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固定残業代が有効になる要件―判別可能性・対価性と最高裁7判決,職務手当型の規程の点検(AI作成)

第1 固定残業代の有効性を決める二つの要件

基本給や手当に残業代をあらかじめ含めて支払う方法(固定残業代)は,それだけで労働基準法37条に違反するものではない。
最高裁平成29年7月7日判決は,基本給や諸手当に「あらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。」とした。

もっとも,固定残業代の支払で割増賃金を支払ったといえるためには,次の要件がある。
①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できること(判別可能性)
②その手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていること(対価性)
③割増賃金に当たる部分が法定の計算額を下回るときは,差額を支払うこと

本記事は,令和8年9月19日を基準に,これらの要件を示した最高裁の7判決の全文を基に,要件の中身と,求人・募集の段階で求められる表示,就業規則や雇用契約書の定めを点検するときの着眼点を説明する。
残業代の計算方法と請求手続の全体は時間外労働,休日労働及び深夜労働と残業代請求で,休憩時間中の電話番が労働時間になるかは昼休みの電話番・来客対応は労働時間になるか―休憩と残業代の判断・立証で扱っている。

第2 判別可能性

1 歩合給や基本給に含めただけでは判別できない

(1) 歩合給の事案(最高裁平成6年6月13日判決)

タクシー乗務員の賃金が月間水揚高に一定の歩合を乗じた歩合給だけで,時間外・深夜労働をしても増額されない事案で,会社は歩合給に割増賃金も含まれていると主張した。
最高裁平成6年6月13日判決は,歩合給が時間外・深夜労働によって増額されず,「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、上告人らに対して法三七条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべき」とした。

(2) 基本給の事案(最高裁平成24年3月8日判決)

派遣労働者の基本給を月額41万円とし,月間総労働時間が180時間を超えた分だけ1時間当たりの額を加算する契約について,会社は180時間以内の時間外労働分は基本給に含まれていると主張した。
最高裁平成24年3月8日判決は,月額41万円の全体が基本給とされ,その一部が割増賃金として区別されていた事情はなく,時間外労働の時間も月によって大きく変動し得ることから,「通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。」とした。
同判決は,労働者が180時間以内の時間外労働の割増賃金の請求権を放棄したという原審の見方も,自由な意思に基づく放棄の意思表示が明確でないとして退けた。

同判決の補足意見は,一定時間分の残業手当を毎月の給与に含める場合には,その旨が雇用契約上明確にされ,支給時に時間数と金額が明示され,その時間を超えた残業には別途上乗せして支払う旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる,と述べた。
これは補足意見であり法廷意見ではないが,固定残業代の定め方を検討する際の目安になる。

2 高額の年俸でも同じ(最高裁平成29年7月7日判決)

医師の年俸を1700万円とし,時間外勤務給与規程で支払う分以外の割増賃金は年俸に含めるという合意があった事案で,原審は,医師の業務の特質や給与の高さから,判別できなくても不都合はないとした。
最高裁平成29年7月7日判決は,割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合には,「通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり」,割増賃金に当たる部分が法定の計算額を下回るときは,使用者が差額を支払う義務を負うとした。
本件の合意では年俸のうち割増賃金として支払われた金額を確定できないから,判別できないとして,原判決の割増賃金と付加金の部分を破棄して差し戻した。

第3 対価性

1 対価性の判断要素(最高裁平成30年7月19日判決)

薬剤師の賃金が基本給46万1500円と業務手当10万1000円で,契約書,採用条件確認書及び賃金規程に業務手当は時間外手当に当たる旨の記載があった事案である。
最高裁平成30年7月19日判決(一般に日本ケミカル事件と呼ばれる)は,対価性について次のとおり述べた。
「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」

同判決は,業務手当が1か月当たりの平均所定労働時間を基に算定すると約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当し,実際の時間外労働等の状況と大きくかい離しないことなどから,業務手当は時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認めた。
原審は,差額を労働者が認識して直ちに請求できる仕組みが備わっていることなどを必要としていたが,同判決は,そのような事情を必須のものとしているとは解されないとして,原判決の会社敗訴部分を破棄し差し戻した。
同判決は,対価性の判断要素を示したものであり,判別可能性についての説示はない。

2 判別の前提としての対価性と賃金体系全体(最高裁令和2年3月30日判決)

タクシー会社の賃金規則は,歩合給を計算する際に,割増金と交通費を控除する仕組みであった。
このため,時間外労働をして割増金が大きくなるほど歩合給が減り,割増金が大きい月は歩合給が0円になることもあった。

この事件は,同じ賃金規則について2度最高裁の判断を受けている。
第1次上告審の最高裁平成29年2月28日判決は,売上高等の一定割合に相当する金額から割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする定めについて,「当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し,無効であると解することはできないというべきである。」とした。
その上で,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できるか,割増賃金として支払われた金額が法定の計算額を下回らないかを審理していないとして,原判決を破棄し差し戻した。

差戻後の上告審である最高裁令和2年3月30日判決(一般に国際自動車事件と呼ばれる)は,判別可能性が必要であるとした上で,特定の手当の支払で割増賃金を支払ったというためには,その手当が時間外労働等の対価として支払われるものとされていることを要し,その判断に際しては,手当の名称や算定方法だけでなく,労働基準法37条の趣旨を踏まえ,「当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。」とした。
そして,本件の仕組みは,本来は歩合給として支払うことが予定されている賃金の一部について,名目のみを割増金に置き換えて支払うものであり,割増金は通常の労働時間の賃金を相当程度含むから,判別できないとした。
その結果,控除された割増金は「割増賃金に当たらず,通常の労働時間の賃金に当たるものとして,労働基準法37条等に定められた方法により上告人らに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。」とした。

3 賃金体系を変えて手当を新設した場合(最高裁令和5年3月10日判決)

トラック運転手の給与について,会社は労働基準監督署の指導を受けて新しい給与体系を導入し,賃金総額の決め方は従前のまま,基本給を増やして基本歩合給を大幅に減らし,法定の方法で計算した時間外手当と,総額との差額である調整手当とを割増賃金として支払うようにした。
最高裁令和5年3月10日判決(一般に熊本総合運輸事件と呼ばれる)は,時間外手当と調整手当は一方の額が決まれば他方の額が当然に決まる関係にあるから,両者から成る割増賃金が全体として時間外労働等の対価といえるかを問題にすべきであるとした。

同判決は,割増賃金を時間外労働等の対価と仮定すると,通常の労働時間の賃金が1時間当たり平均約840円となって旧給与体系の水準から大きく減少すること,実際の勤務状況に照らして想定し難い長時間の時間外労働を見込んだ過大な割増賃金になること,労働者にこの変化について十分な説明がされたともうかがわれないことを挙げた。
その上で,新給与体系は「名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系である」とし,割増賃金のうちどの部分が時間外労働等の対価に当たるかが明確でない以上,判別できないとして,原判決を破棄し差し戻した。
同判決の補足意見は,実質は通常の労働時間の賃金である金額が名目上は時間外労働の対価に含まれている「脱法的事態」が生じた場合には,固定残業代の支払を法定割増賃金の支払と認めるべきではないと述べている。

第4 差額の支払と,無効とされた場合の計算

1 固定残業代を超える割増賃金は別途支払う

有効な固定残業代であっても,割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法で計算した額を下回るときは,使用者は差額を支払わなければならない(前記の最高裁平成29年7月7日判決)。
割増賃金の計算の基礎となる1時間当たりの賃金は,月給制であれば月額を月の所定労働時間数で除して求める(労働基準法施行規則19条1項4号)。
家族手当,通勤手当,別居手当,子女教育手当,住宅手当,臨時に支払われた賃金及び1か月を超える期間ごとに支払われる賃金は,計算の基礎に算入しない(労働基準法37条5項,同施行規則21条)。

2 無効とされると手当は計算の基礎に入る

固定残業代が割増賃金の支払と認められない場合,その手当は,除外賃金に当たらない限り,通常の労働時間の賃金として割増賃金の計算の基礎に入ることになる。
前記の最高裁令和2年3月30日判決は,控除された割増金を通常の労働時間の賃金に当たるものとして割増賃金の額を算定すべきであるとした。
そのため,使用者側から見ると,既払いの手当が残業代の弁済と認められないことに加え,1時間当たりの単価も上がることになる。

第5 求人・募集の段階で求められる表示

1 職業安定法と施行規則の定め

労働者の募集を行う者は,募集に当たり,募集に応じて労働者になろうとする者に対し,従事すべき業務の内容及び賃金,労働時間その他の労働条件を明示しなければならない(職業安定法5条の3第1項)。
求人者も,公共職業安定所や職業紹介事業者に求人を申し込むときは,同様の明示をしなければならない(同条2項)。
明示すべき事項には,所定労働時間を超える労働の有無と賃金の額に関する事項が含まれ,原則として書面の交付等の方法によらなければならない(同条4項,職業安定法施行規則4条の2第3項4号・5号,同条4項)。
また,広告等で求人の情報を提供するときは,虚偽の表示又は誤解を生じさせる表示をしてはならない(職業安定法5条の4第1項)。

2 指針が求める3点の明示

固定残業代について具体的に何を明示すべきかは,法律と施行規則には書かれておらず,職業安定法48条に基づく厚生労働大臣の指針(平成11年労働省告示第141号)に定めがある。
同指針は,一定時間分の時間外労働等に対して定額で支払われる割増賃金を名称のいかんにかかわらず「固定残業代」と呼び,その仕組みを採用する場合は,固定残業代の計算方法(算定の基礎とする労働時間数である固定残業時間と金額を明らかにするもの)に加え,「固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること。」としている。
同指針は,これらの事項を原則として求職者等と最初に接触する時点までに明示することとし,固定残業代等について実際の賃金等よりも高額であるかのように表示してはならないともしている。
青少年の募集について定める指針(平成27年厚生労働省告示第406号)にも同じ内容の定めがある。

厚生労働省のリーフレット「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。」は,募集要項や求人票に,①固定残業代を除いた基本給の額,②固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法,③固定残業時間を超える時間外労働,休日労働及び深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨の3点すべてを明示するよう求め,記載例を示している。
同リーフレットは,手当に固定残業代以外の手当を含む場合には,固定残業代の部分を分けて記載するよう注意している。

3 明示を怠った場合の行政上の措置

厚生労働大臣は,募集を行う者や求人者に対し,指導及び助言をすることができる(職業安定法48条の2)。
募集を行う者が法令に違反した場合は改善命令(同法48条の3第1項)が,求人者が明示義務に違反した場合は勧告(同条2項)がされ得る。
改善命令に違反した場合や,虚偽の広告をし又は虚偽の条件を提示して募集を行った場合は,罰則がある(同法65条8号・9号)。

4 求人時の表示と固定残業代の有効性の関係

指針に従った表示をしたことが,それだけで固定残業代の支払を割増賃金の支払と認めさせるわけではなく,有効性は前記の判別可能性と対価性によって判断される。
もっとも,最高裁平成30年7月19日判決は,対価性の判断要素として使用者の説明の内容を挙げているから,求人票や募集要項で固定残業代を①から③のとおり明示していたかは,説明の内容を示す資料の一つとして意味を持つと考えられる。
反対に,求人時に固定残業代の時間数や金額を示していなかった場合は,労働者側から対価性や判別可能性を争う材料になり得る。

第6 就業規則・雇用契約書を点検するときの着眼点

1 職務手当に割増賃金を含める型の規程

例えば,職務手当を職務の難易に応じて支給するとともに,時間外割増賃金の支払も含むとする定めのように,一つの手当に通常の労働の対価と割増賃金とを混在させる定めがある。
この定めは,割増賃金を含むとする点で対価性の手掛かりはあるが,職務の難易という通常の労働の対価の性質も併せ持つため,手当のうちどの部分が割増賃金かを示す金額又は時間数の定めがなければ,前記の最高裁令和2年3月30日判決及び令和5年3月10日判決の考え方に照らし,判別できないと判断されるおそれがあると考えられる。
使用者側で規程を見直すときは,本記事では,割増賃金に充てる手当を通常の労働の対価となる手当とは別の名称・金額で定め,それが何時間分の割増賃金に相当するかを示す形を基本形とする。

2 確認する資料と事実

使用者側・労働者側のいずれの立場でも,最高裁判決が挙げた判断要素に沿って,次の資料と事実を確認することになる。
①求人票・募集要項,雇用契約書,労働条件通知書,就業規則・賃金規程の記載(手当が時間外労働の対価である旨,金額,相当する時間数)
②採用時や制度変更時に使用者がした説明の内容(説明資料,説明会の記録)
③実際の時間外労働等の時間数と,手当が想定する時間数とのかい離
④賃金体系全体の中での手当の位置付け(導入前後で通常の労働時間の賃金が減っていないか)
⑤手当の額を超える割増賃金が生じた月に,差額が支払われているか

制度を途中で変更した場合は,令和5年3月10日判決のように,変更前後の賃金の構成を比べることが重要になる。
労働者に不利益な変更であれば,割増賃金の問題とは別に,就業規則の変更による労働条件の変更の効力も問題になり得る。

3 請求の期間

割増賃金の請求権の消滅時効期間は,当分の間,これを行使することができる時から3年である(労働基準法115条,同法附則143条3項)。
裁判所が未払金と同一額の付加金の支払を命ずることができる制度もあるが,その請求は違反のあった時から3年以内にしなければならない(同法114条,同法附則143条2項)。
賃金の支払日ごとに時効が進むので,資料の収集と並行して,古い月の分から期間を確認する必要がある。

第7 出典

1 法令

労働基準法37条・114条・115条・附則143条
労働基準法施行規則19条・21条
職業安定法5条の3・5条の4・48条・48条の2・48条の3・65条
職業安定法施行規則4条の2
法令は令和8年9月19日を基準とする。

2 法律に基づく指針

①「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等がその責務等に関して適切に対処するための指針」(平成11年労働省告示第141号,最終改正令和6年厚生労働省告示第318号)第三の一の(三)ハ・(四)イ,第四の二の(三)
②「青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、特定地方公共団体、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針」(平成27年厚生労働省告示第406号)第二の一の(一)ハ(ハ)・ニ(イ)・レ(ハ)

3 所管行政機関の広報資料

①厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。」(令和4年9月30日版)

4 裁判例

最高裁平成6年6月13日判決(平成3年(オ)第63号,集民172号673頁)
最高裁平成24年3月8日判決(平成21年(受)第1186号,集民240号121頁)
最高裁平成29年2月28日判決(平成27年(受)第1998号,集民255号1頁)
最高裁平成29年7月7日判決(平成28年(受)第222号,集民256号31頁)
最高裁平成30年7月19日判決(平成29年(受)第842号,集民259号77頁)
最高裁令和2年3月30日判決(平成30年(受)第908号,民集74巻3号549頁)
最高裁令和5年3月10日判決(令和4年(受)第1019号,集民270号77頁)