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人身傷害保険の補償範囲と請求順序―人傷先行・賠償先行,保険代位及び自賠責回収(AIリライト)

人身傷害保険は,自分又は同乗者の人身損害について,被害者側の過失の有無にかかわらず,保険約款所定の基準により保険金を支払う損害保険である。

もっとも,補償される人,事故の範囲,損害額の算定方法及び他の給付との調整は,事故時の契約に適用される普通保険約款及び特約によって異なる。

また,被害者にも過失がある事故では,人身傷害保険を先に請求する人傷先行と,加害者側からの賠償を先に受ける賠償先行とで,必要な手続及び最終的な受取額が異なることがある。

本記事は,補償範囲,請求順序,保険代位,人傷一括払後の自賠責回収,労災給付との調整及び消滅時効を,現行法,2026年始期用の約款及び最高裁判例に基づいて整理するものである。

第1 人身傷害保険の基本構造

1 被害者側が契約する実損てん補型の保険

人身傷害保険は,被害者側が契約しておき,被保険者に生じた治療費,休業損害,精神的損害,後遺障害による逸失利益又は死亡損害等を,保険金額の範囲内で約款所定の損害額基準によりてん補する保険である。

加害者側の対人賠償責任保険が加害者の法律上の損害賠償責任をてん補するのに対し,人身傷害保険は被害者側の契約に基づいて支払われる点が異なる。

被害者側に過失がある場合,自損事故である場合又は加害者が任意保険に加入していない場合にも利用できることが,人身傷害保険の中心的な機能である。

ただし,過失相殺がないという説明は,約款所定の損害額がそのまま無制限に支払われるという意味ではなく,免責事由,支払限度額及び他の給付との調整が適用される。

2 現在の普及率を読む際の注意

損害保険料率算出機構「2025年度 自動車保険の概況」の第19表によれば,2025年3月末の任意自動車保険における「人傷実損払」の普及率は71.2%である。

同資料は,2021年6月の参考純率改定を受け,2022年度以降は補償種目の集計区分を「人傷実損払」と「人傷定額払」に変更しているため,古い資料の人身傷害保険加入率と単純に時系列比較することはできない。

3 人傷基準,裁判基準及び自賠責基準の区別

人身傷害保険金は,事故時の約款に置かれた人身傷害条項損害額基準により算定されるため,民事訴訟で裁判所が認定する過失相殺前の損害額と一致するとは限らない。

また,自賠責保険は,被害者の基本的な救済を図る制度であり,任意保険の約款基準とも裁判所の損害算定とも異なる支払基準及び限度額を用いる。

例えば,国土交通省「限度額と補償内容」によれば,2020年4月1日以後に発生した事故の傷害慰謝料は1日4300円であり,対象日数は傷害の状態及び実治療日数等を勘案して治療期間内で決定される。

自賠責保険の支払基準については,自賠責保険の支払基準も参照されたい。

第2 補償される人及び事故の範囲

1 基本補償は契約車両の事故を中心とすること

基本となる人身傷害条項は,契約車両の運行に起因する事故等により,契約車両に搭乗中の者が傷害を受けた場合を中心に補償する。

契約車両の搭乗者については,記名被保険者及びその家族に限らず,正規の乗車装置等に搭乗中の者が被保険者となる約款が一般的である。

もっとも,補償対象者の定義及び乗車場所に関する要件は商品ごとに異なるため,保険証券だけでなく,事故日の普通保険約款及び特約を確認する必要がある。

2 他の自動車,歩行中及び自転車事故は特約の確認を要すること

他人の自動車に搭乗中の事故,歩行中に自動車と衝突した事故又は自転車等の乗用具に関する事故は,基本補償に当然に含まれるとは限らない。

例えば,東京海上日動「トータルアシスト自動車保険の約款」2026年1月1日以降始期用は,120頁~124頁に人身傷害乗用具事故補償特約を置き,乗用具の運行に起因する事故等へ補償範囲を広げている。

この特約の被保険者には,記名被保険者,その配偶者,同居の親族及び別居の未婚の子等が含まれるが,使用者の業務のために使用者所有の自動車を運転中である場合等には除外がある。

損保ジャパン「THE クルマの保険」の人身傷害保険も,契約内容により車外の自動車事故等へ補償を拡張する仕組みを案内している。

3 飲酒運転等の免責と同乗者の扱い

現行の主要約款は,被保険者の故意又は重大な過失,無免許運転,酒気帯び運転又は薬物使用状態での運転等によって運転者本人に生じた損害を免責としている。

一方,運転者に免責事由があることだけで同乗者の補償まで当然に失われるわけではなく,同乗者ごとに被保険者該当性及び免責事由を判断する必要がある。

二輪自動車又は原動機付自転車の事故については,自動車の人身傷害保険ではなく,ファミリーバイク特約等の補償内容を別に確認すべき場合がある。

4 加害者が無保険である場合の関連制度

加害者が任意保険に加入していない場合,人身傷害保険のほか,自賠責保険への被害者請求,無保険車傷害特約又は政府保障事業の適用を検討することになる。

政府保障事業と無保険車傷害特約の違いについては,政府保障事業及び無保険車傷害特約も参照されたい。

第3 人傷先行と賠償先行の計算

1 計算例の前提

以下では,①裁判所が認定する過失相殺前の損害額が1000万円,②約款所定の人傷基準損害額が800万円,③被害者の過失が50%,④過失相殺後の損害賠償請求権が500万円である例を用いる。

これは請求順序と保険代位の関係を示すための計算例であり,現実の支払額は,事故時の約款,保険金額,損害項目,過失割合,既払金及び解決手続によって決まる。

以下,人身傷害保険の保険会社を人傷社,加害者側の対人賠償責任保険の保険会社を対人社という。

2 人傷先行の場合

(1) 被害者が受領する額

被害者が先に人傷社へ請求すると,人傷基準損害額800万円が支払われる。

その後に裁判基準損害額1000万円及び被害者の過失50%が認定された場合,人傷社の代位額は300万円であり,被害者は500万円の損害賠償請求権のうち200万円を保持する。

したがって,この例で被害者が受領する額は,人傷保険金800万円と加害者側からの200万円の合計1000万円となる。

(2) 人傷社が代位取得する額

人傷社の代位額300万円は,人傷保険金800万円と過失相殺後の損害賠償請求権500万円の合計から,過失相殺前の損害額1000万円を控除して算定する。

対人社の最終的な負担は,被害者への200万円と人傷社への300万円の合計500万円であり,加害者の過失割合に対応する損害賠償責任の範囲と一致する。

3 賠償先行の場合

(1) 判決又は裁判上の和解がある場合

被害者が加害者側から先に500万円を受領した後,人傷社へ請求する場合,事故時の約款が,判決又は裁判上の和解で社会通念上妥当な裁判基準損害額が算定されたときにその額を人傷損害額とみなす旨を定めていれば,1000万円から既払の500万円を控除した500万円が人傷保険金となり得る。

東京海上日動の2026年1月1日以降始期用約款40頁~41頁はこの仕組みを置いており,判決又は裁判上の和解から遅延損害金,訴訟費用及び弁護士報酬等を除いた額を用いる。

(2) 訴訟外の示談又はADRで解決した場合

訴訟外の示談金500万円を先に受領し,裁判基準への読替えが適用されない場合,人傷基準損害額800万円から既払額500万円を控除した300万円だけが支払われ,被害者の合計受取額は800万円となることがある。

大阪高等裁判所平成24年6月7日判決(平成23年(ネ)第2046号・高裁判例集65巻1号1頁)も,当該事案の約款に置かれた明示的な計算条項に従って保険金額を判断した。

ただし,裁判外紛争解決手続の扱い,保険会社の事前同意の要否及び裁判基準への読替えの範囲は約款ごとに異なるため,示談又はADRの成立前に人傷社へ書面で確認する必要がある。

4 請求順序を決める際の判断要素

人傷先行は,加害者側の対応を待たずに治療費又は休業損害等の支払を受けやすい反面,人傷社の代位範囲及び自賠責回収額を後の賠償請求で整理する必要がある。

賠償先行は,加害者側との損害額及び過失割合の確定を先に進められる反面,訴訟外の示談内容によっては,その後の人傷保険金が人傷基準との差額に限定されることがある。

したがって,請求順序は,資金需要,過失割合の争い,適用約款の読替条項,訴訟の要否,自賠責への請求状況及び時効を合わせて決める必要がある。

第4 保険法25条と2012年最高裁判例

1 保険法25条の請求権代位

保険法25条1項は,保険者が保険給付をしたとき,①保険給付額と,②被保険者の第三者に対する債権額から未てん補損害を控除した残額のうち,いずれか少ない額を限度として当然に代位すると定める。

同条2項は,保険給付がてん補損害額に不足するとき,被保険者が保持する債権について,保険者の代位債権に先立って弁済を受ける権利を認める。

保険法26条は,この請求権代位の規定に反する特約のうち,被保険者に不利なものを無効としている。

2 人傷先行における裁判基準差額説

最高裁判所第一小法廷平成24年2月20日判決(平成21年(受)第1461号・民集66巻2号742頁)は,人傷保険金と過失相殺後の損害賠償請求権の合計が,民法上認められる過失相殺前の損害額を上回る場合に限り,その超過額の範囲で人傷社が損害賠償請求権を代位取得するとした。

この判決は,人傷保険金をまず被害者の過失部分へ充当する結果となり,被害者が保持する損害賠償請求権を人傷社の代位債権より優先させる考え方を示したものである。

最高裁判所第三小法廷平成24年5月29日判決(平成22年(受)第2035号・集民240号261頁)も,死亡事故の事案で同じ代位範囲の考え方を採用した。

3 遅延損害金は元本と分けて計算すること

最高裁判所第一小法廷平成24年2月20日判決は,当該約款が遅延損害金をてん補対象としていなかったため,人傷社は支払保険金に対応する損害金元本を代位取得しても,その元本に対する遅延損害金請求権までは代位取得しないとした。

現行の民法404条2項は法定利率を年3%と定めているため,2020年4月1日以後に発生した交通事故について,旧法時代に適用された利率を一律に用いることはできない。

第5 2022年及び2025年の最高裁判例

1 人傷一括払後の自賠責回収

人傷一括払とは,人傷社が人傷保険金に自賠責保険による支払分を含めて被害者へ先払いし,後に自賠責保険から回収する取扱いである。

最高裁判所第一小法廷令和4年3月24日判決(令和2年(受)第1198号・民集76巻3号350頁)は,人傷社が自賠責保険から回収した場合であっても,人傷社が人傷保険金として本来支払う義務を負う金額と同額を支払ったにすぎないなどの事実関係の下では,人傷社が保険代位できる範囲を超えて,自賠責回収額の全額を被害者の損害賠償請求権から控除することはできないとした。

人傷先行後の賠償請求では,人傷社から,①保険金支払額の内訳,②自賠責保険分を含む一括払合意の内容,③代位取得額,④自賠責回収額及び⑤請求権移転に関する書面を取得して,控除対象を区別する必要がある。

2 既存の疾病による減額と代位範囲

最高裁判所第三小法廷令和7年7月4日判決(令和5年(受)第1838号・民集79巻5号2155頁)は,事故前から存在した被害者の疾病を民法722条2項の類推適用により考慮して損害賠償額を減額する場合を扱った。

同判決は,その疾病が人身傷害条項の疾病影響減額条項に該当するとき,人傷社は,支払った人傷保険金と疾病減額後の損害額のうち,いずれか少ない額を限度として損害賠償請求権を代位取得するとした。

この疾病減額は,被害者の過失部分を先に保護する2012年判例の問題とは区別して検討する必要がある。

3 死亡時の人傷保険金請求権の帰属

最高裁判所第一小法廷令和7年10月30日判決(令和6年(受)第120号・民集79巻7号2794頁)は,被保険者が事故により死亡したときに生じる人傷保険金請求権は,被保険者の相続財産に属するとした。

同判決は,約款が被保険者本人の精神的損害について属性に応じた単一の金額を定め,遺族固有の精神的損害との調整条項を置いていない事案では,父母,配偶者又は子が存在することを理由に,被保険者本人の精神的損害額を減額することも否定した。

死亡事案では,誰が保険金請求権者となるかだけでなく,請求権が被保険者から相続されたものか,遺族固有のものかを約款の損害項目ごとに区別する必要がある。

第6 労災給付等との調整

1 労災保険給付

業務中又は通勤中の交通事故では,人身傷害保険と労災保険給付が重なることがある。

東京海上日動の2026年1月1日以降始期用約款40頁~41頁は,労働者災害補償制度によって既に給付が決定し又は支払われた額を調整対象としつつ,社会復帰促進等事業に基づく特別支給金を除外している。

したがって,労災給付を受ける事故では,人傷社に給付決定通知書及び支給内訳を提出し,損害項目ごとの控除額を確認する必要がある。

2 自賠責保険,政府保障事業及び他の保険金

現行の主要約款は,自賠責保険,政府保障事業,対人賠償保険,加害者からの損害賠償金及び同じ損害を補償する他の給付を,人傷保険金の算定上調整する条項を置いている。

一方,搭乗者傷害保険等の定額給付は,実損てん補型の人身傷害保険とは別枠で支払われることがあるため,給付名だけで二重てん補と判断せず,定額給付か実損てん補かを確認する必要がある。

3 弁護士費用特約

人身傷害保険を利用しても,残存する損害賠償請求権があれば,加害者側への請求について弁護士費用特約を利用できることがある。

ただし,特約の対象事故,請求の相手方,保険会社の事前承認及び費用の範囲は契約ごとに異なるため,保険約款の文言の解釈方法で述べる手順により,事故時の特約文言を確認する必要がある。

第7 消滅時効

1 人傷保険金請求権の3年

保険法95条1項は,保険給付を請求する権利を,行使することができる時から3年間行使しないときは時効により消滅すると定める。

人傷保険金請求権をいつから行使できるかは,保険事故,損害項目及び約款の支払事由によって異なるため,すべての請求について事故日から一律に3年と処理すべきではない。

2 代位した損害賠償請求権の時効

人傷社は,保険法25条により,被害者の加害者に対する損害賠償請求権を同一性を保ったまま取得するため,人傷保険金の支払によって新しい時効期間が始まるわけではない。

東京地方裁判所平成23年9月20日判決(平成22年(ワ)第23977号)及び東京高等裁判所平成24年3月14日判決(平成23年(ネ)第6794号)は,当該後遺障害事案について,被害者の症状固定時から損害賠償請求権の消滅時効が進行するとした(いずれも裁判所ウェブサイト未掲載,金融・商事判例1382号57頁,自保ジャーナル1859号139頁)。

現行の民法724条及び724条の2によれば,人の生命又は身体を害する不法行為の損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間,又は不法行為の時から20年間行使しないときに時効により消滅する。

改正民法の施行前に発生した事故には経過措置の検討を要するため,事故日,症状固定日,損害及び加害者を知った時,保険金支払日並びに時効の完成猶予又は更新事由を個別に管理する必要がある。

3 自賠責保険への請求期限

国土交通省「損害賠償を受けるときは」によれば,自賠責保険の被害者請求は,傷害について事故発生から3年以内,後遺障害について症状固定から3年以内,死亡について死亡から3年以内が請求期限である。

人傷社との交渉又は加害者側との示談交渉が続いていることだけで,別個の請求権の時効管理が不要になるわけではない。

第8 請求前に確認する資料

1 契約及び補償範囲

  • ①事故日及び保険の始期日を確認する。
  • ②保険証券,普通保険約款,特約及び別紙損害額基準を同じ版でそろえる。
  • ③契約車両外,歩行中,自転車又は二輪車の事故では,補償拡張特約の有無を確認する。
  • ④記名被保険者,配偶者,同居親族,別居の未婚の子及び搭乗者のうち,誰が被保険者となるかを確認する。
  • ⑤免責事由及び他の自動車に関する除外を確認する。

2 損害額及び既払金

  • ①人傷社の損害額計算書を取得し,治療費,休業損害,精神的損害,逸失利益及び既払控除を項目別に確認する。
  • ②対人社の示談案,自賠責保険の支払額及び労災給付の支給内訳をそろえる。
  • ③人傷先行では,人傷社の代位額,自賠責回収額及び請求権移転書類を取得する。
  • ④賠償先行では,示談,ADR,判決又は裁判上の和解のどれを予定するかを人傷社に伝え,裁判基準への読替え及び必要書類を事前に確認する。
  • ⑤人傷社の説明は,担当者名,確認日,適用条項及び回答内容が残る方法で保存する。

3 時効及び手続選択

  • ①人傷保険金請求権,損害賠償請求権及び自賠責保険請求権を別々に管理する。
  • ②事故日,症状固定日,死亡日,損害及び加害者を知った時並びに保険金支払日を記録する。
  • ③人傷先行と賠償先行の各試算を作り,早期の資金確保と最終受取額を分けて比較する。
  • ④訴訟外の示談が後の人傷保険金に与える影響を確認するまで,残存請求権を放棄する条項に合意しない。

第9 出典

1 法令

  • 保険法25条,26条及び95条。
  • 民法404条,709条,722条,724条及び724条の2。

2 裁判例

3 統計・データ

4 文献

  • ①大塚英明・古笛恵子編著『交通事故事件対応のための保険の基本と実務』学陽書房,2018年,163頁~190頁。
  • ②松浦裕介・岩本結衣『加害者側弁護士・損保社員・事故担当者のための交通事故損害賠償入門』ぎょうせい,2023年,200頁~213頁。
  • ③萩本修編著『一問一答 保険法』商事法務,2009年,140頁~144頁。
  • ④山下典孝編『スタンダード商法III 保険法〔第2版〕』法律文化社,2025年,165頁,171頁~173頁及び195頁。
  • ⑤小野裕樹『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』日本評論社,2025年,128頁~133頁。
  • ⑥柳原英之「人傷保険会社の加害者に対する求償債権の消滅時効の起算点」『損害保険研究』74巻3号,2012年,233頁~249頁。

5 ウェブ資料