第1 結論と本記事の範囲
1 結論
相手方に弁護士その他の法令上の資格を有する代理人が付いた後の対応について,結論を先に示すと次のとおりである。
①弁護士は,正当な理由がない限り,相手方代理人の承諾を得ずに相手方本人と直接交渉してはならない(弁護士職務基本規程52条)。
②「法令上の資格を有する代理人」には,弁護士のほか,その権限の範囲内で交渉を代理できる司法書士,弁理士,外国法事務弁護士等が含まれるが,資格のない家族や知人は含まれない。
③面談だけでなく,電話,メール及び文書の送付も「交渉」になり得るが,契約解除通知のような一方的な通知は直接交渉に当たらない。
④相手方代理人の承諾は口頭でもよいが,その範囲は承諾の内容で決まり,相手方代理人から相手方本人を直接説得してほしいと言われたという弁護士の主張について,仮にそのような発言があったとしても承諾には当たらないとした議決例がある。
⑤相手方本人から直接の交渉を求められても,応じるべきではないと解されている。
⑥依頼者本人どうしの交渉を放置しただけでは52条違反にならないが,本人どうしの合意書を作って交付した弁護士が戒告を受けた議決例がある。
2 基準日と資料の位置付け
(1) 基準日と想定する読者
本記事は,令和8年9月25日を基準日として,弁護士職務基本規程52条(相手方本人との直接交渉)の要件,解釈及び懲戒例を整理するものである。
受任中に相手方本人へ連絡してよいかを確かめたい弁護士と,相手方の弁護士から直接連絡を受けて戸惑っている方の双方を読者として想定している。
規程の全条文は弁護士職務基本規程-現行条文,82条及び判例上の位置付けに掲載している。
(2) 解説書と議決例の位置付け
解釈の主な手掛かりは,日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第4版』(日本弁護士連合会,2026年9月)である。
同書は,法令等を令和8年3月1日現在のものとしており(凡例),その見解は日弁連の公式見解ではないと自ら明記している(はしがき)。
懲戒例は,日本弁護士連合会『弁護士懲戒事件議決例集』の原本で事案と判断を確認した3件の議決を用いる。
議決例は裁判例ではなく,綱紀委員会又は懲戒委員会が個別の事案について判断したものであるから,その射程は事案の具体的事情に即して読む必要がある。
第2 52条の条文,沿革及び趣旨
1 条文と沿革
(1) 現行の条文
52条は,「弁護士は、相手方に法令上の資格を有する代理人が選任されたときは、正当な理由なく、その代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉してはならない。」と定めている。
規程82条2項は,行動指針又は努力目標として解釈すべき規定を列挙しているが,52条はそこに含まれていないから,52条は行動指針又は努力目標にとどまる規定ではない。
これに対し,後に触れる5条(信義誠実)及び70条(名誉の尊重)は,同項により行動指針又は努力目標として解釈される規定である。
(2) 旧々倫理16条・旧倫理49条からの変化
同じ趣旨の規定は,旧々倫理16条及び旧倫理49条(平成2年3月2日臨時総会決議の「弁護士倫理」)にも置かれていた(前掲解説第4版凡例・175頁)。
旧倫理49条は「弁護士である代理人」がいる場合に限り,「特別の事情」を例外としていたが,52条は,平成14年の司法書士法改正等を受けて「法令上の資格を有する代理人」に対象を広げ,例外の要件も「正当な理由」に改めた(同頁)。
また,旧倫理では「他の弁護士との関係における規律」の章に置かれていたのに対し,52条は「事件の相手方との関係における規律」の章に置かれている(同頁)。
2 趣旨
(1) 相手方の代理人依頼権の保護
前掲解説第4版は,52条の第一の趣旨を,代理人に無断で相手方本人と交渉すると相手方が代理人を選任した意味が失われ,相手方を不利益に陥れるおそれが大きいため,相手方の代理人依頼権を侵害しないようにすることにあると説明する(174頁)。
付随する趣旨として,直接交渉は相手方代理人とその依頼者との信頼関係を揺るがせ,代理人間の信義にもとり,相手方代理人の職務を妨げるおそれがある行為であることも挙げている(同頁)。
(2) 議決例が示した趣旨と前提
日弁連綱紀委員会平成22年11月17日議決(弁護士懲戒事件議決例集第13集208頁)は,52条の趣旨を,相手方代理人を排除して直接相手方と交渉することは,「相手方の弁護士依頼権を不法に侵害するとともに相手方弁護士の職務妨害となるおそれがあることから,そのような弁護士の職務の遂行方法は不適当なものとして厳に禁止するというものである」と述べている(同209頁~210頁)。
前掲解説第4版は,52条が,相手方代理人が代理人として適切に職務を遂行することを当然の前提としていると解している(174頁・177頁)。
この前提は,後に述べる「正当な理由」の判断で意味を持つ。
第3 「法令上の資格を有する代理人」の範囲
1 弁護士以外で当たる資格者
(1) 司法書士
前掲解説第4版は,「法令上の資格を有する代理人」を,事件の内容や金額により一定の範囲で業として代理人として交渉をすることが法令上認められている者と説明し,司法書士について司法書士法3条1項6号~8号を挙げる(175頁)。
同項7号は,簡易裁判所の訴訟手続の対象となる民事紛争で,紛争の目的の価額が裁判所法33条1項1号に定める額(140万円)を超えないものについて,裁判外の和解を代理することを司法書士の業務としている。
同項6号から8号までの業務は,研修を修了し法務大臣の認定を受けた司法書士会の会員に限って行うことができる(司法書士法3条2項)。
例えば,少額の貸金や敷金の返還をめぐる交渉で,相手方に認定を受けた司法書士が付いた場合がこれに当たる。
(2) 弁理士及び外国法事務弁護士
弁理士については,弁理士法4条2項1号・2号及び3項1号が挙げられている(前掲解説第4版175頁)。
このうち4条2項2号は特許,実用新案,意匠,商標等に関する事件について経済産業大臣が指定する団体が行う裁判外紛争解決手続の代理を,同条3項1号は特許権等の売買契約や通常実施権の許諾に関する契約その他の契約の締結の代理又は媒介を定めている。
外国法事務弁護士については,外国弁護士による法律事務の取扱い等に関する法律3条~7条が挙げられており(同頁),原資格国法に関する法律事務や国際仲裁事件の手続の代理等,同法が定める範囲で職務を行うことができる。
2 当たらない代理人と権限が問題になる場合
(1) 民法上の代理人
前掲解説第4版は,52条が法令上の資格を有する代理人が選任された場合の規定であるから,民法上の代理権を与えられた者がいる場合は52条の規律の対象ではないとする(175頁)。
例えば,相手方の親族や知人が相手方から頼まれて窓口になっているだけの場合,52条によって相手方本人との交渉が禁じられるわけではない。
もっとも,相手方がその人を通じて話したいという意思を示しているのに本人へ連絡を重ねれば,5条の信義誠実の問題が生じ得るので,実務上は相手方の意思を確かめた上で窓口を決めるのが無難であると考えられる。
(2) 権限の範囲に疑問がある場合
前掲解説第4版の説明によれば,弁護士以外の資格者が「法令上の資格を有する代理人」に当たるかは,事件の内容や金額による権限の範囲と結び付いている(175頁)。
しかし,紛争の目的の価額の算定や業務範囲への当てはめは,事案によっては判断が分かれ得る。
権限の範囲外であると一方的に判断して相手方本人へ連絡すると,後に判断が誤っていた場合に52条違反を問われるおそれがあるから,実務上は,まず資格者に連絡して権限の根拠を確認し,相手方本人に連絡するときもその旨を資格者に伝えておくことが考えられる。
第4 「交渉」に当たる行為と当たらない行為
1 交渉の意味と方法
(1) 解説書の定義
前掲解説第4版は,52条の「交渉」を「かけあうこと、物事を決めるために話し合うこと」とし,その方法は面談に限らず,電話,メール及び文書の送付を含み,特に方法は限られないとする(175頁~176頁)。
したがって,メールやSNSのメッセージであれば直接交渉にならないと考えることはできない。
(2) 議決例での表現
面会交流の日程調整メールが問題になった事案で,東京弁護士会懲戒委員会の議決(日弁連懲戒委員会平成27年2月9日議決に原議決として収録)は,当事者が代理人に交渉を依頼している場合には,相手方当事者との直接交渉は「電話,手紙,面談その他方法のいかんを問わず,原則として許されない」と述べている(弁護士懲戒事件議決例集第18集32頁)。
この事案では,最終的に日弁連懲戒委員会が戒告を取り消しているが,同委員会の議決は方法を問わないとする点には触れておらず,取消しの理由はメールのCC送信や経緯等の個別事情にある(第7の3)。
2 一方的な通知と交渉に至らない連絡
(1) 契約解除通知等の一方的な通知
前掲解説第4版は,一定の法律効果を発生させるために相手方本人に対して行う一方的な通知,例えば契約を解除する旨の通知は,52条の直接交渉に当たらないとする(176頁)。
意思表示は,その通知が相手方に到達した時から効力を生ずるから(民法97条1項),本人宛ての通知が必要になる場面は少なくない。
解除のほか,取消し,相殺,催告等の通知も,一定の法律効果を発生させるための一方的な通知にとどまる限り,同じように考えられる。
ただし,実務上は,同じ通知の写しを相手方代理人にも送り,本人宛てに送った理由を明らかにしておけば,交渉目的でないことを後から説明しやすいと考えられる。
(2) 連絡や書面の送付が交渉の手段となる場合
前掲解説第4版は,52条は交渉に至らない連絡,書簡及び資料の送付を禁止していないが,一方的な連絡や資料の送付であっても,それが直接交渉の手段として行われるときは52条の対象になると解している(176頁)。
前掲の日弁連綱紀委員会平成22年11月17日議決の事案では,遺産分割調停の申立人代理人が,相手方代理人を通さずに相手方本人へ内容証明郵便を送り,調停による話合いへの協力を求めた。
弁護士は,調停の席に着くよう求めるのは事案の帰趨を左右しないから交渉ではないと主張したが,原弁護士会綱紀委員会は,「相手との取り決めをするための話し合いに応ずることを要求することは交渉であることは明らかである」とし(議決例集第13集213頁),日弁連綱紀委員会も52条違反とした判断に誤りはないとした(同209頁)。
「お願い」や「連絡」という体裁をとっても,相手方の態度を変えさせることを目的とする文書は交渉に当たり得るということである。
第5 相手方代理人の承諾と「正当な理由」
1 相手方代理人の承諾
(1) 承諾の方式と範囲
52条は,相手方代理人の承諾があれば適用されない。
前掲解説第4版によれば,52条は承諾の方式を定めていないので口頭の承諾でも足りる(175頁)。
もっとも,承諾がどこまでの直接交渉を許すかは承諾ごとの内容で決まり,相手方代理人が引き続き代理人として活動している中での承諾は,狭い範囲のものと解されることが多いとされている(同頁)。
例えば,面会交流の当日の待合せ場所の連絡だけを認める承諾は,面会交流の条件そのものを話し合うことまで認めたものとはいえないと考えられる。
(2) 「直接説得してほしい」という発言と承諾
前掲の平成22年の議決の事案で,弁護士は,相手方代理人から相手方本人を「直接説得してほしい」と言われていたから承諾があったと主張した。
原弁護士会綱紀委員会は,仮にそのような発言があったとしても,調停の席上で弁護士から相手方本人に直接説明してはどうかという提案にすぎず,内容証明郵便を送って説得することまで予想していなかったのは明らかであり,送付後に相手方代理人が抗議していることからも承諾は認められないとした(議決例集第13集213頁)。
承諾を根拠に本人へ連絡するときは,承諾の範囲を書面やメールで確認しておくことが考えられる。
(3) 承諾を翻すことと71条
前掲解説第4版は,信義に反して他の弁護士等を不利益に陥れることを禁じる71条に違反する例の一つとして,自分の依頼者と相手方弁護士との直接交渉をいったん認めた代理人が,後にその承諾を否定し,無断の直接交渉であるとして懲戒請求を示唆するような行為を挙げている(228頁)。
承諾した側の代理人も,その後の態度について代理人間の信義を問われ得るということである。
承諾を撤回する場合も,撤回の時点と範囲を明確に伝えるのが相当と考えられる。
2 「正当な理由」
(1) 解説書が挙げる類型
前掲解説第4版は,「正当な理由」がある場合を,「直接交渉する緊急性・必要性があり、相手方本人にことさら不利益を与えるおそれも少ないと認められる場合」と定義している(176頁)。
同書が挙げる例をまとめると,①相手方代理人側の事情で長い間連絡がつかないとき,②相手方代理人の職務の遂行が懲戒処分に相当するほど不適切なとき,③相手方代理人が繰り返しの連絡に回答せず,その不回答が相手方本人の意思によるものではないと考える合理的な事情があるときである(同頁)。
また,相手方代理人がその事案の交渉で適切な反応をしないことは,「正当な理由」の有無を判断する一つの要素になると考えられるとしている(177頁)。
(2) 正当な理由と認められなかった主張
前掲の平成22年の議決の事案で,弁護士は,相手方代理人が相手方本人を制御できない状況にあったから,直接内容証明郵便を送ることに正当な理由があると主張した。
原弁護士会綱紀委員会は,「紛争の解決方法については当事者に決定権があり,代理人弁護士は紛争解決の方法等について依頼者を制御する立場にない」として,この主張を退けた(議決例集第13集213頁)。
面会交流の事案でも,原弁護士会懲戒委員会は,面会交流の予定日を変更できたこと,相手方代理人が夏季休暇中でもその事務所に連絡すれば折衝は可能であったと思われることを指摘し,審判の解釈の食い違いは代理人同士の意見交換で調整されるべき問題であって,直接交渉を正当化する理由にならないとした(議決例集第18集33頁)。
相手方本人が代理人の方針に従わないことや,相手方代理人が休暇中であることは,それだけでは「正当な理由」にならないと考えて対応するのが安全である。
第6 相手方本人からの求めと依頼者本人どうしの交渉
1 相手方本人から直接の交渉を求められた場合
(1) 解説書の解釈
相手方本人が,自分の代理人を通さずに弁護士へ直接連絡してくることもある。
前掲解説第4版は,相手方本人が代理人抜きの交渉を自ら望んでいるとみる余地を認めつつも,本人が自分の不利益を客観的に把握できていないことがあること,相手方代理人を外すことが代理人間の信義に反することを理由に,「応じるべきではないと解すべきである」としている(176頁)。
52条の文言上は相手方代理人の「承諾」が例外要件であり,相手方本人の同意は例外として挙げられていない。
(2) 実務上の対応
実務上は,相手方本人からの電話やメールには,代理人を通して連絡してほしい旨だけを伝えて実質的なやり取りを控え,連絡があった事実を相手方代理人に知らせておくことが考えられる。
面会交流の事案では,弁護士が相手方本人にメールを送り始めたきっかけは,相手方本人が弁護士の依頼者に直接メールを送ってきたことであったが,原弁護士会懲戒委員会はそれでも戒告を選択し,日弁連懲戒委員会はこの経緯を懲戒しない方向の事情の一つとして他の事情と総合して考慮した(議決例集第18集29頁~30頁・32頁~33頁)。
2 依頼者本人どうしの交渉への関与
(1) 52条の射程
当事者本人どうしが話し合うこと自体は禁じられておらず,52条も弁護士自身の行為を規律するものである。
前掲解説第4版は,依頼者が相手方本人と直接話し合おうとしていると知りながら弁護士が制止しなかったというだけでは52条違反にならないとする一方,弁護士が依頼者に直接の話合いを勧めることは原則として避けるべきであり,かえって依頼者に思いとどまるよう働きかけるのがよいとしている(176頁)。
(2) 合意書の作成に関与した場合
日弁連懲戒委員会平成23年7月11日議決(弁護士懲戒事件議決例集第14集23頁)は,当事者双方に代理人弁護士がいるのに,依頼者本人と相手方本人の直接交渉を容認し,依頼者の依頼で合意書を作成して提供し,合意を成立させた弁護士について,52条違反とはいえないとしつつ,5条,70条及び71条に違反するとした原弁護士会の戒告を維持した(事案は第7の2)。
依頼者から「相手方と話がついたので書類を作ってほしい」と頼まれた場合は,相手方代理人に連絡し,その関与の下で書面を整えるのが相当と考えられる。
第7 懲戒例
1 内容証明郵便の直接送付(日弁連綱紀委員会平成22年11月17日議決)
(1) 事案
遺産分割調停の申立人代理人である弁護士が,相手方の1人に代理人弁護士が付いているのに,その相手方本人に内容証明郵便を送り,調停による話合いへの協力を求めるとともに,その対応により損害が生じたときは損害賠償請求をする旨を予告した(議決例集第13集211頁~212頁)。
相手方代理人は2回にわたって抗議し善処を求める書面を送ったが,弁護士は回答せず,謝罪したのは遺産分割調停申立事件の和解が成立した日であり,その後に示談金100万円を提供して受領を拒まれ,供託した(同209頁~210頁・212頁)。
原弁護士会(第二東京弁護士会)綱紀委員会は,52条違反を認めながら,謝罪しようとする態度等を考慮して懲戒委員会に審査を求めないこととした(同214頁)。
(2) 判断
日弁連綱紀委員会は,52条違反とした原議決の判断に誤りはないとした上で,違反した弁護士がすぐに相手方と相手方代理人に謝罪して宥恕を得るなど不利益の修復を図った場合には,懲戒すべきでないことが明らかであると判断する余地があるとしつつ,本件の謝罪と示談の努力は受任事件の審理がほぼ終了した後のことで対応が遅すぎるとして,懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当とした(議決例集第13集208頁~210頁)。
この議決は懲戒委員会の審査に付すことを相当としたものであり,その後の懲戒委員会の結論は,同議決例集の当該箇所からは分からない。
直接交渉をしてしまったと気付いたときは,速やかに相手方代理人に連絡して謝罪し,以後の連絡を代理人経由に戻すことが,懲戒の判断でも考慮され得るということである。
2 本人どうしの合意書作成への関与(日弁連懲戒委員会平成23年7月11日議決)
(1) 事案
遺産分割の審判と抗告審の決定が確定した後,一方当事者の代理人であった弁護士が,依頼者から頼まれて,相手方本人(当時91歳)が審判で取得した不動産の持分を依頼者側に取得させ,依頼者側が支払うべき代償金を請求しないこと等を内容とする合意書を作成し,依頼者に交付した(議決例集第14集23頁~24頁・26頁)。
依頼者は相手方本人と話し合っており,相手方本人は合意書に署名押印した(同24頁~25頁)。
(2) 判断
静岡県弁護士会懲戒委員会は,52条は文言上,弁護士自身が相手方と直接交渉することを禁じているが,依頼者が相手方と直接交渉する行為を阻止することまでは義務付けていないとして,52条違反を否定した(議決例集第14集25頁)。
その上で,代理人を通じて長期間続けてきた審判手続が数枚の合意書で無に帰し,相手方代理人の活動が全うできなくなること,審判の内容を大きく変える合意は極めてまれで,相手方本人の年齢等から真意をめぐる紛争が生じることは容易に想像できることを指摘し,「このような場面こそ,相手方当事者の代理人を通じて交渉に当たることが求められる」として,5条,70条及び71条違反を理由に戒告とした(同25頁~26頁)。
日弁連懲戒委員会は,この認定と判断に誤りはなく,処分の程度もやむを得ないとして審査請求を棄却した(同23頁)。
3 面会交流の日程調整メール(日弁連懲戒委員会平成27年2月9日議決)
(1) 事案と原弁護士会の判断
離婚をめぐる事件で妻の代理人であった弁護士が,面会交流の審判が確定した後,夫に代理人弁護士がいて面会交流の件も委任を受けていることを知りながら,3日間で夫に8回メールを送り,面会交流の方法や場所について要求を重ねた(議決例集第18集29頁・31頁~33頁)。
夫は代理人を介して連絡するよう3回求めたが,弁護士は「代理人を通すことは,これも義務ではありません」等と返信した(同29頁・31頁)。
東京弁護士会懲戒委員会は,再三の要請を無視して直接交渉を行ったことは「弁護士職務基本規程52条に明らかに違反する」とし,別の懲戒事由と併せて戒告とした(同33頁)。
(2) 日弁連懲戒委員会の判断
日弁連懲戒委員会は,①弁護士が最初に送ったメール,夫が自ら代理人をCCから外したメール及びこれに応答したメール以外は,全て夫の代理人にもCCで送られていたこと,②弁護士からのメールは夫が妻に直接メールしてきたことに端を発していたこと,③内容は8月15日の面会交流の打合せで,この件で夫が妻にメールを送ったのはその1週間前であったこと,④夫のメールに夫の代理人がお盆休み中である旨が書かれていたこと等を総合して,品位を失うべき非行に当たるとまではいえないとし,戒告を取り消して懲戒しないこととした(議決例集第18集29頁~30頁)。
前掲解説第4版は,この議決について,交渉の中身が事実行為であり,相手方に格別の不利益が生じるおそれが小さかったことも判断の背景にあるとみている(177頁)。
懲戒しないとされたのはCC送信等の具体的事情によるものであり,相手方代理人が休暇中であれば本人に直接連絡してよいという一般論を示したものと読むことはできない。
第8 実務上のチェック項目
1 弁護士が確認すること
(1) 相手方本人へ連絡する前
相手方本人へ連絡する前に,次の点を確認することが考えられる。
①相手方に弁護士,司法書士,弁理士等の資格者が代理人として付いているか,付いているとすれば委任の範囲はどこまでか。
②予定している連絡が,解除や催告のような一方的な通知にとどまるか,相手方の態度を変えさせることを目的とするものか。
③一方的な通知であっても,同じ書面の写しを相手方代理人に送る手配をしたか。
④相手方代理人の承諾を得たとすれば,その範囲を書面又はメールで確認しているか。
⑤依頼者が相手方本人と直接話し合おうとしていないか,その場合に思いとどまるよう説明したか。
⑥依頼者から本人どうしの合意書の作成を頼まれていないか。
(2) 相手方代理人と連絡がとれないとき
相手方代理人から回答がないときは,電話,メール,書面等の複数の方法で,期限を示して催促した経過を記録に残しておくことが考えられる。
前掲解説第4版が挙げる「正当な理由」の例は,長期にわたり連絡がとれない場合や,回答しないことが相手方本人の意思に基づかないと考える合理的な事情がある場合であるから(176頁),連絡を試みた経過が記録にないと,後に緊急性・必要性を説明することが難しくなる。
それでも相手方本人へ連絡する場合は,連絡の内容を必要最小限にとどめ,相手方代理人にも同時に写しを送ることが考えられる。
相手方代理人の対応に問題があると考えるときも,前掲解説第4版は,他の弁護士に対する懲戒請求等には一般人に求められる以上に相当の論拠を要するというべきであろうとしているので(227頁),抗議の方法は慎重に選ぶ必要がある。
相手方代理人への批判の表現が懲戒の対象になった例は,訴訟活動における名誉毀損・侮辱と弁護士会の懲戒で紹介している。
2 相手方の弁護士から直接連絡が来た方へ
(1) まず行うこと
自分に弁護士等の代理人が付いているのに相手方の弁護士から直接連絡が来た場合は,内容に答える前に,自分の代理人にその連絡をそのまま転送し,又は伝えるのがよい。
相手方の弁護士には,代理人を通して連絡してほしいと伝えれば足り,その場で条件の話合いに応じる必要はない。
ただし,契約の解除や支払の催告のような一方的な通知は,本人宛てに届いても通常は52条違反にならない上,届いたこと自体で法的な効果が生じ得るから,無視せずに自分の代理人に見せる必要がある。
(2) 懲戒請求という手段と期間
相手方の弁護士の行為に懲戒の事由があると考える場合,誰でも,その事由の説明を添えて,その弁護士の所属弁護士会に懲戒を求めることができる(弁護士法58条1項)。
懲戒の事由があったときから3年を経過すると,懲戒の手続を開始することができない(弁護士法63条)。
もっとも,第7の3の議決のように,直接の連絡があっても個別の事情によって懲戒しないとされることがあり,議決例では,52条違反の有無とともに,弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」に当たるかどうかが判断されている。
懲戒事由の考え方は弁護士の懲戒事由-弁護士法56条の4類型と判断基準で,「品位を失うべき非行」の判断枠組みは弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」-判断枠組みと50の懲戒例で整理している。
第9 関連記事
弁護士職務基本規程-現行条文,82条及び判例上の位置付け
弁護士の懲戒事由-弁護士法56条の4類型と判断基準
弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」-判断枠組みと50の懲戒例
訴訟活動における名誉毀損・侮辱と弁護士会の懲戒
第10 出典
法令・会規
①弁護士法(昭和24年法律第205号)56条1項・58条1項・63条(e-Gov法令検索)
②民法(明治29年法律第89号)97条1項(e-Gov法令検索)
③司法書士法(昭和25年法律第197号)3条1項6号~8号・2項(e-Gov法令検索)
④裁判所法(昭和22年法律第59号)33条1項1号(e-Gov法令検索)
⑤弁理士法(平成12年法律第49号)4条(e-Gov法令検索)
⑥外国弁護士による法律事務の取扱い等に関する法律(昭和61年法律第66号)3条~7条(e-Gov法令検索)
⑦弁護士職務基本規程(会規第70号)5条・52条・70条・71条・82条(日本弁護士連合会関係法規集(令和7年9月1日現在))
弁護士懲戒(議決例)
①日弁連綱紀委員会平成22年11月17日議決(平成22年綱第185号,懲戒審査相当),日本弁護士連合会『弁護士懲戒事件議決例集(第13集)』208頁~214頁
②日弁連懲戒委員会平成23年7月11日議決(平成22年懲(審)第14号,審査請求棄却・原処分戒告),日本弁護士連合会『弁護士懲戒事件議決例集(第14集)』23頁~26頁
③日弁連懲戒委員会平成27年2月9日議決(平成26年懲(審)第7号,原処分戒告取消・懲戒しない),日本弁護士連合会『弁護士懲戒事件議決例集(第18集)』27頁~33頁
文献
日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第4版』(日本弁護士連合会,2026年9月)はしがき,凡例,174頁~177頁,226頁~228頁