第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,個人が不法行為に基づく損害賠償金とともに遅延損害金の支払を受けた場合に,その遅延損害金に所得税がかかるかを説明する。
調査基準日は令和8年9月19日であり,法令はe-Gov法令検索の現行条文,国税庁の通達・質疑応答事例・タックスアンサー及び国税不服審判所の公表裁決で確認した範囲で書く。
遅延損害金がいつから発生するか,利率が年3%か年5%かといった民法上の論点は扱わず,関連記事へ送る。
損害賠償金の課税関係は,元本部分と遅延損害金部分を分けて考える必要がある。
元本が非課税であることと,遅延損害金が非課税であることは,別々に検討される問題だからである。
2 結論
結論は次のとおりである。
①賃金相当額の損害賠償金のように,元本そのものが本来の所得や得べかりし利益の補塡として非課税所得に当たらない場合,その遅延損害金は雑所得に当たるとされた(国税不服審判所平成22年4月22日裁決)。
②同じ裁決は,不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の賠償金とその遅延損害金は,支出を余儀なくされた弁護士費用という財産的損害を補塡するものとして,所得税法施行令30条2号の非課税所得に当たるとした。
③国税庁の質疑応答事例も,懲戒処分の取消しに伴って支払われる給与差額に付された遅延損害金を,支払われた日の属する年分の雑所得としている。
④交通事故の慰謝料,治療費,休業損害,逸失利益等の元本が非課税であることは,所得税法9条1項18号,同法施行令30条1号及び国税庁のタックスアンサー(No.1700・No.1705)で確認できる。
⑤しかし,それらの元本に係る遅延損害金が非課税か雑所得かを明示した国税庁の通達,質疑応答事例又はタックスアンサーは,本記事の調査では見当たらなかった。
⑥上記の裁決も,心身に加えられた損害の賠償金に係る遅延損害金については判断していない。
⑦したがって,交通事故の慰謝料等に係る遅延損害金は,非課税と考える方向と雑所得と考える方向の双方があり得る論点であり,本記事では結論を断定しない。
⑧遅延損害金が雑所得となる場合,通常は支払の際に源泉徴収されないため,受け取った本人が確定申告の要否を判断する。
⑨給与等の収入金額が2,000万円以下で,1か所から給与を受け,その全部について源泉徴収又は年末調整がされる給与所得者は,給与所得及び退職所得以外の所得金額の合計額が20万円以下であれば,所得税の確定申告は原則として不要である(所得税法121条1項1号)。
⑩法人が受け取る遅延損害金は,法人税法上の益金の額に算入される。
第2 遅延損害金の法的性質
1 民法419条の損害賠償
遅延損害金は,金銭債務の履行が遅れたことによる損害賠償である。
民法419条1項は,「金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。」と定めている。
同条2項により,債権者は損害の証明を要しない。
不法行為に基づく損害賠償債務は,催告を要せず,損害の発生と同時に遅滞に陥る(最高裁判所第三小法廷昭和37年9月4日判決(昭和34年(オ)第117号,民集16巻9号1834頁))。
したがって,交通事故の損害賠償金を事故から数年後に受け取る場合,元本とは別に相当額の遅延損害金が付くことがある。
起算日の詳細は不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するか,利率は遅延損害金の利率は年3%か年5%かで説明している。
2 税務上問題になる点
遅延損害金は,法的には損害賠償金の一種である。
他方で,経済的には,元本を支払期から現実の支払日まで受け取れなかったことに対する利息相当額という性格も持つ。
所得税の扱いが分かれ得るのは,遅延損害金のこの二つの面のどちらを重く見るかによる。
第3 非課税所得を定める条文と国税庁の資料
1 所得税法9条1項18号
所得税法9条1項は,柱書で「次に掲げる所得については、所得税を課さない。」と定め,18号で次のものを掲げている。
「保険業法(平成七年法律第百五号)第二条第四項(定義)に規定する損害保険会社又は同条第九項に規定する外国損害保険会社等の締結した保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」
非課税となる範囲の具体的な中身は,政令である所得税法施行令30条に委ねられている。
2 所得税法施行令30条
(1) 柱書のかっこ書
所得税法施行令30条の柱書は,非課税となる保険金及び損害賠償金を各号に掲げるもの「その他これらに類するもの」とし,そのかっこ書で「これらのものの額のうちに同号の損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補塡するための金額が含まれている場合には、当該金額を控除した金額に相当する部分」に限っている。
事業の必要経費を補う部分は,損害賠償金の名目で受け取っても非課税にならないということである。
(2) 1号(心身に加えられた損害)
同条1号は,身体の傷害に基因して支払を受ける保険金等のほか,「心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金(その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかつたことによる給与又は収益の補償として受けるものを含む。)」を掲げている。
交通事故の慰謝料や治療費の賠償金に加え,けがで働けなかったことによる休業損害も,この号に含まれる。
(3) 2号(資産に加えられた損害)
同条2号は,資産の損害に基因して支払を受ける損害保険金等のほか,「不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける損害賠償金(これらのうち第九十四条(事業所得の収入金額とされる保険金等)の規定に該当するものを除く。)」を掲げている。
後で見る平成22年裁決は,弁護士費用の賠償金をこの2号の非課税所得に当たるとした。
(4) 条文に遅延損害金の定めはない
所得税法9条1項18号及び同法施行令30条には,遅延損害金を非課税とする定めも,課税とする定めも置かれていない。
そのため,遅延損害金が「心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金」や,各号の「その他これらに類するもの」に当たるかという解釈の問題になる。
3 国税庁の通達・タックスアンサー
(1) 所得税基本通達9-19~9-23
所得税基本通達のうち非課税とされる保険金・損害賠償金に関する9-19~9-23は,必要経費を補塡する金額の範囲(9-19),身体に損害を受けた者以外の者が支払を受ける傷害保険金等(9-20),高度障害保険金等(9-21),所得補償保険金(9-22)及び葬祭料・香典等(9-23)を定めている。
これらの通達には,損害賠償金に係る遅延損害金の扱いを定めたものはない。
(2) タックスアンサー
国税庁のタックスアンサーNo.1700は,交通事故などの被害者が受け取る治療費,慰謝料及び損害賠償金などについて,「これらの損害賠償金等は非課税となります」と説明している。
具体例として,事故による負傷について受ける治療費や慰謝料,負傷して働けないことによる収益の補償をする損害賠償金などを挙げている。
タックスアンサーNo.1705は,交通事故などの加害者から被害者の死亡に対する損害賠償金を遺族が受け取った場合には,所得税はかからないとしている。
もっとも,いずれのタックスアンサーも,損害賠償金に付された遅延損害金の扱いには触れていない。
(3) 質疑応答事例
国税庁の質疑応答事例「懲戒処分取消に伴い支払われる給与差額補償」は,差額給与を各支給日の属する年の給与所得とした上で,注記で「遅延損害金は、その支払われた日の属する年分の雑所得とされます。」としている。
また,質疑応答事例「返還を受けた利息制限法の制限超過利息」は,過払金の返還金自体には課税関係が生じないとしつつ,「返還金に付された利息については、その支払を受けた日の属する年分の雑所得の金額の計算上総収入金額に算入します。」としている。
これらはいずれも,元本の支払が遅れたことに伴う利息相当額を雑所得とする取扱いであるが,心身に加えられた損害の賠償金に係る遅延損害金を扱ったものではない。
第4 国税不服審判所平成22年4月22日裁決
1 事案の概要
国税不服審判所平成22年4月22日裁決(裁決事例集No.79)は,賃金格差を理由に元勤務先に不法行為に基づく損害賠償を請求し,確定判決に基づいて支払を受けた者の平成19年分の所得税に関する事案である。
判決は,差別がなければ支給されたはずの基本給,一時金,世帯手当及び退職金との差額に相当する損害賠償金と,弁護士費用の賠償金,並びにこれらに対する年5分の遅延損害金の支払を命じていた。
原処分庁は二つの遅延損害金をいずれも雑所得として更正処分をし,請求人は,遅延損害金は非課税所得であり,仮に課税されるとしても一時所得に当たると主張した。
なお,当時の非課税規定は所得税法9条1項16号であったが,現行法では同項18号である。
2 賃金相当額の損害賠償金に係る遅延損害金は雑所得
(1) 元本が非課税所得に当たらない理由
裁決は,損害賠償金を非課税とする趣旨について,損害を補塡して損害がないのと同じ状態にすることを目的とするものであるから所得の概念を入れることが酷である点にあるとした。
他方で,本来所得となるべきもの又は得べかりし利益を喪失した場合にこれが賠償されるときは,その実質は所得を得たのと同一の結果に帰着するから,非課税所得としないと述べた。
その上で,本件の損害賠償金は,差別がなければ支給されたはずの賃金等の差額に相当する財産的損害に係る賠償金であり,実質は労務の提供に対する対価として支給されるべきものであったとして,非課税所得に当たらないとした。
(2) 遅延損害金が雑所得である理由
裁決は,この損害賠償金に係る遅延損害金を,不法行為による損害賠償金の支払が遅延したことに基づいて発生する法定の遅延利息で,民法所定の年5分の割合で計算された利息相当額であるとした。
そして,損害賠償金の支払が遅延しているという継続的行為に起因した利息に相当するものであり,利子所得から一時所得までのいずれにも当たらないとして,雑所得に当たるとした。
一時所得であるとの主張に対しては,貸付金の利息と同様の性質を有し,役務の対価としての性質を有するから一時所得に当たらないとした。
(3) 元本が非課税であれば遅延損害金も非課税であるとの主張
請求人は,損害賠償金は人の尊厳と人格権を侵害したという心身に加えられた損害に基因するものであり,これに附帯して発生した遅延損害金も非課税所得であると主張した。
裁決は,損害賠償金が非課税所得に当たらない以上,附帯して発生している遅延損害金も非課税所得であるという主張には理由がないとして,この主張を退けた。
3 弁護士費用賠償金とその遅延損害金は非課税
裁決は,判決が不法行為と相当因果関係のある損害と認めた弁護士費用の賠償金と,その遅延損害金について,別の結論をとった。
請求人は不法行為により弁護士に訴訟の提起と追行を委任することを余儀なくされ,弁護士費用を支払っていた。
裁決は,弁護士費用賠償金及びその遅延損害金は,請求人が支出を余儀なくされる弁護士費用という財産的損害を補塡するための賠償金であるから,所得税法施行令30条2号の非課税所得であるとした。
原処分庁は,弁護士費用賠償金の遅延損害金は弁護士費用を支払わなければ得られたであろう利息相当額であり雑所得であると主張したが,裁決は,それも支出を余儀なくされる弁護士費用の一部に充てられたものであるとして,この主張を退けた。
裁決は,弁護士費用賠償金等が業務の収益の補償として取得したものでないこと,弁護士費用の支払が業務に関して支出したものでないことも確認している。
4 この裁決が判断していないこと
この裁決は,遅延損害金は常に雑所得であるとしたものではない。
同じ裁決の中で,賃金相当額の損害賠償金の遅延損害金は雑所得,弁護士費用賠償金の遅延損害金は非課税と,結論が分かれている。
また,この裁決は,慰謝料その他の心身に加えられた損害の賠償金に係る遅延損害金が非課税か雑所得かを判断していない。
請求人の「元本が非課税だから遅延損害金も非課税」という主張は,元本が非課税所得に当たらないことを理由に退けられたのであり,元本が非課税である場合の遅延損害金について裁決が一般的な判断を示したわけではない。
したがって,この裁決を根拠に「交通事故の慰謝料の遅延損害金は雑所得である」とも,「非課税である」とも言うことはできない。
第5 交通事故の慰謝料・休業損害等に係る遅延損害金
1 元本の扱いは国税庁資料で確認できる
交通事故の被害者が加害者側から受け取る慰謝料,治療費,休業損害及び後遺障害逸失利益の元本は,所得税法施行令30条1号の「心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金」に当たり,非課税である。
休業損害は,同号かっこ書の「その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかつたことによる給与又は収益の補償」として非課税となる点で,平成22年裁決の賃金相当額の損害賠償金とは異なる。
死亡事故の損害賠償金を遺族が受け取る場合も,所得税はかからない(タックスアンサーNo.1705)。
元本の課税関係の詳細は,交通事故の慰謝料に税金はかかるかで説明している。
2 遅延損害金の扱いを明示した国税庁資料は見当たらない
本記事の調査では,交通事故その他の心身に加えられた損害の賠償金に係る遅延損害金について,非課税か雑所得かを明示した国税庁の通達,質疑応答事例又はタックスアンサーは見当たらなかった。
所得税基本通達9-19~9-23,タックスアンサーNo.1700及びNo.1705,質疑応答事例「ガス爆発事故に伴い被害者が受領する損害賠償金等」は,いずれも元本の賠償金を扱うにとどまる。
この点を判断した裁判例も,本記事では裁判所HPで確認できていない。
3 考え方が分かれ得る理由
(1) 非課税と考える方向
遅延損害金も,民法419条に基づく損害賠償金である。
心身に加えられた損害を原因とする損害賠償債務の履行が遅れたことによって生じるものであるから,所得税法施行令30条1号の「心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金」又は柱書の「その他これらに類するもの」に含まれると読む余地がある。
平成22年裁決は,弁護士費用賠償金の遅延損害金について,利息相当額であることを認めつつ,それも支出を余儀なくされた弁護士費用の一部に充てられたものであるとして,元本と同じく非課税とした。
遅延損害金の扱いを,それが何の損害を補塡するものかによって決める点で,非課税と考える方向の手掛かりになり得る。
(2) 雑所得と考える方向
他方で,平成22年裁決は,賃金相当額の損害賠償金の遅延損害金について,支払の遅延という継続的行為に起因した利息相当額であり,貸付金の利息と同様の性質を有すると述べている。
国税庁の質疑応答事例も,給与差額に付された遅延損害金や過払金の返還金に付された利息を雑所得としている。
遅延損害金の実質を,心身の損害の補塡ではなく,元本を使えなかったことによる利息相当額の補塡とみれば,元本が非課税であっても遅延損害金は雑所得になるという考え方につながる。
(3) 税務大学校の論文
税務大学校研究部教授の篠原克岳「資産に加えられた損害に対する損害賠償金等を巡る所得税法上の諸問題―「法と経済学」の視点から―」税大論叢69号(平成23年)66頁~67頁は,遅延損害金の課税について検討している。
同論文は,課税庁が遅延損害金の本体賠償金への「附帯性」を根拠に,本体が非課税なら遅延損害金も非課税とすべきことを主張することがあると紹介している。
その上で,著者自身の見解として,遅延損害金は逸失利益に相当するから,本体賠償金の課税の可否にかかわらず課税所得とすべきと考えるとしつつ,どのような法律構成によるかは悩ましいとしている。
この論文は国税庁の公式見解ではなく,資産に加えられた損害を中心に検討したものであり,心身に加えられた損害の賠償金に係る遅延損害金について課税実務を示したものではない。
同論文は下級審の裁判例も紹介しているが,本記事では裁判所HPで原文を確認できていないため,その内容には立ち入らない。
4 実務上の留意点
判決で遅延損害金の支払が命じられた場合は,判決主文で元本と遅延損害金が区別されるため,受け取った金額の内訳は明確になる。
これに対し,訴訟上の和解や示談では,遅延損害金を明示せず「調整金」や「解決金」として一括して支払われることがある。
この場合に,その金額の実質が遅延損害金に当たるのか,慰謝料等の元本の一部に当たるのかは,和解条項や示談書の記載と交渉の経緯によって判断されることになる。
遅延損害金の金額が大きいときは,受け取った年の申告の要否を判断する前提として,和解条項や示談書で元本と遅延損害金の内訳を確認しておく必要がある。
第6 雑所得となる場合の申告と源泉徴収
1 雑所得の金額と年分
雑所得とは,所得税法35条1項によれば,「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得」である。
公的年金等以外の雑所得の金額は,総収入金額から必要経費を控除した金額である(同条2項2号)。
遅延損害金を雑所得とする前記の質疑応答事例は,いずれも支払を受けた日の属する年分の雑所得としている。
例えば,雑所得となる遅延損害金として,元本500万円に年3%の遅延損害金が3年分付いたとすると,遅延損害金は500万円×3%×3年=45万円である。
この45万円が,支払を受けた年の雑所得の総収入金額となる。
2 確定申告が不要な場合(所得税法121条)
(1) 給与所得者
所得税法121条1項は,その年中に支払を受けるべき給与等の金額が2,000万円以下の給与所得者について,確定申告を要しない場合を定めている。
同項1号は,1か所から給与等の支払を受け,その全部について源泉徴収又は年末調整がされる場合に,「給与所得及び退職所得以外の所得金額」が20万円以下であるときを掲げている。
同項2号は,2か所以上から給与等の支払を受ける場合について,従たる給与等の金額と給与所得及び退職所得以外の所得金額との合計額が20万円以下であるとき等を掲げている。
前記の例で,遅延損害金に係る雑所得の金額(総収入金額から必要経費を控除した金額)が20万円を超えるときは,確定申告が必要になる。
(2) 公的年金等の受給者
所得税法121条3項は,公的年金等の収入金額が400万円以下で,その全部について源泉徴収がされる者について,公的年金等に係る雑所得以外の所得金額が20万円以下であるときは,確定申告を要しないとしている。
遅延損害金による雑所得は,この「公的年金等に係る雑所得以外の所得金額」に含まれる。
(3) 申告不要でも注意する点
所得税法121条は確定申告を要しない場合を定めたものであり,確定申告を行う場合にも20万円以下の所得を申告しなくてよいという規定ではない。
国税庁のタックスアンサーNo.1900「給与所得者で確定申告が必要な人」の「確定申告を要しない場合の意義」は,医療費控除を受けるための還付申告を行う場合には,給与所得だけでなく20万円以下の所得も併せて申告する必要があるとしている。
交通事故の治療費について医療費控除の還付申告をする年に遅延損害金を受け取った場合は,この点に注意が必要である。
また,タックスアンサーNo.1600は,公的年金等以外の所得金額が20万円以下で確定申告の必要がない場合であっても,住民税の申告が必要な場合があるとしている。
所得税の確定申告が不要であることと,住民税の申告が不要であることは別の問題である。
給与所得がなく公的年金等も受けていない者には,所得税法121条1項及び3項の特例は適用されない。
この場合は,所得税法120条1項により,総所得金額等から所得控除を差し引いて計算した所得税額が配当控除の額を超えるかどうかで申告の要否を判断する。
3 源泉徴収はされないのが通常である
所得税法は,源泉徴収の対象となる所得を個別に定めている。
報酬・料金等については所得税法204条1項が原稿料,弁護士等の報酬,契約金,広告宣伝のための賞金等を列挙しているが,損害賠償金に係る遅延損害金はそこに掲げられていない。
国税庁のタックスアンサーNo.1500も,雑所得のうち支払の際に源泉徴収が行われるものとして,公的年金等,原稿料・講演料などを挙げるにとどまる。
そのため,加害者や保険会社は遅延損害金を源泉徴収せずに支払うのが通常であり,雑所得となる場合には受け取った本人が申告の要否を判断することになる。
これに対し,未払賃金を判決等に基づいて支払う場合の賃金元本は給与等であり,支払者に源泉徴収義務がある。
賃金元本,遅延損害金及び付加金の源泉徴収と所得区分の違いは,残業代請求訴訟の仮執行による仮払いで説明している。
第7 法人・個人事業者が受け取る場合
法人が受け取る損害賠償金及び遅延損害金は,法人税法22条2項により,益金の額に算入される。
法人税基本通達2-1-43は,他の者から支払を受ける損害賠償金(「債務の履行遅滞による損害金を含む」)の額は,支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するが,実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合にはこれを認めるとしている。
法人には,所得税法9条1項18号のような非課税規定はない。
個人事業者が,事業の必要経費を補塡する損害賠償金や,棚卸資産の損害又は事業用資産の損害に基因する事業の収益の補償として損害賠償金を受け取る場合(心身に加えられた損害に基因して業務に従事できなかったことによる収益の補償は,施行令30条1号により非課税である。),その元本は所得税法施行令30条柱書かっこ書又は94条により事業所得等の収入金額となる。
このような元本に係る遅延損害金は,平成22年裁決の考え方に従えば,非課税とはならないと考えられる。
それが事業所得に含まれるか雑所得になるかは,事業の遂行との関係によるが,本記事の調査では国税庁資料で直接の説明を確認できなかった。
第8 関連記事
遅延損害金の論点全体は,ハブ記事である遅延損害金に関するメモ書きから各記事へたどることができる。
遅延損害金の起算日は不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するか―事故日起算,弁護士費用及び損害費目ごとの起算日で,利率は遅延損害金の利率は年3%か年5%か―令和2年4月1日の経過措置,商事法定利率の廃止及び3年ごとの見直しで説明している。
人身傷害保険金を受け取った後の遅延損害金の請求は,人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるか―最高裁平成24年2月20日判決と保険代位の範囲で扱っている。
課税関係については,交通事故の損害賠償金の元本の課税,医療費控除及び死亡時の取扱いを交通事故の慰謝料に税金はかかるか-確定申告・医療費控除・死亡時の取扱いで,自分の契約に基づく人身傷害保険金の課税関係を人身傷害保険金に税金はかかるか―死亡・後遺障害・医療保険金の課税関係で説明している。
未払残業代と遅延損害金の源泉徴収は,残業代請求訴訟の仮執行による仮払い-遅延損害金・源泉徴収・逆転後の返還を参照されたい。
第9 出典・参考資料
1 法令
①所得税法9条1項18号,35条,120条1項,121条及び204条1項(e-Gov法令検索,令和8年8月12日施行分で確認):所得税法
②所得税法施行令30条及び94条(e-Gov法令検索,令和8年5月22日施行分で確認):所得税法施行令
③民法419条(e-Gov法令検索):民法
④法人税法22条2項(e-Gov法令検索):法人税法
2 裁判例・裁決
①最高裁判所第三小法廷昭和37年9月4日判決(昭和34年(オ)第117号,民集16巻9号1834頁):裁判所HP
②国税不服審判所平成22年4月22日裁決(裁決事例集No.79):国税不服審判所HP
3 公的資料
①所得税基本通達9-19~9-23:国税庁HP
②法人税基本通達2-1-43:国税庁HP
③国税庁タックスアンサーNo.1700「加害者から治療費、慰謝料及び損害賠償金などを受け取ったとき」:国税庁HP
④国税庁タックスアンサーNo.1705「遺族の方が損害賠償金を受け取ったとき」:国税庁HP
⑤国税庁タックスアンサーNo.1500「雑所得」:国税庁HP
⑥国税庁タックスアンサーNo.1600「公的年金等の課税関係」:国税庁HP
⑦国税庁タックスアンサーNo.1900「給与所得者で確定申告が必要な人」(確定申告を要しない場合の意義):国税庁HP
⑧国税庁質疑応答事例「懲戒処分取消に伴い支払われる給与差額補償」:国税庁HP
⑨国税庁質疑応答事例「返還を受けた利息制限法の制限超過利息」:国税庁HP
⑩国税庁質疑応答事例「ガス爆発事故に伴い被害者が受領する損害賠償金等」:国税庁HP
4 文献
①篠原克岳「資産に加えられた損害に対する損害賠償金等を巡る所得税法上の諸問題―「法と経済学」の視点から―」税大論叢69号(平成23年6月28日),66頁~67頁:国税庁HP