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病院での虐待と高齢者虐待防止法-病院が「養介護施設」に含まれないことの意味と相談・通報先(AI作成)

第1 この記事の対象と結論

1 対象と基準日

本記事は,入院中の高齢者や障害者について,家族や成年後見人が「病院で虐待されている」と訴え,又はそのような訴えを受けた場面を念頭に,どの法律が適用され,どこに相談・通報すべきかを整理するものである。
想定している読者は,成年後見人,成年後見事件に関わる弁護士及び入院中の高齢者の家族である。
基準日は令和8年9月18日であり,法令は同日にe-Gov法令APIで取得した現行条文により,厚生労働省の公表資料は同日に取得したものにより確認した。
本記事は,公表されている条文と行政資料を整理した一般的な解説であり,個別の事案について虐待の有無を判断するものではない。
第7は筆者の私見を含む実務上の手順であり,その旨を明示している。

2 結論

①高齢者虐待防止法の「養介護施設従事者等による高齢者虐待」の対象施設は2条5項に限定列挙されており,医療法上の病院は含まれない。
②厚生労働省の国マニュアルも,医療機関における高齢者への虐待は高齢者虐待防止法の対象外であり,医療法に基づいて都道府県等が検査・指導を行うものと説明している。
③障害者虐待防止法でも,医療機関は通報義務の対象となる類型に入っておらず,医療機関の管理者に虐待防止措置を講じさせる規定(31条)と,附則2条の検討規定があるにとどまる。
④精神科病院については,令和4年の精神保健福祉法改正により,令和6年4月1日から,業務従事者による障害者虐待を受けたと思われる精神障害者を発見した者に都道府県(指定都市を含む。)への通報義務が課されている(40条の3)。
⑤精神科病院以外の病院で虐待が疑われるときは,医療安全支援センター,医療法25条の立入検査権限を持つ都道府県等,警察,民事上の責任追及を場面に応じて使い分けることになる。
⑥訴えを受けた後見人は,訴えを放置も鵜呑みもせず,内容を具体化し,記録し,病院に事実確認を求め,必要に応じて外部の窓口につなぎ,家庭裁判所に報告するのが基本である。

第2 高齢者虐待防止法の構造

1 二つの類型

高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成17年法律第124号。以下「高齢者虐待防止法」という。)は,「高齢者」を65歳以上の者と定義している(2条1項)。
同法の「高齢者虐待」は,「養護者による高齢者虐待」と「養介護施設従事者等による高齢者虐待」の二つに限られている(2条3項)。
「養護者」とは,高齢者を現に養護する者であって養介護施設従事者等以外のものをいう(2条2項)。
虐待の内容は,身体的虐待,介護等の放棄,心理的虐待,性的虐待及び経済的虐待であり,養護者によるものは2条4項,養介護施設従事者等によるものは2条5項に定められている。

2 「養介護施設」の列挙に病院はない

2条5項1号は,次の施設を「養介護施設」と定義している。
①老人福祉法5条の3に規定する老人福祉施設(老人デイサービスセンター,老人短期入所施設,養護老人ホーム,特別養護老人ホーム,軽費老人ホーム,老人福祉センター及び老人介護支援センター)
②老人福祉法29条1項に規定する有料老人ホーム
③介護保険法に規定する地域密着型介護老人福祉施設,介護老人福祉施設,介護老人保健施設及び介護医療院
④介護保険法115条の46第1項に規定する地域包括支援センター

2条5項2号は,老人居宅生活支援事業や介護保険法上の居宅サービス事業等を「養介護事業」と定義している。
この列挙の中に,医療法1条の5第1項に規定する「病院」や同条2項に規定する「診療所」は含まれていない。
他方で,介護老人保健施設と介護医療院は,医療法1条の2第2項では病院・診療所と並ぶ「医療提供施設」とされているが,高齢者虐待防止法の上では養介護施設に含まれる。
つまり,医師や看護師がいて医療が提供されているかどうかではなく,2条5項に列挙された施設・事業に当たるかどうかで,同法の適用が決まる。

なお,社会福祉法等の一部を改正する法律(令和8年法律第51号)による2条5項の改正が令和9年4月1日及び令和11年6月24日に施行予定であるが,e-Govで取得した改正後の条文を比べると,介護保険法の項番号の移動と養介護事業の追加にとどまり,病院を加える内容ではない。

3 通報義務と市町村の対応

養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は,生命又は身体に重大な危険が生じている場合は速やかに市町村に通報しなければならず(7条1項),それ以外の場合も通報の努力義務を負う(7条2項)。
養介護施設従事者等は,自分が働く施設・事業で虐待を受けたと思われる高齢者を発見したときは,市町村に通報しなければならない(21条1項)。
それ以外の者も,生命又は身体に重大な危険が生じている場合は通報義務を負い(21条2項),それ以外の場合は努力義務を負う(21条3項)。
通報を受けた市町村は,養護者による虐待については事実確認や老人福祉法上の措置等を講じ(9条),養介護施設従事者等による虐待については都道府県に報告し(22条),市町村長又は都道府県知事が老人福祉法又は介護保険法の権限を行使する(24条)。

これらの規定は,いずれも「養護者による高齢者虐待」又は「養介護施設従事者等による高齢者虐待」を前提としている。
そのため,病院の職員による行為は,2条5項の「養介護施設従事者等による高齢者虐待」には当たらず,21条の通報義務や24条の権限行使の対象にはならない。

4 65歳未満の障害者のみなし規定

65歳未満の者であっても,養介護施設に入所し,若しくはこれを利用し,又は養介護事業のサービスの提供を受ける障害者については,高齢者とみなして,養介護施設従事者等による高齢者虐待に関する規定が適用される(2条6項)。
この規定も養介護施設・養介護事業を前提としているので,病院に入院している65歳未満の障害者に高齢者虐待防止法が及ぶわけではない。

5 国マニュアルの説明

厚生労働省老健局の「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(令和8年3月改訂。以下「国マニュアル」という。)第Ⅰ章5頁は,「医療機関における高齢者への虐待について」という項目を設けている。
そこでは,医療機関における高齢者への虐待は高齢者虐待防止法の対象外であること,医療機関で医療従事者等による虐待があった場合には,医療法の規定に基づき,都道府県等が開設者・管理者の適正な管理について検査等を行い,不適正な場合には指導等を通じて改善を図ることが説明されている。
同じ箇所は,都道府県等に相談があった場合には,相談の内容を具体的に把握し,必要な関係機関に適切につないでいく等の対応が必要であるとし,精神科病院については後記第4の通報制度を紹介している。

国マニュアル第Ⅰ章4頁は,2条5項の施設・事業は限定列挙であり,これに該当しない施設等(有料老人ホームに該当しないサービス付き高齢者向け住宅等)で「高齢者を現に養護する者」による虐待と考えられる場合は,「養護者による高齢者虐待」として対応していく必要があるとしている。
もっとも,医療機関については,上記のとおり国マニュアルは別に項目を設けて医療法による対応を示しており,病院の職員を「養護者」として扱うことを示した記載は,今回確認した範囲では見当たらなかった。
したがって,病院職員による行為を「養護者による高齢者虐待」として市町村に通報すれば同法上の対応が当然に始まる,と考えるのは避けたほうがよい。

6 病院も「早期発見」の主体ではある

高齢者虐待防止法5条1項は,養介護施設,病院,保健所その他高齢者の福祉に業務上関係のある団体と,医師,保健師,弁護士等に,高齢者虐待の早期発見に努める義務を課している。
病院は,自らが虐待の場となる場合には同法の対象外であるが,家庭や介護施設での虐待を発見する立場としては同法に組み込まれている。
入院をきっかけに家庭での虐待が発覚することがあるのはこのためであり,「病院は高齢者虐待防止法と無関係」というわけではない。

7 統計の見方

厚生労働省の「令和6年度『高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」によれば,令和6年度に養介護施設従事者等による高齢者虐待と判断された件数は1,220件,市町村への相談・通報件数は3,633件であった。
虐待の事実が認められた施設・事業所の種別では,介護老人保健施設が108件(8.9%)であった。
この調査は高齢者虐待防止法に基づく対応状況の調査であるから,同法の対象外である病院での事案は,この数字には表れない。

第3 障害者虐待防止法

1 三つの類型

障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号。以下「障害者虐待防止法」という。)の「障害者虐待」は,養護者による障害者虐待,障害者福祉施設従事者等による障害者虐待及び使用者による障害者虐待の三つである(2条2項)。
それぞれについて,発見者の通報義務が定められている(7条1項,16条1項,22条1項)。
障害者虐待防止法の障害者福祉施設従事者等による虐待には,「正当な理由なく障害者の身体を拘束すること」が明記されている(2条7項1号)。

2 医療機関は通報義務の類型にない

医療機関の職員は,上記三つの類型のいずれにも挙げられていない。
障害者虐待防止法31条は,医療機関(医療法1条の5第1項の病院又は同条2項の診療所)の管理者に,職員への研修,虐待に関する相談体制の整備,虐待に対処するための措置その他の虐待防止に必要な措置を講ずるよう求めている。
しかし,31条は医療機関の管理者の措置義務を定めるにとどまり,医療機関での虐待について発見者の通報義務や市町村の権限行使を定めるものではない。
また,同法6条2項は,医療機関,医師,弁護士等に障害者虐待の早期発見の努力義務を課しており,この点は高齢者虐待防止法5条と同じ構造である。

3 附則2条の検討規定

障害者虐待防止法附則2条は,政府は,学校,保育所等,医療機関,官公署等における障害者に対する虐待の防止等の体制の在り方等について,施行後3年を目途として検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとすると定めている。
医療機関における虐待への対応は,制定当初から検討課題とされていたことになる。
精神科病院については,次の第4の改正でこれに一定の手当てがされたが,一般の病院については,基準日現在,障害者虐待防止法上の通報制度は設けられていない。
高齢者虐待防止法附則2項も,高齢者以外の者で養護を必要とする者への虐待防止の制度について速やかに検討を加えるものとしている。

第4 精神科病院の特則-精神保健福祉法40条の2以下

1 令和4年改正と施行日

障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律(令和4年法律第104号)により,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号。以下「精神保健福祉法」という。)に40条の2から40条の8までが新設された。
同改正法附則1条本文は施行日を令和6年4月1日としており,e-Govの改正履歴でも,令和5年4月1日施行時点の版には40条の2以下の虐待防止規定がなく,令和6年4月1日施行時点の版で初めて現れることを確認した。
厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長の「精神科病院における虐待防止対策に係る事務取扱要領について」(令和5年11月27日障発1127第11号)も,改正後の40条の2から40条の8までが令和6年4月1日から施行されると述べている。

2 各条の内容

①40条の2:精神科病院の管理者は,虐待防止のための研修,相談体制の整備,虐待に対処するための措置等を講じなければならず,指定医はこれに協力しなければならない。
②40条の3:精神科病院において業務従事者による障害者虐待を受けたと思われる精神障害者を発見した者は,速やかに都道府県に通報しなければならない(1項)。虐待を受けた精神障害者は都道府県に届け出ることができ(2項),守秘義務は通報を妨げず(3項),業務従事者は通報を理由に不利益な取扱いを受けない(4項)。
③40条の4:通報等を受けた都道府県の職員は,通報者を特定させる事項を漏らしてはならない。
④40条の5:厚生労働大臣又は都道府県知事は,報告徴収,帳簿書類の提出命令,立入検査,質問,指定医による診察をすることができる。
⑤40条の6:厚生労働大臣又は都道府県知事は,改善計画の提出や必要な措置を命ずることができ,命令に従わない場合の公表や,入院医療の提供の制限を命ずることもできる。
⑥40条の7:都道府県知事は,毎年度,業務従事者による障害者虐待の状況等を公表する。
⑦40条の8:国は,事例の分析や調査研究を行う。

40条の3の「障害者虐待」は,障害者虐待防止法2条7項各号(4号を除く。)の行為と,精神科病院の業務従事者としての業務を著しく怠ることとされている。
したがって,正当な理由のない身体拘束も,条文上は虐待の類型に含まれる。

3 「発見した者」は誰でもよい

40条の3第1項の通報義務は,精神科病院の職員に限らず,「発見した者」に課されている。
家族,成年後見人,面会に来た知人も,虐待を受けたと思われる精神障害者を発見すれば,通報義務を負うことになる。
精神保健福祉法5条は「精神障害者」を統合失調症,精神作用物質による急性中毒又はその依存症,知的障害その他の精神疾患を有する者と定義しており,国マニュアル第Ⅰ章5頁も,精神科病院に入院している高齢者についてこの通報制度を紹介している。

4 通報先は都道府県(指定都市では指定都市)

通報先は市町村ではなく都道府県である。
精神保健福祉法51条の12第1項と地方自治法施行令174条の36第1項により,都道府県が処理することとされている精神保健福祉法の事務は,一部の例外を除いて指定都市が処理するので,指定都市に所在する精神科病院については指定都市が窓口となる。
上記事務取扱要領の前文も,通報先を「都道府県(指定都市も含む。)」としている。

5 「精神科病院」の範囲

精神保健福祉法19条の5は,「精神科病院」に「精神科病院以外の病院で精神病室が設けられているもの」を含むとしている。
したがって,総合病院の精神病棟も40条の3の対象となりうる。
他方で,総合病院の一般病棟(内科や整形外科の病棟など)に入院している場合は,精神病室ではないので,この制度の対象外と考えられる。
同じ病院の中でも,入院している病棟によって使える制度が変わりうることに注意が必要である。

6 苦情との区別と退院等の請求

事務取扱要領の第7は,通報等の内容が入院生活に関する不満や苦情等であって虐待事案ではないと判断した場合には,苦情処理窓口の案内や関係機関につなぐとしている。
虐待とまではいえないが処遇に問題があると考える場合には,入院中の者又はその家族等が,都道府県知事に対し,退院させること又は処遇改善のために必要な措置を採ることを精神科病院の管理者に命じることを求める請求の制度もある(精神保健福祉法38条の4)。
この請求があると,都道府県知事は精神医療審査会に審査を求めなければならない(38条の5第1項)。

7 公表状況と大阪府・大阪市の窓口

精神保健福祉法40条の7は,都道府県知事が毎年度,業務従事者による障害者虐待の状況,虐待があった場合に採った措置その他厚生労働省令で定める事項を公表するものとしており,同法施行規則22条の2の2は,その事項を「虐待を行つた業務従事者の職種」としている。
厚生労働省が令和8年1月19日の社会保障審議会障害者部会に提出した資料によれば,令和6年度の全国の通報・届出は6,258件(発見者の通報・相談1,514件,本人の届出・相談4,744件),虐待の事実が認められたものは260件,被虐待者は413人であった(厚生労働省)。
通報・届出の多くは本人からのものであり,虐待と認められたのはその一部であることが分かる。

大阪府の公表(大阪市と堺市を除く府内の精神科病院が対象)によれば,令和6年度は,発見者による通報・相談126件,本人による届出・相談515件,虐待の事実の認定25件,被虐待者72人であり,改善計画の提出を求めたものが22件であった(大阪府)。
大阪市の公表(市内の精神科病院が対象)によれば,令和6年度は,通報・相談1件,届出・相談10件で,虐待の事実を認定したものはなかった(大阪市)。
令和7年度分は,令和8年9月18日の時点ではいずれも掲載されていない。

通報・届出の窓口は,病院の所在地によって分かれている。
①大阪市・堺市を除く府内の精神科病院:大阪府虐待通報受付窓口(大阪府こころの健康総合センター内)06-6608-3558
②大阪市内の精神科病院:大阪市虐待通報受付窓口(大阪市こころの健康センター)06-6922-6607
③堺市内の精神科病院:堺市虐待通報受付窓口(堺市精神保健課内)072-228-7177
受付時間等は各ページで確認されたい。

第5 一般の病院で虐待が疑われるときの相談・通報先

1 医療安全支援センター

医療法6条の13第1項は,都道府県,保健所を設置する市及び特別区に,医療安全支援センターを設けるよう努めることを求めている。
その事務の一つは,患者又はその家族からの病院等における医療に関する苦情に対応し,又は相談に応ずるとともに,患者・家族や病院等の管理者に対し必要に応じて助言を行うことである(同項1号)。
厚生労働省の「医療安全支援センター運営要領」は,センターは医療行為における過失や因果関係の有無,責任の所在を判断・決定するのではなく,中立的な立場から問題解決に向けた双方の取組みを支援するよう努めるとしている。
したがって,医療安全支援センターは,病院との対話の糸口を得たり,どの窓口に持ち込むべきかの助言を得たりする場としては有用であるが,虐待の有無を認定する機関ではない。

大阪府では,大阪府医療安全相談センターとして,医療機関の所在地を管轄する保健所と府医療相談コーナーが相談を受けている(大阪府)。
大阪市内の医療機関については,大阪市保健所の医療安全相談窓口「患者ほっとライン」(電話06-6647-0939)があり,同市のページは,電話相談のみで,調査や交渉の仲介はしないと案内している(大阪市)。
堺市その他の中核市の病院については,各市の保健所が窓口となる。

2 医療法25条の立入検査

都道府県知事,保健所を設置する市の市長又は特別区の区長は,必要があると認めるときは,病院の開設者・管理者に報告を命じ,又は職員に病院へ立ち入らせて,人員,清潔保持の状況,構造設備,診療録その他の物件を検査させることができる(医療法25条1項)。
病院の業務が法令に違反している疑いがあり,又は運営が著しく適正を欠く疑いがあると認めるときは,診療録等の提出を命じることもできる(同条2項)。
国マニュアルが医療機関での虐待について「医療法の規定に基づき」都道府県等が検査等を行うとしているのは,この権限を指していると考えられる。
相談先は,病院の所在地を管轄する都道府県又は保健所設置市・特別区の医務・医療安全担当部署である。
もっとも,医療法の検査・指導は病院の管理体制の適正化を目的とするものであり,個々の患者の被害回復を目的とするものではない。

3 刑事

病院の職員による行為であっても,暴行罪(刑法208条),傷害罪(同法204条),保護責任者遺棄等罪(同法218条),同致死傷罪(同法219条)等の構成要件に当たる行為であれば,刑事事件として警察に相談する余地がある。
生命・身体に差し迫った危険がある場合には,行政の窓口より先に警察への連絡を考えるべきである。
ただし,医療行為やその一環としての身体拘束等は,それ自体として直ちに犯罪になるものではなく,刑事事件として扱われるかどうかは事実関係による。

4 民事

病院と患者との間には診療契約があり,病院は患者の生命・身体の安全に配慮して診療・看護を行うべき立場にあると考えられる。
病院の職員の行為により患者が損害を受けた場合には,病院に対する債務不履行に基づく損害賠償(民法415条)や使用者責任(民法715条)を問題にすることが考えられる。
民事の請求は被害回復の手段であるが,入院を続けながら病院と争うことには現実的な難しさがあり,転院の見通しとあわせて検討することになる。

5 市町村・地域包括支援センターに相談した場合

病院での虐待について市町村の高齢者虐待担当窓口や地域包括支援センターに相談しても,高齢者虐待防止法に基づく事実確認や立入調査の対象にはならない。
もっとも,国マニュアルは,相談があった場合に内容を具体的に把握し,必要な関係機関につなぐ対応を求めているので,どこに相談すべきか分からない段階で市町村に相談すること自体は無駄ではない。
また,退院後の生活場所が家庭に戻ることが難しい場合など,福祉の側の支援が必要になる場面では,市町村との連携は欠かせない。
老人福祉法の措置については,老人福祉法の「やむを得ない事由による措置」を参照されたい。

6 身体拘束の違法性に関する裁判例

病院での「虐待」の訴えの中には,身体拘束に関するものが含まれることが多い。
一般病院での身体拘束について,最高裁平成22年1月26日判決(平成20年(受)第2029号,民集64巻1号219頁,裁判所ウェブサイト)は,「入院患者の身体を抑制することは,その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容されるべきものである」とした上で,当直の看護師らが抑制具であるミトンを用いて入院中の患者の両上肢をベッドに拘束した行為を,診療契約上の義務に違反せず,不法行為法上違法ともいえないとした。
同判決の裁判要旨は,患者がせん妄の状態で興奮して起き上がろうとする行動を繰り返し,高齢で転倒・骨折の既往があったこと,看護師らが約4時間にわたり落ち着かせようと努めたが収まらず,深夜に付きっきりで対応することが困難であったこと,入眠を確認して速やかにミトンを外し,拘束時間は約2時間であったことを挙げている。
つまり,転倒・転落による重大な傷害の危険が切迫していること,他に取り得る方法がないこと,拘束が一時的で必要最小限度であることがそろえば,違法とはされないことになる。
この判決は民事上の違法性を判断したものであり,虐待に当たるかどうかを直接判断したものではない。

反対に,拘束しなかったことが問題となる場面もある。
前橋地裁平成16年8月27日判決(平成13年(ワ)第467号,裁判所ウェブサイト)は,身体拘束を要する状態と判断され転落を繰り返していた術後の患者について,拘束をしていない間の看護担当者の見守りが不十分であったことを過失と認めている。
病院は,拘束すれば虐待と言われ,拘束しなければ転落の責任を問われるという立場に置かれることがある。
後見人や家族が拘束について説明を求めるときは,危険の内容,代わりの方法を試みたか,いつ拘束し,いつ解除したかが看護記録にどう記載されているかを確かめることが,議論の出発点になる。

精神科病院での身体的拘束は,精神保健福祉法36条・37条と,同法37条1項に基づく厚生大臣の定める基準(昭和63年厚生省告示第130号)によって判断されるので,一般病院とは枠組みが異なる。
東京高裁令和4年10月31日判決(令和3年(ネ)第3368号,裁判所ウェブサイト)は,医療保護入院中の患者に対する77日間の身体的拘束について,最後の17日間の拘束を違法として請求を一部認容した第1審判決のその部分を取り消し,請求を全部棄却した。
他方,岐阜地裁平成16年7月28日判決(平成9年(ワ)第492号,裁判所ウェブサイト)は,複数回の隔離・拘束を一回ごとに基準に当てはめ,そのうち一つの拘束を行動制限の基準に該当しない違法なものとして慰謝料を認めている。
精神科の拘束は,一回ごと・時間帯ごとに基準を満たしていたかが問われることになる。

第6 「病院に見えて」高齢者虐待防止法の対象になる施設

入院・入所している場所が病院に見えても,法律上は高齢者虐待防止法の養介護施設に当たる場合がある。
次の施設であれば,職員による虐待は「養介護施設従事者等による高齢者虐待」として市町村への通報の対象となる。
①介護老人保健施設(「老健」と呼ばれ,心身の機能の維持回復を図り,居宅での生活に戻るための支援が必要な要介護者を対象とする。介護保険法8条28項)
②介護医療院(主として長期にわたり療養が必要な要介護者を対象とする。同条29項)
③特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)
④有料老人ホーム(介護付きのものを含む。)
⑤老人短期入所施設(ショートステイ)

病院と同じ敷地や建物に介護老人保健施設や介護医療院が併設されていることは珍しくない。
本人が入っているのが病院の病棟なのか,併設の施設なのかは,入院・入所の契約書,重要事項説明書,請求書の記載等で確認することができる。
これを確認しないまま「病院だから高齢者虐待防止法は使えない」と判断したり,逆に「施設だから市町村に通報すればよい」と判断したりすると,窓口を誤ることになる。

第7 成年後見人・家族が訴えを受けたときの実務(私見)

1 基本姿勢

以下は,公表資料を踏まえた筆者の私見である。
病院での虐待の訴えは,事実であれば本人の生命・身体に関わる一方,病状や認知機能の低下による誤解,処遇への不満,家族間の対立が背景にあることもある。
そのため,後見人としては,訴えを放置することも,訴えをそのまま事実として扱うことも避け,事実を確かめる手順を踏むことが大切である。
親族の意向の扱い方については,成年後見事件における親族の意向の取扱いも参照されたい。

2 手順

①訴えの内容を具体化する。いつ,どこで,誰が,何をしたのか,誰が見たのか,けがの有無を,できれば訴えた人から書面(メールでもよい。)でもらう。
②本人に面会し,本人の話と身体の状態を確認する。けがやあざがあれば,本人の同意を得られる範囲で日時の分かる形で記録する。
③病院に事実確認を求める。主治医,看護師長,患者相談窓口等に対し,訴えの内容を伝え,事実関係と病院の対応を尋ねる。口頭で済ませず,求めた内容と回答を記録に残す。
④記録を整える。面会の日時,話した相手,回答の内容,受け取った資料を時系列でまとめておく。
⑤外部の窓口につなぐ。精神病室への入院であれば精神保健福祉法40条の3の通報を検討し,一般病棟であれば医療安全支援センターや医療法の所管部署への相談を検討する。生命・身体に差し迫った危険があれば警察に連絡する。
⑥家庭裁判所に報告する。本人の療養看護に関わる重要な事情であるから,定期報告を待たずに,経過と対応を報告しておくことが望ましい。
⑦転院を検討する。事実確認の結果や病院の対応によっては,転院先を探すことを検討する。

3 精神科病院での通報義務と後見人

精神科病院(精神病室)に入院している本人について,後見人が業務従事者による虐待を受けたと「思われる」状態を認識した場合には,後見人自身が40条の3第1項の通報義務を負うことになる。
条文上,通報の要件は虐待を受けたと「思われる」ことであり,虐待の確証を得てから通報するという構造にはなっていない。
事実確認の途中であっても,訴えの内容と本人の状態から虐待が疑われるときは,通報を先延ばしにしないことが求められる。

4 後見人の権限との関係

成年後見人は,本人の生活,療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たり,本人の意思を尊重し,心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない(民法858条)。
病院への事実確認や外部窓口への相談,転院先との入院契約の締結は,この療養看護に関する事務の一環として行うことになる。
他方で,成年後見人には医療行為に対する同意権がないとされているので,転院先での治療内容そのものを後見人が決めることはできない。
この点は成年後見人の医療行為の同意で扱っている。
転院先を探す際に身元保証人がいないことを理由に入院を断られる問題については,身元保証人等がいない場合の入院拒否は医師法19条違反かを参照されたい。
精神科病院からの退院後の環境調整については,精神科病院退院者の環境調整の諸制度で扱っている。

5 家庭裁判所の関与

家庭裁判所は,いつでも後見人に後見事務の報告を求め,後見事務や本人の財産の状況を調査することができ,親族等の請求又は職権で後見事務について必要な処分を命ずることができる(民法863条)。
親族が後見人の対応に不満を持ち,家庭裁判所に直接申し出ることもあるから,後見人としては,訴えを受けた時点から自分が何をしたかを説明できるように記録を残しておくことが,本人のためにも後見人自身のためにも重要である。

6 訴えが事実でなかった場合

事実確認の結果,訴えが事実でなかった場合や確認できなかった場合も,確認の経過と結論を記録に残し,訴えた人に説明しておくのが望ましい。
説明の際には,病院側の説明をそのまま伝えるだけでなく,後見人として何を確認したかを伝えることで,無用な対立を避けやすくなる。
なお,本人が亡くなった後に親族との関係で問題が生じた場合については,親族が遺体・遺骨の引取りを拒む・条件を付ける・連絡がつかないとき-成年後見人の対応と意向照会書を参照されたい。

7 診療記録の開示請求

事実を確かめるうえで,本人の診療記録(看護記録を含む。)が必要になることがある。
民間の病院に対しては,個人情報の保護に関する法律33条1項の開示請求をすることができ,同法37条3項と同法施行令13条1号により,「未成年者又は成年被後見人の法定代理人」は本人に代わって開示を請求することができる。
したがって,成年後見人は,法定代理人として診療記録の開示を請求することができる。
国立病院機構の病院,地方独立行政法人の病院,自治体が直営する病院等については,同法58条と125条により,開示請求は行政機関等の保有個人情報の開示請求(76条)の規律によることになるが,76条2項も「未成年者若しくは成年被後見人の法定代理人」を代理人として挙げている。
厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」7(2)も,患者に法定代理人がいる場合には法定代理人が開示を求めることができるとしている(厚生労働省法令等データベース)。

これに対し,保佐人・補助人・任意後見人は,条文上の「未成年者又は成年被後見人の法定代理人」には当たらない。
個人情報保護委員会のQ&A(行政機関等編)Q5-3-6は,代理権が付与されていても76条2項の法定代理人として開示請求をすることはできず,「本人の委任による代理人」として請求できる場合があり,その場合は登記事項証明書の代理権目録等で権限の範囲を個別に確認する必要があるとしている(個人情報保護委員会)。
本人が死亡した後は,死者の情報は同法の「個人情報」(生存する個人に関する情報。2条1項)に当たらないので,同法の開示請求の対象外となり,遺族への診療情報の提供は前記指針の9によることになる。

第8 出典・参考資料

1 法令

①高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成17年法律第124号)2条,5条,7条,9条,21条,22条,24条,附則2項:e-Gov法令検索
②障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号)2条,6条,7条,16条,22条,31条,附則2条:e-Gov法令検索
③精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)5条,19条の5,38条の4,38条の5,40条の2~40条の8,51条の12:e-Gov法令検索
④医療法(昭和23年法律第205号)1条の2,1条の5,6条の13,25条:e-Gov法令検索
⑤地方自治法施行令174条の36:e-Gov法令検索
⑥老人福祉法5条の3:e-Gov法令検索
⑦介護保険法8条28項・29項:e-Gov法令検索
⑧刑法204条,208条,218条,219条:e-Gov法令検索
⑨民法415条,715条,858条,863条:e-Gov法令検索
⑩個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)2条,33条,37条,58条,76条,125条:e-Gov法令検索
⑪個人情報の保護に関する法律施行令13条:e-Gov法令検索
⑫精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行規則22条の2の2:e-Gov法令検索

2 公的資料

①厚生労働省老健局「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(令和8年3月改訂)第Ⅰ章4頁・5頁:厚生労働省(掲載ページはこちら
②厚生労働省老健局高齢者支援課長「『市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について(令和7年3月)』の改訂について(周知)」(令和8年3月31日老高発0331第2号):厚生労働省
③厚生労働省「令和6年度『高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」(資料1)1頁・3頁:厚生労働省
④厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長「精神科病院における虐待防止対策に係る事務取扱要領について」(令和5年11月27日障発1127第11号):厚生労働省
⑤厚生労働省「医療安全支援センター運営要領」(参考 改正後全文):厚生労働省
⑥厚生労働省「精神科病院における業務従事者による障害者虐待の状況等について」(社会保障審議会障害者部会(第154回)等 令和8年1月19日 資料8):厚生労働省
⑦大阪府「精神科病院における業務従事者による障がい者虐待防止の取組」(令和6年度の公表資料を含む):大阪府
⑧大阪市「精神科病院における障がい者虐待防止の取組」(令和6年度の対応状況を含む):大阪市
⑨大阪府「大阪府医療安全相談センター」:大阪府
⑩大阪市「医療安全相談窓口(患者ほっとライン)」:大阪市
⑪厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」(平成15年9月12日医政発第0912001号別添):厚生労働省法令等データベース
⑫個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(令和8年4月一部改正):個人情報保護委員会
⑬個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのQ&A(行政機関等編)」Q5-3-6:個人情報保護委員会

3 裁判例

①最高裁平成22年1月26日判決(民集64巻1号219頁):裁判所ウェブサイト
②前橋地裁平成16年8月27日判決(平成13年(ワ)第467号):裁判所ウェブサイト
③東京高裁令和4年10月31日判決(令和3年(ネ)第3368号):裁判所ウェブサイト
④岐阜地裁平成16年7月28日判決(平成9年(ワ)第492号):裁判所ウェブサイト

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