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従業員が取引先の物を盗んだ場合の会社の責任―民法715条の使用者責任,被害弁償,示談及び従業員への求償(AI作成)

第1 先に被害者と請求権者を特定する

1 会社の物か従業員個人の物かを分ける

従業員が取引先の事業所で金銭や物を持ち去った場合,最初に確認すべきことは,被害品の所有者,刑事上の占有者,管理者及び最終的に損失を負担する者である。
取引先会社の在庫,資材,現金その他の財産が被害品であれば,通常は取引先会社が直接の財産的被害者となる。
これに対し,ロッカー内の現金や私物など,取引先の従業員個人が所有する物が被害品であれば,直接の財産的被害者は原則としてその従業員であり,勤務先会社が当然に損害賠償請求権者になるわけではない。

所有者でない受寄者又は管理者が契約上損失を負担する場合もあり,刑事手続上の被害者,民事上の損害賠償請求権者及び示談金の受領権者は,所有名義だけで決められない。
本記事では,財物を持ち去られた側の会社を「被害会社」,不正をした従業員を雇用する会社を「雇用会社」,実際に金銭を支払う会社を「支払会社」と表記する。

刑事事件で被害届を出した者,検察庁から通知を受けた者,民事上の損害賠償請求権者及び示談金の受領権者が常に一致するとは限らない。
被害会社が従業員に代わって連絡窓口となる場合には,代理権や受領権限の範囲を確認し,示談書上の当事者及び振込先と対応させる必要がある。

2 被害会社が従業員へ先に補償した場合

被害従業員の勤務先である被害会社が見舞金又は補償金を支払っても,その一事だけで,従業員が有する損害賠償請求権の全部が当然に被害会社へ移転するとは限らない。
債権譲渡,代位,立替払又は被害会社独自の給付のいずれであるか,誰がどの範囲の請求権を行使し,誰が示談金を受領するのかを,支払時の合意と法的根拠に即して整理する必要がある。
被害従業員と被害会社の双方に支払う場合には,同じ損害について二重に支払うことがないよう,それぞれの請求の対象を分ける。

第2 盗んだ従業員本人の損害賠償責任

他人の物を故意に持ち去って損害を与えた従業員は,原則として民法709条の不法行為責任を負う。
損害には,返還されていない現金又は物の価額だけでなく,事案に応じ,回収又は代替調達のために通常かつ相当な範囲で必要となった費用が含まれることがある。
調査費用,社内人件費その他の対応費用は当然に全額が損害となるものではなく,費目ごとに行為との相当因果関係,外部支出の必要性,相当性及び金額を確認する必要がある。
社内対応に要した時間や信用低下を抽象的に加算できるわけではない。

被害品が返還された場合には,返還時の状態,使用可能性及び価値の低下を確認する。
転売代金を回収した場合,犯人又は第三者から一部弁済を受けた場合,保険金が支払われた場合も,誰にいくらの未填補損害が残っているかを整理する。
損害保険金については,保険法25条による請求権代位が生じることがあるため,保険の種類,保険者へ移転した請求権の範囲及び被保険者に残る請求権を確認する。

第3 雇用会社が使用者責任を負う条件

1 民法715条の基本構造

民法715条1項は,ある事業のために他人を使用する者について,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を定めている。
使用者が被用者の選任及び事業の監督について相当の注意をしたとき,又は相当の注意をしても損害が生じたときには免責される旨のただし書があるが,具体的な主張立証が必要となる。

雇用会社が責任を負うかは,従業員を雇用していたという事実だけでは決まらない。
問題となる行為が,外形上,従業員の職務の範囲内に属するものと見られるかを,職務内容,権限,行為の場所・時間,取引先への立入りや対象物への接触が認められた理由などから検討する。

雇用会社の責任は,民法715条だけで決まるとも限らない。
被害会社との契約上の保管・警備・管理義務に違反した場合の民法415条の責任,雇用会社自身の監督上の過失を理由とする民法709条の責任又は契約上の補償条項が問題となることもある。
本記事は主として民法715条の使用者責任を扱い,これらの雇用会社固有の責任は契約内容と具体的な過失に即して別に検討する。

2 故意の窃盗だから当然に対象外とは限らない

最高裁昭和36年6月9日第二小法廷判決(昭和32年(オ)第281号,民集15巻6号1546頁)は,被用者の行為が外形上職務の範囲内に属する場合には,被用者が地位を濫用し自己又は第三者の利益を図った事情があっても,直ちに「事業の執行について」に当たらなくなるわけではないという考え方を示している。
他方で,同判決は,相手方が被用者の権限外の行為であることを知らず,知らないことに重大な過失がないことを前提としており,被害者側の認識も無関係ではない。
同判決は約束手形の振出しが問題となった事案であり,窃盗事件そのものを判断したものではない。
取引行為の外形が問題となった同判決の考え方を,取引関係のない物理的な窃盗へそのまま当てはめることもできない。
したがって,故意の犯罪であることだけを理由に使用者責任を一律に否定することも,業務中に起きたことだけを理由に一律に肯定することも適切でない。

例えば,取引先の施設へ立ち入ること自体が業務上認められ,作業のため対象物の近くへ行く機会を与えられていたとしても,それだけで窃盗行為が外形上の職務行為になるとは限らない。
他方,従業員が雇用会社から与えられた集金,運搬,保管,廃棄又は物品引取りの権限を利用して財物を不正に領得した場合には,職務との外形的な関連が強くなることがある。
対象物について従業員自身の刑法上の占有が認められるときは,犯罪類型が窃盗ではなく横領又は業務上横領となる可能性があるが,民事上の責任は行為と損害に即して別に検討する。

3 具体的に確認する事実

使用者責任の検討では,①従業員の職務と権限,②取引先へ立ち入った目的,③雇用会社から交付された鍵,車両,制服,身分証又はアカウント,④被害品の保管場所とアクセス権限,⑤犯行の時間及び作業との近接性,⑥雇用会社の指示や監督の実態,⑦被害者から見た行為の外形と権限外行為についての認識,⑧雇用会社の事業との関係を確認する。
刑事判決が確定していても,雇用会社の民事上の使用者責任が当然に確定するわけではなく,民事上必要な事実を別に検討する必要がある。

第4 支払会社が支払う法律関係を区別する

1 雇用会社自身の使用者責任に基づく支払

民法715条の要件を満たす場合,雇用会社は自らの使用者責任に基づいて被害者に賠償する。
この場合の合意書では,雇用会社が負う損害賠償債務の解決として支払うこと,支払の対象となる損害及び清算の範囲を明らかにする。

2 従業員の債務を支払会社が第三者として支払う場合

雇用会社その他の支払会社が法的責任の有無を争いながら,早期の被害回復又は取引関係への配慮から従業員の債務を支払うこともある。
民法474条は,原則として債務を第三者が弁済できることを定めているが,債務の性質,当事者の意思,正当な利益の有無及び債務者又は債権者の意思に関する同条の要件を確認する必要がある。
第三者弁済後の従業員との関係では,民法499条以下の弁済による代位,委託の有無及び支払合意に応じた償還関係も検討する。
支払名目だけで法的性質を自由に選べるわけではないため,合意書では,雇用会社自身の責任を認める支払なのか,従業員の債務の第三者弁済なのか,責任を確定せず紛争解決のために解決金を支払うのかを,実際の権利義務に対応させて記載する。

3 「支払会社が弁償する」という一文で終わらせない

支払名目が曖昧なままでは,支払後も従業員本人への請求が残るのか,支払会社が従業員へ求償できるのか,誰との関係が清算されたのかが不明確になる。
示談,債務引受,保証,第三者弁済及び支払会社独自の解決金は,法的効果が同じではない。
責任を認めない旨の条項を置く場合にも,それとは別に,支払によって消滅させる請求と留保する請求を特定する。

第5 被害額と既回収分を整理する

被害額の合意に先立ち,対象物,数量,所有者,取得時期,取得価額,時価,使用状況,転売の有無及び回収状況を一覧にする。
取得価額は損害額を判断する資料の一つであり,それ自体が当然に賠償額となるわけではない。
不正領得時の時価,減価,返還品の残存価値,修理又は代替調達の合理性などを対象物ごとに検討する。
被害品の現物が返還されたときは,返還された物と返還されていない物を分け,返還品の損傷又は価値低下があるかを確認する。

「既に現物回収又は代金支払が完了した分を除く」という抽象的な文言だけでは,何が被害額から控除されたかを後から確認しにくい。
既回収分がある場合には,別紙などで対象物,回収日,回収方法及び評価額を特定し,合意金額がそれらを控除した残額なのか,返還による価値低下分を含むのかを明記する方が安全である。
既回収分がなく,又は合意金額が全損害を包括的に解決することが明らかであれば,このような除外文言を機械的に入れる必要はない。

第6 示談書・合意書に入れる条項

1 当事者,事件及び支払根拠

被害者,支払会社及び加害従業員のうち誰を当事者にするかを決め,氏名・商号,住所・本店及び代表者を正確に表示する。
発生日時,場所,対象物及び行為を,別の出来事と区別できる程度に特定する。
雇用会社が使用者責任に基づいて支払うのか,支払会社が第三者弁済をするのか,責任を確定しない解決金なのかを記載する。

加害従業員を合意当事者にしない場合でも,支払会社の支払によって従業員本人の債務がどの範囲で消滅するのかを明確にする。
同一損害が全額填補された範囲では二重に回収できないため,従業員本人への請求を留保できるのは,未填補残額その他の別個の請求が残る場合である。
また,加害従業員を当事者にしない合意によって,その従業員に事実の承認,支払義務又は支払会社への求償債務を新たに負わせることはできない。

2 金額,期限及び支払方法

支払金額,期限,振込先,振込手数料の負担及び支払完了時点を定める。
分割払いの場合には,各回の金額と期日,期限の利益を失う条件,残額及び遅延損害金を定める。
金額の内訳が後の求償,保険又は税務処理に影響する場合には,元本,費用,遅延損害金その他の項目を区分する。

3 清算条項は支払完了と連動させる

清算条項では,誰と誰の間の,どの事件に関する,どの請求を消滅させるかを特定する。
支払前に無条件で請求を放棄するのではなく,「全額の支払が完了したことを条件として」請求を放棄し,又は債権債務がないことを確認する設計が考えられる。
合意時に損害の全体が確定していない場合には,既知の損害だけを清算するのか,将来判明する損害も含めるのか,特定の損害を留保するのかを明記する。

4 刑事手続に関する約束は民事上の支払と分ける

被害弁償又は示談が成立しても,捜査,起訴,刑事裁判又は刑の執行が当然に終了するわけではない。
被害届の取下げ,処罰感情に関する意見又は捜査機関への説明を合意する場合には,被害者が真実に反する説明をする義務や,捜査機関・裁判所の判断を保証する義務を負うかのような文言を避ける。
被害届を取り下げ,又は処罰を求めない旨を申し出ても,告訴の取消しとは法的効果が異なり,捜査機関又は裁判所の判断を拘束しない。
被害会社が被害従業員の勤務先にすぎない場合には,その被害会社だけで従業員個人の処罰感情や手続上の権利を処分できない。

合意書全般の設計は,裁判外の和解契約書・合意書の作り方-和解条項と債務名義化(AI作成)で説明している。

第7 雇用会社と従業員の内部負担

1 雇用会社が支払っても内部負担は自動的に確定しない

民法715条3項は,使用者から被用者に対する求償権の行使を妨げないと定めている。
もっとも,雇用会社が被害者へ支払った金額の全額を,常にそのまま従業員へ請求できるという意味ではない。

最高裁令和2年2月28日第二小法廷判決(平成30年(受)第1429号,民集74巻2号106頁)は,使用者責任の趣旨を,事業活動によって利益を得る使用者に損失を分担させる報償責任及び危険責任に求め,被用者から使用者への逆求償を一定の範囲で認めた。
同判決が引用する最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決(昭和49年(オ)第1073号,民集30巻7号689頁)は,使用者から被用者への求償について,事業の性格・規模,施設の状況,被用者の業務内容・労働条件・勤務態度,加害行為の態様・予防又は損失分散への配慮などを踏まえ,信義則上相当な限度に制限され得るとしている。

2 故意の窃盗では故意性を独立して評価する

上記の最高裁判例はいずれも,従業員による窃盗について雇用会社と従業員の最終負担を直接判断したものではない。
故意の領得行為は,通常の業務上の過失とは責任の性質が異なり,従業員の故意,利得,雇用会社の監督・管理上の事情,雇用会社が支払った法的根拠及び示談内容を個別に評価する必要がある。
過失事故における求償制限の割合を,窃盗事案へ機械的に当てはめるべきではない。

3 給与から当然に控除できるわけではない

労働基準法16条は,労働契約の不履行について違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約を禁止するが,発生した実損について使用者が損害賠償を請求すること自体を一律に禁止する規定ではない。
また,同法24条の賃金全額払いの原則があるため,雇用会社が損害賠償債権をもって賃金債権と一方的に相殺し,給与から控除することは原則として許されない。
最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決(昭和63年(オ)第4号,民集44巻8号1085頁)は,合意相殺についても,労働者の自由な意思に基づく同意と認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを求めている。
単に同意書へ署名したことだけで足りると決め付けず,実損額,従業員の責任,説明内容,交渉経過及び支払方法を確認する必要がある。

従業員に対する会社の損害賠償請求一般は,社員のミスやAIの使いすぎで会社が損害を受けたとき,本人に請求できるか―茨石事件・福山通運事件と労働基準法16条・24条(AI作成)も参照されたい。

第8 実務上の確認事項

被害弁償の協議を始める前に,少なくとも次の事項を確認する必要がある。

① 被害品ごとの所有者,管理者及び直接の被害者
② 刑事上の占有者,民事上の請求権者,代理人及び受領権限
③ 加害従業員の職務,権限及び犯行との外形的関連
④ 雇用会社又は支払会社が支払う法的根拠
⑤ 被害品の返還,転売代金,一部弁済,保険金及び保険者代位の有無
⑥ 損害項目,金額及び裏付資料
⑦ 支払によって消滅する請求と留保する請求
⑧ 加害従業員を合意当事者にするか
⑨ 刑事手続に関する意向と,民事上の清算との区別
⑩ 雇用会社と従業員の内部負担及び求償の取扱い

社内調査の初動と証拠保全は,社内で窃盗・横領が疑われたときの社内調査-初動,証拠保全,事情聴取及び調査の限界(AI作成)で説明している。
刑事事件の情報確認は,従業員の窃盗・横領被害を受けた会社が捜査・刑事裁判の情報を確認する方法(AI作成)を参照されたい。
賠償金の回収手段は,犯罪被害の賠償金を実際に回収するには―損害賠償命令,財産調査,差押え及び時効管理(AI作成)で説明している。
刑事手続における被害者の制度は,刑事手続及び少年審判における被害者の権利(AIリライト)を参照されたい。

第9 主な出典

本記事は,令和8年10月28日現在の次の法令及び裁判例を基礎とする。

① e-Gov法令検索・民法
② e-Gov法令検索・労働基準法
③ e-Gov法令検索・保険法
④ 最高裁昭和36年6月9日第二小法廷判決
⑤ 最高裁令和2年2月28日第二小法廷判決
⑥ 最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決(昭和63年(オ)第4号,民集44巻8号1085頁)

個別の事案では,被害品の帰属,従業員の職務,支払会社が支払う法的根拠,示談の当事者及び刑事手続の進行状況により結論が異なる。