第1 この記事が扱う不適切事務
1 問題の概要
最高裁判所事務総局は,平成28年3月28日,「郵便切手を巡る不適切事務に係る調査報告書」を公表した。問題となったのは,当事者が裁判手続の郵便料金として予納した切手の余りを事件ごとに返還せず,記録外で保管して別事件の両替又は立替えなどに使用していた事務である。
全国調査では,事件処理と無関係な私的流用は確認されなかった。もっとも,予納郵便切手は事件単位で管理し,余剰があれば予納者へ返還すべきものであるため,私的流用がなくても適正な取扱いではない。本記事では,発覚から全国調査,金額の訂正,返還の完了,再発防止策及び現在の制度までを整理する。
2 平成27年7月という時点の意味
平成27年7月21日は,東京地方裁判所が東京地簡裁3部署の問題を公表した日であり,最高裁が全国調査を始めた時期でもある。他方,平成17年4月1日から平成27年7月31日までという期間は,東京地簡裁3部署以外について設定された一律の返還対象期間であって,各部署の不適切事務が平成27年7月まで続いたと認定した期間ではない。
第2 発覚から返還完了までの経過
1 東京地簡裁3部署での発覚
平成25年11月19日,東京地裁民事執行センター債権配当係の事務査察で,余剰となった予納郵便切手を費消済みとして処理した上で,記録外に保管する事務が判明した。平成25年12月以降の調査により,債権配当係,債権換価係及び東京簡裁民事8室公示催告係の3部署で,合計161万3963円の記録外郵便切手が確認された。
東京地裁がこの問題を公表したのは平成27年7月21日である。問題の発覚日,東京地裁による公表日,全国調査の開始時期及び返還対象期間の終期は,それぞれ別の意味を持つ日付である。
2 全国調査とその後の措置
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 平成25年11月19日 | 東京地裁民事執行センター債権配当係の事務査察で不適切事務が判明した。 |
| 平成27年7月21日 | 東京地裁が3部署の問題を公表した。 |
| 平成27年7月以降 | 最高裁が全国959庁の民事・家事担当部署を対象とする調査を開始した。 |
| 平成27年11月~12月 | 予納郵便切手の取扱規程及び関連通達が改正された。 |
| 平成28年3月28日 | 最高裁判所事務総局が全国調査報告書を公表した。 |
| 平成28年5月23日 | 参議院決算委員会が,確実な返還と適切な管理体制を求める措置要求決議をした。 |
| 平成28年8月31日 | 由来不明切手相当額の返還申出期間が満了した。 |
| 平成28年11月25日 | 最高裁が3万1795件について金銭による返還を完了した。 |
第3 全国調査で確認された不適切事務
1 二つの主要類型
全国調査が対象としたのは,全国959庁の民事事件・家事事件担当部署に所属する全職員であり,調査時点の状況について1万0571人から回答を得た。さらに,不適切事務が過去に行われた可能性を否定できない部署では,以前に所属していた職員にも調査を行った。
確認された主要な事務は,次の二類型である。
① 複数事件の支払委託書又は官報公告申込書を同じ宛先へ一括して送り,使用しなかった切手を各事件の予納者へ返還せず,記録外で保管する取扱い
② 債権差押命令手続の陳述催告で第三債務者へ送付した切手付き返信用封筒が未使用のまま戻ったときに,その切手を予納者へ返還せず,記録外で保管する取扱い
①は7部署,②は11部署の合計18部署で確認された。切手をまとめて送る行為自体ではなく,実際には使用していない切手を費消済みとして扱い,返還せずに事件記録から切り離したことが問題である。
2 記録外切手の両替・立替え等
記録外郵便切手については,必要な額面への両替,職員による売却,他事件への立替使用,紛失又は誤送付した切手の個人弁償,前任者から引き継いだ由来不明切手の未報告なども確認された。事務処理の便宜又は迅速化を目的とする場合であっても,事件単位の管理と返還手続を外れることは,公正中立性及び適正な会計処理を損なう。
第4 記録外郵便切手の金額
1 性質の異なる四つの数値
調査報告書に現れる金額は,次のように区別する必要がある。
| 区分 | 金額・保管者数 | 数値の意味 |
|---|---|---|
| 由来を客観的に特定できた記録外郵便切手 | 3万9331円・10人 | 全国調査で新たに確認された額であり,東京地簡裁3部署分を含まない。事件又は予納者を特定できる切手である。 |
| 由来を客観的に特定できなかった記録外郵便切手 | 747万8425円・693人 | 全国調査で新たに確認された額であり,東京地簡裁3部署分を含まない。公平な返還枠組みの対象となった。 |
| 職員が自己購入したと認められた切手 | 約400万円・約2200人 | 当事者が予納した切手とは別の集計であり,混在する管理が問題となった。 |
| 東京地簡裁3部署の由来不明切手 | 161万3963円 | 全国調査の747万8425円とは別に,先行調査で確認された額である。 |
東京地簡裁3部署の内訳は,債権配当係145万4890円,債権換価係12万4780円,東京簡裁民事8室公示催告係3万4293円である。これらの数値は性質が異なるため,すべてを一つの被害額として合算することはできない。
2 911万4953円への訂正
調査報告書は,由来を特定できなかった全国調査分747万8425円と東京地簡裁3部署分161万3963円の合計を,909万2388円としていた。最高裁は,返還手続の完了を公表した際,計上誤りがあったとして由来不明郵便切手の総額を911万4953円に訂正し,謝罪した。
保管者1人当たりの単純平均は,調査報告書が示した指標ではなく,保管額の分布も表さないため,本記事では使用しない。
第5 返還対象の選定と返還結果
1 確認された18部署と返還対象48部署
職員への調査によって不適切事務が確認されたのは18部署であった。しかし,事件ごとの記録が残っておらず,他部署でも同様の事務が行われた可能性を否定できなかったため,最高裁は,事務の内容,取扱件数,記録外切手の額などのリスク要因を用いて対象を広げた。
その結果,返還対象は,民事執行担当46部署,横浜家裁本庁の後見等事件担当部署及び東京簡裁の公示催告担当部署の合計48部署とされた。実際に不適切事務が確認された部署数と,公平な返還のために選ばれた部署数は同じではない。
2 返還対象期間と算定方法
東京地簡裁3部署以外の返還対象期間は,平成17年4月1日から平成27年7月31日までであり,東京地簡裁3部署については,平成17年4月1日から平成25年12月31日までであった。この期間設定は,記録を完全に復元できない状況で公平な返還範囲を定めるためのものであり,不適切事務の正確な始期又は終期を認定したものではない。
1件当たりの返還額は,①由来不明郵便切手の総額を全国の返還対象件数で割った額と,②部署・事件類型ごとに推定した要返還額20円~512円のうち,高くない方を基礎として算定された。対象事件の予納額が346円以下の場合は各上限額を返還し,346円を超える場合は残額を公平に配分して361円を返還する方法が採られた。
3 金銭による返還の完了
返還対象件数は3万1795件であり,返還申出期間は平成28年8月31日までとされた。最高裁は,事件記録等によって予納の事実を確認した上で,平成28年11月25日までに,1件80円~361円を銀行振込によって返還した。
民事執行では,債権者が予納した郵便料金を必要な執行費用として債務者から回収することがあるため,単純に予納額を返すと二重回収となる可能性があった。この点も,部署・事件類型ごとに返還上限額を設けた理由の一つである。
第6 予納郵便切手の法的な管理
1 民事訴訟費用等に関する法律による管理
民事訴訟費用等に関する法律13条は,郵便料金等に充てる費用について,金銭に代えて郵便切手等で予納させることができると定める。同法29条は,予納郵便切手の管理事務を最高裁判所が指定する裁判所書記官が取り扱い,その責任について物品管理職員の責任の例によるとしている。
調査報告書は,予納郵便切手について,当事者から国への消費寄託により国が供用のために保管する動産であり,物品管理法2条1項の「物品」に当たると整理している。したがって,少額の切手であっても,書記官個人又は部署が自由に融通できるものではない。
2 事件単位の保管と返還
「予納郵便切手の取扱いに関する規程」5条は,係書記官が予納郵便切手を事件記録とともに保管することを原則とする。同規程7条は,返還すべき事由が生じたときに返還を受けるべき者へ交付することを定め,同規程8条は,返還できない切手を10年間保存した後,物品管理官へ引き継ぐことを定めている。
返還不能切手の10年保存後の引継ぎを定める規程8条2項は,平成27年11月の改正によって追加され,同年12月1日に施行された。現在の運用通達は,管理袋,返還,交換,返還不能切手,検査及び報告の手続を具体化している。
第7 原因分析と最高裁の責任認識
1 個人の遵法意識だけでは説明できない原因
調査報告書は,不適切事務の背景として,当事者の便宜や事務処理の迅速を優先する意識,少額切手を詳細に管理する煩雑さ,返信用封筒の未使用返戻,誤送付又は紛失などの例外場面に対する現実的な処理基準の不足,前任者から引き継いだ由来不明切手を報告・相談しにくい状況を挙げた。
最高裁事務総局は,書記官が対応に苦慮する場面を想定できたにもかかわらず,長年にわたり明確で現実的な対応策を示さなかったと認め,その責任は重いとした。本件は,個々の職員による規程違反だけでなく,例外処理の設計,監督及び現場からの問題発信経路を含む司法行政上の問題であった。
2 会報書記官第48号が示した三つの教訓
平成28年6月2日の最高裁総務局・人事局・情報政策課との座談会では,佐野総務局第三課長が,最高裁事務総局として責任を痛感していると述べた上で,郵券問題から得られる教訓を説明している。
① 煩瑣に見える事務であっても,手続の適正さを確保すること
② 当事者の便宜又は事務処理の迅速を理由に,公正中立性及び適正さを損なわないこと
③ 前例として続いている事務であっても,問題又は疑問があれば現場から発信し,組織として検討すること
これらの説明は,便宜と適正さを単純に対立させるものではない。例外的な事態を担当者だけに抱えさせず,適法で現実的な処理方法を組織として用意する必要を示すものである。
第8 再発防止策と現在の制度
1 管理方法と監督の見直し
最高裁は,交換,売却,立替え,紛失・誤送付及び返還不能切手の取扱いを明確にし,真に立替えが必要な場合には職員の私費ではなく前渡資金等を用いることとした。また,係書記官の交替時,長期係属事件及び不自然な額面構成を重点的に確認し,主任書記官及び首席書記官による検査・監督を実質化する方針を示した。
さらに,現金予納及び電子納付の利用を促進し,事件ごとの郵送料精算を要しない定額制も検討課題とされた。再発防止策は,規程を増やすことだけではなく,例外処理を明確にし,記録,検査及び相談経路を実際に機能させることを含んでいる。
2 令和8年5月21日以降の民事訴訟
令和8年5月21日以降に提起される民事訴訟では,訴え提起手数料と定額の郵便費用相当額を,原則としてペイジーで合算納付する制度となった。被告1人の場合の郵便費用相当額は,書面による訴え提起では2500円,オンラインによる訴え提起では1400円である。
もっとも,民事執行,倒産及び家事などの手続は,同日の全面デジタル化の対象外である。民事訴訟費用等に関する法律13条及び29条並びに予納郵便切手の取扱規程も存続しており,裁判手続における予納郵便切手が全面的に廃止されたわけではない。
第9 関連記事
① 書記官等の事務処理の誤りに伴い国費を支出する場合の裁判所の考え方(AI作成)は,予納郵便切手の亡失又は誤費消が生じた場合の国費による補填を扱っている。
② 上告不受理決定等と一緒に送られてくる予納郵券に関する受領書は,予納郵便切手を返還する際の受領書及び実務上の取扱いを整理している。
③ 最高裁総務局・人事局・情報政策課との座談会は,日本裁判所書記官協議会と最高裁各局との座談会のバックナンバーを整理している。
第10 出典・参考資料
1 法令・規程・通達
① 民事訴訟費用等に関する法律(昭和46年法律第40号)13条・29条(e-Gov法令検索)
② 物品管理法(昭和31年法律第113号)2条(e-Gov法令検索)
③ 民事執行法(昭和54年法律第4号)42条(e-Gov法令検索)
④ 最高裁判所「予納郵便切手の取扱いに関する規程」(昭和46年6月14日最高裁判所規程第4号)5条・7条・8条,1頁~3頁(PDF1頁~3頁)
⑤ 最高裁判所事務総長通達「予納郵便切手の取扱いに関する規程の運用について」(平成7年3月24日付)1頁~21頁(PDF1頁~21頁)
2 裁判所の公表資料
① 最高裁判所事務総局「郵便切手を巡る不適切事務に係る調査報告書」(平成28年3月28日)1頁~17頁・別紙2(PDF1頁~17頁・22頁~23頁)
② 東京地方裁判所「不適切な郵便切手管理についてのお詫び」(平成27年7月21日)1頁~2頁(PDF1頁~2頁)
③ 最高裁判所「不適切な郵便切手管理に関する全国調査の結果及び今後の対応の御説明」(平成28年3月28日)
④ 最高裁判所「不適切に管理されていた郵便切手の相当額の返還手続の完了について」(平成28年11月25日)
⑤ 最高裁判所「返還額の算出方法」1頁(PDF1頁)
⑥ 裁判所「民事訴訟手続のデジタル化」(令和8年5月21日施行説明資料)
3 国会資料及び会報
① 第190回国会衆議院法務委員会第7号(平成28年3月30日)
② 参議院決算委員会「平成26年度決算審査措置要求決議」13項(平成28年5月23日)
③ 日本裁判所書記官協議会『会報書記官』第48号「最高裁総務局・人事局・情報政策課との座談会」(平成28年6月2日開催)60頁~61頁(PDF6頁~7頁)