メインコンテンツへスキップ
       

長田雅之「被相続人の生前に払い戻された預貯金を対象とする訴訟についての一試論――最近の第一審裁判例の分析」(判例タイムズ1500号・2022年11月)のAIによる論評(AI作成)

◯本ブログ記事は,長田雅之裁判官(55期)「被相続人の生前に払い戻された預貯金を対象とする訴訟についての一試論――最近の第一審裁判例の分析」(判例タイムズ1500号39頁,2022年11月)をAIで論評したものです。論文公刊時の肩書は,最高裁判所事務総局総務局第一課長(前大阪地方裁判所判事)です。
「遺産相続における使途不明金の効果的な追及方法(AI作成)」も参照してください。

本記事では,管理委託の有無・範囲を起点に,不法行為・不当利得・委任関係に基づく各請求の違い,消滅時効,証拠収集,相手方の典型的な反論,遺産分割及び税務との関係までを整理します。

第1 本記事の位置づけと読み方

1 本記事が扱う対象と結論の要旨

本記事は,長田雅之「被相続人の生前に払い戻された預貯金を対象とする訴訟についての一試論——最近の第一審裁判例の分析」(判例タイムズ1500号39頁,2022年11月)を,複数の専門分野の視点から論評するものである。長田裁判官の論文公刊時の肩書は,最高裁判所事務総局総務局第一課長(前大阪地方裁判所判事)であり,論文は大阪民事実務研究会での報告に加筆したものとされている。

先に結論の要旨を述べる。
この論文は,被相続人の生前に一部の相続人等が預貯金を払い戻したことをめぐる訴訟(以下では論文にならい「本訴訟類型」という。)について,「不法行為か不当利得か」という訴訟物選択の問題として捉える発想から離れ,被相続人と払戻しを行った相続人との間の準委任関係(善管注意義務。民法(明治29年法律第89号)第644条)を基礎に据え,争点を「委託の趣旨」の認定へと一元化した点に,大きな実務的価値がある。3類型の分類,考慮要素の体系化,30件の第一審裁判例を要件事実の視点で腑分けした別表は,いずれも現場で役立つ。

他方で,実務家がこの論文をそのまま使う際には,補うべき点がある。とりわけ「訴訟物はどれを選んでも実質的な差はない」という論文の私見は,消滅時効・遅延損害金の起算日・返還範囲という点で訴訟物ごとに残る差を割り引いており,そのまま鵜呑みにすると依頼者の利益を損なう場面がある。この点を含め,本記事は「評価できる骨格」と「補って初めて完結する点」を分けて示す。

2 用語の整理

混乱を避けるため,論文の用語を先に整理しておく。

ア 本訴訟類型

被相続人名義の預貯金が,その生前に一部の相続人等により被相続人に「無断で」払い戻されたと主張し,他の相続人がその返還を求める訴訟をいう。

イ 提起相続人・相手方相続人

訴訟を提起する側の相続人を「提起相続人」,払戻しに関与したとされ相手方となる相続人等を「相手方相続人」という。相手方相続人は,被相続人の介護・身上監護を担う中で財産管理に関与するに至った例が多い,というのが論文の出発点にある事実認識である。

補足 本記事で言及する個別の裁判例は,いずれも長田論文の別表が掲げる東京地方裁判所の第一審裁判例であり,多くが判例集未搭載である。裁判年月日は同論文の別表により,事件番号及び内容は第一法規D1-Law.com判例体系で個別に確認している。本文で具体的に取り上げる東京地判平成30年11月30日・平成28年(ワ)36399号(裁判所ウェブサイト未掲載),東京地判令和元年12月24日・平成28年(ワ)37956号(裁判所ウェブサイト未掲載),東京地判令和2年10月22日・平成29年(ワ)20597号(裁判所ウェブサイト未掲載)及び東京地判令和2年12月23日・平成28年(ワ)29756号(裁判所ウェブサイト未掲載)についても,本文では実務の検討材料として具体的に引用している。

3 対象論文の基本情報と分析対象

論文の分析対象は,平成30年1月から令和2年12月までの3年間に言い渡された第一審裁判例30件である。いずれも東京地方裁判所のもので,判例データベースの検索により抽出されている。論文自身も地域的な偏りを認めており,加えて,公表・データベース収録という選別を経た事件は争いが激しい事案に偏りやすいこと,第一審のみで控訴審の判断を含まないことにも留意が必要である。すなわち,枠組みそのものの有用性は高い一方で,統計的な一般化には慎重であるべき素材である。

第2 論文の中核——「訴訟物論」から「委任・善管注意義務・委託の趣旨」への再定位

1 従来の枠組みとその難点

従来,本訴訟類型は,不法行為による損害賠償請求権(民法第709条)や不当利得返還請求権(民法第703条・第704条)を訴訟物として構成されることが多かった。しかし,これらの要件事実は定型的でなく,「払戻権限の不存在」を請求原因に置くのか抗弁に置くのか,「損害・損失」は預貯金の消滅それ自体か財産状態の実質的悪化か,といった点をめぐり,裁判所と当事者の共通認識を得にくいという難点があった。論文は,この混乱の根に「関与形態(被相続人がどのような経緯で相手方相続人に管理を委ねたのか)が整理されないまま議論が進む」ことがある,と診断する。

2 準委任を基礎に置くという発想(民法644条・646条)

論文の着想の核心は,被相続人が自らの意思で通帳・キャッシュカード・暗証番号・届出印を相手方相続人に交付して管理を委ねた関係を,準委任(実質的には委任)と評価する点にある。ここから,払戻しやその使途の適否は,受任者が「委任の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって,委任事務を処理する義務」(民法第644条)に違反したか否かで決せられる,という筋道が導かれる。

論理の運びは次のとおりである。
①被相続人が意思能力を備えたまま特段の理由なく通帳等を交付することは通常考えにくい。
②そうであれば,交付は一定の目的のために管理を委ねる趣旨と解される。
③したがって両者の関係は準委任であり,善管注意義務の内容を画する基準として「委託の趣旨」を観念できる。
この導出は,条文(民法第644条)から出発して評価基準へと一段ずつ進んでおり,説得的である。あわせて論文は,受任者が受け取った金銭を委任者に引き渡す義務(受取物引渡義務。民法第646条第1項)に着目し,善管注意義務違反が認められる場合には受取物引渡請求権による構成も可能であるとする。

3 請求原因の一元化と「委託の趣旨」

この発想の帰結として,委託型の不法行為・不当利得・善管注意義務違反では,責任成立を判断する中核的事実が次の2点に収斂する,というのが論文の主張である。他方,民法646条の受取物引渡請求では,受任者が委任事務処理に当たって金銭その他の物を受け取ったこと,引き渡すべき物・権利又は精算後の残額があることなど,この請求に固有の事実を別途検討する必要がある。

① 被相続人の意思に基づく,相手方相続人に対する預貯金管理の委託(委託の趣旨を含む)
② 相手方相続人による,委託の趣旨に反する払戻し又は払戻金の支出

ここで「委託の趣旨」とは,善管注意義務の内容,すなわち相手方相続人に与えられた裁量の幅を画するものである。論文が繰り返し強調するのは,この裁量の幅の認定こそが本訴訟類型の実質的争点だ,という点である。分析としては明快で美しく,争点整理の指針として直ちに役立つ。

4 「被相続人による贈与」を抗弁に置く意味

相手方相続人が「その払戻金は被相続人から贈与を受けたものだ」と反論する場面がしばしばある。論文は,委託開始時に予定されていた支出でない払戻しは,時期や金額といった外形から通常は委託の趣旨に反すると判断され,これを正当化する「被相続人による贈与(指示・了解)」は相手方相続人が抗弁として主張立証すべき事柄(評価障害事実)に位置づけられる,とする。ただし,これは論文筆者の私見である。論文自身も,贈与の主張を権利侵害又は故意の積極否認とみる考え方や,不当利得について原告が「法律上の原因がないこと」を立証すべきだとする見解があり得ることを脚注で留保している。

この整理には,立証責任の所在を明確にし,見通しを立てやすくする実益がある。もっとも,依頼者には「贈与の客観的証明責任が常に相手方へ転換する」とまでは説明すべきでない。客観的証明責任の所在と,証拠への近接性から相手方に具体的な説明・反証が事実上求められることを区別する必要がある。贈与の経緯,時期,金額,贈与の動機,被相続人の意思能力,贈与後の申告・取扱いなどの裏付けを相手方が示せないときは,贈与の主張が事実認定上採用されにくくなる,というのが実務上の要点である。

第3 関与形態の3類型と意思能力——認知症法務の視点を交えて

1 委託型・侵奪型・能力欠如型という3分類

論文は,被相続人が通帳等を任意に交付したか,交付時に意思能力があったか,という2つの分岐で関与形態を3つに分ける。

① 委託型関与 被相続人が意思能力を保ったまま任意に通帳等を交付し,管理を委ねた場合
② 能力欠如型関与 任意に交付はされたが,その時点で被相続人の意思能力が欠けていた場合
③ 侵奪型関与 入院等の隙に相手方相続人が通帳等の支配を奪って管理を始めた場合

論文の実証によれば,分析対象30件のうち,最終的に侵奪型・能力欠如型と認定された事案はなく,主戦場は委託型であった。そこで論文も委託型を中心に論じている。ただし,本訴・反訴を各1件と数えた32件の主張整理では,委託型12件,侵奪型2件,能力欠如型4件,その他2件,不明12件であった。最終認定で侵奪型又は能力欠如型とされた例がなかったことは重要であるが,東京地方裁判所の一定期間の公表・収録裁判例という標本だけから,使途不明金紛争一般の「ほぼ全てが委託型」とまで一般化することはできない。訴訟戦略としては,委託型を有力な仮説としつつ,侵奪型・能力欠如型の可能性も証拠に即して検討するのが安全である。

2 意思能力は「一点」でなく「変動」で捉える

能力欠如型の判定は意思能力の有無にかかる。論文は,管理委託の意思能力の判断は遺言能力の判断と類似するとして,遺言能力に関する論考を参照している。方向性は妥当だが,臨床の観点からは,もう一段の精緻化が望まれる。

認知症の多くは進行性であるが,原因疾患,病期,身体状態及びせん妄の併存によって経過や変動の仕方は異なる。法律上の意思能力は診断名だけで決まるものではなく,対象となる法律行為の内容,難易,重大性と,行為時の本人の理解・判断状況との関係で個別に評価される。とりわけ,入院・術後・脱水・感染などを契機に急性に発症する意識障害(せん妄)は,認知症とは区別すべき変動性の状態であり,一時的に判断能力を大きく損なう一方で回復もしうる。委託関係は一定の時間幅をもつため,管理委託の時点だけでなく,個別の払戻指示,贈与その他の処分行為ごとに,その行為時の能力を評価する姿勢が重要である。

論文が紹介する別表の裁判例には,実際に,認知症の診断があっても意思無能力とまでは認めなかった例(東京地判平成30年11月30日・平成28年(ワ)36399号〔別表【7】〕),入院後に症状が徐々に悪化したとして時点ごとに能力を評価した例(東京地判令和元年12月24日・平成28年(ワ)37956号〔別表【20】〕),脳の器質的疾患の後遺症で意識障害が生じることがあっても当該指示については判断能力が保たれていたと認めた例(東京地判令和2年12月23日・平成28年(ワ)29756号〔別表【30】〕)がある。これらは,診断名で一律に無能力とせず,行為の時点・内容ごとに事理弁識能力を評価するという,医学的に穏当な運用を示すものであり,論文がこれを丁寧に拾っている点は評価できる。

3 行為の種類ごとに必要な判断能力は異なる

法律上の意思能力は,対象行為の性質,内容,難易及び重大性との関係で判断される。同じ時期の行為であっても,日常的な支払事務の管理を委ねることと,高額な財産を無償で移転することとでは,本人が理解すべき内容が異なる。そのため,「管理委託が有効であった」ことから「個別の高額贈与も有効であった」と直ちに推論することはできない。

したがって,抗弁である「被相続人による贈与」の場面では,管理委託が有効に成立していたとしても,その高額な贈与を理解し承諾する能力が別途問われるべきである。論文は委託の意思能力を遺言能力になぞらえるが,実務では「管理委託の能力」「個別の高額処分を承諾する能力」を分けて論じると,主張立証がより正確になる。

4 証拠としての医学情報の限界

意思能力の立証では,医学情報の性質を正しく理解する必要がある。要介護度は,身体面・生活面の自立の程度を示す指標であって,意思能力そのものを示すものではない。認知機能検査の点数も補助資料にとどまる。

加えて,訴訟では,当時の意思能力を後から回顧的に再構成せざるを得ないことが多く(その時点の能力評価が記録として残っていないことが通例である),この再構成には限界がある。争点整理の初期に,診療録・介護記録・主治医意見書など,当時の状態を示す同時代資料の有無を早めに確認しておくことが,立証設計上重要である。

第4 「委託の趣旨」の認定と争点整理の実務

1 考慮要素の体系

論文は,「委託の趣旨」を認定するための考慮要素を,時間の流れに沿って体系化している。

ア 委託に至った経緯

委託以前は誰がどのように財産を管理していたか,委託当時の被相続人の心身の状況(自ら財産管理を行える状態だったか),当時の被相続人と相手方相続人の信頼関係(同居の有無・期間,身上監護の状況)。

イ 委託した状況

交付の際に第三者が立ち会っていたか,被相続人の意思をうかがわせる書面等があるか。

ウ 管理の実際

被相続人の関与の有無・程度(指示・報告・把握の有無),払戻しの頻度・金額・使途,管理期間の長短,被相続人の収入・財産全体の推移。

これらは,後述するフォレンジックの発想とも接続する,実務的で網羅的なチェックリストになっている。

2 「粒度(メリハリ)」の争点整理

論文の争点整理論で最も実務感覚に合致するのが,使途の説明をどの程度の細かさ(粒度)で求めるか,という発想である。

被相続人の生活費・医療費のように,委託の趣旨に含まれることに大きな争いが生じにくい費目は,領収書を一枚ずつ突き合わせるのではなく,従前の家計・年金額などから社会通念上相当な平均月額を概算認定できる場合がある。ただし,生活費・医療費という費目名だけで概算が当然に許されるわけではない。同居人数,施設入所の有無,口座振替済みの費用,他の収入・支払手段,従前の生活水準及び対象期間を具体的に確認する必要がある。むしろ,こうした費目まで一律に全取引を同じ粒度で争うと,断片的な書証との対応関係をめぐる応酬が延々と続き,かえって争点整理が長期化する。他方,比較的高額・異質な支出については,使途の認定・委託の趣旨との適合性・贈与の主張が争点となりうるため,深掘りする。

この「メリハリ」の指摘は,長期化しやすい本訴訟類型において審理を効率化する具体的な処方箋であり,実務家が最も持ち帰るべき知見の一つである。

3 後見的な厳格審査に陥らないという歯止め

論文の白眉は,最後に置かれた次の警告である。当事者双方から詳細な費目主張が出てくると,裁判所は,第三者が財産管理を行う場面と同じように「被相続人のための支出か否か」を厳格に審査すべきではないか,という錯覚に陥りがちである。しかし本訴訟類型は,被相続人があえて身内である相手方相続人に管理を委ねたものであり,相手方相続人には一定の裁量が与えられていることが多い。その裁量の幅の認定こそが「委託の趣旨」の認定そのものである,というのである。

これは財産管理実務の観点からも正確である。後見人のような第三者管理者には,本人の財産保護のため親族への援助・立替を原則として認めない厳格な基準が妥当する。しかし,本人自身が信頼して委ねた任意の管理では,裁量(委託の趣旨)はより広く解される余地がある。後見の厳格基準をそのまま持ち込むべきではない,という区別を論文が明確に示している点は,高く評価できる。

第5 証拠と立証——フォレンジックの視点

1 資金の異常性をとらえる間接事実

論文が挙げる間接事実は,不正調査(フォレンジック)でいう資金の追跡・異常検知の手法とよく符合する。

① 相手方相続人名義の口座への,払戻しと近接した時期の入金
② 原資を合理的に説明できない特定使途への支出
③ 払戻請求書の筆跡や作成関与
④ 現金の払戻限度額と同額を連日引き出すといった不自然な出金
⑤ 対象口座間の資金移動

論文が紹介する別表の一事例(東京地判令和2年10月22日・平成29年(ワ)20597号〔別表【29】〕)では,長期にわたり多額の出金が続き,死亡時の残高が極端に少ないにもかかわらず,特に派手な生活の形跡もない場合に,管理していた相続人に使途の合理的な説明を求め,反証がない限り法律上の原因なく損失を与えたと事実上推認する,という判断がされている。これは,異常性を起点に説明の必要性を相手方に移すという,実務的に説得力のある処理である。

2 「説明責任」を管理者に負わせる法的な足場(民法645条・646条)

こうした事実上の推認を支えるのが,委任を基礎に置く構成である。受任者は,委任者の請求があればいつでも事務処理の状況を報告し,委任終了後は遅滞なく経過・結果を報告しなければならず(報告義務。民法第645条),受け取った金銭を引き渡さなければならない(民法第646条第1項)。管理を委ねられた者は,その使途を説明し,残余を引き渡す立場にある——この委任法の建付けが,「保管者は説明義務を負う」という不正調査の基本原則と一致する。論文が委任を軸に据えたことは,この説明責任を法的に基礎づける意味でも合理的である。もっとも,民法645条の報告義務や646条の引渡義務があることだけで,民事訴訟上の客観的証明責任が当然に相手方へ転換するわけではない。通帳等を排他的に管理し,出金後の経過に関する証拠が管理者側に偏在しているのに,管理者が合理的な説明や資料を示さないことを,事実認定上不利な間接事実として評価する,という形で論じるのが正確である。

3 客観証拠をどう獲得するか

もっとも論文は,間接事実を列挙するにとどまり,証拠を「どう獲得するか」の手続論には深く立ち入っていない。実務では,全取引を出金と使途で網羅的に突き合わせる払戻一覧表(論文が推奨する「払戻一覧表」がまさにその第一歩である)を作成し,従前の家計簿・年金額から生活費を推計する,統計上の標準生活費と対照する,といった作業が要となる。その際は,口座から出たという一事だけで管理者の利得又は被相続人の損害を決めず,①誰が払戻手続をしたか,②誰が払戻金を受領したか,③被相続人へ交付されたか,④誰の支配下で保管されたか,⑤誰がいつ何のために支出したか,⑥残額を誰が保有し又は自己のものとして領得したか,という資金経路を取引ごとに分けて認定する必要がある。

その前提として,金融機関の取引履歴・払戻請求書・伝票の取得が不可欠であり,弁護士会照会(弁護士法(昭和24年法律第205号)第23条の2)や文書送付嘱託・調査嘱託(民事訴訟法(平成8年法律第109号)第226条・第186条)といった証拠収集の道具を早期に用いることが,本訴訟類型の立証の背骨になる。取得手段の順序,限界及び申立ての具体化については,第9の4で述べる。

第6 訴訟物の選択は本当に「どれでもよい」か

論文は,最終的に委託型が問題となる以上,訴訟物を不法行為・不当利得のいずれで構成しても主張立証すべき事実に大きな差はなく,あえて法定債権を選ぶ理由に乏しい,との私見を述べる。請求原因(責任の成立レベル)が収斂するのはそのとおりである。もっとも,論文の趣旨は「訴訟物を問わず委託の趣旨の認定が中核になる」という点にあり,訴訟物選択の実益そのものを否定するものではない(論文も脚注で遅延損害金の起算日に触れている)。請求原因が収斂することを踏まえてもなお,実務家としては,次の3点で訴訟物ごとの差が残ることに留意したい。

請求構成主な消滅時効(改正民法適用時)利息・遅延損害金の原則認められ得る範囲その他の実務差
不法行為(民法709条)損害及び加害者を知った時から3年/不法行為時から20年(民法724条)違法な払戻し又は支出により損害が生じた時からが原則違法行為と相当因果関係のある損害額相当額の弁護士費用が損害として認められることがある。悪意の不法行為債権には民法509条の相殺制限がある
不当利得・善意(民法703条)権利行使できることを知った時から5年/権利行使できる時から10年(民法166条1項)催告を受けて遅滞となる現存利益の限度不法行為と同じ相殺制限は当然には及ばない
不当利得・悪意(民法704条)同上民法704条に基づく利息(利得成立時と悪意取得時を取引ごとに確認)受益額に利息を付し,なお損害があればその賠償全払戻額が当然に受益額となるわけではない
善管注意義務違反(民法415条・644条)原則5年/10年(民法166条1項)履行期又は催告による遅滞。義務内容・履行期によって異なる委託の趣旨に反する事務処理によって生じた損害額委託の成立・内容,義務違反,損害及び因果関係を検討する
受取物引渡(民法646条)原則5年/10年(民法166条1項)委任終了後の催告時からが原則であるが,契約上の履行期によって異なる受取物,果実,移転すべき権利又は精算後の残額受任者の受領と引渡対象の特定が必要であり,647条の利息が当然に付くわけではない
受任者による自己消費(民法647条)基礎となる請求権に応じて検討自己消費日以後の利息自己消費額に利息を付し,なお損害があればその賠償委任者に引き渡すべき金額又はその利益のために用いるべき金額を自己消費した事実が必要

1 消滅時効の非対称(民法724条と166条)

不法行為は,被害者側が損害・加害者を知った時から3年で時効消滅する(民法第724条第1号)。これに対し,改正民法が適用される不当利得・債務不履行・受取物引渡の各請求権は,権利行使できることを知った時から5年,又は権利を行使することができる時から10年で時効が完成する(民法第166条第1項)。ただし,2020年4月1日前に債権が生じた場合又はその原因となる法律行為がされた場合には,改正前民法の消滅時効が適用されることがある。家族間の管理委託が同日前に開始した事案では,改正法の「5年・10年」だけで処理してはならない。本訴訟類型は被相続人の死後に払戻しが発覚することが多く,発覚から時間が経つと,不法行為構成だけが先に時効消滅し,不当利得・委任構成のみが生き残る,という場面が現実に生じる。訴訟物の選択は,時効管理の観点から決して中立ではない。受任時には,委託成立日,各払戻日,個別支出日,委託終了日,相続開始日,発覚日,催告日を一覧化し,請求権ごと・取引ごとに経過措置と完成時期を検討する必要がある。

2 遅延損害金の起算日

不法行為は不法行為の時から当然に遅滞に陥るのに対し,悪意の受益者はその受けた利益に利息を付して返還し(民法第704条),その起算日は利得成立時と悪意取得時を踏まえて取引ごとに確認する必要がある。受任者の自己消費は消費の日以後の利息(民法第647条),単純な不当利得(善意)や期限の定めのない債務は,請求(催告)を受けた時から遅滞となり,遅延損害金は初日不算入によりその翌日から生じる(民法第412条第3項・第140条)。管理委託に基づく払戻し自体は適法で,その後の個別支出又は自己領得が違法となる事案では,払戻日を一律に起算日とすることはできない。不法行為による損害が生じた時,利得が成立した時,受益者が悪意となった時又は自己消費した時を,取引ごとに特定する必要がある。長期・多数回の払戻しでは,累積する遅延損害金・利息の差は無視できない金額になる。論文も脚注でこの点に触れており,見落としているわけではないが,本文の私見では簡潔な言及にとどまる。

3 返還範囲の差(民法703条の現存利益)

不当利得の善意の受益者は「その利益の存する限度」でのみ返還すれば足りる(民法第703条)。悪意の受益者は,その受けた利益に利息を付して返還し,なお損害があれば賠償責任を負う(民法第704条)。不法行為では違法行為と相当因果関係のある損害,債務不履行では義務違反によって生じた損害が賠償範囲となる。したがって,いずれの構成でも,管理者が関与した払戻額の全額が自動的に認容額になるわけではない。本人への交付,委託の趣旨内の支出,本人のための費消及び現存する残額を取引ごとに区別する必要がある。本訴訟類型では悪意が認定されやすいとはいえ,構成による返還範囲の天井の差は残る。

4 見落とされやすい可分債権の相続分承継

さらに実務上重要なのに,論文が正面から扱っていない論点がある(論文の主たる読者である裁判官には自明の前提であるためと思われるが,実務家向けには明示しておく価値がある)。被相続人の生前に生じた不法行為・不当利得の各請求権は,被相続人自身に帰属する金銭債権であり,相続の開始により,各共同相続人にその相続分に応じて当然に分割されて承継される(可分債権の当然分割。最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁)。その帰結として,提起相続人が単独で請求できるのは,原則として自己の相続分に対応する額に限られる

論文は終始「提起相続人が払戻金相当額(全額)の返還を求める」という書き方をしているが,訴額の設定や一部認容の理解に直結するこの限界には立ち入っていない。実務家は,全額請求が当然に認められるわけではないこと,全額の回収を図るなら他の相続人からの債権譲渡や共同提訴を検討すべきことを,最初に押さえておく必要がある。

第7 周辺実務との接続——税務・金融・財産管理

1 税務という並走トラック

論文は民事の「委託の趣旨」に集中し,税務にはほとんど触れないが,同じ払戻しは税務では別のトラックで評価され,依頼者の総合的な損得を左右する。

ア 生前贈与と認定された場合

民事で「被相続人による贈与」(抗弁)が認められると,受贈者に贈与税の問題が生じるほか,相続開始前の一定期間の贈与は相続税の課税価格に加算される。ただし,使途不明金であることだけから直ちに贈与税が課されるわけではなく,民法上の贈与又は相続税法上のみなし贈与等の課税要件を別途検討する必要がある。暦年課税贈与の加算対象期間の7年化は相続開始日による段階適用であり,2026年12月31日までに開始する相続は相続開始前3年以内,2027年1月1日から2030年12月31日までに開始する相続は2024年1月1日から相続開始日まで,2031年1月1日以後に開始する相続は相続開始前7年以内が対象期間となる。相続開始前3年以内の贈与以外の部分については,その贈与価額の合計額から総額100万円までが加算対象外となるのであり,年100万円の控除ではない。また,この加算は,原則として,相続,遺贈又は相続時精算課税に係る贈与等によって被相続人から財産を取得した者を対象とする。相続時精算課税にも,2024年1月1日以後の贈与について年110万円の基礎控除が新設された。民事で有利な「贈与」認定が,税務では不利に働く場合がある,という視点が実務では重要である。

イ 名義預金・使途不明現金の扱い

民事で「委託の趣旨内の払戻し」と評価されても,その金銭が費消されずに現存すれば,相続財産(被相続人の手元現金・名義預金)として相続税の課税対象になりうる。逆に,税務調査では,多額の生前出金の所在地・使途を説明できない場合に,相続財産の計上漏れを指摘されることがある。ただし,相続開始時に実在した現金又は名義預金があるのか,管理者に対する預託金・精算金・受取物引渡請求権があるのか,無断費消者に対する不当利得返還請求権又は損害賠償請求権があるのかによって,相続財産として把握すべき資産の種類は異なる。使途不明であることだけから,当然に「被相続人の手元現金」と決まるわけではない。民事の「委託の趣旨内」認定と,税務の「相続財産」認定は,必ずしも一致しない。

2 金融機関の本人確認と「意思」の峻別

論文は,問題となる「払戻権限」が,金融機関との関係での払戻権限ではなく,被相続人と相手方相続人の内部関係における許容の有無であることを明確に切り分けている。これは金融実務の観点から正確である。

ここで一点補足すると,犯罪収益移転防止法(平成19年法律第22号)に基づく取引時確認(200万円を超える現金取引等で求められる本人確認)は,顧客管理・マネー・ローンダリング対策のための手続であって,預金者の内心の意思や委託の趣旨を検証するものではない。「本人確認済み」を「本人の意思に基づく」と読み替えるのは,性質の異なる事柄の混同である。論文が別表で「金融機関による本人確認・意思確認」を贈与や本人意思の一つの間接事実として扱う場面は,この射程を限定して理解する必要がある(金融機関の意思確認の深度は,取引・時期・担当者により大きく異なる)。

なお,認知判断能力が低下した高齢者や,その親族との取引については,業界団体の指針も参考になる。全国銀行協会は,2021年に「金融取引の代理等に関する考え方」を公表し,本人の財産保護の観点から成年後見制度の利用を促すことを基本としつつ,医療費など本人の利益が明らかな使途については,やむを得ない場合に親族が代わりに払戻しを受けることも考えられる,といった対応の考え方を示している(会員各行に一律の対応を求めるものではないとの留保付きである)。

3 成年後見・財産管理契約による予防

本訴訟類型が生じる根本には,家族内部の非定型な財産管理には客観的な資料がなく,管理者が財産目録も出納帳も残していないことが多い,という構造的な問題がある。これは,成年後見・任意後見・財産管理等委任契約といった制度が,財産目録・分別管理・報告義務を制度化することで予防しようとしている問題そのものである。

論文が委託の趣旨及び善管注意義務から,被相続人に帰属する財産を管理者自身の財産と区分して保管すべき義務が契約解釈上導かれ得ることを論じ,同居や介護により家計を同一にしている場合には直ちに分別管理義務があるとまではいえない場合もある,と留保している点は,後見実務の発想と接続する。一般の委任については,委任契約であることだけから全ての事案で分別管理義務が当然に生じる旨の明文規定があるわけではない。契約の目的,管理方法,同居・家計同一の合意及び従前の取扱いを踏まえて判断する必要がある。将来的には,見守り契約・財産管理等委任契約・任意後見の活用によって,この種の紛争を未然に減らす方向の助言が,弁護士・司法書士の付加価値になる。

第8 生前の引き出しと死後の引き出しは別物である

1 本訴訟類型は「生前」の引き出しを対象とする

本訴訟類型は,あくまで被相続人の生前に行われた払戻しを対象とする。生前に払い戻された金銭は,相続開始時には既に被相続人の預貯金口座から出ているため,そのままでは遺産分割の対象財産(遺産)には含まれない。だからこそ,被相続人が有していた不法行為・不当利得の各請求権が相続され,これを行使する民事訴訟という形をとる。この点を明確にしておくと,遺産分割の手続(家庭裁判所の審判)との切り分けが理解しやすい。

2 死後の処分に関する民法906条の2・909条の2との違い

これに対し,被相続人の死後に一部の相続人が遺産である預貯金を処分・払戻しした場合には,別の規律が用意されている。遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合には,共同相続人全員の同意(処分した相続人については同意不要)により,その財産を遺産分割時になお遺産として存在するものとみなすことができる(民法第906条の2)。また,各共同相続人は,遺産に属する預貯金債権のうち一定額について,遺産分割前でも単独で払戻しを受けられる(民法第909条の2)。

本訴訟類型(生前の引き出し)は,これら死後の処分に関する規律の射程外である。「生前か死後か」で適用される条文も手続も異なるため,事案の入り口でこの区別を誤らないことが肝要である。論文が対象を生前の払戻しに絞っている点は,この区別を踏まえたものとして適切である。

第9 実務のための道具立て

ここまでの検討を,実際の事件でそのまま使える形に落とし込む。以下は,論文の枠組みに起案・立証・交渉の実務を接続した,本記事の整理である。

1 主張立証の骨組み(要件事実チャート)

委託型を前提とすると,管理委託の成立・委託の趣旨と,これに反する払戻し又は支出が中核的事実となる点は各構成に共通する。もっとも,請求原因及び抗弁が完全に同一になるわけではないため,訴状では次のように請求構成ごとの固有事実を明示する必要がある。

請求構成原告側が具体化すべき主要事実相手方の典型的反論と検討事項
不法行為被相続人の権利・利益,相手方による違法な払戻し・支出又は領得,故意・過失,損害,因果関係,相続による承継及び原告の相続分管理委託,個別の指示・了解,贈与,本人への交付,本人のための支出。贈与等を評価障害事実とみるか積極否認とみるかには留保がある
不当利得相手方の受益,被相続人の損失,両者の因果関係,法律上の原因の不存在を基礎付ける具体的事実,相続による承継及び原告の相続分贈与,弁済,費用償還,事務管理,本人のための費消,現存利益。法律上の原因の不存在の証明責任には見解の対立がある
善管注意義務違反管理委託の成立と内容,委託の趣旨,これに反する事務処理,損害及び因果関係委託の趣旨に含まれる裁量,個別の指示・了解,費用償還,帰責事由に関する反論
受取物引渡委任事務処理に当たって受任者が受け取った金銭その他の物又は取得した権利,引渡対象又は精算残額,委任終了・履行期及び催告本人への交付,委託事務への使用,費用償還,既払,残額不存在
民法647条の自己消費委任者に引き渡すべき金額又は委任者の利益のために用いるべき金額を,受任者が自己のために消費したこと及び消費日本人又は委託事務のための支出であること,自己消費の否認
侵奪型・能力欠如型管理開始が被相続人の意思に基づかないこと,又は管理委託時・個別処分時に必要な意思能力を欠いていたことを基礎付ける具体的事実通帳等の任意交付,本人の継続的関与,個別指示,診断名だけでは能力欠如を意味しないこと

入り口では,①管理委託自体がなかった,②管理委託はあったが個別の払戻し又は支出が委託の趣旨を超えた,③管理委託時に意思能力を欠いていた,④管理委託は有効でも個別の高額贈与・処分について有効な指示又は了解がなかった,という複数の仮説を立てる。資料収集前に一類型へ固定すると,後から判明した事実と主張が整合しなくなる。証拠を踏まえて主位的・予備的又は選択的な事実主張の要否を検討し,委託型なら争点を「委託の趣旨(裁量の幅)」に据える——これが起案の背骨になる。

2 払戻一覧表の作り方

本訴訟類型の争点整理は,払戻一覧表の精度が重要である。払戻し,受領,保管,支出及び残額を混同しないよう,最低限,次の列を用意すると,双方の主張と裏付けを1枚で対照できる。

区分記載項目
払戻情報番号/払戻日/金額/口座/払戻方法(窓口・ATM・振込)/取扱店・ATM所在地/払戻請求書の筆跡・本人確認方法
関与者通帳・印鑑・カードの管理者/払戻手続者/払戻金の受領者/本人への交付の有無/保管者
資金経路入金先口座/現金保管場所/個別支出日/支払先/残額/自己領得又は自己消費が疑われる日
相手方の説明主張する使途/指示・了解・贈与の具体的内容/説明時期/説明の変遷/裏付証拠
客観資料取引履歴/払戻請求書・伝票/領収書/請求書/診療・介護記録/日記・手帳/メール・メッセージ/税務申告との整合
評価委託の趣旨との適合性/本人の利益/管理者又は第三者の利益/争いの有無/採用する請求構成/損害額・利得額・引渡残額
背景事情年金その他の収入/口座振替済み費用/同居人数/施設入所期間/従前の生活費/総資産・残高の推移

粒度はメリハリをつける。生活費・医療費など争いの少ない費目は,生活実態,従前の家計,施設費,口座振替済み費用等から社会通念上相当な概算認定が可能な場合に限り,対象期間と算定根拠を明示してまとめる。高額・異質な払戻し,管理者自身の利益となる支出,説明が変遷した取引は個別に深掘りする。全件を一律に同じ粒度で争うと,かえって争点整理が長期化する(論文の「粒度」論と同じ発想である)。

相手方の説明は,費目名だけで評価せず,説明が取引履歴その他の客観資料と整合するかを確認する。典型的な反論と確認事項は次のとおりである。

相手方の反論確認すべき事実・証拠
「本人が自分で払い戻した」「代筆しただけである」払戻請求書の筆跡,窓口担当者の記録,本人確認方法,ATM所在地・利用時刻,本人の移動可能性,通帳・カードの保管状況,払戻後の金銭の帰属
「本人へ現金で渡した」交付日時・場所・同席者,受領後の保管・支出,日記・家計簿,その後の本人資産の推移,同じ費用の二重計上の有無
「生活費・医療費に使った」対象期間,同居人数,施設費・医療費の実額,口座振替済み費用,他の収入・支払手段,従前の生活水準,領収書がない合理的理由
「贈与を受けた」贈与の申込み・承諾の具体的内容,動機,金額の相当性,本人の意思能力,第三者への説明,贈与税申告,遺言・過去の贈与との整合,主張開始時期
「介護の対価・立替金の精算である」報酬合意又は立替合意,介護内容・期間,第三者サービスの利用状況,立替原資,領収書,精算経過,寄与分等の主張との整合
「貸金・債務の返済である」債務の発生原因,金銭交付の原資,契約書,返済期,利息,過去の返済,帳簿・税務処理,払戻額との対応

3 主要裁判例の「認定の決め手」

本文で触れた別表の裁判例を,勝敗を分けた「決め手」に着目して読み直すと,立証の力点が見えてくる(いずれも東京地方裁判所の第一審。事実関係は同論文の別表による)。

ア 東京地判令和2年10月22日〔別表【29】〕——「異質な出金」の可視化

約4年5か月にわたり毎月多額の出金が続き,死亡時の残高が極端に少なく,本人が特に派手な生活をしていた形跡もなかった。裁判所は,管理者の地位にある相続人に対し,この「明らかに異質な出金」の使途について合理的な説明を求め,反証がない限り事実上推認する,とした。管理者性と出金の異常性を可視化できれば,説明の必要が相手方に移る。

イ 東京地判令和元年12月24日〔別表【20】〕——能力の「時点区分」

被相続人の認知症の進行に応じ,入院前・入院後・配偶者の死亡後で意思能力を時点ごとに区切って認定した。能力欠如型では,「いつから,どの行為について」能力が欠けたのかを時期で区切る立証が要になる。

ウ 東京地判令和2年12月23日〔別表【30】〕・東京地判平成30年11月30日〔別表【7】〕——本人の関与が残ると棄却

【30】は,証券口座の売却・現金化を本人が指示していた等の客観的な経緯を重視し,意識障害は一時的として請求を棄却した。【7】は,認知症でも意思無能力とまでは認められず,本人自身が払い戻した可能性を排除できないとして棄却した。本人の関与を示す客観的な痕跡が残っていると,管理者への推認は働きにくい。

4 証拠収集・和解・受任の視点

ア 手続の選択と時効管理

生前払戻しにより被相続人に生じた不当利得返還請求権・損害賠償請求権等は,相続開始時及び遺産分割時に現存する預貯金そのものではない。当事者間に争いがあり,相続人全員の合意が得られないときは,原則として民事訴訟等で解決する。他方,相続人全員が合意すれば,生前払戻しから生じた不法行為債権・不当利得債権等を遺産分割調停の中で取り扱うことができる。これに対し,相続開始後に遺産に属する財産が処分された場合について民法906条の2第1項・第2項を用いるときは,処分をした共同相続人以外の共同相続人全員の同意により,処分された財産が遺産分割時に遺産として存在するものとみなし,遺産分割調停・審判の対象とすることができる(松江家庭裁判所「遺産分割ハンドブック」15~16頁)。

使途不明金の額が大きく,先に遺産分割を確定させると不公平が残るおそれがあるときは,遺産分割調停・審判の取下げ又は進行調整を求めることが考えられる。ただし,相手方又は家庭裁判所に手続の停止を強制できるとは限らず,民事訴訟と遺産分割が並行する可能性を前提に方針を決める必要がある。

時効が迫る場合,催告には民法150条による6か月の完成猶予の効果しかなく,その期間中に再度催告しても完成猶予期間を重ねて延ばすことはできない。催告だけで安心せず,裁判上の請求,調停その他の完成猶予・更新事由を期限内に講じる。

イ 証拠収集

立証の背骨は金融機関の客観資料である。まず,共同相続人であることを示す戸籍又は法定相続情報一覧図等を添えて,被相続人名義口座の取引履歴,残高証明書,払戻請求書・伝票,解約書類,窓口での本人確認・意思確認に関する記録,ATMの所在地・利用日時,投資信託・保険・貸金庫の異動資料を金融機関へ直接請求する。金融機関が任意開示に応じないときは,弁護士会照会(弁護士法第23条の2)を検討するが,同照会に強制力があるわけではなく,回答又は資料開示が得られないこともある。訴訟提起後は,対象となる金融機関,支店,口座,期間及び取引をできる限り特定した上で,調査嘱託(民事訴訟法第186条),文書送付嘱託(同法第226条)及び要件を満たす場合の文書提出命令(同法第220条以下)を使い分ける。相手方名義口座を広範囲に探索する申立ては採用されにくいため,被相続人口座の払戻しと相手方口座への入金との時間的・金額的対応など,調査の必要性と対象を具体化する必要がある。取引履歴その他の資料の保存期間及び保存項目は金融機関・資料種別ごとに異なり,時間が経つほど取得できる資料が減るため,受任後は早期に着手するのが安全である。

ウ 和解の勘所

使途の説明がつく部分とつかない部分を早期に切り分け,争いの少ない生活費・医療費等を合理的な算定根拠がある範囲で概算で固めた上で,高額・異質な払戻しに絞ると,和解の見通しが立てやすい。なお,相手方が「贈与だった」と主張すると,その額は遺産分割で特別受益として扱われ得るため,相手方には贈与の主張を控える動機も働く(論文第3の3(2))。この力学を理解しておくと,交渉の材料になる。もっとも,贈与と認定された金額が当然に全額特別受益となるわけではなく,民法903条の要件を別途検討する必要がある。和解では,①本件支払によりどの請求権をどの範囲で清算するか,②遺産分割上の特別受益・取得額へ反映するか,③他の相続人の権利をどう処理するか,④税務申告又は修正申告の要否を誰が確認するか,⑤訴訟費用・振込手数料・遅延時の取扱いを,条項上明確にする。

エ 受任と経済合理性

本訴訟類型は,取引履歴の精査など労働集約的になりやすく,回収も可分債権として自己の相続分の範囲にとどまり得る。着手前に,回収の見込み・立証のコスト・遺産分割全体の中での位置づけを依頼者と共有しておくことが,のちの行き違いを避けるうえで穏当である。

第10 まとめ——この論文をどう使うか

1 到達点として評価できる点

この論文は,本訴訟類型に対し,準委任・善管注意義務・「委託の趣旨」を軸とする一貫した分析枠組みを提示し,要件事実論と30件の実証を架橋した,実務直結の優れた論考である。請求原因を2点に一元化する骨格,粒度のメリハリによる争点整理,後見的な厳格審査への警鐘は,いずれも現場で直ちに使える。

2 補って初めて完結する点

他方で,実際の受任・助言に用いる際は,次の点を補う必要がある。
① 訴訟物の選択は,経過措置を含む消滅時効・遅延損害金又は利息の起算日・返還又は賠償範囲・弁護士費用損害・相殺制限の点でなお実益があり,「どれでもよい」ではない。
② 可分債権の当然分割により,提起相続人が請求できるのは原則として自己の相続分に対応する額にとどまる。
③ 意思能力は変動し,かつ対象行為の内容・難易・重大性との関係で個別に判断されるため,管理委託と高額贈与の承諾を分ける。
④ 税務(生前贈与認定・名義預金・現金又は返還請求権等の資産区分・生前贈与加算の経過措置)という並走トラックを同時に設計する。
⑤ 証拠の獲得手続(金融機関への直接請求・弁護士会照会・調査嘱託・文書送付嘱託・文書提出命令等)を早期に組み込む。
⑥ 管理者の報告義務と訴訟上の証明責任を区別し,証拠偏在と説明の合理性を間接事実として主張する。
⑦ 遺産分割で一体解決できる場合と別訴が必要な場合を分け,時効完成前に手続を選択する。

3 実務家への3つの実践的示唆

① 入り口で関与形態の複数の仮説を立てる。 「被相続人が任意に通帳等を渡したのか」をまず明らかにし,証拠収集後に,委託型・侵奪型・能力欠如型のどれで主張立証するのかを決める。必要に応じ,主位的・予備的又は選択的主張を検討する。
② 争点にメリハリをつける。 通常の生活費・医療費は,生活実態等から社会通念上相当な概算認定が可能な場合に限って算定根拠を示してまとめ,高額・異質な支出や管理者自身の利益となる支出を深掘りする。使途一覧表の全取引を同じ粒度で争わない。
③ 訴訟物と時効を戦略的に選ぶ。 「委託の趣旨」で中核を押さえつつ,改正前後の適用法,取引ごとの起算日,遅延損害金・利息,返還範囲・相続分の限界を計算に入れて構成を決める。

総じて,「委託の趣旨」に一元化する骨格は高く評価できるが,それを実際の事件で使いこなすには,本記事が示した補足を重ねて初めて完結する,というのが公平な評価である。

第11 付記——本記事が対象論文を超えて参照した事項と出典

1 追加的に参照・言及した事項

本記事は,対象論文の内容の論評に加えて,論文自体には現れない次の事項を独自に補って論じた。透明性のため,追加事項とその出典を明示する。

① 生前の引き出しと死後の引き出しの区別(第8)——民法第906条の2・第909条の2の内容に基づく整理。
② 金融機関の実務指針の具体的内容(第7の2)——全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方」(2021年)の内容。
③ 令和5年度税制改正の具体的内容(第7の1)——生前贈与加算期間の3年から7年への延長,延長4年分の100万円控除,相続時精算課税の年110万円基礎控除の新設,令和6年1月1日以後の贈与への適用。
④ 各法令の条文の内容(民法第644条・第645条・第646条・第647条・第703条・第704条・第709条・第724条・第166条・第412条・第906条の2・第909条の2,弁護士法第23条の2,民事訴訟法第186条・第226条,犯罪収益移転防止法)——いずれも現行の条文により確認した。
⑤ 本文で言及した個別裁判例の裁判年月日は長田論文の別表により,事件番号及び実在は第一法規D1-Law.com判例体系で確認した(各例とも東京地方裁判所の第一審・未公刊)。
⑥ 第9(実務のための道具立て)は本記事の実務的整理である。要件事実の骨組みは論文と民法の各条文に基づき,裁判例の「決め手」は同論文の別表に基づく。払戻一覧表の様式・証拠収集・和解・受任に関する記述は,一般的な民事実務に基づく本記事の整理である。

2 出典一覧

① 長田雅之「被相続人の生前に払い戻された預貯金を対象とする訴訟についての一試論——最近の第一審裁判例の分析」判例タイムズ1500号39頁以下(2022年)=論評対象
② e-Gov法令検索「民法」166条,412条,415条,509条,644条~647条,703条,704条,709条,724条,903条,906条の2,909条の2
https://laws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
③ e-Gov法令検索「民事訴訟法」186条,220条~226条
https://laws.e-gov.go.jp/document?lawid=408AC0000000109
④ 法務省「民法の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置」
https://www.moj.go.jp/content/001293856.pdf
⑤ 松江家庭裁判所「遺産分割ハンドブック」15頁以下
https://www.courts.go.jp/matsue/vc-files/matsue/2020/020708ksateisaibannsyonotetudukiannnai/10isannbunnkatu/10-7/isanbunkatuhandbook.pdf
⑥ 全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方について」(2021年2月18日公表)
https://www.zenginkyo.or.jp/news/2021/n021801/
⑦ 日本弁護士連合会「一般社団法人全国銀行協会『金融取引の代理等に関する考え方』についての意見書」(2021年)
⑧ 国税庁「相続税及び贈与税の税制改正のあらまし」(令和5年6月)
⑨ 国税庁タックスアンサーNo.4161「贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4161.htm
⑩ 国税庁「相続時精算課税制度のあらまし」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4103_sankou.htm
⑪ 水谷英夫・小島妙子『認知症高齢者をめぐる法律実務―法的リスクと相続問題』73頁,76頁,80頁,325頁
⑫ 本橋総合法律事務所編『Q&Aと事例 相続における使途不明金をめぐる実務』27頁以下,42頁以下,75頁以下,86頁以下,92頁以下,101頁以下,114頁以下
⑬ 『要件事実マニュアル第6版第2巻』236頁
⑭ 『改正民法対応 Q&A 民事法における期間・期日・期限』192頁
⑮ 『Q&A 未分割遺産の税務』71頁~73頁