◯平成元年以降,検察官側の上告があり,最高裁判所が検察官に有利に原判決を破棄した刑事判決41件を整理した。内訳は,検察官側のみ32件,双方上告9件である。各判決に裁判所公式リンクを付した。
◯「被告人側の上告があり,最高裁が被告人に有利に原判決を破棄した刑事判決56件(平成元年以降)(AIリライト)」も参照されたい。
第1 収録範囲と一覧の読み方
1 検索条件と164件の再分類
裁判所「裁判例検索」で,次の条件を指定した。
① 裁判所:最高裁判所
② 民刑区分:刑事
③ 裁判種別:判決
④ 結果:破棄自判又は破棄差戻
⑤ 裁判年月日:平成元年1月8日から令和8年7月23日まで
この検索で表示された164件について,各詳細ページの判決全文を確認した。
事件番号が「(さ)」である非常上告67件を除いた通常の上告事件は97件であり,その内訳は,被告人側のみ55件,検察官側のみ32件及び双方上告10件であった。
2 「検察官側のみ」と「検察官に有利」の意味
本記事でいう「検察官側のみ」とは,判決全文に検察官の上告趣意又は検事長若しくは検察官の上告受理申立て理由が記載され,被告人又は弁護人の上告趣意等が記載されていない事件をいう。
32件のうち5件は,検事長又は検察官の上告受理申立て理由が記載された事件である。
双方上告10件については,上告人の表示だけでなく,最高裁判所がどの上告理由又は所論を契機として原判決を破棄したかを判決理由で確認した。
このうち9件は,「検察官の所論に鑑み,職権をもって調査すると」などと判示し,控訴審の無罪判断,犯罪成立否定又は第1審有罪判断の破棄を見直す方向で原判決を破棄しているため,検察官に有利な破棄判決として収録した。
他方,最高裁令和2年1月23日判決は,控訴審の有罪自判を破棄して差し戻した被告人に有利な判決であるため,本一覧には含めていない。
3 各項目の意味と件数
「判示事項」は,裁判所ウェブサイトの各詳細ページに掲載された表記に合わせた。
同サイトは,裁判要旨欄に記載のない判決等の判示事項が暫定的であり,確定時に変更される場合があること,全ての判決等を掲載しているわけではないことを明記している。
41件の内訳は,破棄自判17件,破棄差戻し24件である。
裁判体別では,第一小法廷19件,第二小法廷13件,第三小法廷9件である。
令和7年2月7日判決は,裁判所HPの詳細ページの「判例集等巻・号・頁」欄に記載がないため,その旨を表示した。
第2 検察官側のみの上告事件32件
1 令和の判決(6件)
32 最高裁令和7年7月11日判決(令和6年(あ)第264号,窃盗,電子計算機使用詐欺,覚醒剤取締法違反被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第79巻5号199頁,破棄自判)
依頼を受けて現金自動預払機付近で待機し電子計算機使用詐欺の犯行により増加した預貯金を引き出すなどした者に電子計算機使用詐欺の共謀が認められた事例
31 最高裁令和7年2月7日判決(令和5年(あ)第1285号,道路交通法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,裁判所HPの掲載誌欄に記載なし,破棄自判)
① 道路交通法(令和4年法律第32号による改正前のもの)72条1項前段の義務を尽くしたといえる場合
② 道路交通法(令和4年法律第32号による改正前のもの)72条1項前段の義務に違反したとされた事例
30 最高裁令和4年4月28日判決(令和3年(あ)第711号,覚醒剤取締法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第76巻4号380頁,破棄自判)
強制採尿令状の発付に違法があっても尿の鑑定書等の証拠能力は肯定できるとされた事例
29 最高裁令和4年4月18日判決(令和2年(あ)第131号,横領被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第76巻4号191頁,破棄差戻し)
農地の売買契約が締結されたが,譲受人の委託に基づき第三者の名義を用いて農地法所定の許可が取得され,当該第三者に所有権移転登記が経由された場合において,当該第三者が当該土地を不法に領得したときの横領罪の成否
28 最高裁令和元年9月27日判決(平成30年(あ)第1224号,覚せい剤取締法違反,詐欺未遂,詐欺被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第73巻4号47頁,破棄自判)
詐欺の被害者が送付した荷物を依頼を受けて送付先のマンションに設置された宅配ボックスから取り出して受領するなどした者に詐欺罪の故意及び共謀があるとされた事例
27 最高裁令和元年6月3日判決(平成29年(あ)第67号,道路交通法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第73巻3号1頁,破棄自判)
交通反則告知書の受領を拒否したことにつき道路交通法130条2号に当たると解するのは信義に反するなどとして同号該当性を否定した原判決には法令の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
2 平成20年から平成30年までの判決(9件)
26 最高裁平成30年12月14日判決(平成28年(あ)第1808号,詐欺,覚せい剤取締法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第72巻6号737頁,破棄自判)
詐欺の被害者が送付した荷物を依頼を受けて名宛人になりすまして自宅で受け取るなどした者に詐欺罪の故意及び共謀があるとされた事例
25 最高裁平成30年12月11日判決(平成29年(あ)第44号,覚せい剤取締法違反,詐欺未遂,詐欺被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第72巻6号672頁,破棄自判)
指示を受けてマンションの空室に赴き詐欺の被害者が送付した荷物を名宛人になりすまして受け取るなどした者に詐欺罪の故意及び共謀があるとされた事例
24 最高裁平成30年7月13日判決(平成29年(あ)第837号,強盗殺人被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第72巻3号324頁,破棄差戻し)
被告人を殺人及び窃盗の犯人と認めて有罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
23 最高裁平成30年5月10日判決(平成29年(あ)第882号,邸宅侵入,公然わいせつ被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第72巻2号141頁,破棄自判)
いわゆるSTR型によるDNA型鑑定の信用性を否定した原判決が破棄された事例
22 最高裁平成30年3月22日判決(平成29年(あ)第322号,詐欺未遂被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第72巻1号82頁,破棄自判)
詐欺罪につき実行の着手があるとされた事例
21 最高裁平成26年4月22日判決(平成24年(あ)第1816号,住居侵入,殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第68巻4号730頁,破棄差戻し)
公判前整理手続を終了するに当たり確認された争点に明示的に掲げられなかった点につき,公判手続で争点として提示する措置をとることなく認定した第1審判決に違法はないとされた事例
20 最高裁平成26年3月20日判決(平成24年(あ)第797号,保護責任者遺棄致死被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第68巻3号499頁,破棄差戻し)
保護責任者遺棄致死被告事件について,被害者の衰弱状態等を述べた医師らの証言が信用できることを前提に被告人両名を有罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
19 最高裁平成21年10月19日判決(平成18年(あ)第1124号,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第297号489頁,破棄差戻し)
銃刀法違反被告事件につき,けん銃等所持の共謀が認められないとした第1審判決及びこれを是認した原判決に重大な事実誤認の疑いがあるとして破棄し,事件を第1審に差し戻した事例
18 最高裁平成21年10月8日判決(平成20年(あ)第181号,窃盗,傷害,出入国管理及び難民認定法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,集刑第297号425頁,破棄差戻し)
事後強盗としての暴行についての共謀等を認めなかった原判決を重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして破棄して差し戻した事例
3 平成10年から平成19年までの判決(10件)
17 最高裁平成19年7月10日判決(平成19年(あ)第567号,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第61巻5号436頁,破棄差戻し)
① 最高裁判所から高等裁判所判事の職務を代行させる旨の人事措置が発令されていない判事補が構成に加わった高等裁判所により宣告された原判決が,刑訴法411条1号により破棄された事例
② 上告裁判所が原判決を破棄するに当たり,口頭弁論を経ることを要しないとされた事例
16 最高裁平成19年4月23日判決(平成18年(あ)第726号,道路交通法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,集刑第291号639頁,破棄差戻し)
高速走行抑止システムによる速度測定結果の正確性について検察官に釈明を求めたり追加立証を促すなどすることなく証明が十分でないとした原判決を審理を尽くさず事実を誤認した疑いがあるとして破棄差し戻した事例
15 最高裁平成18年6月20日判決(平成14年(あ)第730号,殺人,強姦致死,窃盗被告事件,最高裁判所第三小法廷,集刑第289号383頁,破棄差戻し)
主婦を強姦目的で殺害した上姦淫しさらにその場で生後11か月の同女の長女をも殺害するなどした当時18歳の被告人につき第1審判決の無期懲役の科刑を維持した控訴審判決が量刑不当として破棄された事例
14 最高裁平成15年7月10日判決(平成15年(あ)第60号,略取,逮捕監禁致傷,窃盗被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第57巻7号903頁,破棄自判)
① 刑法47条の法意
② 刑訴法495条2項2号にいう「上訴審において原判決が破棄されたとき」の意義
13 最高裁平成14年1月22日判決(平成12年(あ)第1606号,破産法違反被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第56巻1号1頁,破棄自判)
① 破産法374条3号にいう「商業帳簿」の意義
② 電磁的記録と破産法374条3号にいう「商業帳簿」
12 最高裁平成12年12月15日判決(平成12年(あ)第451号,不動産侵奪,恐喝被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第54巻9号923頁,破棄差戻し)
公園予定地の一部に無権原で簡易建物を構築するなどした行為が不動産の侵奪に当たるとされた事例
11 最高裁平成11年12月10日判決(平成9年(あ)第479号,有印私文書偽造,同行使,詐欺,強盗殺人被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第53巻9号1160頁,破棄差戻し)
第一審判決の無期懲役の科刑を維持した控訴審判決が量刑不当として破棄された事例
10 最高裁平成11年6月10日判決(平成10年(あ)第1146号,証券取引法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第53巻5号415頁,破棄差戻し)
① 証券取引法一六六条二項一号にいう「業務執行を決定する機関」の意義
② 証券取引法一六六条二項一号にいう株式の発行を行うことについての「決定」の意義
9 最高裁平成11年2月16日判決(平成9年(あ)第1232号,証券取引法違反被告事件,最高裁判所第三小法廷,刑集第53巻2号1頁,破棄差戻し)
新薬に関する副作用症例の発生が証券取引法(平成五年法律第四四号による改正前のもの)一六六条二項二号イに該当し得る面を有していてもなお同項四号に該当する余地が否定されないとされた事例
8 最高裁平成10年3月12日判決(平成8年(あ)第204号,常習累犯窃盗,最高裁判所第一小法廷,刑集第52巻2号17頁,破棄差戻し)
重度の聴覚障害及び言語を習得しなかったことによる二次的精神遅滞により精神的能力及び意思疎通能力に重い障害を負っている被告人が刑訴法三一四条一項にいう「心神喪失の状態」にはなかったと認められた事例
4 平成元年から平成9年までの判決(7件)
7 最高裁平成7年12月15日判決(平成6年(あ)第1060号,恐喝,最高裁判所第三小法廷,刑集第49巻10号1127頁,破棄差戻し)
確定裁判が実刑判決の場合におけるいわゆる余罪について刑の執行を猶予することの可否
6 最高裁平成7年7月17日判決(平成4年(あ)第321号,受託収賄,最高裁判所第一小法廷,集刑第266号811頁,破棄差戻し)
重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして第二審の無罪判決を破棄して差し戻した事例
5 最高裁平成7年4月13日判決(平成4年(あ)第776号,関税法違反,最高裁判所第一小法廷,刑集第49巻4号619頁,破棄差戻し)
関税法(平成六年法律第一一八号による改正前のもの)一〇九条の規定と憲法一三条,三一条
4 最高裁平成6年12月22日判決(平成3年(あ)第505号,強制わいせつ,最高裁判所第一小法廷,集刑第264号487頁,破棄差戻し)
重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして第二審の無罪判決を破棄して差し戻した事例
3 最高裁平成5年4月13日判決(平成4年(あ)第1180号,暴力行為等処罰に関する法律違反,最高裁判所第三小法廷,集刑第262号325頁,破棄自判)
原判決中未決勾留日数算入部分が破棄された事例
2 最高裁平成元年12月18日判決(昭和61年(あ)第1437号,地方公務員法違反,最高裁判所第一小法廷,刑集第43巻13号1223頁,破棄差戻し)
地方公務員法六一条四号のあおりの企ての罪を構成するとされた事例
1 最高裁平成元年3月9日判決(昭和59年(あ)第1036号,公務執行妨害,傷害,最高裁判所第一小法廷,刑集第43巻3号95頁,破棄自判)
公務執行妨害罪にいう「暴行」に当たるとされた事例
第3 双方上告のうち検察官に有利な破棄判決9件
次の9件はいずれも,判決全文に検察官及び弁護人の双方の上告趣意が記載された事件である。
最高裁判所は,いずれも検察官の所論に鑑みて職権調査を行い,検察官が問題とした無罪判断等を見直す方向で原判決を破棄した。
9 最高裁令和5年9月11日判決(令和4年(あ)第125号,被告人Aに対する脅迫,被告人Bに対する強要未遂被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第77巻6号181頁,破棄差戻し)
強要未遂罪の成立を認めた第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
8 最高裁令和4年5月20日判決(令和2年(あ)第1135号,不正競争防止法違反幇助被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第76巻4号452頁,破棄自判)
外国公務員等に対して金銭を供与したという不正競争防止法違反の罪について,共謀の成立を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
7 最高裁令和4年4月21日判決(令和2年(あ)第1751号,傷害,暴行被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第76巻4号268頁,破棄差戻し)
傷害罪の成立を認めた第1審判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
6 最高裁令和3年1月29日判決(令和2年(あ)第96号,殺人,殺人未遂,傷害被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第75巻1号1頁,破棄自判)
自動車を運転する予定の者に対し,ひそかに睡眠導入剤を摂取させ運転を仕向けて交通事故を引き起こさせ,事故の相手方に傷害を負わせたという殺人未遂被告事件について,事故の相手方に対する殺意を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
5 最高裁平成26年11月7日判決(平成25年(あ)第1333号,関税法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,刑集第68巻9号963頁,破棄自判)
関税法111条3項,1項1号の無許可輸出罪につき実行の着手があるとされた事例
4 最高裁平成26年11月7日判決(平成25年(あ)第1334号,関税法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第315号137頁,破棄自判)
関税法111条3項,1項1号の無許可輸出罪につき実行の着手があるとされた事例
3 最高裁平成22年6月3日判決(平成19年(あ)第1208号,銃砲刀剣類所持等取締法違反,業務上過失傷害被告事件,最高裁判所第一小法廷,集刑第300号319頁,破棄差戻し)
重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして第2審の一部無罪判決の全部を破棄して差し戻した事例
2 最高裁平成21年7月16日判決(平成19年(あ)第1951号,道路交通法違反,労働基準法違反被告事件,最高裁判所第一小法廷,刑集第63巻6号641頁,破棄差戻し)
① 労働基準法36条1項に基づき月単位の時間外労働の協定が締結されている場合における協定時間を超えた時間外労働と同法32条1項違反の罪
② 週単位の時間外労働の規制違反に係る訴因の特定が不十分で,その記載に瑕疵がある場合に,訴因変更と同様の手続を採ってこれを補正しようとした検察官の予備的訴因変更請求について,裁判所の採るべき措置
1 最高裁平成20年11月10日判決(平成19年(あ)第1368号,強盗殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件,最高裁判所第二小法廷,集刑第295号341頁,破棄差戻し)
重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして第2審の破棄差戻し判決を破棄して差し戻した事例
第4 検察官上告と最高裁判所による破棄
1 検察官の上訴権
刑事訴訟法351条は,検察官又は被告人が上訴をすることができると定める。
したがって,検察官は,控訴審判決に不服がある場合,法律上の要件を満たす限り上告することができる。
2 405条の上告理由と406条の上告受理
刑事訴訟法405条は,高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対する上告理由を,①憲法違反又は憲法解釈の誤り,②最高裁判所の判例との相反,③最高裁判所の判例がない場合における大審院又は一定の高等裁判所の判例との相反に限定している。
他方,同法406条は,405条によって上告できない場合でも,法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる事件について,判決確定前に限り,最高裁判所が自ら上告審として事件を受理できると定める。
第2に掲げた32件には,この上告受理手続を経た事件が5件含まれる。
3 410条の必要的破棄と411条の職権破棄
刑事訴訟法410条は,405条各号の事由があるときは,判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合等を除き,原判決を破棄しなければならないとする。
これに対し,同法411条は,405条各号の事由がない場合でも,次の事由があり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは,判決で原判決を破棄することができると定める。
① 判決に影響を及ぼすべき法令違反
② 甚しく不当な刑の量定
③ 判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認
④ 再審請求をすることができる事由
⑤ 判決後における刑の廃止若しくは変更又は大赦
したがって,検察官が法令違反,事実誤認又は量刑不当を主張しても,その主張が直ちに405条所定の上告理由になるわけではない。
判決文が上告趣意を405条の上告理由に当たらないとした上で,「所論に鑑み,職権をもって調査する」として411条により破棄する例がある。
4 不利益変更禁止との関係
刑事訴訟法402条は,被告人が控訴し,又は被告人のために控訴した事件について,原判決の刑より重い刑を言い渡すことができないと定める。
同法414条により,控訴の章の規定は,特別の定めがある場合を除き,上告の審判に準用される。
もっとも,402条は被告人側だけが上訴した場合の不利益変更を禁じる規定である。
第2及び第3に掲げた事件はいずれも検察官側が上告しているため,被告人側だけが上訴した場合とは適用の前提が異なる。
ただし,このことから直ちに最高裁判所が重い刑を言い渡すことになるわけではなく,破棄後の処理は413条その他の規定と各事件の審理状況によって決まる。
5 破棄差戻しと破棄自判
刑事訴訟法413条本文は,同法412条に規定する理由以外の理由によって原判決を破棄するときは,事件を原裁判所若しくは第一審裁判所に差し戻し,又はこれらと同等の他の裁判所に移送することを原則とする。
同条ただし書は,訴訟記録並びに原裁判所及び第一審裁判所で取り調べた証拠により直ちに判決できると認めるときに,最高裁判所が被告事件について更に判決をすることを認める。
本一覧では,破棄差戻しが24件,破棄自判が17件である。
第5 一覧から読み取れる主な類型
1 重大な事実誤認を理由とする破棄
最高裁平成7年7月17日判決及び最高裁平成6年12月22日判決は,重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして,第二審の無罪判決を破棄して差し戻した事例である。
近時では,最高裁令和7年7月11日判決が,電子計算機使用詐欺の共謀を否定した原判決を刑事訴訟法411条3号により破棄し,自判した。
2 量刑判断を理由とする破棄
最高裁平成18年6月20日判決は,犯行当時18歳の被告人に無期懲役を科した第一審判決を維持した控訴審判決を量刑不当として破棄した事例である。
最高裁平成11年12月10日判決も,第一審判決の無期懲役の科刑を維持した控訴審判決を量刑不当として破棄した事例である。
3 訴訟手続又は審査方法を理由とする破棄
最高裁平成19年7月10日判決は,最高裁判所から高等裁判所判事の職務を代行させる旨の人事措置が発令されていない判事補が構成に加わった高等裁判所の判決を破棄した事例である。
最高裁平成30年7月13日判決は,第一審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑事訴訟法382条の解釈適用を誤った違法があるとした事例である。
4 実体法の解釈を示した近時の破棄判決
最高裁令和7年2月7日判決は,交通事故後の救護義務を尽くしたといえる場合を示し,同義務違反を認めて原判決を破棄した。
最高裁平成30年3月22日判決は,詐欺罪の実行の着手を認めて原判決を破棄した。
第6 出典・参考資料
1 法令
① e-Gov法令検索「刑事訴訟法」(351条,402条,405条,406条,410条,411条,413条及び414条)
2 裁判例
② 第2に掲げた最高裁判決32件及び第3に掲げた最高裁判決9件(各項に裁判所ウェブサイトの個別詳細ページ,事件番号,事件名,裁判体,掲載誌及び判示事項を記載)
3 書籍・論文等
① 伊丹俊彦・合田悦三編集代表『逐条実務刑事訴訟法』立花書房,2018年,1151頁~1152頁,1156頁~1163頁及び1167頁
② 中山善房・古田佑紀・原田國男・河村博・川上拓一・田野尻猛編『大コンメンタール刑事訴訟法〔第3版〕第9巻』青林書院,2023年,643頁~644頁,671頁及び680頁
③ 白取祐司『刑事訴訟法〔第11版〕』日本評論社,2026年,538頁~541頁
④ 大橋君平「上告審の弁護活動について」東京弁護士会LIBRA第10巻第3号,2010年3月,34頁~35頁