第1 残余利益方式とは何か――この記事の対象と時点
残余利益方式とは,取引相場のない株式(非上場株式)の相続税評価について,国税庁が有識者会議に示している新しい評価方式の案である。
直前期末の法人税法上の簿価純資産に,将来5年分の残余利益(利益から株主が通常期待する収益を差し引いた超過収益)の現在価値を加え,その合計にしんしゃく率を乗じて評価額を求める。
これは国税庁事務局のたたき台であり,採用が決まったものではない。
国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」は,令和8年8月20日の第5回会議で,規模区分と類似業種比準方式・純資産価額方式による現行の評価体系を廃止し,原則的評価方式を残余利益方式に一本化する見直しの骨子を示した(第5回当日机上配付資料「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」1頁)。
続く令和8年9月16日の第6回会議では,残余利益方式の算式,加算期間及び計算例が具体的に示された(第6回資料6頁~8頁・26頁~27頁)。
もっとも,骨子自身が「評価水準・税負担の在り方等も含め,最終的には税制改正プロセスにおいて決定いただく」と明記しており(骨子1頁),還元率やしんしゃく率の値も決まっていない。
国税庁は,収益力の高い会社ほど評価額が高くなるのは相続税法22条の「時価」として自然であり,事業承継への配慮は政策税制で行うべきとの立場である(第5回議事要旨3頁~4頁)。
この記事は,令和8年9月19日現在で公表されている第5回までの議事要旨と第6回までの会議資料に基づき,残余利益方式の考え方,国税庁案の算式及び資料の計算例を整理し,算式から読み取れる性質を試算で確かめるものである。
第6回会議の議事要旨は,この記事の作成時点で公表されていない。
会議全体の経緯と論点は,親記事である取引相場のない株式の評価に関する有識者会議にまとめている。
現行の評価方式(類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式)の全体像は遺産相続における非上場株式の評価方法を参照されたい。
第2 残余利益モデルの考え方
1 残余利益とクリーンサープラス関係
残余利益とは,ある期の利益から,期首の純資産に株主が通常期待する収益率(資本コスト)を乗じた額を差し引いたものである。
第6回資料8頁は,これを,利益から前期の簿価純資産に期待収益率を乗じた額を差し引いたものとして表し,差し引く部分を「株主が通常期待する収益=企業が株主に払うべきコスト」と説明している。
残余利益がプラスであれば,企業は株主の期待を上回る利益を上げていることになる(同頁)。
残余利益モデルは,株式の価値を「期首の純資産+将来の残余利益の現在価値の合計」として求める。
この計算の前提となるのがクリーンサープラス関係であり,第6回資料5頁は,これを「期首の自己資本から期末の自己資本への変化額が,会社の株主との間の資本取引を除いて,すべて損益計算書によって説明されている関係」と説明している。
国税庁案では「前期末の純資産価額+年利益金額-年配当金額=当期末の純資産価額」という形で用いられる(同資料7頁)。
2 配当還元モデル・DCF法との比較
第3回会議で櫻井久勝委員は,インカム・アプローチの3モデル(配当割引モデル・割引キャッシュフローモデル・残余利益モデル)は将来の予測が正しい限り理論上は同じ評価額に到達するとした上で,実践的な観点から残余利益モデルが優れていると報告した(親記事の紹介による)。
国税庁は,第5回資料1頁で3つの方式を次のように比較している。
| 項目 | 配当還元方式 | DCF法 | 残余利益方式 |
|---|---|---|---|
| 適用ができない企業 | 配当を操作している企業,配当をゼロに抑制している企業等 | 成長期(スタートアップ等)の企業,設備投資等によりFCFがマイナスの企業 | 特には見あたらない |
| 予測期間以降の残存価値 | 相対的に最も大きい | 相対的に大きい | 明らかに小さい(現時点の保有資産を評価するため,将来予測への依存が小さい) |
| 将来予測の難易度 | 配当の時期は裁量的に決定できるため予測は困難 | FCFの予測は困難 | 将来利益の予測は比較的容易(過去の実績から一定の予測可能) |
骨子は,これを受けて「適用可能範囲・将来予測への依存度・執行可能性の観点から『残余利益モデル』を採用」するとしている(骨子1頁)。
残余利益方式では直前期末の簿価純資産が評価額の大部分を占めるため,将来予測の誤差の影響が相対的に小さいというのが国税庁の説明である。
第6回資料11頁は,類似業種比準方式には「理論的な根拠や実証的な裏付けがなく,他分野でも徐々に使われなくなってきた」とし,学術上の理論的根拠を持つ残余利益モデルに税務上の評価としての一定の修正を加えた方式への見直しは「現行制度に比べて,より合理的な評価方法への見直しであると考える」と位置付けている。
類似業種比準方式の見直しの行方は,類似業種比準方式は廃止されるのかで扱う。
第3 国税庁案の残余利益方式の算式
1 算式の全体
第6回資料7頁の算式を地の文で書くと,次のとおりである。
評価額={D′0+RI1÷(1+re)+RI2÷(1+re)^2+RI3÷(1+re)^3+RI4÷(1+re)^4+RI5÷(1+re)^5}×しんしゃく率
ここで,D′0は直前期末の純資産価額,reは還元率,RItは第t期の残余利益である。
各期の残余利益は,クリーンサープラス関係に基づいて期首の純資産を順次積み上げて計算する(同頁)。
RI1=年利益金額-D′0×re
RI2=年利益金額-(D′0+(年利益金額-年配当金額))×re
RI3=年利益金額-(D′0+(年利益金額-年配当金額)×2)×re
RI4=年利益金額-(D′0+(年利益金額-年配当金額)×3)×re
RI5=年利益金額-(D′0+(年利益金額-年配当金額)×4)×re
第5回の骨子11頁の全体像の図では,Σの部分から従業員持株会株式の買取総額を控除した額にしんしゃく率を乗じ,これに子会社株式の評価額を加えた上で,取得株式割合を乗じる形で示されている。
つまり,簿価純資産(①企業の保有資産)と5年分の超過収益(②企業の収益獲得能力)の2つで評価額を組み立てる方式であり,第5回資料2頁も「残余利益方式は,企業の①保有資産(簿価純資産)と②収益獲得能力から評価額を算出する方式」と説明している。
2 直前期末の純資産価額(D′0)は法人税法上の簿価
国税庁案は,D′0を会計帳簿ではなく法人税申告書の数値で把握する。
第6回資料4頁は,中小企業が適用する会計基準には企業会計基準・中小会計指針・中小会計要領があり,基準の違いや会計処理の選択によって同一の事象でも企業間に差が生じ,予測期間を有限とすると「会計処理の差が評価額の差」となるおそれがあるとして,「すべての企業が一定の統一基準で作成をする『法人税法』に基づく会計帳簿(法人税申告書)に基づき,株価の算定をすることとしてはどうか」と提案している。
その結果,受取配当金の益金不算入や特別償却等が反映された簿価純資産及び利益になることも注記されている(同頁)。
具体的には,直前期末の純資産価額は,別表五(一)の31欄の利益積立金額と36欄の資本金等の額の合計である(第6回資料5頁,骨子4頁)。
第6回資料5頁の設例では,利益積立金1,810万円と資本金等1,100万円の合計2,910万円が直前期末の純資産価額とされ,これに当期純利益1,142万0,967円を加え,配当400万円を控除した3,652万0,967円が当期期末の純資産価額になる(本記事で検算し一致を確認した)。
骨子11頁の全体像では,D′0は「子会社株式除く」とされている。
法人税申告書の数値を用いることについては,第5回会議で,事務局が「税理士等の確認を受けている法人税申告上の数値をベースとするのが実務上良いのではないか」と説明し,委員からも,会計上の数値を用いると評価額を下げるために耐用年数を操作するなどのおそれがあるとして賛成する意見が出されている(第5回議事要旨6頁・7頁)。
3 年利益金額と年配当金額
年利益金額は,骨子11頁の全体像で「利益5年平均(子会社配当は除く)±非経常的な損益5年平均-法人税等」とされている。
第6回資料6頁は,将来予測利益を恣意的な予測値ではなく「課税時期前5年の法人の正常利益から算出することとしてはどうか」とし,決算期の変更等で12か月に満たない事業年度がある場合は12か月相当額に修正するとしている。
非経常的な損益の補正は,第6回資料3頁が,参照する過去の実績に将来継続的に生じると見込まれない特別利益・損失が含まれる場合は「修正した正常利益とすることが妥当」としていることに対応する。
年配当金額は,「支払配当金5年平均(将来毎期継続することが予想できない配当金は除く)」である(骨子11頁)。
なお,第6回資料5頁の設例は,クリーンサープラス関係の説明に用いる当期純利益を別表四の所得金額(52欄②)等から組み立てる一方,「将来予測で用いるのは別表四52①」の金額であると付記しており,年利益金額にどの欄の数値をどう用いるかの細部は,今後の各論に残されていると考えられる。
4 還元率(re)
還元率は,株主(出資者)が通常期待する収益率である(第6回資料8頁)。
第5回資料3頁は「『還元率』は,例えば“上場株式の平均期待収益率”等を参考にCAPM(資本資産価格モデル)により算定してはどうか」とし,骨子11頁は還元率を「年分通達で定める」としている。
事務局は第5回会議で,中小企業の株主資本コストを個別に計算したり業種別に選択したりすることは難しいとして,「当局が定期的に金融市場から一定の株主資本コストを測定した上で公表し,それを用いてもらうことが適当ではないか」と説明した(第5回議事要旨4頁)。
これに対しては,会社の規模や業種にかかわらず一律の還元率を用いて時価といえるのか,所有と経営が一致する非上場会社に上場市場を前提とする期待収益率を持ち込むことが正しいのか,という委員の疑問が出されている(第5回議事要旨8頁~9頁)。
還元率は第7回以降の論点とされており(第6回資料1頁),試算で使われている8%は仮定の値にすぎない。
5 加算期間を5年とする理由
理論上の残余利益モデルは無限期間の残余利益を合計するが,第6回資料6頁は,無限期間の当期純利益を予測することは極めて困難であり,加算期間は理論式との整合性と予測精度の「トレード・オフの関係」にあるとして,「予測として現実的な年数かつ可能な限り長い期間」とすることが妥当とする。
その上で,上場企業等で策定される中期経営計画の年数が3年~5年とされていることも参考に,加算期間を「5年程度」とする案を示している(同頁)。
第3回会議でも,櫻井委員が上場企業の中期経営計画が5年程度であることを踏まえ「将来5年程度の予測にとどめるのが適当である」と述べていた(親記事の紹介による)。
第5回会議では,ある委員が,無限期間を5年で打ち切ると割引率にもよるが評価額は「概ね評価額が10%~15%ほど小さくなる」とした上で,5年で区切る理由として,①5年より先の予測は非常に難しいこと,②高いROEが続く期間は研究上長くても10年は続かず平均的には5年くらいとされていること,③後継者が努力して高収益を維持した結果に相続税を課すべきではないことを挙げている(第5回議事要旨6頁)。
6 ターミナルバリューを加算しない理由
理論モデルに従えば,予測期間を5年とした場合,6年目以降の残余利益の割引現在価値の総和(ターミナルバリュー)を加算する必要がある。
しかし,第6回資料7頁は,ターミナルバリューの算定は困難であり,残余利益は年数とともに逓減し0に近似していくと考えられることを踏まえ,「過小評価の可能性があるものの安全性を考慮し加算しないこととしてはどうか」としている。
委員からは,残余利益モデル自体が上場株式に適用すると割安に出やすいという研究があることに加え,5年で打ち切りターミナルバリューも加えないことで「本来の理論的な企業価値よりもさらに割安になる可能性もある」との指摘がある(第5回議事要旨7頁)。
7 しんしゃく率
しんしゃく率は,算式全体に乗じる評価の安全性の調整率である。
第6回資料7頁は,還元率を上場株式を基準に算定する場合,しんしゃく率は「時価の算定として適正な範囲で設定するものと考えられる」とし,還元率の考え方と併せて次回以降の会議で議論するとしている。
事務局も,上場と非上場における還元率の差の問題は,しんしゃく率の議論の中で扱われるものと説明している(第5回議事要旨4頁)。
第6回資料9頁~10頁の1,378社の試算でしんしゃく率を0.7から1.0まで変えているのは,値が決まっていないためであり,この試算の内容は非上場株式の相続税評価は見直しでどれだけ上がるかで詳しく扱う。
8 子会社株式と従業員持株会株式
骨子11頁の全体像では,子会社株式はD′0から除かれ,別途評価した子会社株式の評価額がしんしゃく率を乗じた後に加算される。
第6回資料15頁は,修正の対象を完全支配関係にある子会社の株式に限り,簿価によらず適正な価額に修正して親会社の評価額に反映させる案を示している。
また,一定の要件を満たす固定価格の従業員持株会株式は固定価格で評価し,それ以外の株式は,企業価値の総額から「固定価格×従業員持株会株式数」を控除した額を基礎に評価する案が示されている(第6回資料16頁)。
持株会株式の譲渡価格の現行の税務上の取扱いは,従業員持株会における株式譲渡価格の税務上の取扱いで扱っている。
第4 国税庁が示した計算例
1 計算例①(年利益金額1,000万円・年配当金額200万円)
第6回資料26頁の計算例①は,年利益金額(税引後)1,000万円,直前期末の純資産価額1億円,年配当金額200万円,還元率8%(仮定),しんしゃく率0.8(仮定)の会社である。
毎期800万円(=1,000万円-200万円)ずつ純資産が積み上がるため,期首純資産に8%を乗じた株主資本コストが毎期64万円ずつ増え,残余利益は逓減していく。
| 期 | 期首純資産(円) | 残余利益(円) | 現在価値(円) |
|---|---|---|---|
| 1 | 100,000,000 | 2,000,000 | 1,851,852 |
| 2 | 108,000,000 | 1,360,000 | 1,165,981 |
| 3 | 116,000,000 | 720,000 | 571,559 |
| 4 | 124,000,000 | 80,000 | 58,802 |
| 5 | 132,000,000 | ▲560,000 | ▲381,127 |
期首純資産と残余利益は資料記載の数値であり,現在価値は本記事でPythonにより計算した(円未満四捨五入)。
現在価値の合計は約326万7,068円,簿価純資産との合計は1億0,326万7,068円(円未満四捨五入)となり,これにしんしゃく率0.8を乗じると82,613,654円(円未満四捨五入)となる。
資料の記載する評価額82,613,654円と一致した。
2 計算例②(年利益金額500万円・年配当金額100万円)
第6回資料27頁の計算例②は,年利益金額(税引後)500万円,直前期末の純資産価額1億円,年配当金額100万円で,還元率8%,しんしゃく率0.8は同じ仮定である。
年利益金額が株主資本コスト(初年度800万円)を下回るため,残余利益は初年度からマイナスとなる。
| 期 | 期首純資産(円) | 残余利益(円) | 現在価値(円) |
|---|---|---|---|
| 1 | 100,000,000 | ▲3,000,000 | ▲2,777,778 |
| 2 | 104,000,000 | ▲3,320,000 | ▲2,846,365 |
| 3 | 108,000,000 | ▲3,640,000 | ▲2,889,549 |
| 4 | 112,000,000 | ▲3,960,000 | ▲2,910,718 |
| 5 | 116,000,000 | ▲4,280,000 | ▲2,912,896 |
現在価値の合計は約▲1,433万7,306円で,しんしゃく前の評価額は8,566万2,694円(円未満四捨五入),しんしゃく率0.8を乗じると68,530,155円(円未満四捨五入)となり,資料の記載する68,530,155円と一致した。
計算例①の会社はROE(年利益金額÷直前期末の純資産価額)が10%,計算例②の会社は5%であり,いずれもしんしゃく率0.8を乗じた後は簿価純資産1億円を下回る。
3 利益ゼロ・無配の会社の水準――「事実上の評価減効果」
第6回資料8頁は,利益・配当がない会社(年利益金額・年配当金額が0)について,直前期末の簿価純資産を100とした場合の評価額を還元率別に示している(しんしゃく率は乗じていない)。
この場合,毎期の残余利益は「▲簿価純資産×還元率」となり,その5年分の現在価値だけ評価額が簿価純資産を下回る。
| 還元率 | 資料の評価額 | 本記事の再計算 |
|---|---|---|
| 2% | 91(▲9) | 90.57 |
| 5% | 78(▲22) | 78.35 |
| 10% | 62(▲38) | 62.09 |
資料の値(小数点第1位四捨五入)と再計算の結果は一致した。
資料は,これを「株式を通じた事業用資産の保有コストが考慮され,収益力を除いた株式評価額は,簿価純資産価額以下で算定される」と説明し,「事実上,簿価純資産から事業用資産に対する評価減効果」と表現している(第6回資料8頁)。
同頁の注記によれば,これは個人事業主が直接事業用資産を保有する場合との保有形態の差のみを想定したものである。
試算で仮定されている還元率8%で同じ計算をすると68.06となり,利益がない会社は,しんしゃく率を乗じる前の段階で簿価純資産の約3割が差し引かれることになる(本記事の試算)。
第5 算式から読み取れる性質(本記事の試算)
以下は,第6回資料の算式に数値を当てはめて本記事がPythonで試算したものであり,資料に書かれている評価ではない。
1 内部留保が多いほど評価額が下がる
国税庁案の算式では,年利益金額を5年間一定と置いたまま,内部留保(年利益金額-年配当金額)の分だけ期首純資産を積み上げ,それに還元率を乗じた株主資本コストを差し引く。
そのため,利益が同じであれば,配当を少なくして内部留保を多くするほど後の期の残余利益が小さくなり,評価額は下がる。
年利益金額1,000万円,直前期末の純資産価額1億円,還元率8%(しんしゃく率を乗じる前)の会社で年配当金額だけを変えると,年配当金額0円で1億0,209万円,200万円で1億0,327万円,500万円で1億0,504万円,1,000万円(全額配当)で1億0,799万円となる(万円未満四捨五入)。
この例では,全額配当の場合は無配の場合より約5.8%高い。
現行の類似業種比準方式では配当を絞ると評価額が下がる方向に働くのに対し,国税庁案の算式では配当を増やすほど評価額が上がる方向に働くことになる。
理論上の残余利益モデルでは,内部留保された資金も将来の利益を生むことが予測利益に織り込まれるため,このような差は生じにくいと考えられるが,国税庁案は過去5年平均の利益を将来5年間一定として用いるため,内部留保による利益の増加が反映されない。
この点は,今後の各論で調整され得る論点であると考えられる。
2 ROEと還元率の関係
直前期末の純資産価額を100,還元率を8%として,ROE(年利益金額÷直前期末の純資産価額)ごとに評価額を試算すると次のとおりである(小数点第2位四捨五入)。
| ROE | 全額配当(しんしゃく前) | 無配(しんしゃく前) | 全額配当×しんしゃく率0.8 |
|---|---|---|---|
| 0% | 68.1 | 68.1 | 54.4 |
| 2% | 76.0 | 74.9 | 60.8 |
| 5% | 88.0 | 85.1 | 70.4 |
| 8% | 100.0 | 95.3 | 80.0 |
| 10% | 108.0 | 102.1 | 86.4 |
| 15% | 127.9 | 119.1 | 102.4 |
利益を全額配当する会社では純資産が増えないため,毎期の残余利益は「簿価純資産×(ROE-還元率)」で一定となり,しんしゃく前の評価額は,ROEが還元率を上回れば簿価純資産を上回り,下回れば簿価純資産を下回る。
ROEと還元率が等しい8%のときに,評価額はちょうど簿価純資産の100になる。
無配の会社では純資産の積上げによって資本コストが増えるため,簿価純資産と等しくなるROEは約9.4%に上がる。
しんしゃく率0.8を乗じると,全額配当の会社でもROEが約14.3%を超えなければ簿価純資産を上回らない。
第6回資料9頁によれば,1,378社の試算対象のROEの中央値は全体で1.8%,大会社で3.9%,中会社で2.1%,小会社で0.6%であり,還元率8%の仮定の下では,多くの会社でしんしゃく前の段階から簿価純資産を下回る水準になると考えられる。
もっとも,現行の評価額との比較では,大会社を中心に評価額が上がる会社も多いとされており(同資料9頁~10頁),簿価純資産との比較と現行評価額との比較とは分けて読む必要がある。
3 5年での打切りとしんしゃく率の意味
全額配当・ROE10%・還元率8%の会社について,残余利益を無限期間加算すると評価額は簿価純資産の125となるが,5年で打ち切ると約108.0となり,約13.6%小さくなる(本記事の試算)。
第5回会議で委員が述べた「概ね評価額が10%~15%ほど小さくなる」という見立てと整合する。
しんしゃく率は,この5年打切りとターミナルバリュー不算入による割安化の上に,さらに評価額全体を圧縮する係数である。
しんしゃく率を1.0とすれば簿価純資産と超過収益の5年分をそのまま評価し,0.8とすれば簿価純資産部分も含めて2割を差し引くことになるから,しんしゃく率の値は,還元率の値と並んで評価水準を左右する最大の要素であると考えられる。
また,利益ゼロの会社でも簿価純資産から保有コスト分が差し引かれる(第4の3)ため,還元率を高く設定するほど低収益の会社の評価額は下がり,高収益の会社との差が開く。
第6 残された論点
第6回資料1頁は,残余利益方式について検討すべき論点として,①法人税法上の数値を使用すること,②残余利益の加算期間・時価としての妥当性,③多額の含み損を抱える資産がある場合の減損処理,④オペレーティングリース等の利益操作への対応,⑤過大な役員報酬等の社外流出への対応,⑥保有する子会社株式の修正範囲,⑦従業員持株会を有する場合の持株会株式の評価方法と控除方式,⑧純資産価額による頭打ちの要否と計算方法の8点を挙げている。
①と②は第3で紹介したので,残りを簡単に紹介する。
1 減損・利益操作・役員報酬
簿価純資産を出発点とするため,直前期末に多額の含み損を抱える資産があると評価額が過大になるおそれがある。
第6回資料12頁は,一般に公正妥当と認められる会計基準に照らし減損が生じていることを決算公告等で明らかにしていること,減損額は簿価が相続税評価額を上回る部分に限ることの2要件の下で減損を反映する案を示す一方,含み益を考慮せずに含み損だけを考慮することの妥当性は整理・検討が必要としている。
利益操作への対応としては,課税時期現在で存在するオペレーティングリースがなかったものとして損益及び純資産を引き直す案(同資料13頁),代表者の親族である役員への報酬のうち経営の対価を上回る部分として一定の割合を正常利益の計算で損金から控除する案及び一時的な役員退職金等を非経常的な損失として補正する案(同資料14頁)が示されている。
役員報酬の案については,資料自身が,法人税法の損金不算入規定で既に調整済みであることと整合しないこと,適正な役員報酬を一律に決めることが妥当かどうかの点から「慎重な検討が必要」と付記している(同頁)。
これらの対応は,国税庁が例示した評価額圧縮の手法と表裏の関係にあり,国税庁が例示した評価額圧縮スキーム8類型で詳しく扱う。
2 子会社・持株会・純資産価額による頭打ち
子会社株式の修正範囲(同資料15頁)と従業員持株会株式の評価(同資料16頁)は,第3の8で紹介した。
純資産価額による頭打ちについては,現行の評価体系では,原則的評価方式による評価額が純資産価額を上回る場合に納税義務者の選択で純資産価額方式により評価できる取扱いがあるが,第6回資料17頁は,見直しにより原則的評価方式ではなくなる純資産価額方式の選択を認める妥当性をどう説明するかを要検討とし,次回以降に引き続き検討するとしている。
残余利益方式によらず純資産価額方式で評価する「特定の評価会社」(資産管理会社,組織再編直後の会社,開業後5年未満の会社等)の範囲は,同資料19頁~21頁で示されている。
第5回会議では,財産を法人に入れただけの会社が株主資本コストの分だけ評価額が下がることを懸念する委員の意見も出ており(第5回議事要旨9頁),第4の3で見た「事実上の評価減効果」は,資産管理会社を残余利益方式の対象から外す理由とも関係する。
資産管理会社の判定基準については,資産管理会社の株式評価の見直し案で扱う。
第7 関連記事
残余利益方式の各要素が現行の評価明細書のどの数値に対応するかを確かめるには,現行の計算手順を解説した取引相場のない株式(出資)の評価明細書の書き方が参考になる。
1,378社の試算の詳細は非上場株式の相続税評価は見直しでどれだけ上がるか,類似業種比準方式の扱いは類似業種比準方式は廃止されるのか,会議全体の経緯は親記事の取引相場のない株式の評価に関する有識者会議を参照されたい。
第8 出典
1 法令
①相続税法(昭和25年法律第73号)22条(e-Gov法令検索)
2 有識者会議の資料
①国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)資料」令和8年8月20日(国税庁)
②国税庁「取引相場のない株式の評価の見直し(骨子)」第5回当日机上配付資料(国税庁)
③国税庁「第5回 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議 議事要旨」(国税庁)
④国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第6回)資料」令和8年9月16日(国税庁)
3 関連記事
①取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第3回会議の櫻井久勝委員の報告の紹介を含む)