第1 裁判所職員総合研修所の位置付け
1 裁判官以外の裁判所職員を対象とする研修機関
裁判所職員総合研修所は,裁判官以外の裁判所職員の研究及び修養を担当するため,最高裁判所に置かれている研修機関である。
裁判所法14条の2が設置の根拠であり,裁判所書記官及び家庭裁判所調査官の養成,その他の裁判所職員に対する研修並びに裁判所書記官実務及び家庭裁判所調査官実務に関する研究を行っている。
同研修所は一般に「総研」と呼ばれ,英語名は「Training and Research Institute for Court Officials」である。
本記事では,令和8年8月28日現在の法令,最高裁判所規程,最高裁判所の公式説明及び国会会議録に基づき,総研の制度,養成課程及び沿革を整理する。
2 司法研修所との違い
裁判所法14条に基づく司法研修所は,裁判官の研究及び修養並びに司法修習生の修習を担当する。
これに対し,裁判所法14条の2に基づく総研は,裁判官以外の裁判所職員を対象とするため,両者は法律上の対象者が異なる。
したがって,総研は司法修習生の修習を行う司法研修所とは別の機関である。
もっとも,両研修所は埼玉県和光市で隣接しており,裁判官,裁判所書記官及び家庭裁判所調査官の連携を図る研修も行われてきた。
第2 総研が行う養成,研修及び研究
1 裁判所書記官及び家庭裁判所調査官の養成
裁判所職員総合研修所規程は,裁判所書記官養成課程第一部,同第二部及び家庭裁判所調査官養成課程を定めている。
裁判所法14条の2は「研究及び修養」と規定しているが,平成16年の国会審議では,この表現が養成と研修を含む包括的な用語であると説明されており,最高裁判所規程は各養成課程の入所,期間,実務修習及び修了を具体化している。
総研への入所は,一般の大学又は専門学校への入学とは異なる。
裁判所書記官養成課程は裁判所職員の中から入所試験等を経て入所者が指定され,家庭裁判所調査官養成課程は家庭裁判所調査官補として採用された者を対象とする職員養成制度である。
2 その他の職員研修及び専門研究
最高裁判所の「養成及び研修・研究」によれば,総研は,全国の裁判所で勤務する裁判官以外の職員に対し,経験年数,役割又は担当分野に応じた研修を実施している。
研修方法には,受講者が総研等へ集まる集合型のほか,ウェブ会議等を利用するリモート型がある。
総研は,裁判所書記官実務及び家庭裁判所調査官実務に関する研究も行っている。
最高裁判所は,研究成果を報告書にまとめて全国の裁判所へ送付し,実務の改善に役立てていると説明しているが,年度別研修計画及び研究報告の全てが公開されていることまでは確認できない。
第3 裁判所書記官養成課程
1 入所経路及び養成期間
裁判所書記官養成課程には第一部と第二部があり,入所者は裁判所事務官等として一定期間勤務した者の中から,入所試験の結果に基づいて最高裁判所が指定する。
第一部は大学の法学部又はこれに準ずる学部の卒業者等を主な対象として原則1年間,第二部はそれ以外の者を主な対象として原則2年間実施される。
もっとも,裁判所職員総合研修所規程7条は,最高裁判所が特に必要と認めるときに異なる入所期間を定める余地を残している。
したがって,1年間又は2年間という期間は規程上の原則である。
2 入所試験
裁判所職員総合研修所入所試験規程によれば,入所試験は筆記試験,口述試験及び勤務評定によって行われ,原則として毎年1回実施される。
口述試験は人物考査を主な目的とし,最高裁判所が別に定める基準に該当する者については筆記試験の全部又は一部を免除できる。
第一部の筆記試験は大学卒業程度で,憲法,民法及び刑法のほか,民事訴訟法又は刑事訴訟法のいずれかを選択する。
第二部の筆記試験は短期大学卒業程度で,憲法,民法及び刑法が対象となる。
3 教科目及び実務修習
裁判所書記官養成課程では,法律知識に加え,書類の審査,記録の点検,事件の進行等の職務に必要な実務を学ぶ。
公開された第一部第20期及び第二部第19期の教科目一覧表には,憲法,民法,刑法及び各訴訟法のほか,民事実務,刑事実務,家事・少年実務,当事者対応,被害者保護,障害者への配慮並びに裁判手続のデジタル化に関する科目が掲げられている。
養成課程には,事件記録を題材とする演習及び各地の裁判所で行う実務修習が含まれる。
ただし,この教科目一覧表は特定期の内容を示す資料であり,全ての年度で科目名,単位数又は日程が同一であることを示すものではない。
4 修了判定及び追試験
総研の所長は,入所中の成績,修習の態度その他裁判所書記官又は家庭裁判所調査官として必要な能力及び資質に係る事情を総合考査し,試験を行うとともに担当教官の意見を聴いて,養成課程の修了を判定する。
修了を認められなかった者には,入所期間が終わった日から6か月を経過した後,1回に限り追試験を実施できる制度がある(裁判所職員総合研修所規程11条)。
この仕組みは修了判定の制度的枠組みを示すものであり,個人別の成績,評価内容又は修了判断は公開資料から確認できない。
第4 家庭裁判所調査官養成課程
1 採用後約2年間の養成
総合職試験(家庭裁判所調査官補)に合格して採用された者は,家庭裁判所調査官補として総研へ入所し,原則として約2年間の養成課程を受ける。
最高裁判所の公式説明によれば,そのうち約1年1か月は各地の家庭裁判所で実務修習を行う。
家庭裁判所調査官は,家事事件及び少年事件において,人の行動,心理,家族関係及び社会環境を調査する職務を担う。
そのため,養成課程は法律学だけでなく,心理学,社会学,教育学及び精神医学等の行動科学を含んでいる。
2 教科目及び実務修習
公開された家庭裁判所調査官養成課程第19期の教科目一覧表には,民法,家事事件手続法及び少年法等に加え,臨床心理学,発達心理学,家族社会学,精神医学,面接技法,心理検査並びに家事事件・少年事件の調査実務が掲げられている。
総研で学ぶ期間と家庭裁判所での実務修習を組み合わせ,理論と実務の双方を扱う構成である。
もっとも,この一覧表も特定期の実施内容を示す資料である。
別の期の科目,単位数又は日程まで同一であるとは限らない。
第5 総研の組織及び施設
1 三つの研修部
裁判所職員総合研修所規程1条は,研修部門として,①裁判所書記官研修部,②家庭裁判所調査官研修部,③一般研修部の三つを置いている。
裁判所書記官研修部は裁判所書記官及び裁判所速記官の研修並びに裁判所書記官の養成を,家庭裁判所調査官研修部は家庭裁判所調査官の研修及び養成を,一般研修部はその他の裁判所職員の研修をそれぞれ担当する。
各養成部門を別に置く現行組織は,裁判所書記官と家庭裁判所調査官の専門教育を維持しながら,共通する研修を同一施設で実施する制度設計となっている。
2 事務局の五課
裁判所職員総合研修所事務局分課規程によれば,事務局には,①総務課,②経理課,③企画研修第一課,④企画研修第二課,⑤企画研修第三課の五課が置かれている。
この分課規程は各課の所掌事務を定めているが,各課の現在員数までは示していない。
3 所在地及び五つの建物
総研の所在地は,〒351-0196埼玉県和光市南二丁目3番5号であり,敷地面積は約4万平方メートルである。
最高裁判所の施設説明は,敷地内の建物を,①管理棟,②研修西棟,③厚生棟,④講堂兼体育館,⑤宿泊棟の五つとしている。
第6 裁判所職員総合研修所の沿革
1 昭和25年の裁判所書記官研修所設置
裁判所書記官研修所は,昭和25年4月,東京都千代田区富士見町に設置された。
昭和25年3月14日の参議院法務委員会では,当時の司法研修所における裁判官研修は1,2か月程度であるのに対し,裁判所書記官の養成には1年又は2年程度を要することなどから,別の研修機関を置くとの説明がされた。
裁判所書記官研修所は,昭和44年4月に東京都文京区白山へ移転した。
2 昭和32年の家庭裁判所調査官研修所設置
家庭裁判所調査官研修所は,昭和32年5月,東京都千代田区富士見町に設置された。
制度創設時の国会審議では,家庭裁判所調査官の職務には法律のほか,心理学,社会学及び精神医学等の専門知識が必要であり,裁判所書記官の研修とは目的及び方法が異なるため,独立した研修所を設けると説明された。
家庭裁判所調査官研修所は,昭和46年12月に東京都北区西が丘へ移転した。
3 平成16年の統合
平成16年4月,裁判所書記官研修所と家庭裁判所調査官研修所は統合され,埼玉県和光市に裁判所職員総合研修所が発足した。
統合の法的基礎は平成16年法律第8号であり,同時に裁判所職員総合研修所規程が施行され,従前の二つの研修所の規程は廃止された。
統合前の二つの研修所は,それぞれ白山と西が丘に置かれていた。
統合後の総研は司法研修所に隣接する和光市の現在地に置かれ,裁判官を含む職種間連携のための施設面の基盤が整えられた。
第7 統合の目的と専門性の維持
1 職種間の相互理解及び連携
平成16年3月12日の衆議院法務委員会及び同月18日の参議院法務委員会において,最高裁判所は,事件が複雑かつ困難になる中で,裁判所書記官と家庭裁判所調査官が共通の問題意識を持ち,相互理解と連携を深める必要があることを統合理由として説明した。
二つの研修所が離れた場所にあり,共同研修の実施に不便があったことも背景とされた。
さらに,統合施設を司法研修所に隣接させることにより,裁判官,裁判所書記官及び家庭裁判所調査官の共同研修を行いやすくすることが想定された。
この位置関係は,単に二つの職員研修所を一つにするだけでなく,裁判部を構成する異なる職種の協働を研修面から支える狙いを示している。
2 専門性が弱まるとの懸念に対する制度上の回答
統合時の参議院法務委員会では,裁判所書記官と家庭裁判所調査官がそれぞれ固有の専門性を持つため,統合によって専門教育が弱まるのではないかという懸念も示された。
これに対し,最高裁判所は,裁判所書記官を法律実務の専門家,家庭裁判所調査官を人間関係諸科学の専門家と位置付け,各専門科目を維持した上で必要な共通科目を共同実施すると説明した。
現行の総研規程が裁判所書記官研修部と家庭裁判所調査官研修部を分けて置いていることは,共同化と専門性維持を両立させる制度上の仕組みである。
ただし,この仕組みが現在どの程度の成果を上げているかを数量的に評価できる資料は,今回確認した公開資料には含まれていない。
3 統合後の共同研修と経費に関する国会答弁
平成19年3月27日の参議院法務委員会において,最高裁判所は,裁判所書記官と家庭裁判所調査官が共に受講する科目のほか,司法研修所と連携して裁判官と共に受講する研修も実施していると説明した。
これは平成19年当時の実施状況であり,令和8年度に行われる共同研修の全容を示すものではない。
また,平成16年3月12日の衆議院法務委員会では,新施設の規模拡大等に伴う年間運営経費を約3億3800万円,旧二施設の運営経費を約8200万円と見込み,他方で重複業務及び施設管理業務の合理化により約40人,約2億6000万円相当の定員削減を見込むとの説明がされた。
これらは統合時の見積りであって現在の経費又は実績ではなく,運営経費の増加も説明されているため,統合を単純な経費削減策と位置付けることはできない。
第8 創立20周年時点の規模及び関連記事
1 令和6年4月時点の養成課程修了者
最高裁判所の広報誌「司法の窓」第89号は,総研が令和6年4月に創立20周年を迎えたことを紹介し,創立以来の養成課程修了者を「約6500人以上」と記載している。
この数値は令和6年4月時点の概数であり,令和8年8月現在の修了者総数を示すものではない。
2 歴代所長に関する資料
総研の歴代所長については,歴代の裁判所職員総合研修所長(AI作成)で整理している。
本記事では組織,研修内容及び制度沿革を主題とし,歴代所長の氏名及び在任期間は同記事に委ねる。
第9 出典・参考資料
1 法令・最高裁判所規程
①e-Gov法令検索「裁判所法」14条及び14条の2
②最高裁判所「裁判所職員総合研修所規程」(平成16年3月31日最高裁判所規程第2号,令和6年4月1日施行の最終改正を反映)1頁~6頁
③最高裁判所「裁判所職員総合研修所事務局分課規程」(平成16年3月31日最高裁判所規程第3号)1頁~2頁
④最高裁判所「裁判所職員総合研修所入所試験規程」(平成16年3月31日最高裁判所規程第5号)1頁~2頁
2 国会提出法案・国会会議録
①平成16年法律第8号
②第159回国会提出「裁判所法の一部を改正する法律案」
③第7回国会参議院法務委員会第12号(昭和25年3月14日)
④第26回国会参議院法務委員会第11号(昭和32年3月28日)
⑤第26回国会衆議院法務委員会第24号(昭和32年4月5日)
⑥第159回国会衆議院法務委員会第3号(平成16年3月12日)
⑦第159回国会参議院法務委員会第3号(平成16年3月18日)
⑧第166回国会参議院法務委員会第4号(平成19年3月27日)
3 最高裁判所の公式説明・広報
①最高裁判所「裁判所職員総合研修所について」
②最高裁判所「養成及び研修・研究」
③最高裁判所「裁判官の研修」
④最高裁判所「研修生(家庭裁判所調査官・裁判所書記官養成課程)」
⑤最高裁判所「裁判所書記官養成課程教科目一覧表」(第一部第20期及び第二部第19期)1頁~7頁
⑥最高裁判所「家庭裁判所調査官養成課程教科目一覧表」(第19期)1頁~5頁
⑦最高裁判所「司法の窓第89号」16頁~18頁(PDF18頁~20頁)