第1 令和8年改正の対象と現在の適用関係
1 二つの法律を分けて読む必要がある
令和8年6月17日に成立し,同月24日に公布された成年後見制度の改正は,令和8年法律第45号「民法等の一部を改正する法律」と,令和8年法律第46号「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」に分かれている。法律第45号は後見及び保佐を廃止して法定後見を補助へ一元化する本体法であり,法律第46号は新しい補助人及び特定補助人の制度を商法その他の60法律へ接続する整備法である。
法律第46号だけを読むと,なぜ「成年被後見人」が削除され,又は「特定補助人を付する処分の審判を受けた者」に置き換えられたのかが分かりにくい。まず法律第45号で本人に必要な範囲と期間だけ権限を付与する仕組みを確認し,その後に法律第46号が各制度へ何を接続したかを読む必要がある。
| 法律 | 主な役割 | 主な対象 |
|---|---|---|
| 令和8年法律第45号 | 成年後見制度の本体を改める | 民法,任意後見契約法,後見登記法,家事事件手続法等 |
| 令和8年法律第46号 | 新制度を関係法律へ接続する | 商法その他の60法律,合計61法律 |
2 公布済みであるが成年後見部分は未施行である
令和8年7月30日現在,成年後見制度に関する改正部分の施行日は,「公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日」とされ,具体的な政令は確認できない。したがって,現時点では後見,保佐及び補助の三類型を定める現行民法が適用されており,本記事で「改正後」と記載する制度はまだ利用できない。
法務省は,改正後の各審判の選択,補助終了後の権利擁護支援及び任意後見の利用促進について施行準備を開始している。施行日だけでなく,家事事件手続規則,申立書式,診断書及び本人情報シート,後見登記の表示方法等が確定するまでは,成立法の説明と実際の申立実務を区別する必要がある。
3 改革の出発点は包括的な権利制限の縮小である
現行制度では,判断能力の程度に応じて補助,保佐及び後見を選び,成年後見人には包括的な代理権と日常生活行為を除く取消権が与えられる。もっとも,遺産分割等の当初の課題が終わっても判断能力が回復しない限り制度を終了しにくく,本人に必要な支援を超えて権限が続くという問題が指摘されてきた。
障害者権利委員会は,令和4年の日本に対する総括所見において,代行決定制度を廃止し,本人の意思及び選好を尊重する支援付き意思決定へ移行するよう勧告した。令和8年改正は,権限と期間を限定し,意思尊重を強化する方向ではこの勧告と共通するが,取消し及び代理という代行決定を残しているため,条約上の論争が解消したとまではいえない。
第2 法定後見を補助へ一元化する仕組み
1 判断能力の三類型から必要な権限の選択へ移る
改正後の民法7条は,精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な者について,家庭裁判所が補助開始の審判をする仕組みを定める。現行法のように能力の程度だけで後見,保佐又は補助へ振り分けるのではなく,本人が直面する具体的な法的課題と支援環境を踏まえ,必要な審判を組み合わせる制度となる。
補助開始だけを単独で行うのではなく,特定の法律行為についての代理権,特定の行為について補助人の同意を要する処分,又は特定補助人を付する処分の少なくとも一つを同時に選ぶ。判断能力が低下しているという事実だけで広い権限を与えるのではなく,個々の権限について本人保護のための必要性が審査される。
2 三つの権限は効果が異なる
改正後の補助で利用する三つの権限は,相互に代替できるとは限らない。代理権は第三者が本人に代わって法律行為をするための権限であり,同意を要する処分と特定補助人の制度は,本人がした不利益な法律行為を取り消す場面を対象とする。
| 審判 | 主な要件と対象 | 主な効果 |
|---|---|---|
| 特定の法律行為についての代理権 | 本人の法的課題を処理するため,第三者が特定の法律行為をする必要があること | 審判で定めた行為に限って補助人が代理する |
| 補助人の同意を要する処分 | 本人が特定の行為をする可能性があり,利害得失を検討せず不利益な行為をする危険があること | 審判で定めた行為について同意を要し,同意のない行為を取り消せる |
| 特定補助人を付する処分 | 事理を弁識する能力を欠く常況にあり,法定の重要な財産上の行為全般について不利益を受ける危険があること | 法定の重要行為等の取消し,意思表示の受領,保存行為等を行う |
特定補助人は,現行の成年後見人のような包括的な代理権を当然には持たない。本人がどのような不利益行為をするかを具体的に予測できる場合には,対象を限定した同意処分で足りるため,法定重要行為全般を対象とする特定補助人を付ける必要はないと法務省資料は説明している。
3 必要性がなくなれば能力回復前でも終了できる
改正後は,本人の判断能力が回復した場合だけでなく,付与した権限による保護の必要がなくなった場合にも,個々の審判を取り消すことができる。例えば,遺産分割のために代理権を付与した事案では,遺産分割が終わり,他の支援を必要としなければ,その代理権を維持する必要はない。
すべての代理権,同意処分及び特定補助人処分がなくなれば,補助開始自体も終了する。この仕組みにより,判断能力の状態だけで制度を長期間継続するのではなく,精神の状態,生活状況,親族,自治体及び福祉機関による支援の状況を踏まえて,必要な期間だけ利用することになる。
4 意思尊重と任意後見の位置付けも変わる
補助人等は,面談,情報提供その他の適切な方法によって本人の意思を把握し,その意思を尊重するとともに,心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。本人に代わって最善と考える結論を直ちに選ぶのではなく,意思形成及び意思表明の支援を先に行うことが制度運用の前提となる。
任意後見については,監督が明らかに不要である場合に任意後見監督人を選任しないことが可能となり,法定補助との併存も認められる。ただし,監督人を置かないことが原則になるわけではなく,受任者の適格性,利益相反,財産管理の方法及び他の監督手段を踏まえて家庭裁判所が判断する。
第3 関係法律整備法が行う五つの接続
1 身分名称の削除と接続先の選択
法律第46号は,単に「成年後見人」を「補助人」へ一括置換した法律ではない。各規定の目的に応じて,①成年被後見人又は被保佐人という身分要件を削除する,②特定補助人を付する処分の審判を受けた者へ接続する,③補助人又は特定補助人を代理,通知若しくは手続参加の主体にする,④訴訟能力等を個別に判断する,⑤参照条文,登記,罰則及び経過措置を更新するという異なる方法が採られている。
この違いは,各法律が保護しようとする利益が異なるために生じる。財産行為について広い取消しを必要とする状態と,証言,訴訟追行,労働,会社経営又は医療に関する意思決定ができるかどうかは,同じ能力問題ではない。
2 民事訴訟は身分から訴訟能力の個別判断へ移る
民事訴訟法では,成年被後見人という身分から当然に訴訟能力がないと扱う構造を改め,「訴訟能力を欠く者」を基準とする。人事訴訟法,非訟事件手続法及び民事執行法等も,特定補助人,補助監督人,特別代理人及び個別の代理権と接続するよう整理される。
この改正後も,判断能力が不十分な本人が常に単独で訴訟追行できるという意味にはならない。対象となる訴訟行為について本人に訴訟能力があるか,補助人に訴訟代理権が付与されているか,利益相反があるかを個別に確認する必要がある。
3 会社法,信託法及び消費者契約法への影響
会社法では,取締役等への就任承諾,持分会社の社員の退社及び特定補助人による代理等が新制度へ接続される。信託法では受託者の任務終了や新受託者選任等,消費者契約法では補助開始等を理由とする解除条項その他の不当条項規制について,旧後見身分を前提としない規律へ改められる。
企業,金融機関及び契約実務では,補助開始の有無だけでは代理権の範囲を判定できない。施行後は,代理権の対象,同意を要する行為,特定補助人処分,監督人及び有効期間を登記事項証明書等で確認するとともに,旧後見及び旧保佐が経過措置で残ることを前提に受付手続を設計する必要がある。
4 福祉,医療及び行政手続は一般的な医療同意権を設けない
老人福祉法,知的障害者福祉法,精神保健福祉法及び障害者総合支援法等では,市町村長申立て,申請,通知及び支援主体を新制度へ接続する。令和7年の成年後見関係事件では,市区町村長による申立てが1万139件,申立人全体の23.7%を占めており,自治体が制度利用の入口として果たす役割は大きい。
予防接種法,感染症法,精神保健福祉法及び医療観察法も改正対象であるが,これらの改正によって補助人又は特定補助人に一般的な医療同意権が新設されるわけではない。各法律が定める通知,申請,家族等の関与又は特定の手続主体が更新されるのであり,個々の医療行為に対する本人の同意能力と代諾の可否は別に検討する必要がある。
第4 法律第46号が整備する61法律
法務省の概要は,整備法の対象を「商法及びその他60法律」と説明している。以下は法律第46号本文に現れる法律を法律単位で数えた全件であり,「主な接続」は各改正条文の全文に代わるものではない。
| 番号 | 法律 | 主な接続 |
|---|---|---|
| 1 | 商法 | 未成年後見人,補助人及び特定補助人等への主体更新 |
| 2 | 公証人法 | 後見,補助及び任意後見関係の証書作成主体等 |
| 3 | 土地収用法 | 代理,通知及び手続参加主体 |
| 4 | 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法 | 土地使用手続の代理主体 |
| 5 | 恩給法 | 身分名称及び代理主体 |
| 6 | 労働基準法 | 代理及び受領主体 |
| 7 | 児童福祉法 | 市町村長申立て及び後見関係主体 |
| 8 | 戸籍法 | 補助,特定補助,遺言書等の届出及び記載 |
| 9 | 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律 | 証人の法定代理及び補助関係 |
| 10 | 予防接種法 | 家族等,代理及び通知関係 |
| 11 | 刑事訴訟法 | 法定代理人,監督人及び告知等の主体 |
| 12 | 検察審査会法 | 欠格及び法定代理関係 |
| 13 | 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律 | 後見身分に関する規定 |
| 14 | 少年法 | 法定代理,補助及び監督主体 |
| 15 | 少年院法 | 法定代理人及び保護者等 |
| 16 | 少年鑑別所法 | 法定代理人及び保護者等 |
| 17 | 労働組合法 | 後見人及び監督人等の用語 |
| 18 | 鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律 | 手続代理主体 |
| 19 | 社会保険審査官及び社会保険審査会法 | 審査請求代理及び手続能力 |
| 20 | 労働保険審査官及び労働保険審査会法 | 審査請求代理及び手続能力 |
| 21 | 国税通則法 | 納税手続,代理及び通知主体 |
| 22 | 執行官法 | 欠格及び能力関係用語 |
| 23 | 公害紛争処理法 | 調停等の代理及び手続能力 |
| 24 | 行政手続法 | 代理人及び特別代理等 |
| 25 | 行政不服審査法 | 審査請求能力及び代理人 |
| 26 | 身体障害者福祉法 | 市町村長申立て及び支援主体 |
| 27 | インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律 | 届出及び処分関係の代理主体 |
| 28 | 青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律 | 保護者及び代理主体 |
| 29 | 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律 | 市町村長申立て,家族等及び特定補助人関係 |
| 30 | 生活保護法 | 申請,届出及び受領等の代理主体 |
| 31 | 検疫法 | 代理及び通知主体 |
| 32 | 特許法 | 手続能力及び法定代理人 |
| 33 | 知的障害者福祉法 | 市町村長申立て及び支援主体 |
| 34 | 商業登記法 | 会社及び法人登記の代理主体 |
| 35 | 老人福祉法 | 市町村長申立て及び支援主体 |
| 36 | 登録免許税法 | 非課税及び申請主体等の参照 |
| 37 | 民事訴訟費用等に関する法律 | 訴訟能力及び代理に伴う費用関係 |
| 38 | 特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律 | 国際出願の代理及び手続能力 |
| 39 | 工業所有権に関する手続等の特例に関する法律 | 電子手続の法定代理主体 |
| 40 | 特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律 | 権利保全及び期間延長の対象 |
| 41 | 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律 | 申立て,通知及び代理主体 |
| 42 | 個人情報の保護に関する法律 | 開示等請求及び法定代理主体 |
| 43 | 民事訴訟法 | 身分連動から訴訟能力の個別判断への移行 |
| 44 | 投資事業有限責任組合契約に関する法律 | 組合員及び清算等の能力,代理関係 |
| 45 | 有限責任事業組合契約に関する法律 | 組合員及び清算等の能力,代理関係 |
| 46 | 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 | 代理,通知及び家族等の主体 |
| 47 | 消費者契約法 | 制度利用を理由とする不当条項規制 |
| 48 | 人事訴訟法 | 訴訟能力,特別代理及び補助主体 |
| 49 | 心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律 | 保護者的関与,代理及び通知主体 |
| 50 | 不動産登記法 | 登記申請,本人確認及び代理主体 |
| 51 | 会社法 | 役員就任,持分会社の退社及び特定補助人の代理 |
| 52 | 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律 | 支給申請及び市町村長申立て等 |
| 53 | 一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 | 役員,社員及び清算等の能力,代理関係 |
| 54 | 法の適用に関する通則法 | 後見及び補助の準拠法概念 |
| 55 | 信託法 | 受託者の任務終了及び選任等 |
| 56 | 統計法 | 本人支援を前置した報告及び代行 |
| 57 | 非訟事件手続法 | 手続能力,法定代理及び特別代理 |
| 58 | 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律 | 手続能力及び代理主体 |
| 59 | 成年後見制度の利用の促進に関する法律 | 新補助制度,理念及び用語 |
| 60 | 実用新案法 | 附則における特許法等の参照条文 |
| 61 | 民事執行法 | 附則における民事訴訟法等の参照及び手続能力 |
この表に含まれることは,各法律の実体政策がすべて再検討されたことを意味しない。単純な用語又は参照条文の更新もあれば,民事訴訟法,会社法,信託法,統計法及び消費者契約法のように,能力又は権限の捉え方に実質的な変更を伴うものもある。
第5 旧後見,旧保佐及び旧補助の経過措置
1 旧後見及び旧保佐は一律に新制度へ移らない
施行時に成年被後見人,成年後見人若しくは成年後見監督人,又は被保佐人,保佐人若しくは保佐監督人である者には,原則として旧法が引き続き適用される。施行日に自動的に新しい補助へ変更されるのではなく,旧後見及び旧保佐と新制度の補助が長期間併存する。
最高裁判所の令和7年概況では,令和7年末の成年後見制度利用者は25万9901人であり,内訳は後見18万828人,保佐5万8162人,補助1万8078人,任意後見2833人である。多数の既存利用者を一律移行させない経過措置は移行時の混乱を抑える一方,裁判所,自治体,金融機関及び福祉機関が新旧双方の制度を扱う期間を長期化させる。
2 旧補助は新補助へ接続される
施行時の被補助人は,新法による補助開始の審判を受けた者とみなされ,既存の代理権及び同意権に関する審判も原則として存続する。旧後見及び旧保佐の存続と旧補助のみなし移行は取扱いが異なるため,「既存利用者は全員そのまま」又は「全員が新補助へ移る」という説明はいずれも正確ではない。
新制度へ移る必要がある旧後見又は旧保佐の利用者については,旧制度を終えるための手続と,新しい補助に必要な権限を得る手続を個別に検討することになる。具体的な申立書式及び同時申立ての運用は,今後の最高裁判所規則及び施行準備資料を確認する必要がある。
第6 改正後も残る四つの対立軸
1 必要性を厳格にすると保護が遅れないか
本人の能力低下だけで権利を制限せず,家族,自治体,福祉及び金融支援で危険を避けられる場合には法定後見を使わないという考えは,自己決定及び補充性に整合する。他方,詐欺,浪費,家族対立又は精神状態の変動により不利益行為の種類を予測できない場合,対象行為を狭く定めると必要な保護が間に合わない可能性がある。
法務省資料は,特定補助人を付ける必要性について,外形的に法律行為とみえる行動の可能性と,法定重要行為について利害得失を検討せず不利益な行為をする危険を具体的に審査すると説明する。制度運用では,権利制限を最小限にすることと,将来の危険をどこまで具体化すればよいかという保護の実効性を両立させる必要がある。
2 包括代理廃止後に誰が全財産を把握するか
特定補助人は財産について保存行為を行い,財産目録を作成するが,現行の成年後見人と同じ一般的な財産管理権,代理権又は強制的な調査権を持つわけではない。預金,保険,不動産,債務及び継続契約の全体像が不明な事案では,必要な個別代理権を申し立てる前提となる情報を誰がどのように集めるかが問題となる。
包括的な財産管理を残せば過剰な権利制限に戻りかねないが,調査手段が不足すれば詐欺防止,納税,施設費支払及び資産保全ができない。本記事では,この点を法律成立だけでは解消していない施行上の中心課題と整理する。
3 特定補助人という身分を他制度へ接続してよいか
法律第46号には,成年被後見人を対象としていた規定を削除する改正と,特定補助人を付する処分を受けた者へ置き換える改正が混在する。特定補助人処分を共通の接続点にすれば各制度で能力認定を繰り返す負担を減らせるが,財産行為能力と証言,労働,行政参加又は会社経営に必要な能力は同一ではない。
参議院法務委員会の附帯決議17項は,各法律について,今後の個別改正時に,特定補助人等の身分へ結び付けることの当否を改めて検討するよう求めた。したがって,法律第46号による身分の置換は,各分野で最終的な政策判断が完了したことを意味しない。
4 障害者権利条約が求める水準との距離
障害者権利委員会は,日本の民法上の意思決定能力制限及び代行決定制度を問題とし,支援付き意思決定への移行を勧告した。令和8年改正は,権限,範囲及び期間を限定し,意思尊重と終了可能性を強めるが,特定補助人による取消しや補助人の代理を残す。
国内法上は,代行を必要最小限かつ最後の手段として運用する方向へ大きく進んだと評価できる。他方,代行決定制度の廃止を求める委員会の勧告とは文言上の距離があるため,改正によって条約適合性が完全に確定したと説明することはできない。
第7 一律の身分制限に関する代表裁判例
1 選挙権及び警備員資格の一律制限
東京地方裁判所平成25年3月14日判決は,成年被後見人の選挙権を一律に制限していた旧公職選挙法11条1項1号について,財産管理能力と選挙権行使に必要な能力を同一視できないとして違憲と判断した。この判決は,成年後見制度上の身分を異なる権利の制限へ機械的に用いることの危険を示した。
最高裁判所大法廷令和8年2月18日判決は,被保佐人を警備員から一律に排除していた旧警備業法の規定について,平成29年3月時点で憲法22条1項及び14条1項に違反していたと判断した。ただし,国会が同時点までに規定を改廃しなかったことについて,国家賠償法上違法な立法不作為であるとは認めなかった。
2 法律第46号を評価するときの射程
二つの判決から直ちに,法律第46号の特定補助人への置換がすべて違憲になるとはいえない。各規定の目的,制限される権利又は地位,個別審査の有無,代替手段及び不利益の程度を法律ごとに検討する必要がある。
改正後の特定補助人の要件及び権限を直接解釈した裁判例は,制度施行前であるため存在しない。施行後は,「必要がある」「必要がなくなった」「特定補助人」「保存行為」「意思尊重」及び「訴訟能力」が判例追跡の主要な検索語になると考えられる。
第8 施行までに確認すべき実務資料
令和8年7月15日に始まった厚生労働省のワーキング・グループでは,改正後の各審判を適切に選ぶための対応,補助終了後の権利擁護支援及び任意後見の利用促進が議題となった。法律の条文だけでは,必要な権限を選ぶための情報収集,終了後の地域支援への引継ぎ及び無監督の任意後見を認める基準までは確定しない。
施行前に継続確認すべきものは,①施行政令,②家事事件手続規則及び最高裁判所の申立書式,③診断書及び本人情報シート,④代理権目録,同意行為目録及び特定補助人処分の登記表示,⑤旧後見又は旧保佐から新補助へ移る手続,⑥金融機関の照会及び口座管理,⑦任意後見監督人が明らかに不要とされる判断資料,⑧補助終了後の自治体及び中核機関への引継ぎである。これらが公表されるまでは,成立法上可能なことと,施行直後に円滑に実行できることを区別しておく必要がある。
第9 出典・参考資料
1 法令及び国会資料
- 法務省「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について,令和8年6月30日
- 令和8年法律第45号「民法等の一部を改正する法律」,PDF実頁1頁~129頁
- 令和8年法律第46号「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」,PDF実頁1頁~35頁
- 参議院法務委員会「民法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」及び「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案に対する附帯決議」,令和8年6月16日,PDF実頁1頁~7頁
2 行政資料及び統計
- 厚生労働省「成年後見制度利用促進専門家会議 第1回成年後見制度の適切な運用に係るワーキング・グループ」,令和8年7月15日
- 法務省民事局「改正後の補助に係る各審判を適切に選択・利用可能とするための対応」,令和8年7月,PDF実頁3頁~11頁
- 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」,令和8年3月,PDF実頁1頁~16頁
- 外務省仮訳「日本の第1回政府報告に関する障害者権利委員会総括所見」CRPD/C/JPN/CO/1,令和4年10月7日,PDF実頁1頁~18頁
3 裁判例
- 東京地方裁判所平成25年3月14日判決,平成23年(行ウ)第63号,判例時報2178号3頁
- 最高裁判所大法廷令和8年2月18日判決,令和5年(オ)第360号・同年(受)第445号
4 文献
- 小林昭彦・大鷹一郎・大門匡編『一問一答 新しい成年後見制度』社団法人商事法務研究会,平成12年,関係法律の整備324頁~359頁,整備対象法律一覧473頁~479頁