交通事故では,警察官が事故現場を見分し,その結果を記録した「実況見分調書」が作成されます。
この書面は,過失割合を判断するうえで重視される客観的な証拠です。
この記事では,交通事故の当事者(特に被害者)の立場から,実況見分に立ち会うときの留意点,けがの加療期間によって作成される書面が変わること,実況見分調書の証拠としての扱い,および根拠となる犯罪捜査規範の条文を整理します。
第1 実況見分調書とは——交通事故の証拠としての位置づけ
1 実況見分と実況見分調書
実況見分とは,警察官が事故現場や車両などを五感によって観察し,事故の状況を確かめる捜査です。
その結果を記録した書面が実況見分調書で,事故現場の位置,道路の形状,車両や被害者の位置関係などが,図面や写真とともに記載されます。
実況見分調書は,事故の当事者や目撃者の記憶に頼る供述調書と異なり,現場の客観的な状況をとらえた記録です。
そのため,事故の状況を後から検討するうえで基礎となる資料になります。
2 過失割合の判断で重視され,不起訴でも入手できる
過失割合が争いになった場合,実況見分調書は,信用性の高い客観的な証拠として重視されます。
車両や被害者の位置,衝突地点,制動の有無などが図示されるため,どちらにどの程度の不注意があったかを検討する出発点になるからです。
加害者が不起訴になった場合でも,実況見分調書は入手できることがあります。
刑事訴訟法47条本文は,訴訟に関する書類を原則として公判の開廷前には公にしてはならないと定めていますが,実況見分調書などの客観的な証拠は,不起訴事件記録の開示という運用により,一定の要件のもとで開示を受けられます。
不起訴事件記録の入手方法は,不起訴事件記録(例えば,実況見分調書及び物件事故報告書)の入手方法で説明しています。
3 実況見分が行われる時期
実況見分が行われる時期について,法律上の定めはありません。
事故の直後に現場で行われることもあれば,後日改めて日時を決めて行われることもあります。
時間が経過すると,路面の痕跡や落下物などの現場の資料は失われていきます。
したがって,できる限り早い段階で実況見分が行われ,当事者がこれに立ち会うことが望ましいといえます。
第2 加療期間で変わる作成書面の種類
交通事故の刑事事件では,けがの程度(診断書に記載された加療期間)に応じて,作成される書面の様式が変わります。
様式は,警察庁の通達によって定められています。
1 加療期間が約3週間以下——簡約特例書式
警察に提出した診断書の加療期間が約3週間以下の交通事故では,過失運転致傷等事件に係る簡約特例書式について(平成26年5月14日付の警察庁交通局長・刑事局長通達)に基づき,現場の見分状況書,被疑者供述調書,被害者供述調書などが作成されることが多いです。

2 加療期間が約3週間を超える——特例書式
警察に提出した診断書の加療期間が約3週間を超える交通事故では,過失運転致傷等事件に係る特例書式について(平成26年5月14日付の警察庁交通局長・刑事局長通達)に基づき,実況見分調書及び交通事故現場見取図,被疑者供述調書,被害者供述調書などが作成されることが多いです。
また,被害者が処罰を望む意思を明確に示していて,かつ,診断書記載の加療期間が約1週間を超える場合には,原則として特例書式の刑事記録が作成されます。



3 現場の見分状況書に図示される地点
現場の見分状況書には,事故に至るまでの主な地点が図示されます。
典型的には,①最初に相手を発見した地点,②危険を感じた地点,③ブレーキをかけた地点,④衝突をした地点です。
これらの地点の位置関係から,事故の経過を読み取ることができます。
例えば,②危険を感じた地点,③ブレーキをかけた地点,④衝突をした地点がほぼ同じ地点として図示されている場合は,加害者がブレーキをかける間もなく,あるいはブレーキをかけずに被害者に衝突したことがうかがえます。
4 実務上は見分状況書も実況見分調書と呼ぶ
簡約特例書式で作成される書面の名称は「現場の見分状況書」ですが,実務では,この現場の見分状況書も含めて「実況見分調書」と呼ぶことが一般的です。
第3 実況見分に立ち会うときの留意点
1 できる限り立ち会い,正確に説明する
実況見分調書は過失割合の判断で重視されるため,警察の実況見分には,できる限り立ち会うようにしてください。
そして,立ち会った場合には,担当の警察官に対して,事故当時の状況を正確に説明できるようにしておいてください。
2 事故直後に非を認めた発言より調書の記載
事故の直後に加害者が自分の非を認めていたという事実は,示談や訴訟の場面ではあまり大きな意味を持ちません。
最終的には,実況見分調書にどのように記載されているかの方がはるかに重要になります。
3 指示説明の範囲を超えた記載はされない
実況見分調書は,客観的に記載するよう努めるものとされ,被疑者や被害者などの関係者に説明を求めた場合でも,その指示説明の範囲を超えて記載してはならないとされています(犯罪捜査規範105条1項)。
ここでいう「指示説明」とは,「衝突した地点はここです」というように,見分すべき場所を特定する説明を指します。
「どのような経緯で衝突したか」といった出来事そのものの説明(供述)は,本来,供述調書で扱われるべき事柄であり,実況見分調書に書き込むものではないという整理です。
4 署名押印は拒絶できる
指示説明の範囲を超えて,特にその供述を実況見分調書に記載する必要がある場合には,関係者の署名押印を求められることがあります(犯罪捜査規範105条2項前段は,この場合に刑事訴訟法198条3項から5項まで,および同法223条2項の規定によることを求めています)。
もっとも,この署名押印は拒絶することができます(刑事訴訟法198条5項ただし書)。
同項ただし書は,署名押印を「拒絶した場合は,この限りでない」と定めているからです。
5 立会いの前に道路標識・道路標示を確認する
実況見分に立ち会うときは,事故現場の道路標識や道路標示(センターライン,車線境界線など)の意味を確認しておくと,状況を正確に説明しやすくなります。
道路に引かれている黄色および白色の線の意味や,バイクのすり抜けに関する過失割合については,センターライン,車線境界線及びバイクのすり抜けで説明しています。
第4 再度の実況見分を求める場合
過失運転致傷等事件に係る特例書式の運用について(平成26年5月14日付の警察庁交通局長・刑事局長通達)および過失運転致傷等事件に係る簡約特例書式の運用について(平成26年5月14日付の警察庁交通局長・刑事局長通達)には,立会人について次の記載があります。
原則として当事者を立ち会わせること。ただし,当事者のいずれかが病院等に収容されたような場合は,立会可能な当事者等を立ち会わせること。
病院等に収容された当事者が立会可能となった場合は,その段階でその者を立ち会わせて改めて実況見分を行うこと。ただし,1回目の見分により真相が究明され,後日問題となるおそれがない場合で,その見分を被疑者の立会いの下で実施しているときは,この限りでない。
そこで,事故現場における加害者の態度などに照らして,加害者が警察に対して虚偽の説明をしているおそれがある場合(例えば,先行車の進路変更に伴う交通事故で,進路変更前に方向指示器を出していなかったのに出していたと言い張るおそれがある場合)には,事故の態様について後日問題となるおそれが大きいなどと主張して,被害者立会いのもとでの実況見分調書の作成を警察に依頼した方がよいといえます。
交通事故の直後にとるべき対応については,次の投稿も参考になります。
自動車を運転してて、万が一に人を跳ねてしまった場合の対応を教えておきますね。
これを守らないと罪が何倍にも重くなる。
1 すぐに交通の妨げにならない場所に車を停車する。
2 被害者の怪我の状況を確認。
3 必要であれば救急車を呼ぶ。
4 警察に電話し免許証を用意して来るまでその場で待機。— 藤吉修崇@YouTuber弁護士•税理士 (@fujiyoshi_ben) October 24, 2022
第5 実況見分調書等の証拠能力
1 実況見分調書と刑事訴訟法321条3項
実況見分調書は,刑事訴訟法321条3項が定める「検証の結果を記載した書面」に準じるものとして扱われます。
同項により,作成した警察官などが公判期日に証人として尋問を受け,その書面が真正に作成されたものであることを供述したときは,証拠とすることができます。
2 再現結果を記録した書面(最高裁平成17年9月27日決定)
捜査官が被害者や被疑者に被害・犯行の状況を再現させ,その結果を記録した実況見分調書などがあります。
このような書面のうち,実質的には,再現されたとおりの犯罪事実が存在すると解される書証が,刑事訴訟法326条の同意を得ずに証拠能力を備えるためには,次の要件が満たされる必要があるとされています(最高裁平成17年9月27日決定)。
すなわち,同法321条3項所定の要件が満たされるほか,再現者の供述録取部分については,再現者が被告人以外の者である場合には同法321条1項2号または3号所定の要件が,再現者が被告人である場合には同法322条1項所定の要件が,写真部分については,署名押印の要件を除き供述録取部分と同様の要件が,それぞれ満たされる必要があります。
3 321条3項だけでは足りない場合(最高裁平成27年2月2日決定)
最高裁平成27年2月2日決定は,被害者等が被害の状況等を再現した結果を記録した捜査状況報告書について,刑事訴訟法321条1項3号所定の要件を満たさないのに同法321条3項のみによって証拠として採用した第1審の措置を是認した原判決には,違法があるとした事例です。
第6 実況見分に関する犯罪捜査規範の条文
実況見分および実況見分調書に関する犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)の条文は,次のとおりです。
1 第104条(実況見分)
第104条 犯罪の現場その他の場所,身体又は物について事実発見のため必要があるときは,実況見分を行わなければならない。
2 実況見分は,居住者,管理者その他関係者の立会を得て行い,その結果を実況見分調書に正確に記載しておかなければならない。
3 実況見分調書には,できる限り,図面及び写真を添付しなければならない。
4 前3項の規定により,実況見分調書を作成するに当たつては,写真をはり付けた部分にその説明を付記するなど,分かりやすい実況見分調書となるよう工夫しなければならない。
2 第105条(実況見分調書記載上の注意)
第105条 実況見分調書は,客観的に記載するように努め,被疑者,被害者その他の関係者に対し説明を求めた場合においても,その指示説明の範囲をこえて記載することのないように注意しなければならない。
2 被疑者,被害者その他の関係者の指示説明の範囲をこえて,特にその供述を実況見分調書に記載する必要がある場合には,刑訴法第198条第3項から第5項までおよび同法第223条第2項の規定によらなければならない。この場合において,被疑者の供述に関しては,あらかじめ,自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げ,かつ,その点を調書に明らかにしておかなければならない。
3 第106条(被疑者の供述に基づく実況見分)
第106条 被疑者の供述により凶器,盗品等その他の証拠資料を発見した場合において,証明力確保のため必要があるときは実況見分を行い,その発見の状況を実況見分調書に明確にしておかなければならない。
第7 関連記事
実況見分調書のもとになる書式や,交通事故の刑事記録については,次の記事も参照してください。
- 交通事故事件の刑事記録
- 司法警察職員捜査書類基本書式例(平成12年3月30日付の次長検事依命通達。平成28年11月30日最終改正)
- 人身交通事故事件捜査報告書等の書式の制定について(平成12年12月25日付の大阪府警察本部の例規)
- 物件事故処理要領について(平成4年2月14日付の警察庁交通局交通指導課長等の通達)
- 不起訴事件記録(例えば,実況見分調書及び物件事故報告書)の入手方法
- 刑事記録の入手方法等に関する記事の一覧
出典・参考資料
1 法令
2 裁判例
- 最高裁判所第二小法廷決定平成17年9月27日(平成17年(あ)第684号,刑集59巻7号753頁) 裁判所ウェブサイト(裁判例結果詳細)
- 最高裁判所第一小法廷決定平成27年2月2日(平成26年(あ)第1422号,集刑316号133頁) 裁判所ウェブサイト(裁判例結果詳細)
3 通達・書式
- 過失運転致傷等事件に係る簡約特例書式について・同運用について(平成26年5月14日付の警察庁交通局長・刑事局長通達)
- 過失運転致傷等事件に係る特例書式について・同運用について(平成26年5月14日付の警察庁交通局長・刑事局長通達)
- 司法警察職員捜査書類基本書式例(平成12年3月30日付の次長検事依命通達。平成28年11月30日最終改正)
- 人身交通事故事件捜査報告書等の書式の制定について(平成12年12月25日付の大阪府警察本部の例規)
- 物件事故処理要領について(平成4年2月14日付の警察庁交通局交通指導課長等の通達)
4 参考書籍
- 猪俣尚人ほか『新 実況見分調書記載要領〈改訂第2版〉被害届記載例付』立花書房