第1 量産実用品のデザインに著作権が認められる条件
家具や食器などの量産実用品は,独自に創作した美しいデザインというだけで,当然に著作権法の保護を受けるわけではない。
最高裁第二小法廷令和8年4月24日判決(令和7年(受)第356号)は,機能に由来する構成とは観念上別個に,創作的な表現として把握できる全体又は部分を保護する基準を示した。
量産品のすべてが保護対象から外れるわけではなく,付加された絵画・彫刻等や,一定の場合の商品全体にも保護が及び得る。
ただし,著作物として保護されることと,似た商品の製造販売が著作権侵害になることは,別の問題である。
本記事は,令和8年10月4日現在の日本法を基準とし,量産実用品の形状等の著作物性,トリップトラップの新旧判決及び他の保護制度との違いを説明する。
建築,外国法の詳細及び個別商品の侵害判断は対象とせず,商品開発と模倣対応の確認点を必要な範囲で扱う。
第2 最高裁が示した保護基準とその理由
1 創作性と「美術の範囲」を区別する
(1) 著作権法の定義
著作権法2条1項1号は,著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義している。
同条2項は美術の著作物に美術工芸品を含め,同法10条1項4号は絵画,版画,彫刻その他の美術の著作物を例示している。
実用品に美的な表現を用いる問題は,応用美術の問題として論じられてきた。
今回の最高裁判決は,そのうち「量産されて日常生活の中で実用に供されることが予定されている物品」を量産実用品とし,形状,模様,色彩又はこれらの結合を対象としたものである。
(2) 量産実用品に創作性があるだけでは足りない理由
最高裁は,量産実用品の形状等が創作的な表現であることから,直ちに「美術の範囲」に属する著作物とする解釈を採らなかった。
理由として挙げたのは,意匠法との役割分担と,商品利用に及ぼす影響である。
意匠権は設定登録によって発生し,現行法では原則として出願日から25年で存続期間が満了する。
これに対し,著作者人格権と著作権の享有に方式の履行は必要なく,個人の著作物の著作権は原則として著作者の死後70年まで存続し,著作者人格権の保護もある。
最高裁は,量産実用品の形状等を著作権で広く保護すると,意匠登録を受けずに長期間かつ広範な保護を受けられる可能性があり,意匠制度の存在意義や商品の利用を損なうおそれがあると説明した。
ただし,意匠には関連意匠や旧出願の経過措置,著作権には法人著作等の別の期間規定があるため,具体的権利の存続期間は個別に確認することになる。
2 機能と別個の表現を観念上把握できるか
最高裁判決3頁は,次の判断基準を示している。
「量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たるというべきである。」
(1) 付加された絵画・彫刻等
最高裁は,単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付され,その付加部分が機能と関連せず,観念上別個の絵画や彫刻として把握できる場合を挙げている。
この場合は,美術の著作物が実用品に付加されたものとして,その付加部分に保護が及ぶ。
説明用の仮定として,容器に独自の絵画を印刷する場合,絵画の表現と容器の実用的な形状は分けて検討することになる。
絵画が保護されても容器の形状全体が当然に保護されるわけではなく,反対に,実用品に付されたことだけで絵画の保護が失われるわけでもない。
キャラクターや絵柄を商品に用いる際の権利処理は,小説の登場人物をTシャツ・SNSスタンプに使えるかで扱っている。
(2) 機能に関連する商品全体・部分
保護の可能性は,付加された装飾に限られない。
最高裁は,機能と関連していても,観念上,機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できる全体又は部分があり,通常の量産実用品に対しては例外的な場合として保護が及ぶとした。
したがって,部品を物理的に取り外せるかという試験だけに置き換えることはできない。
機能に関連する形状であっても,その具体的な表現を機能上の構成とは別個に把握できるかを問うのである。
3 芸術的価値と美術工芸品の留保
(1) 高い芸術性を要求する基準ではない
法廷意見は,保護基準に「美的鑑賞」という語を用いていない。
補足意見は,この語から高度な創作性や芸術性が必要との誤解が生じかねず,美的な芸術として鑑賞に値するかを裁判所が判断するのは不適当であると説明している。
受賞歴,美しい外観又はデザイナーの知名度だけを,最高裁の要件に置き換えることはできない。
これらの資料の証拠価値を一律に否定するものではないが,機能に由来する構成とは別個の創作的表現を具体的に説明することが必要となる。
(2) 量産される美術工芸品の境界は未確定である
補足意見は,美術工芸品について,一品ずつ制作される実用品でもある工芸品が典型としつつ,法令に定義を確定する規定は見当たらず,量産実用品で該当するものがないとまではいえないと述べている。
本件椅子は美術工芸品には該当しないものとして扱われており,美術工芸品の一般的な境界を確定した判決ではない。
また,補足意見は外国との法制度の違いにも言及している。
外国で保護されることだけから,日本でも同じ保護が認められると結論付けることはできない。
第3 トリップトラップの新旧判決を分けて読む
1 令和8年最高裁が著作物性を否定した事件
(1) 当事者と直接の原審
最高裁で問題となったのは,子供用椅子「TRIPP TRAPP」の形状である。
オプスヴィック社及びストッケ社が原告側となり,競合製品を製造販売する株式会社Nozを相手とした事件の上告審である。
直接の原審は,知財高裁令和6年9月25日判決(令和5年(ネ)第10111号)である。
以下の平成27年判決は別の相手方に対する別事件であり,令和8年最高裁がその判決を直接破棄したという関係ではない。
(2) 椅子の機能に由来する構成と判断された形状
最高裁は,約66度の略L字型で立ち上がる2本の脚と,その間に床面と平行に固定される座面板・足置板という特徴を検討した。
これらは,椅子の機能に由来する部材の配置による形状が美感を起こさせる事情にすぎないとした。
そして,全体又は部分の形状等を,椅子の機能に由来する構成とは別個の創作的表現として把握できないとして,著作物性を否定し,上告を棄却した。
デザインが凡庸である,又は芸術的価値がないという評価ではなく,判決が示した美術該当性の基準による判断である。
2 平成27年知財高裁の著作物性肯定と非侵害の結論
(1) 創作性を中心に保護を認めた理由
知財高裁平成27年4月14日判決(平成26年(ネ)第10063号)は,株式会社カトージを相手とした別事件で,本件椅子の著作物性を肯定した。
同判決は,応用美術の創作性を一律に高い基準で判断せず,個別具体的に制作者の個性が表れているかを検討し,2本脚の略L字型等が機能上必然とはいえないことなどから創作性を認めた。
同判決33頁~35頁は,意匠と著作権の目的・要件の違いに加え,機能上の制約によって著作物性が認められる余地や保護範囲は狭くなるため,著作権保護を認めても過度の独占を生じさせるおそれは小さいと説明した。
これは,意匠制度との調整を理由に保護を制限することに対する,反対方向の理由である。
しかし,令和8年最高裁は,量産実用品の形状等に創作性があれば直ちに美術の範囲に属するとする立場を採らなかった。
現在は,平成27年判決だけを根拠として,独自に創作した製品デザインには当然に著作権があると説明することはできない。
(2) 被告製品による侵害は否定された
平成27年判決も,原告側の請求を認めたわけではない。
原告製品の2本脚に対し,被告製品は4本脚を基本とするなど,重要な構成の相違があるとして複製・翻案を否定し,控訴を棄却した。
著作物性の肯定と,特定の被告製品による侵害の肯定は,別の判断である。
需要者が似ていると感じることだけではなく,保護される表現の具体的な共通点と相違点を確認することになる。
第4 保護される表現を特定した後の侵害判断
1 分離して把握できる部分にも創作性が必要である
知財高裁令和3年12月8日判決(令和3年(ネ)第10044号)は,タコ滑り台の天蓋部分を実用的な機能から分離して把握できるものとしつつ,単純でありふれた形状として創作性を否定した。
分けて把握できる部分があることと,その部分に創作的な表現があることは,別の問題なのである。
同判決は旧来の「美的鑑賞」の語を用いたものであり,令和8年最高裁の基準を適用した判決ではない。
新基準でも同じ滑り台について必ず同じ結論となると断定せず,創作性を別に確認する必要を理解する参考として位置付ける。
2 機能やアイデアの一致と具体的表現の一致
(1) 江差追分判決が示す区別
最高裁第一小法廷平成13年6月28日判決(平成11年(受)第922号,民集55巻4号837頁)は,言語の著作物の翻案について,既存の著作物への依拠と,その表現上の本質的な特徴を直接感得できることを述べた。
一方,アイデア,事実又は創作性のない部分だけの一致では,翻案に当たらないとした。
これは言語の著作物についての判決であり,量産実用品の著作物性の入口を直接判断したものではない。
本記事では,アイデア等と保護される表現を区別する根拠として参照する。
(2) 商品比較で特定する共通点
「高さを変えられる」「握りやすい」「少ない部材で支える」という発想や機能の一致だけでは,保護される表現の一致を示したことにはならない。
本記事では,保護を主張する具体的表現を特定し,相手の商品がその表現をどのように再製したかを検討する順序が適切であると整理する。
3 権利帰属・利用行為・許諾を確認する
著作物性と表現の共通性を検討した後は,誰が制作し,誰に権利が帰属するか,どの利用行為が問題となるか,許諾その他の事情がないかを確認する。
著作権法21条の複製権,27条の翻案権等の侵害と,同法112条の停止・予防や廃棄等の請求には,それぞれ権利の成立・帰属及び侵害等の前提が必要となる。
第5 意匠権・不正競争防止法・契約との役割分担
1 意匠登録による保護
(1) 登録によって発生する権利
著作物性が認められないデザインでも,意匠法による保護の可能性は別に検討することになる。
意匠権は設定登録により発生し,登録意匠及びこれに類似する意匠を業として実施する権利を専有するものである(意匠法20条,23条)。
(2) 開発時と紛争時の確認
開発段階では,登録要件,出願時期及び公表の影響を確認し,紛争時には登録の有無・有効性・範囲と相手商品の関係を確認することが考えられる。
著作権保護への期待だけで,意匠登録を検討する機会を失わないようにするという実務上の意味がある。
2 不正競争防止法の異なる保護根拠
(1) 商品形態模倣と機能に不可欠な形態
不正競争防止法2条1項3号は,他人の商品の形態を模倣した商品の譲渡等を規制するが,商品の機能を確保するために不可欠な形態は除かれる。
同条5項の「模倣する」とは,他人の形態に依拠し,実質的に同一の形態の商品を作り出すことであり,単なる類似だけでは足りない。
この「機能を確保するために不可欠」という要件と,最高裁が著作物性について述べた「機能に由来する構成」は,別の制度の基準である。
一方の判断から,他方の要件充足を当然に導くことはできない。
(2) 国内最初販売から3年の適用除外
同法19条1項6号には,日本国内で最初に販売された日から3年を経過した商品の形態等について,商品形態模倣の規定の適用を除外する定めがある。
製作日や海外での最初の販売日から一律に3年と計算せず,国内発売日を確認することになる。
善意で重大な過失のない譲受人に関する適用除外もあるため,販売者の立場や取得時の事情も確認対象となる。
(3) 周知・著名な商品等表示
商品の形態が出所を示すものとして認識されている場合には,同法2条1項1号の周知商品等表示又は同項2号の著名商品等表示の問題も生じる。
1号は混同を要件とし,2号は著名表示の冒用を扱うため,商品形態模倣と同じ要件ではない。
トリップトラップの令和6年原審も,原告製品全体について周知の商品等表示を認めながら,被告製品との類似性を否定して請求を退けた。
知名度が高いことだけで請求が認められるわけではなく,最高裁の著作物性の判断と原審の不正競争防止法の判断の範囲も分けて読む必要がある。
3 委託契約の対象と権利処理
(1) 形状・図面・絵柄と譲渡対象
デザイン制作の委託では,商品の形状,図面,絵柄及び説明書等の対象を分け,権利が成立するものについて帰属・利用・改変・再利用の範囲を契約で整理することが考えられる。
著作権法61条2項は,譲渡契約で27条及び28条の権利が特掲されていないときは,それらの権利を譲渡者に留保したものと推定する。
ただし,契約に著作権の帰属を書くだけで,著作物でない形状が当然に著作物となるわけではない。
契約による義務と,第三者に対して主張できる法定の権利は区別する。
(2) 著作者人格権と改変
著作者人格権は著作者の一身に専属し,譲渡できない(同法59条)。
著作権の譲渡と改変の扱いは,著作権全部譲渡後の改変と著作者人格権で詳しく説明している。
第6 商品開発と模倣対応で最初に確認する資料
1 当事者ごとに手元の資料から確認する
(1) 制作した側・権利を主張する側
本記事では,制作した側は,まず自己の保有するスケッチ,図面,CADデータ,試作品及び変更履歴から,機能上の理由と表現上の選択を整理するとよいと考える。
保護を主張する部分の写真,権利承継・契約・登録資料,国内発売日及び販売・広告資料を併せて確認すれば,著作権,意匠権又は不正競争防止法のどの根拠を検討するか判断しやすくなる。
他の形も選べたという事情だけでは,機能に由来する構成とは別個の表現があることの説明を終えることはできない。
具体的な構成と表現を示す資料が必要であり,相手方だけが持つ制作資料を当然に入手できるとは想定しない。
(2) 類似する商品を開発・販売する側
類似する商品を開発する側では,参照した資料,独自の設計過程及び形状を選んだ機能上の理由を残し,公開された権利・商品資料と比較することが考えられる。
著作物性が否定されるとしても,登録意匠,商品形態模倣,商品等表示又は契約上の問題が残る場合があるため,制度ごとに確認することになる。
図面や生産情報そのものの提供を求められた場合の契約・情報管理は,図面・ノウハウ・生産データを無償で求められたときで扱っている。
2 追加調査へ進む条件
(1) 残る争点と追加資料の意味
最初の比較で,機能と別個の表現及び相手商品の具体的な共通点を特定できる場合には,その争点を解決するための追加資料を検討することが考えられる。
高負担の調査を先に並べず,まず現物・手元資料・公開資料を確認し,追加資料によってどの判断が変わるかを明らかにする。
手元の資料で保護対象や共通点を特定できず,追加資料が何を明らかにするかも示せない場合には,著作権に基づく高負担の調査や請求の準備をいったん止め,他の保護根拠を整理することが考えられる。
これは,著作権がないと断定する基準ではなく,資料と作業負担を踏まえた本記事の調査上の提案である。
(2) 境界にある商品の判断
最高裁の基準には抽象的な部分があり,補足意見も具体的適用について今後の事例の積み重ねに言及している。
境界にある商品では,現物と制作資料及び後続裁判例を確認した上で,請求根拠と保護範囲を評価することになる。
第7 出典
1 法令
①著作権法2条,10条,17条2項,21条,27条,51条,53条,59条,61条及び112条。
②意匠法2条,3条,20条,21条及び23条。
③不正競争防止法2条及び19条の関係規定。
2 裁判例
①最高裁第二小法廷令和8年4月24日判決(令和7年(受)第356号,裁判所HP)1頁~4頁,補足意見4頁~7頁(公式詳細ページ・原審情報)。
②知財高裁令和6年9月25日判決(令和5年(ネ)第10111号,裁判所HP)1頁~3頁及び25頁~31頁。
③知財高裁平成27年4月14日判決(平成26年(ネ)第10063号,裁判所HP)1頁~2頁及び27頁~37頁,特に反対方向の理由33頁~35頁及び侵害判断36頁~37頁。
④知財高裁令和3年12月8日判決(令和3年(ネ)第10044号,裁判所HP)7頁~12頁。
⑤最高裁第一小法廷平成13年6月28日判決(平成11年(受)第922号,民集55巻4号837頁,裁判所HP)3頁~5頁。
上記の参照頁は,判決本文に表示された頁番号を示す(当該箇所のPDF通し頁と同じ)。