メインコンテンツへスキップ
       

被害者の過失が大きい交通事故の請求順序-自賠責の重大な過失による減額,被害者請求及び訴訟の比較と計算例(AI作成)

第1 本記事の対象と結論の要約

1 対象とする場面

本記事は,交通事故の被害者側にも大きな過失がある事故,特に被害者の過失割合が7割前後又はそれ以上と見込まれる事故で,どの順序で何を請求するかを扱う。
このような事故では,自賠責保険に請求するか,加害者に対して訴訟を起こすかによって,受け取れる金額が大きく変わることがある。
自賠責保険は,訴訟のように過失割合に応じて損害額を減らすのではなく,被害者に重大な過失がある場合にだけ一定の割合で減額する取扱いをしているからである。

本記事は,令和8年9月19日現在の自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という),同法施行令,自賠責保険の支払基準の告示及び裁判所ウェブサイト掲載の最高裁判決に基づき,AIを用いて整理したものである。
下級審裁判例は,判例秘書で判決本文を確認したものに限って紹介する。

2 結論の要約

①訴訟では,裁判所が認定した過失割合のとおりに損害額が減額される(民法722条2項)。
②自賠責保険の支払基準では,被害者の過失割合が7割未満であれば減額されず,7割以上でも後遺障害・死亡は2割から5割,傷害は2割の減額にとどまる。
③自賠責保険会社に対する請求を訴訟で行うと,裁判所は支払基準によらずに損害額と過失割合を認定する(最高裁判所第一小法廷平成18年3月30日判決,最高裁判所第一小法廷平成24年10月11日判決)。
④そのため,被害者の過失が大きい事故では,まず訴訟外で自賠法16条1項の被害者請求をして支払基準による支払を受け,その後に訴訟を起こす実益があるかを計算して判断する順序が考えられる。
⑤被害者請求の権利は,損害及び保有者を知った時から3年で時効によって消滅する(自賠法19条)。

第2 訴訟と自賠責保険では過失の扱いが違う

1 訴訟では過失割合どおりに減額される

民法722条2項は,「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」と定める。
訴訟では,裁判所が損害額と過失割合を認定し,損害額に(1-被害者の過失割合)を掛けた額が賠償額の基本になる。
被害者の過失が8割であれば,損害額の2割しか請求できない。

過失割合の目安には,東京地方裁判所民事第27部の裁判官が執筆した別冊判例タイムズ『民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準』が広く用いられており,令和8年3月30日に全訂6版(別冊判例タイムズ39号)が発行されている。
同書の位置付けは,東京地裁民事第27部(交通部)―担当事件,新受件数,共通書式及び証拠提出でも触れている。

2 自賠責保険の「重大な過失による減額」

自賠法16条の3第1項は,保険会社は保険金等を支払うときは,国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準に従って支払わなければならないと定める。
その支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)の第6は,被害者に重大な過失がある場合の減額を次のように定めている。

被害者の過失割合後遺障害又は死亡に係るもの傷害に係るもの
7割未満減額なし減額なし
7割以上8割未満2割減額2割減額
8割以上9割未満3割減額2割減額
9割以上10割未満5割減額2割減額

減額は,積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額から,保険金額以上となる場合には保険金額から行う(支払基準第6の1)。
また,傷害による損害額(後遺障害及び死亡に至る場合を除く。)が20万円未満の場合はその額とし,減額により20万円以下となる場合は20万円とする(同)。

このほか,支払基準第6の2は,既往症等があるため受傷と死亡又は後遺障害との間の因果関係の有無の判断が困難な場合に,死亡又は後遺障害による損害について5割の減額を行うと定めている。
支払基準の全体は,自賠責保険の支払基準――令和2年4月1日以降の交通事故に適用される告示の全文,別表及び改正経緯で扱っている。

3 保険金額の上限

自賠責保険の保険金額は,自賠法施行令2条1項が定めており,被害者1人につき,死亡による損害は3000万円,死亡に至るまでの傷害による損害は120万円,傷害による損害は120万円である。
後遺障害による損害は,同令の別表第一(介護を要する後遺障害)又は別表第二の等級に応じた金額となる。
加害車両が複数あり,それぞれに自賠責保険が付いている場合には,それぞれの保険会社に請求できることがある。

第3 計算例で比べる

1 死亡事故で被害者の過失が8割の場合

最高裁判所第一小法廷平成24年10月11日判決の事案の数字を使って比べる。
同事案では,死亡した運転者の損害額が7500万円,その過失割合が8割とされた。

①訴訟による場合,損害額7500万円から8割を過失相殺すると,賠償額は1500万円となる。
②支払基準による場合,積算した損害額が保険金額3000万円以上であるから,保険金額3000万円から3割を減額した2100万円となる。
両者の差は600万円である。

同判決の事案では,自賠責保険会社は遺族に1500万円を支払っていたが,加害車両の任意共済が遺族に支払をした後,自賠法15条により自賠責保険会社に保険金を請求した訴訟で,原審は支払基準による2100万円との差額600万円の支払を命じた。
これに対し同判決は,裁判所は支払基準によることなく自ら認定した損害額及び過失割合に従って保険金の額を算定しなければならないとして,過失相殺後の1500万円は支払済みであるから,それ以上の支払義務はないとした(後記第4の2)。
支払基準によれば2100万円となる事案でも,訴訟では1500万円にとどまったのであり,請求の方法と順序によって結果が変わることを示している。

2 傷害だけの事故で被害者の過失が75%の場合

治療費,休業損害,慰謝料等の傷害による損害を支払基準で積算した額が100万円,被害者の過失割合が75%の場合を考える。
①支払基準による場合,傷害に係るものは2割の減額となるから,80万円となる。
②訴訟で同じ100万円の損害が認められたとすると,75%の過失相殺をした後の賠償額は25万円となる。
なお,支払基準による積算額と訴訟で認められる損害額は,算定方法が異なるため一致するとは限らない。
例えば,支払基準の傷害慰謝料は1日4300円とされている(支払基準第2の3)。

3 被害者の過失が7割未満の場合

被害者の過失割合が6割や65%と見込まれる場合でも,支払基準では減額されない。
積算した損害額が保険金額の範囲内であれば,その全額が支払われる。
訴訟では同じ事故で6割以上が過失相殺されるから,自賠責保険からの支払額が訴訟による賠償額を上回ることがある。
後記第4の3の名古屋地方裁判所平成9年4月23日判決は,被害者の過失が55%の事案である。
これに対し,被害者の過失が小さい事故では,訴訟で認められる損害額の方が高額となりやすいので,自賠責保険からの支払を受けた上で,不足分を加害者に請求するのが通常である。

第4 請求の順序

1 まず被害者請求で自賠責保険からの支払を受ける

自賠法16条1項は,保有者の損害賠償責任が発生したときは,被害者は,保険会社に対し,保険金額の限度において,損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができると定める。
被害者の過失が大きい事故では,加害者側の任意保険会社との示談交渉や訴訟の前に,被害者自身がこの被害者請求をして,支払基準による支払を受けることが考えられる。
治療中でも,傷害による損害について被害者請求をすることができ,自賠法17条の仮渡金の制度もある。
治療中の被害者請求と仮渡金は,交通事故の慰謝料はいつもらえるか-治療中の自賠責被害者請求・仮渡金・示談成立後の支払と時効で,任意保険会社の一括払との関係は,任意保険の示談代行とは-利用できない場合,一括払及び直接請求権との関係で扱っている。

2 訴訟では支払基準の有利さを使えない

最高裁判所第一小法廷平成18年3月30日判決は,自賠法16条の3第1項は保険会社に支払基準に従った支払を義務付けたものであって,支払基準が保険会社以外の者も拘束する旨を規定したものとは解されず,支払基準は保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合に従うべき基準にすぎないとした。
その上で,被害者が自賠法16条1項に基づいて保険会社に損害賠償額の支払を請求する訴訟において,裁判所は,支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることができるとした。

最高裁判所第一小法廷平成24年10月11日判決は,この理は自賠法15条の保険金の支払を請求する訴訟でも異ならないとし,裁判所は,支払基準によることなく,自ら相当と認定判断した損害額及び過失割合に従って保険金の額を算定して支払を命じなければならないとした。
そのため,被害者の過失が大きい事故で自賠責保険会社を訴えると,重大な過失による減額よりも大きな過失相殺がされ,訴訟外の被害者請求より受け取れる額が少なくなることがある。

3 訴訟を起こす実益を計算で確かめる

自賠責保険からの支払を受けた後に加害者に対して訴訟を起こすと,裁判所は,損害額を認定し,過失相殺をした後の額から,既に受け取った自賠責保険からの支払額を差し引く。
したがって,訴訟を起こす前に,おおむね「認定が見込まれる損害額×(1-被害者の過失割合)-自賠責保険からの受領額」を計算し,これがプラスになるか,弁護士費用や時間に見合うかを検討する必要がある。

判例秘書で確認できた裁判例では,次のように,過失相殺後の賠償額が自賠責保険からの受領額を下回るとして請求が棄却されている。
①名古屋地方裁判所平成9年4月23日判決は,夜間,赤信号で横断歩道を自転車で進行した被害者が,制限速度を大幅に超えた乗用車と衝突して死亡した事故について,被害者の過失を55%とし,損害合計6359万円余を過失相殺した2861万円余は,自賠責保険から受領した3000万円余によって填補済みであるとした。
②大阪地方裁判所平成17年11月30日判決は,夜間無灯火で赤信号の交差点を自転車で横断した被害者が重い後遺障害を負った事故について,被害者の過失を80%とし,損害総額1億2215万円余を過失相殺した2443万円余は,自賠責保険から受領した3220万円によって填補済みであるとした。

いずれも,被害者に過失があっても,自賠責保険からの支払が訴訟で認められる額を上回った例である。
被害者の過失が大きい事件では,訴訟を起こしても自賠責保険からの受領額を超える認容が見込めないことがあるので,損害額の見込み(特に逸失利益と将来介護費)と過失割合の見込みを具体的に計算してから方針を決める必要がある。
外国人の被害者について同じ問題が生じやすいことは,外国人が交通事故の当事者になったときの損害賠償で触れている。

4 人身傷害保険がある場合

被害者側が人身傷害保険に加入していれば,被害者の過失の有無にかかわらず,約款の基準による保険金を受け取ることができる。
最高裁判所第一小法廷平成24年2月20日判決は,人身傷害保険金を支払った保険会社は,保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回る場合に限り,その上回る部分に相当する額の範囲で損害賠償請求権を代位取得するとした。
被害者の過失部分は人身傷害保険によって先に填補されるので,過失が大きい事故ほど人身傷害保険の役割が大きい。
人身傷害保険と賠償請求の順序,自賠責保険からの回収との関係は,人身傷害保険の補償範囲と請求順序―人傷先行・賠償先行,保険代位及び自賠責回収で扱っている。

5 労災保険給付を受ける場合

業務中又は通勤中の事故で労災保険給付を受ける場合,労災保険給付をした国も,被害者の自賠責保険会社に対する直接請求権を代位取得する。
最高裁判所第一小法廷平成30年9月27日判決は,被害者の直接請求権と国が代位取得した直接請求権の合計額が保険金額を超えるときでも,被害者は国に優先して支払を受けられるとした。
もっとも,最高裁判所第一小法廷令和4年7月14日判決は,これは被害者と国との間の相対的な優先劣後関係にとどまり,自賠責保険会社が国の請求を受けて保険金額の限度でした支払は有効な弁済に当たるとした。
労災保険給付を受ける事故では,被害者請求を早めに行う必要がある。
給付の控除の順序は,損益相殺とは―労災保険給付・年金・保険金の控除と計算順序で整理している。

第5 相談を受けたときの確認事項

被害者の過失が大きいと見込まれる事故の相談では,次の事項を確認することが考えられる。
①事故態様を実況見分調書や映像で確認し,別冊判例タイムズ39号等で過失割合の見込みを立てる。
②過失割合の見込みが7割未満か,7割以上か,8割以上か,9割以上かを区別し,支払基準による減額の割合を確認する。
③損害額の見込みと保険金額の上限を比べ,被害者請求による受領見込額と,訴訟による賠償見込額を計算する。
④被害者側の人身傷害保険,搭乗者傷害保険,労災保険等の有無を確認する。
⑤既往症があり,因果関係の判断が困難として5割減額される可能性がないかを確認する。
⑥被害者請求権の時効(損害及び保有者を知った時から3年)と,加害者に対する損害賠償請求権の時効を別々に管理する。

第6 出典

1 法令・告示

①e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法」3条,15条,16条,16条の3,17条,19条。
②e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」2条。
③e-Gov法令検索「民法」722条。
④国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)第2・第6。

2 裁判例

最高裁判所第一小法廷平成18年3月30日判決(平成17年(受)第1628号,民集60巻3号1242頁,裁判所ウェブサイト)。
最高裁判所第一小法廷平成24年2月20日判決(平成21年(受)第1461号,民集66巻2号742頁,裁判所ウェブサイト)。
最高裁判所第一小法廷平成24年10月11日判決(平成23年(受)第289号,集民241号75頁,裁判所ウェブサイト)。
最高裁判所第一小法廷平成30年9月27日判決(平成29年(受)第659号,民集72巻4号432頁,裁判所ウェブサイト)。
最高裁判所第一小法廷令和4年7月14日判決(令和3年(受)第1473号,民集76巻5号1205頁,裁判所ウェブサイト)。
⑥名古屋地方裁判所平成9年4月23日判決(平成8年(ワ)第2197号,交通事故民事裁判例集30巻2号571頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。
⑦大阪地方裁判所平成17年11月30日判決(平成16年(ワ)第4618号,交通事故民事裁判例集38巻6号1623頁,裁判所HP未掲載。判例秘書で判決本文を確認)。

3 文献

菊池憲久堂薗幹一郎伊東智和編『民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準〔全訂6版〕』(別冊判例タイムズ39号,判例タイムズ社,令和8年)。