭和42年6月27日判決(昭和40年(オ)第1056号,民集21巻6号1507頁)は,保育園の保母の引率中に園児が交通事故に遭った事案である。
判決は,民法722条2項の被害者の過失には被害者側の過失も含まれるとした上で,被害者本人が幼児である場合の被害者側の過失とは,「被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいうものと解するを相当とし」とした。
その例として,判決は「被害者に対する監督者である父母ないしはその被用者である家事使用人など」を挙げている。

(2) 公平の理念による限定

判決は,被害者と一体をなすとみられない者の過失を斟酌することは,「第三者の過失によつて生じた損害を被害者の負担に帰せしめ、加害者の負担を免ずることとなり、却つて公平の理念に反する結果となる」と述べている。
その上で,保母は両親から直接に委託を受けた被用者ではなく,保育園の被用者として園児を引率していたにすぎないとして,保母の過失は被害者の過失に当たらないとした。
被害者側の過失は,被害者本人に落ち度がないのに賠償額を減らす仕組みなので,範囲を広げすぎないという考え方が判決の理由に表れている。

2 被害者側に当たるとされた例と当たらないとされた例

(1) 裁判所HPで確認できた最高裁判例

裁判所HPで確認できた最高裁判例を,被害者と過失のある者の関係ごとに整理すると,次のとおりである。

被害者と過失のある者の関係最高裁の判断
幼児と監督上の過失のある父母父母の一方に監督上の過失がある場合に,父母双方の慰謝料請求に民法722条2項を適用(最高裁昭和34年11月26日判決)
園児と引率中の保育園の保母被害者側の過失に当たらない(最高裁昭和42年6月27日判決)
同乗していた妻と運転していた夫特段の事情のない限り被害者側の過失として考慮できる(最高裁昭和51年3月25日判決)
同乗していた同じ職場の同僚他に特段の事情がない限り一体性があるとはいえない(最高裁昭和56年2月17日判決)
同乗していた恋愛関係にある者婚姻も同居もしていない場合は一体性があるとはいえない(最高裁平成9年9月9日判決)
同乗していた内縁の妻と運転していた内縁の夫被害者側の過失として考慮できる(最高裁平成19年4月24日判決)
交代で運転しながら共同して暴走行為をしていた者運転行為が共同暴走行為の一環を成すとして過失相殺で考慮できる(最高裁平成20年7月4日判決)

(2) 親子と内縁

最高裁昭和34年11月26日判決(昭和33年(オ)第866号,民集13巻12号1573頁)は,幼児の生命を害された慰謝料を請求する父母の一方に事故発生についての監督上の過失があるときは,父母の双方に民法722条2項の適用があるとした。
最高裁平成19年4月24日判決(平成18年(受)第688号,集民224号261頁)は,「内縁の夫婦は,婚姻の届出はしていないが,男女が相協力して夫婦としての共同生活を営んでいるものであり,身分上,生活関係上一体を成す関係にあるとみることができる。」と述べ,内縁の夫の過失を被害者側の過失として考慮できるとした。
この事件の原審は,同乗者が飲酒運転や無謀運転を知りながら同乗したなどの事情がないことを理由に考慮を否定していたが,最高裁はこれを破棄している。
内縁の場合も,同乗者自身に落ち度があるかどうかではなく,運転者との関係が決め手になっている。

(3) 恋愛関係と同僚

最高裁平成9年9月9日判決(平成6年(オ)第940号,集民185号217頁)は,事故の約3年前から恋愛関係にあったものの,婚姻していたわけでも同居していたわけでもない男女について,身分上,生活関係上一体を成す関係にあったということはできないとした。
この判決は,運転者の過失は「上告人らに対し損害を賠償した被上告人がEに対しその過失に応じた負担部分を求償する際に考慮されるべき事柄であるにすぎず」と述べ,衡平の見地から1割を減額した原審の判断も誤りとした。
最高裁昭和56年2月17日判決(昭和55年(オ)第768号,集民132号149頁)は,同じ寿司店に勤務する同僚が運転し,他の同僚が同乗していた事案で,同僚であるというだけで一体をなす関係にあるとした原審を破棄した。

(4) 共同暴走行為

最高裁平成20年7月4日判決(平成19年(受)第1386号,集民228号399頁)は,自動二輪車を交代で運転しながら共同して暴走行為を繰り返していた二人のうち,同乗者が死亡した事案である。
判決は,運転行為が「BとAが共同して行っていた暴走行為から独立したAの単独行為とみることはできず,上記共同暴走行為の一環を成すもの」であるとして,「公平の見地に照らし」運転者の過失を同乗者の過失として考慮できるとした。
この判決は,身分上,生活関係上の一体性を理由とするものではなく,共同暴走行為という事情に着目したものである。
二人は中学校時代の先輩と後輩であったが,判決が理由としたのはその関係ではなく共同暴走行為であり,同乗者一般に過失相殺の範囲を広げたものではないと考えられる。

(5) 判断の手掛かり

これらの最高裁判例からは,婚姻,内縁,親子のように身分上,生活関係上一体を成す関係では被害者側の過失が肯定され,恋愛関係,職場の同僚,保育園と園児のような関係では否定される,という区別を読み取ることができる。
ただし,最高裁昭和56年2月17日判決は同僚について「他に特段の事情がない限り」としており,関係の名称だけで結論が決まるわけではない。
令和7年司法試験の採点実感(民事系科目第1問)は,判例と異なり単なる経済的一体性を基準とした答案も少なからず見られたと指摘している。
判例の基準は「身分上,生活関係上」の一体性であり,財布が一つかどうかだけで判断されるものではない点に注意が要る。

第4 夫婦の場合―最高裁昭和51年3月25日判決

1 事案と判示

最高裁昭和51年3月25日判決(昭和47年(オ)第457号,民集30巻2号160頁)は,夫の運転する自動車に同乗していた妻が,第三者の運転する自動車と衝突して負傷した事案である。
原審は,第三者と夫の過失割合を5対5と認定しながら,妻自身に過失はないとして,夫の過失を斟酌しなかった。
最高裁は,被害者の過失には「被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者の過失、すなわちいわゆる被害者側の過失をも包含するものと解される」とした。
その上で,夫と第三者の双方の過失で衝突した場合に妻が第三者に請求する損害額の算定については,「右夫婦の婚姻関係が既に破綻にひんしているなど特段の事情のない限り、夫の過失を被害者側の過失として斟酌することができるものと解するのを相当とする」と判示した。
最高裁は,特段の事情の有無や過失の割合等について審理を尽くさせるため,妻に関する部分を原審に差し戻した。

2 合理性として挙げられた求償関係の一挙解決

判決は,この解釈の合理性について,「加害者が、いつたん被害者である妻に対して全損害を賠償した後、夫にその過失に応じた負担部分を求償するという求償関係をも一挙に解決し、紛争を一回で処理することができるという合理性もある。」と述べている。
被害者側の過失を考慮しない場合,第三者はいったん妻に全額を賠償し,その後に夫の負担部分を夫に求償することになる。
夫婦の家計が一体であれば,妻が受け取った賠償金の一部が夫を通じて第三者に戻るだけなので,最初から夫の過失分を差し引いておけば一度で済む,というのがこの理由の意味である。
求償の向きは第三者(加害者)から運転者である夫へというものであり,令和7年司法試験の採点実感は,「DからCに対する求償」をいうなど,この内容を正確に理解しているか疑われる答案が見られたと指摘している。
同乗していた被害者から運転者への求償ではないことに注意が要る。

3 「特段の事情」の基準時

(1) 判決の文言

最高裁昭和51年3月25日判決は,例外として「夫婦の婚姻関係が既に破綻にひんしているなど特段の事情」を挙げたが,どの時点で破綻していることが必要かは判決文に明示されていない。
事故の時点では円満であった夫婦が,その後の治療や示談交渉の間に別居し,離婚に至ることもある。
その場合に,事故時を基準として被害者側の過失を考慮するのか,請求時を基準として考慮しないのかで,賠償額が大きく変わる。

(2) 最高裁判例は確認できなかった

裁判所HPの裁判例検索で「破綻にひんしている」「被害者側の過失」の語を含む最高裁の裁判例を確認したが,この基準時について判断した最高裁判例は確認できなかった。
令和7年司法試験の採点実感(民事系科目第1問)も,婚姻関係の破綻による例外をどの時点を基準に判断すべきかという問題を「これまで議論が乏しい論点である」としている。

(3) 司法試験の出題趣旨が示した二つの立場

令和7年司法試験論文式試験問題出題の趣旨(民事系科目第1問)は,この点について,被害者側の過失が結果発生に競合する時点である不法行為時を基準とする立場と,求償関係の一挙解決の要請が現実化する時点である損害賠償請求時を基準とする立場とが考えられるとしている。
令和7年司法試験の設例では,同乗者と運転者の婚姻関係は,事故の発生時には円満であったが,請求時までに破綻していた。
出題の趣旨は,いずれの立場をとるかによって例外に当たるかどうかの判断が異なることになると述べている。
これは考査委員が答案に求めた検討の枠組みであり,どちらかの立場を正解として示したものではない。

(4) 二つの立場の考え方

事故時を基準とする考え方は,過失相殺が損害の発生に対する寄与を問題にする制度であることを重視するものと考えられる。
この考え方によれば,事故後の夫婦関係の変化によって賠償額が変わることはなく,離婚の時期によって賠償額が左右されるという不安定さも避けられる。
これに対し,請求時を基準とする考え方は,最高裁昭和51年3月25日判決が合理性として挙げた求償関係の一挙解決が,請求の時点で夫婦の家計が一体であることを前提にしていることを重視するものと考えられる。
婚姻関係が破綻した後に夫の過失分を差し引くと,妻は夫の負担部分を夫から回収しなければならず,一挙解決の前提が失われるからである。
最高裁判例がない以上,実務では,事故時と請求時の双方について婚姻関係の実態を示す資料をそろえ,いずれの立場からも主張できるようにしておくのが無難である。

4 夫婦の間でも損害賠償請求権は成立する

被害者側の過失で相手方への請求が減額されても,減額された部分は運転していた配偶者に請求する余地がある。
最高裁昭和47年5月30日判決(昭和44年(オ)第722号,民集26巻4号898頁)は,夫の運転する自動車に同乗中に負傷した妻が,判示の事実関係の下で自賠法3条の「他人」に当たるとした。
同判決は,「夫婦の一方が不法行為によつて他の配偶者に損害を加えたときは、原則として、加害者たる配偶者は、被害者たる配偶者に対し、その損害を賠償する責任を負うと解すべきであり」と述べ,自賠法16条1項による保険会社への直接請求も認めた。
ただし,同判決は,夫が自動車を自己の通勤等のために購入して維持費を全て負担し,運転ももっぱら夫がしており,妻は運転免許を持たず運転補助もしていなかったという事実関係を前提としている。
同乗していた配偶者が車の購入や維持に関わっていた場合や,運転を交代していた場合には,「他人」に当たるかどうかを個別に検討する必要がある。

第5 相手方の使用者に請求する場合―事業執行性

1 外形から判断する類型

相手方の運転者が業務中であった場合,被害者は,運転者本人だけでなく,その使用者に民法715条1項の使用者責任を追及できるかを検討する。
問題になるのは,加害行為が「事業の執行について」されたといえるかである。
最高裁昭和39年2月4日判決(昭和37年(オ)第589号,民集18巻2号252頁)は,自動車の販売等を業とする会社の被用者が,内規に違反して私用で会社の自動車を運転し帰宅する途中に起こした追突事故について,会社の「事業ノ執行ニ付キ」生じたものとした。
最高裁昭和37年11月8日判決(昭和35年(オ)第907号,民集16巻11号2255頁)も,仕事上の必要に応じ随時会社の自動車を運転使用できる被用者が私用に供した場合について,事業の執行につきなされたものと認めた。
被用者による手形の振出し等の取引的な行為についても,最高裁昭和36年6月9日判決(昭和32年(オ)第281号,民集15巻6号1546頁)や最高裁昭和40年11月30日判決(昭和39年(オ)第1113号,民集19巻8号2049頁)が使用者責任を認めている。
令和7年司法試験の出題の趣旨は,職務権限の逸脱・濫用行為が問題となる事件類型では,判例は「行為の外形から観察して、恰も被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合」にも事業執行性を認めると整理している。

2 暴行の類型

これに対し,被用者の暴行が問題になった事案では,最高裁は別の言い回しを用いている。
最高裁昭和44年11月18日判決(昭和44年(オ)第580号,民集23巻11号2079頁)は,水道管敷設工事の現場で,配管工が鋸の受渡しをきっかけに他の作業員と言い争い,暴行を加えた事案である。
判決は,損害は被用者が「上告会社の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為によつて加えたもの」であるとして,事業の執行につき加えた損害に当たるとした。
最高裁昭和46年6月22日判決(昭和44年(オ)第743号,民集25巻4号566頁)は,すし屋の店員二名が出前に向かう途中,方向指示器をめぐって他の自動車の運転者と口論になり,暴行を加えた事案である。
判決は,損害は店員らが「上告会社の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為をすることによつて生じたもの」であるとして,使用者責任を認めた。

3 業務運転中の口論からの威嚇運転

(1) 令和7年司法試験の設例

令和7年司法試験の設例では,被用者が業務のため自動車を運転中に他の自動車の運転者と口論となり,挑発されて威嚇行為に出たことが事故の原因となった。
出題の趣旨は,威嚇行為は暴行に準ずるものであり,執行行為契機性・密接関連性の基準が妥当する類型に当たるとし,上記の最高裁昭和44年11月18日判決と最高裁昭和46年6月22日判決を挙げている。

(2) 採点実感の指摘

採点実感は,半数近い答案が外形基準で事業執行性を肯定していたが,「本件威嚇行為は、外形から観察しても職務の範囲内の行為に属するものとは言いがたい」と指摘している。
また,被用者が従業員であり業務で自動車を運転中であったことだけで「事業の執行について」に当たるとする答案を,不良に属する答案の例として挙げている。
実務でも,業務中のあおり運転や幅寄せ等による事故では,外形を論じるだけでなく,業務としての運転が口論のきっかけになり,威嚇行為がそれと密接に関連していることを具体的な事実で示す必要があると考えられる。

4 使用者に対しても被害者側の過失は主張される

最高裁昭和63年7月1日判決(昭和60年(オ)第1145号,民集42巻6号451頁)は,民法715条1項の趣旨に照らし,被用者が使用者の事業の執行につき第三者との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合には,「使用者と被用者とは一体をなすものとみて、右第三者との関係においても、使用者は被用者と同じ内容の責任を負うべきものと解すべきである」とした。
使用者の責任は被用者と同じ内容の責任であるから,同乗者が使用者に請求する場合にも,使用者から配偶者の過失による過失相殺が主張されることになると考えられる。
令和7年司法試験の設例でも,使用者責任を追及された使用者が,運転していた配偶者の過失による過失相殺を主張する形で出題されている。

第6 運転していた配偶者が死亡し同乗者が相続した場合

1 問題の構造

運転していた配偶者が事故後に死亡し,同乗していた被害者が単独で相続した場合を考える。
被害者は,相手方の運転者とその使用者に対する損害賠償債権を持つとともに,運転していた配偶者に対する損害賠償債権も持っていた。
相続により,配偶者の被害者に対する損害賠償債務は被害者自身に承継されるので(民法896条),その債権は混同により消滅する(民法520条)。
問題は,この混同が相手方(使用者)の債務にも及ぶかどうかであり,民法440条がこの場面に適用されるかが争点になる。
令和7年司法試験の設例も,同乗者が運転者である配偶者を単独相続し,使用者がこの混同の効力により自らの損害賠償債務が消滅したと主張する形で出題されている。

2 改正前の判例

(1) 不真正連帯債務には混同の絶対効を適用しない

最高裁昭和48年1月30日判決(昭和46年(オ)第1109号,集民108号119頁)は,自動車を借りた夫婦が被用者に運転させて家族でドライブ中に事故が起き,同乗していた子らが被害を受けた事案である。
判決は,同一事故について数人が自賠法3条の運行供用者責任を負う場合,各人の責任は「いわゆる不真正連帯の関係に立つものと解される」とした。
その上で,「不真正連帯債務には連帯債務に関する民法四三八条の規定の適用はないものと解するのが相当である」とし,借主夫婦と子との間に混同を生じて借主夫婦の債務が消滅したとしても,貸主の債務にはなんら影響を及ぼさないとした。
ここでいう民法438条は改正前の混同の規定であり,現行の440条に当たる。
最高裁昭和45年4月21日判決(昭和44年(オ)第479号,集民99号89頁)も,被用者の不法行為に基づく責任と使用者責任とは不真正連帯債務の関係にあり,一方の債務について和解等がされても,現実の弁済がされない限り,他方の債務には影響がないとしていた。
最高裁昭和57年3月4日判決(昭和56年(オ)第173号,集民135号269頁)も,「民法七一九条所定の共同不法行為者が負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であつて連帯債務ではないから」,改正前の民法434条(履行の請求の絶対的効力)の規定は適用されないとしている。

(2) 求償には自己の負担部分を超える賠償が必要

最高裁昭和63年7月1日判決は,被用者と第三者との共同不法行為の事案で,第三者が「自己と被用者との過失割合に従つて定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したとき」は,被用者の負担部分について使用者に求償できるとした。
令和7年司法試験の出題の趣旨は,この判決を,不真正連帯債務においては加害者が自己の負担部分を超えて賠償したことが求償権の要件となるとした判例として紹介している。
共同不法行為者間の求償の負担部分は過失割合で定まることについては,最高裁昭和41年11月18日判決(昭和41年(オ)第58号,民集20巻9号1886頁)も参照される。

3 改正後の見解の対立

(1) 二つの立場

平成29年改正により,連帯債務の絶対的効力事由は大幅に絞られ,民法441条本文は相対的効力を原則とした。
令和7年司法試験の出題の趣旨は,この見直しにより,連帯債務の規定は,これまで不真正連帯債務とされてきた場合への適用に支障がなくなったともいわれると述べる。
他方で,出題の趣旨は,この設問との関係で問題となるのは改正で変更されなかった連帯債務の規定であって,改正前の判例が不真正連帯債務への適用を排除していたものであることにも留意しなければならないとし,連帯債務の規律が適用されるか否かについては両論が成り立ち得るとしている。

(2) 求償の向きが逆になる

二つの立場では,結論だけでなく求償の向きも逆になる。
令和7年司法試験の設例の過失割合(相手方の運転者2,運転していた配偶者8)を前提に,出題の趣旨の説明を整理すると次のとおりである。

立場使用者の債務求償の向き
民法440条・442条を適用する立場配偶者の債務に生じた混同で全部消滅する相続人である被害者が使用者に求償する(損害賠償債務の額の2割)
民法440条の適用を排除する立場影響を受けずにそのまま存続する使用者が被害者に賠償した後に被害者に求償する(2割を超えて弁済した部分)

民法440条を適用する立場では,混同が生じた配偶者は損害賠償債務を全額弁済したものとみなされるので,その地位を相続した被害者が,使用者に対して使用者の負担部分に応じた額を求償することになる。
民法440条の適用を排除する立場では,被害者は使用者に全額を請求でき,使用者は,自己の負担部分を超えて弁済したときに,相続人である被害者に求償することになる。
令和7年司法試験の採点実感は,混同による配偶者の債務の消滅(民法520条)と,それが使用者の債務に及ぼす影響(民法440条)を,段階を分けて論じた答案は少数にとどまったと指摘している。

(3) 立案段階の資料

法制審議会民法(債権関係)部会の中間試案(平成25年)は,混同を含む連帯債務の絶対的効力事由を原則として相対的効力事由とする案であった。
法務省が公表した「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」は,共同不法行為者の損害賠償債務が判例上不真正連帯債務とされていることを前提に,この案は「判例上の不真正連帯債務に関する規律を原則的な連帯債務の規律として位置づけるもの」であり,「不真正連帯債務という条文に存在しない概念を用いる必要性は失われることになる」と説明していた(資料上の192頁・198頁)。
その後の部会資料67Aは,混同を相対的効力事由とすると,他の連帯債務者が債権者でもある連帯債務者にいったん全部を履行してから求償することになり,「このように同一の者に対して履行をした上で求償することは迂遠である」として,「混同が生じた場合には弁済がされたものとみなすという現行法の規律を維持することとした」(資料上の13頁~14頁)。
部会資料67Aは,法律の規定によって連帯債務が成立する場合の例として民法719条1項を挙げており(資料上の2頁),部会の第77回会議でも,債務不履行が競合した場合に民法719条が準用されるかをめぐる委員の意見に対し,関係官が,719条が準用されるのであれば連帯債務とする法令があることになるので,「法令に基づいて連帯債務になると考えればよいと考えております」と述べている(資料上の4頁)。
求償については,部会資料67Aの段階では,不真正連帯債務に関する最高裁昭和63年7月1日判決に従うとして自己の負担部分を超えなければ求償できないとする案であったが(資料上の15頁~16頁),部会資料80-3で,一部求償を認める方が各債務者の負担を公平にすることなどを理由に,負担部分を超えるかどうかにかかわらず求償を認める現在の規律に改められた(資料上の9頁)。
もっとも,混同の規律を維持した理由の説明にも,求償の規律を改めた理由の説明にも,共同不法行為者の損害賠償債務の場面は出てこない。
このように,立案段階の資料からは,共同不法行為者の損害賠償債務にも改正後の連帯債務の規定が及ぶことを前提とした説明が読み取れる。
他方で,第77回会議では,委員から,改正後も不真正連帯債務の領域はなお残るであろうという意見や,不真正連帯債務と連帯債務を連動させることを当然の前提とするのが適当かという意見も出されていた(資料上の14頁・15頁)。
また,確認した資料の範囲では,民法440条と442条1項を共同不法行為者間にそのまま適用した場合の帰結を検討した記載は見当たらなかった。

(4) 改正後の裁判例は確認できなかった

裁判所HPの裁判例検索で「不真正連帯」「共同不法行為者間の求償」等の語を含む最高裁の裁判例を確認したが,平成29年改正後の民法の下で,共同不法行為者の一人に生じた混同が他の者の債務に及ぶかについて判断した最高裁判例は確認できなかった。
下級審についても,令和2年4月1日以後に言い渡された裁判例を「不真正連帯」「共同不法行為者間の求償」「民法442条」「自己の負担部分を超え」等の語で検索したが,改正後の民法440条又は442条1項を共同不法行為者に適用するかを判断した裁判例は,裁判所HPでは確認できなかった。
したがって,令和2年4月1日以後の事故については,どちらの立場によるかが確定していない。
他方で,事故が令和2年3月31日以前である場合は,改正前の民法が適用されると考えられ,最高裁昭和48年1月30日判決の考え方がそのまま問題になると考えられる(改正法附則20条2項は旧法432条に規定する連帯債務について従前の例によるとしているが,改正前に不真正連帯債務とされてきた債務への当てはめについては検討の余地がある。)。

(5) 共同相続の場合

ここまでは同乗者が運転者を単独で相続した場合を前提としてきたが,運転者に子がいる場合など,同乗者のほかに共同相続人がいる場合もある。
最高裁昭和29年4月8日判決(昭和27年(オ)第1119号,民集8巻4号819頁)は,相続財産中の金銭その他の可分債権は法律上当然分割され,各共同相続人がその相続分に応じて承継するとした。
最高裁昭和34年6月19日判決(昭和32年(オ)第477号,民集13巻6号757頁)は,被相続人の金銭債務その他の可分債務も法律上当然分割されるとし,連帯債務者の一人が死亡した場合には,相続人らは「被相続人の債務の分割されたものを承継し、各自その承継した範囲において、本来の債務者とともに連帯債務者となると解するのが相当である」とした。
被相続人に対する債務を負っていた共同相続人の一人について,承継した債権のうちその者の承継部分だけが混同により消滅するとした下級審裁判例として,相続税の事案であるが,東京地裁平成23年5月17日判決(平成21年(行ウ)第333号)があり,同判決は,その者については「その承継に係る部分が直ちに混同(民法520条)により消滅し」とした(控訴審の東京高裁平成23年11月30日判決も控訴を棄却している。)。
この事件は被相続人が債権者で相続人の一人が債務者であった場面であり,運転者(被相続人)が債務者で同乗者(相続人の一人)が債権者である本記事の場面とは向きが逆であるが,相続分に応じた承継と混同の範囲の考え方は参考になる。
これらによれば,例えば同乗していた妻と子2人が運転者を相続した場合(民法900条1号・4号により妻の相続分は2分の1,子は各4分の1),運転者の妻に対する損害賠償債務は妻が2分の1,子が4分の1ずつ承継し,混同により消滅するのは妻が承継した2分の1の部分にとどまると考えられる。
この場合に,相手方の債務や配偶者の自賠責保険への直接請求権が混同の限度でどのような影響を受けるかを判断した最高裁判例は確認できなかった。

4 自賠責保険への影響

(1) 保有者に対する債権の混同と直接請求

運転していた配偶者がその自動車の保有者でもあった場合,同乗していた被害者は,第4の4のとおり,その自賠責保険に自賠法16条1項で直接請求できる場合がある。
しかし,最高裁平成元年4月20日判決(昭和60年(オ)第217号,民集43巻4号234頁)は,自賠法3条による被害者の保有者に対する損害賠償債権と保有者の被害者に対する損害賠償債務が同一人に帰したときは,「自賠法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する損害賠償額の支払請求権は消滅するものと解するのが相当である」とした。
判決は,直接請求権の成立には保有者に対する損害賠償債権の成立が要件となっており,その債権が消滅すれば直接請求権も消滅すると理由を述べている。
同判決は,混同によって損害賠償債務が消滅した場合は,自賠法15条の「自己が支払をした」場合にも当たらないとしている。
この事件は,自動車の保有者である夫が妻と子を同乗させて運転中に運転を誤って海中に転落し,3人とも死亡した事案である。
死亡の先後関係が不明で,ほかに相続人もいなかったため,夫の先妻との間の子2名が,判決の言葉では「それぞれ二分の一の割合でDとFの権利義務を共同相続した」(Dは夫,Fは同乗していた子)ので,同乗していた子の夫に対する損害賠償債権と夫の子に対する損害賠償債務の双方が同じ2名に帰属していた。
判決は,限定承認や相続放棄の場合,相続人の一部だけに混同が生じる場合については述べていない。

(2) 相続の承認・放棄を決める前に確認すること

したがって,同乗していた被害者が運転者である配偶者を単純承認で相続すると,配偶者の自賠責保険への直接請求ができなくなるおそれがある。
限定承認をした場合について,裁判所HPで「限定承認」と「自賠法」「直接請求」「混同」等の語を組み合わせて検索したが,直接請求権の帰趨を判断した裁判例は確認できなかった。
もっとも,民法925条は,限定承認をしたときは被相続人に対して有した権利義務は消滅しなかったものとみなすと定めているので,保有者に対する損害賠償債権が存続し,これを前提とする直接請求権も消滅しないと考えられる。
ただし,限定承認は共同相続人全員でしなければならず(民法923条),熟慮期間は原則として3か月である(民法915条1項)。
相続放棄をすれば初めから相続人とならなかったものとみなされるので(民法939条),混同は生じないが,配偶者の財産も承継できなくなる。
どの方法を選ぶかは,相手方からの回収見込み,配偶者の自賠責保険・任意保険の内容,配偶者の遺産と債務の額を比べて決める必要があり,熟慮期間内に保険会社への照会を済ませておくことが重要である。

第7 実務での進め方

1 過失割合の主張立証

(1) 事故態様の資料

被害者側の過失が問題になる事件では,相手方の過失だけでなく,同乗していた配偶者の過失の有無と割合が賠償額を左右する。
相手方は配偶者の過失を大きく主張する動機を持ち,被害者は配偶者の過失を小さく主張したいという,通常の事故とは異なる利害の構図になる。
事故態様の資料としては,警察の実況見分調書等の刑事記録,交通事故証明書,双方の車両のドライブレコーダーの映像,車両の損傷状況の写真が中心になる。
刑事記録の入手方法は刑事記録の入手方法-捜査中・公判中・不起訴・確定後の手続,実況見分への立会いの注意点は交通事故の実況見分調書作成時の留意点で扱っている。

(2) ドライブレコーダーの保全

同乗していた車両のドライブレコーダーは被害者の世帯の手元にあることが多いので,上書きされる前に記録媒体を取り外して保全する。
その映像は相手方の過失を示すと同時に,配偶者の運転操作も記録しているので,内容を確認した上で主張の組立てを考える。
過失割合の類型的な目安については,別冊判例タイムズ39号(過失相殺率の認定基準・全訂6版)の改訂点-自転車同士の事故の新設,新しい事故類型,基本の過失相殺率の変更及び高齢者の年齢で扱っている。

2 配偶者側の保険から支払を受けた場合の計算

配偶者の自賠責保険等から損害の一部の支払を受けた場合,その額を相手方の賠償額から直接差し引くのではない。
最高裁平成11年1月29日判決(平成9年(オ)第2049号,集民191号265頁)は,一つの交通事故について甲と乙が連帯して賠償責任を負い,乙の責任についてのみ過失相殺がされて賠償すべき額が異なる場合,甲がした損害の一部てん補は,てん補額を被害者が甲からてん補を受けるべき損害額から控除し,その残額が乙の賠償すべき額を下回ることにならない限り,乙の賠償すべき額に影響しないとした。
この事件は,子が運転する車両に同乗していた親ときょうだいについて,運転していた子の過失が被害者側の過失として相手方との関係でだけ考慮され,運転していた車両の自賠責保険から支払を受けていた事案である。
例えば,損害が1,000万円,相手方と配偶者の過失割合が2対8で,相手方に請求できる額が200万円である場合に,配偶者側の保険から500万円の支払を受けても,残りの損害は500万円であり,相手方に請求できる額の200万円を下回らないから,相手方に請求できる額は200万円のまま変わらないことになる。
相手方の保険会社が配偶者側の支払額をそのまま差し引いた示談案を示してきたときは,この判例に照らして計算を確かめる必要がある。

3 自分の側の保険

被害者側の過失によって相手方から回収できない部分は,同乗していた車両の人身傷害保険や搭乗者傷害保険から補償を受けられる場合がある。
人身傷害保険の請求順序と保険代位については人身傷害保険の補償範囲と請求順序―人傷先行・賠償先行,保険代位及び自賠責回収,搭乗者傷害保険については搭乗者傷害保険の補償内容,人身傷害保険との違い及び請求時の確認事項で扱っている。
配偶者の任意保険の対人賠償責任保険は,約款で配偶者に対する賠償責任が補償の対象外とされていることがある。
例えば,東京海上日動火災保険の総合自動車保険(トータルアシスト自動車保険)の約款(2026年1月1日以降始期用)の賠償責任条項第3条(3)は,「当会社は、対人事故により下表のいずれかに該当する者の生命または身体が害された場合には、それによって被保険者が被る損害に対しては、保険金を支払いません。」と定め,その表に,契約の車を運転中の者の父母,配偶者又は子と,被保険者の父母,配偶者又は子を掲げている。
損害保険ジャパンの個人用自動車保険(THE クルマの保険)の普通保険約款(2026年7月版)の対人賠償責任条項第3条(1)も,「契約自動車を運転中の者またはその父母、配偶者もしくは子」と「被保険者の父母、配偶者または子」を掲げている。
いずれの約款も,配偶者には「婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者」を含むとしている。
したがって,配偶者の運転する車に同乗していた被害者は,配偶者の任意保険の対人賠償保険からは支払を受けられないことを前提に,配偶者の自賠責保険,自分の側の人身傷害保険・搭乗者傷害保険から回収することを検討する必要がある。
約款の文言は保険会社や契約の始期によって異なるので,実際の契約の約款で確認する必要がある。

4 チェックリスト

(1) 婚姻関係と生活関係の資料

①事故日と,事故日が令和2年4月1日以後かどうか。
②事故時点の婚姻・内縁の有無と,住民票上の世帯,同居の有無。
③事故後の別居の開始日,離婚調停・離婚訴訟の申立日,離婚の成立日。
④事故時と請求時それぞれの家計の状況(生活費の負担,共通の口座,婚姻費用の支払の有無)。
⑤内縁の場合は,共同生活の期間,親族や周囲への紹介の状況,健康保険の扶養の有無等,夫婦としての共同生活を示す資料。

(2) 請求の相手方と順序

⑥相手方の運転者,その使用者,相手方車両の保有者のうち,誰に請求するか(使用者に請求する場合は業務中の運転か,加害行為が業務と密接に関連するか)。
⑦被害者側の過失で減額される部分を,配偶者本人,配偶者の自賠責保険,自分の側の人身傷害保険・搭乗者傷害保険のどこから回収するか。
⑧配偶者側の保険から支払を受けた場合に,相手方の賠償額の計算が最高裁平成11年1月29日判決に沿っているか。

(3) 運転していた配偶者が死亡した場合

⑨他に共同相続人がいるかと,相続の承認又は放棄の熟慮期間の満了日(共同相続人がいる場合は,混同が生じる範囲が同乗者の相続分に限られるかも検討する。)。
⑩配偶者の自賠責保険への直接請求が混同で消滅するおそれを踏まえ,単純承認,限定承認又は相続放棄のいずれを選ぶか。
⑪相手方(使用者)から混同による債務消滅が主張された場合に,事故日による適用法令と,改正後の最高裁判例が確認できないことを前提とした主張を準備しているか。

第8 関連記事

①共同不法行為の連帯責任と連帯債務―不真正連帯債務,示談,時効及び求償
②共同不法行為の要件・過失相殺・求償関係
③人身傷害保険の補償範囲と請求順序―人傷先行・賠償先行,保険代位及び自賠責回収
④搭乗者傷害保険の補償内容,人身傷害保険との違い及び請求時の確認事項
⑤被害者の過失が大きい交通事故の請求順序-自賠責の重大な過失による減額,被害者請求及び訴訟の比較と計算例
⑥保険会社から届いた交通事故の示談案の見方――慰謝料・休業損害・逸失利益・既払金・過失割合・清算条項の確認
⑦刑事記録の入手方法-捜査中・公判中・不起訴・確定後の手続
⑧司法試験の採点実感から学ぶ法律文書の書き方―準備書面・意見書・相談メモのチェックリスト

第9 出典

1 法令

①民法(e-Gov法令検索)(436条,440条~442条,520条,709条,715条,719条,722条,896条,900条,915条,923条,925条,939条,附則(平成29年法律第44号)20条)
②民法(令和2年3月31日時点の434条,438条及び442条。e-Gov法令APIで取得)
③自動車損害賠償保障法(e-Gov法令検索)(3条,15条,16条)

2 裁判例

①最高裁昭和34年11月26日判決(昭和33年(オ)第866号,民集13巻12号1573頁)
②最高裁昭和36年6月9日判決(昭和32年(オ)第281号,民集15巻6号1546頁)
③最高裁昭和37年11月8日判決(昭和35年(オ)第907号,民集16巻11号2255頁)
④最高裁昭和39年2月4日判決(昭和37年(オ)第589号,民集18巻2号252頁)
⑤最高裁昭和40年11月30日判決(昭和39年(オ)第1113号,民集19巻8号2049頁)
⑥最高裁昭和41年11月18日判決(昭和41年(オ)第58号,民集20巻9号1886頁)
⑦最高裁昭和42年6月27日判決(昭和40年(オ)第1056号,民集21巻6号1507頁)
⑧最高裁昭和44年11月18日判決(昭和44年(オ)第580号,民集23巻11号2079頁)
⑨最高裁昭和45年4月21日判決(昭和44年(オ)第479号,集民99号89頁)
⑩最高裁昭和46年6月22日判決(昭和44年(オ)第743号,民集25巻4号566頁)
⑪最高裁昭和47年5月30日判決(昭和44年(オ)第722号,民集26巻4号898頁)
⑫最高裁昭和48年1月30日判決(昭和46年(オ)第1109号,集民108号119頁)
⑬最高裁昭和51年3月25日判決(昭和47年(オ)第457号,民集30巻2号160頁)
⑭最高裁昭和56年2月17日判決(昭和55年(オ)第768号,集民132号149頁)
⑮最高裁昭和63年7月1日判決(昭和60年(オ)第1145号,民集42巻6号451頁)
⑯最高裁平成元年4月20日判決(昭和60年(オ)第217号,民集43巻4号234頁)
⑰最高裁平成9年9月9日判決(平成6年(オ)第940号,集民185号217頁)
⑱最高裁平成11年1月29日判決(平成9年(オ)第2049号,集民191号265頁)
⑲最高裁平成19年4月24日判決(平成18年(受)第688号,集民224号261頁)
⑳最高裁平成20年7月4日判決(平成19年(受)第1386号,集民228号399頁)
㉑最高裁昭和29年4月8日判決(昭和27年(オ)第1119号,民集8巻4号819頁)
㉒最高裁昭和34年6月19日判決(昭和32年(オ)第477号,民集13巻6号757頁)
㉓最高裁昭和57年3月4日判決(昭和56年(オ)第173号,集民135号269頁)
㉔東京地裁平成23年5月17日判決(平成21年(行ウ)第333号)
㉕東京高裁平成23年11月30日判決(平成23年(行コ)第199号)

3 法務省の資料

①令和7年司法試験論文式試験問題出題の趣旨(民事系科目〔第1問〕,資料上の4頁~7頁)
②令和7年司法試験の採点実感(民事系科目第1問)(資料上の1頁~3頁)
③民法の一部を改正する法律(債権法改正)について
④民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明(資料上の192頁・198頁)
⑤法制審議会民法(債権関係)部会資料67A(資料上の2頁・13頁~16頁)
⑥法制審議会民法(債権関係)部会資料80-3(資料上の9頁)
⑦法制審議会民法(債権関係)部会第77回会議議事録(資料上の4頁・14頁~15頁)

4 保険約款

①東京海上日動火災保険「2026年1月1日以降始期用 自動車 ご契約のしおり(総合自動車保険の約款)」(資料上の32頁)
②損害保険ジャパン「普通保険約款および特約(ご契約のしおり)個人用自動車保険 2026年(令和8年)7月版」(資料上の50頁~51頁)