第1 監護者指定の結論と,直ちに引き渡す必要性は別である
子を引き渡してほしいときは,最終的に誰が監護するのがよいかという問題と,その判断を待たずに現在の監護状態を変える必要があるかという問題を分けて整理する。
家事事件手続法157条1項は,子の監護に関する処分の審判又は調停が申し立てられた場合に,子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき,仮の地位を定める仮処分等を命じ得るものとしている。
最終的な監護者指定の見込みがあるという説明だけで,保全の必要性まで当然に認められるわけではない。
本記事は令和8年10月24日を確認日として,現行条文と,判文を確認した裁判例,司法研修所編『子の監護・引渡しをめぐる紛争の審理及び判断に関する研究』(法曹会,令和6年)の整理を基に説明する。
同書は令和8年4月1日の改正法施行前に刊行された研究であり,そこで紹介される全ての事例の結論が,現在のどの事件にも当てはまるものではない。
1 本案の見通しと,待てない事情を別々に示す
本研究は,本案で申立てが認められる蓋然性と,保全の必要性を分けて検討する。
家事事件手続法109条は,保全処分について疎明によるものとしている。
まず,従前・現在・今後の監護態勢,子との関係,他方の親との関係への配慮等を整理する。
その上で,安全,養育環境の変化,重要な関係が断たれている影響等について,何が起こり,判断を待つ間にどのような不利益が生じるかを具体化する。
監護者指定の判断資料は,子の監護者はどう決まるかを参照されたい。
第2 保全の必要性を,具体的な事情から考える
1 現在の世話に問題がなくても,それだけで結論は出ない
京都家裁平成29年2月17日審判は,父の下での監護にも配慮が認められる一方,従前の母による監護,今後の監護態勢,母子関係が分断される負担等を検討し,仮の引渡しを認めた。
母が主として世話をしてきたことだけで,どの事件でも保全が認められるという事例ではない。
福岡家裁平成26年11月14日審判は,子が施設で安定して生活していた事案で,従前の実父との日常生活を早期に取り戻す必要と,本案確定まで時間を要すること等から,実父を仮の監護者と指定した。
実母・養父・実父という身分関係と,従前の養育・施設措置の経緯がある特殊な事案である。
施設で問題なく過ごしていれば保全は認められない,という説明にはならないが,誰にでも同じ申立てができることを示したものでもない。
2 面会後に返さなかったことだけで,保全が必ず認められるわけではない
東京高裁平成24年10月18日決定は,面会後に子を返さなかった経緯,従前の監護,現在の生活等を検討し,子を強制的に奪った場合と同視できるとはせず,保全処分を取り消した。
他方,大阪高裁平成30年3月9日決定では,子を引き渡した経緯,従前の主たる監護者,親子の関係等が検討され,母を監護者に指定して引渡しを命じた。
ただし,こちらは本案の決定であり,保全が認められた事例として並べてはならない。
返還予定や合意の内容,従前の生活,引き取った経緯,現在の安全や通学,親子の交流を整理する必要がある。
これらの事例から,自分で子を取り返す方法を導くことはできない。
3 通園先からの連れ出しと,従前の状態への回復
東京高裁平成20年12月18日決定は,保育園から無断で連れ出された後,速やかに従前の状態への回復を求めた事案で,仮の引渡しを認めた。
一方,仮の監護者指定については必要な事情がないとして却下した。
これは旧法下の具体的事案であり,本案の見通しの検討を全て省けるという一般原則にすることはできない。
仮の引渡しと,監護者を仮に定めることでは,求める効果と必要性を分けて考える必要がある。
4 申立て後の事情の変化も確認する
福岡家裁行橋支部令和2年10月22日審判は,現状の監護,進行中の本案審理,親子交流の合意等を踏まえ,保全の必要性が失われたとして申立てを却下した。
本案が認められる蓋然性について結論を出したものではない。
申立時の事情だけでなく,その後の受診,通園・通学,連絡,交流,養育上の支援等に変化があれば,裁判所へ伝える内容と資料を整理し直すことが大切である。
第3 申立てに向けて整理する資料
出来事の時系列,本案で求める内容とその根拠,待つことができない事情を,分けてまとめる。
例えば,次のような対応付けが考えられる。
裁判所が一律に指定する提出書類一覧ではなく,本記事の整理例である。
| 整理する事項 | 示す内容の例 |
|---|---|
| これまでの経過 | 別居,引渡し,返還予定,連出し,申立て,交流等の日時と内容 |
| 現在の子の状態 | 安全,健康,受診,通園・通学,日常生活,親子・きょうだいの関係 |
| 本案の見通し | 養育の実績,今後の住居・仕事・支援,子の事情と裏付け |
| 待てない理由 | 待つ間に生じる具体的な危険・負担,その発生時期と見通し |
| 事情の変化 | 改善・悪化した事項,交流の実施状況,新しい資料 |
直接見聞きした事実,他人から聞いたこと,推測を区別し,資料の日付・作成者・何を裏付けるかを示す。
子の発言も,その前後の会話や場面を含めて整理する。
本案と保全が別の事件記録になっている場合に,一方へ提出しただけで必要な資料が全て他方の判断資料にもなると考えず,提出先・提出方法を担当部へ確認する。
住所,学校,医療機関,支援者等の情報は,提出前に必要な範囲と情報保護の方法を確認する。
調査への準備は家庭裁判所調査官の面接・家庭訪問を参照されたい。
第4 抗告・執行・他の手続との違い
1 抗告しただけで当然に執行が止まるわけではない
家事事件手続法110条は保全処分についての即時抗告を定め,同法111条は一定の疎明に基づく執行停止等の制度を定めている。
抗告の申立てと,執行停止の判断は別である。
抗告できる裁判・申立人の範囲と併せて,個別の処分に応じた対応を確認する必要がある。
2 執行の2週間は,誰への送達から数えるか
家事事件手続法109条と民事保全法43条により,保全処分の執行では,債権者に保全命令が送達された日から2週間という執行期間が問題になる。
相手方への送達日や,保全処分を知った日と混同しないことが必要である。
これは,どの場合も子の現実の引渡しを2週間以内に完了しなければならないという説明とは異なる。
利用する執行手続に応じて,期間内に必要な申立て等の着手がされるかを確認する。
送達の記録と裁判書を持って早めに確認し,手続によって異なる起算点や要件を混ぜないことが大切である。
3 調停中の処分,間接強制,民事請求を区別する
調停が係属する間の処分と審判前の保全処分には,執行力等の違いがある。
名称と基本的な違いは,婚姻費用をすぐに受け取る方法を参照されたい。
既にある引渡義務を強制執行できるかという問題は,今後の監護者や保全の必要性の判断とは別である。
執行段階の子の拒否と権利濫用は,子の引渡しの間接強制と権利濫用で説明している。
また,親権に基づく民事訴訟での引渡請求と家裁の手続も区別する。
最高裁平成29年12月5日決定(子の引渡しの仮処分を求めた民事保全の事案)は,民事請求を一律に否定したものではなく,その事案の監護状況や家庭裁判所の手続等を踏まえて権利濫用とした。
親権者であれば,どの手続でも当然に引渡しが認められるということではない。
第5 引渡しを実施するときに引き継ぐ情報
引渡しに向けては,日時や場所だけでなく,通院・服薬,学校・保育所との連絡,生活習慣,友人・きょうだいとの関係,今後の親子交流等も整理する。
本研究が引渡しに際しての配慮として述べる点を踏まえた準備であり,独自の法定書式や,全事案に同じ事項の合意を義務付ける趣旨ではない。
児童相談所による一時保護・施設措置と家裁の仮の監護者指定も,それぞれ別の手続である。
仮指定を受ければ直ちに施設から連れ帰れると考えず,関係する処分と必要な調整を確認する。
第6 出典
1 家事事件手続法107条,109~111条,157条及び民事保全法43条。
e-Gov法令検索。
https://laws.e-gov.go.jp/law/423AC0000000052
https://laws.e-gov.go.jp/law/401AC0000000091
2 司法研修所編『子の監護・引渡しをめぐる紛争の審理及び判断に関する研究』(法曹会,令和6年)本文65~87頁,102頁,104~108頁。
本文と別紙掲載事例の紹介を区別し,以下は掲載判文も確認している。
3 京都家裁平成29年2月17日審判(平成28年(家ロ)第78号,判例秘書の判例番号 L07260003),福岡家裁平成26年11月14日審判(平成26年(家ロ)第1028号,判例秘書の判例番号 L06960046),東京高裁平成24年10月18日決定(平成24年(ラ)第1926号,判例秘書の判例番号 L06720636),大阪高裁平成30年3月9日決定(平成29年(ラ)第1475号,判例秘書の判例番号 L07320412),東京高裁平成20年12月18日決定(平成20年(ラ)第1919号,判例秘書の判例番号 L06320851),福岡家裁行橋支部令和2年10月22日審判(令和2年(家ロ)第103号,判例秘書の判例番号 L07560018)。
判例秘書掲載判文。
4 最高裁第三小法廷平成29年12月5日決定(平成29年(許)第17号,民集71巻10号1803頁)。