交通事故の実況見分調書は,道路,車両,路面痕跡その他の現場状況と,当事者が指示した地点又は再現した状況を記録する書面である。事故態様や過失割合を検討する重要資料になるが,捜査官が直接観察した事実,当事者の指示説明及び事故状況の再現を区別して読む必要がある。
この記事では,交通事故の当事者が実況見分に立ち会う際の注意点,令和7年5月1日から用いられる特例書式,見通し見分との違い,証拠能力及び刑事記録の入手方法を説明する。交通事故捜査の全体像は,交通事故捜査の流れと証拠を参照されたい。
第1 実況見分調書の役割
1 実況見分と実況見分調書
実況見分とは,警察官が事故現場,車両その他の場所・物を観察し,事実発見に必要な状況を確認する捜査である。その結果を記録した書面が実況見分調書であり,道路の形状・幅員・勾配・見通し,標識・標示・信号,車両の位置・損傷,路面痕跡,破片その他の状況が図面や写真とともに記録されることがある。
当事者が指示した発見地点,危険認知地点,制動開始地点又は衝突地点も記載されることがある。しかし,これらは捜査官が事故を目撃して確認した事実ではなく,立会人の記憶に基づく指示説明である。道路形状等の客観的観察結果と同じものとして扱うべきではない。
2 過失割合及び刑事責任の検討
実況見分調書は,事故状況を後から検討する基礎資料となる。もっとも,調書に書かれた衝突地点や速度が当然に真実であるとは限らない。写真,ドライブレコーダー,車両損傷,信号周期,目撃者供述及び当事者供述との整合性を確認する必要がある。
3 実況見分が行われる時期
実況見分の実施時期を一律に定める法令上の期間はない。事故直後に行われることもあれば,負傷者の治療や現場の安全確保等のため,後日改めて行われることもある。時間が経過すると路面痕跡,落下物又は周辺映像が失われることがあるため,消失しやすい資料は早期に保全する必要がある。
4 不起訴事件でも入手できる場合がある
事件が不起訴になった場合でも,実況見分調書,写真その他の客観的証拠について,申請者の立場及び利用目的に応じて開示を受けられることがある。具体的な方法は,不起訴事件記録の入手方法で説明している。
第2 令和7年5月1日からの特例書式
1 現行通達と旧通達の関係
警察庁は,令和7年4月23日付で「過失運転致死傷等事件に係る特例書式の適用及び運用について」を発出し,同年5月1日から運用している。同通達は,令和4年4月8日付の旧通達を廃止した。
従前のブログ記事では,平成26年通達を前提に,「加療期間が約3週間以下なら簡約特例書式,これを超えれば特例書式」と説明していた。しかし,この説明を現行の全国一律の基準として用いることはできない。実際に作成される書類は,現行通達の適用範囲,事故態様,傷害の内容,捜査の必要性及び各事件の処理により異なる。
2 現行書式で編てつされる主な書類
令和7年通達は,所定の事件について,主として次の順序で一件記録を編てつする構成を示している。
- 送致書及び捜査報告書
- 実況見分調書
- 被疑者供述調書
- 被害者供述調書
- 参考人供述調書
- 診断書等
事件によっては,写真撮影報告書,信号周期に関する資料,車両鑑定,ドライブレコーダーその他の映像又は病状照会回答等が加わる。全ての人身事故で同じ書類が作成されるわけではない。
3 「現場の見分状況書」と「実況見分調書」
過去の簡約書式では「現場の見分状況書」という名称の書面が用いられていた。実務上,これを広い意味で実況見分調書と呼ぶことがあるが,正式な文書名は同じではない。記録開示を求めるときは,実況見分調書だけでなく,現場の見分状況書,交通事故現場見取図,写真その他の添付資料の作成・保有の有無を確認するのがよい。




第3 実況見分に立ち会うときの留意点
実況見分のために警察から呼び出されたときは,集合場所が警察署か事故現場か,現場への移動方法,事故車両の持参の要否,写真・映像その他の持参資料を担当者に確認する。自分がどの立場で,どの地点や状況を説明するために呼ばれているかを確かめることが準備の出発点となる。
負傷・入院等で指定日に立ち会えない場合は,移動上の制約,通院予定及び必要な配慮を担当者へ伝え,実施日時や方法を相談する。国土交通省の交通事故被害者ノートは,支援者が横にいられないか希望を伝えることも案内している。希望が必ず認められると断定せず,具体的な方法を確認する。電話での確認と日程変更は,交通事故で警察から呼び出されたら―理由・持ち物・日程変更・事情聴取の注意点を参照されたい。
1 記憶の範囲で正確に説明する
立会人は,実際に見聞きしたこと,推測していること及び分からないことを区別して説明すべきである。事故後に写真や他人の説明から知った内容を,事故時の記憶と混同しないよう注意する。距離又は速度が正確に分からない場合,無理に数値を断定する必要はない。
2 地点の意味を確認する
図面には,発見地点,危険認知地点,制動開始地点及び衝突地点等が記載されることがある。どの地点を何の意味で指示したかを確認する。同じ場所に複数の地点が記載されていても,直ちに「ブレーキをかけなかった」などの結論が決まるわけではなく,速度,空走距離,制動距離及び路面状況と合わせて検討する。
3 客観的観察と指示説明を区別する
犯罪捜査規範105条は,実況見分調書を客観的に記載するよう努め,関係者に説明を求めた場合も指示説明の範囲を超えて記載しないよう求めている。道路幅員又は車両損傷のように捜査官が確認した事項と,立会人の記憶に基づく事故経過を区別することが重要である。
4 供述の録取と署名押印
指示説明の範囲を超えて供述を実況見分調書に記載する場合,刑事訴訟法198条3項から5項まで及び同法223条2項の手続によることとされている。供述録取部分の内容が自分の説明と異なるときは訂正を求めるべきである。刑事訴訟法198条5項ただし書により,署名押印は拒絶できる。
5 道路標識・道路標示及び映像を確認する
立会いの前後に,現場の標識・標示,信号,見通し及び道路形状を確認すると,自分の説明と図面を照合しやすい。事故現場の状態が変わる可能性もあるため,撮影日を記録した写真又は映像を保存する。ドライブレコーダーは上書きされることがあるため,元データを加工せず早期に複製するのが望ましい。
第4 見通し見分と再度の実況見分
1 見通し見分との違い
見通し見分は,運転者の位置から対象をどの地点で見通すことができたかを確認する捜査である。夜間事故では,時刻,天候,街路灯,前照灯,被害者の位置・姿勢及び衣服等を可能な範囲で再現する。実況見分が現場の状況を広く記録するのに対し,見通し見分は発見可能性の検討に重点がある。
2 再度の実況見分を求める場合
負傷者が事故直後の実況見分に立ち会えなかった場合,後日,立会可能になった段階で改めて実況見分が行われることがある。すでに必要な状況が明らかで,後日問題となるおそれがないと判断されれば,実施されないこともある。
当初の見分に重大な誤りがある,新たな映像又は目撃者が見つかった,当事者間で衝突地点等が大きく異なるなど,追加確認が必要な具体的理由がある場合は,その資料と理由を整理して捜査担当者に申し出る。再度の実況見分を求めれば必ず実施されるものではない。
第5 実況見分調書等の証拠能力
1 刑事訴訟法321条3項
実況見分調書は,刑事訴訟法321条3項の検証調書に準じ,作成者が公判期日に証人として尋問を受け,真正に作成されたことを供述した場合に証拠能力を認められることがある。しかし,調書内の全ての記載・写真が同じ根拠で証拠になるわけではない。
2 再現供述を記録した部分
最高裁平成17年9月27日決定は,捜査官が被害者又は被疑者に被害・犯行状況を再現させ,その結果を記録した書面について,作成者に関する刑事訴訟法321条3項の要件だけでなく,再現者の供述に適用される伝聞例外の要件が必要になるとした。写真部分についても,署名押印を除き,再現者の供述録取部分と同様の要件が問題となる。
したがって,現場の路面痕を撮影した写真と,当事者が記憶に基づいて車両を置き直した再現写真を同じものとして扱うことはできない。詳しくは,実況見分調書の写真と説明の証拠能力を参照されたい。
3 部分ごとに証拠意見を検討する
| 記載・写真 | 性質 | 確認事項 |
|---|---|---|
| 道路形状,路面痕,車両損傷 | 捜査官が直接観察した状況 | 真正作成,測定・撮影方法 |
| 立会人が指示した地点 | 立会人の知覚・記憶を位置で示したもの | 立証趣旨,供述者,伝聞例外 |
| 事故状況を再現した写真 | 過去の経過を動作で表現したもの | 再現者ごとの供述・写真の要件 |
| 速度等に関する発言 | 事故経過に関する供述 | 供述者に応じた刑事訴訟法の要件 |
第6 犯罪捜査規範の要点
1 104条(実況見分)
犯罪捜査規範104条は,事実発見のため必要があるときに実況見分を行うこと,関係者の立会いを得て結果を正確に調書へ記載すること,できる限り図面及び写真を添付すること,写真の説明を付すなど分かりやすい調書とすることを定めている。
2 105条(記載上の注意)
同規範105条は,調書を客観的に記載するよう努め,関係者の指示説明の範囲を超えないよう注意することを求める。指示説明を超えて供述を記載する必要がある場合は,刑事訴訟法上の供述調書に関する手続による。
3 106条(供述に基づく証拠発見)
同規範106条は,被疑者の供述により証拠資料を発見し,証明力確保のため必要がある場合,実況見分を行い,発見状況を調書に明確にすることを定めている。
第7 関連記事・出典
1 関連記事
2 法令・通達・裁判例
- 刑事訴訟法(e-Gov法令検索):198条,223条,321条,322条,326条
- 犯罪捜査規範(e-Gov法令検索):104条から106条まで
- 警察庁「過失運転致死傷等事件に係る特例書式の適用及び運用について」(令和7年4月23日)
- 最高裁平成17年9月27日第二小法廷決定・平成17年(あ)第684号
- 最高裁平成27年2月2日第一小法廷決定・平成26年(あ)第1422号