第1 アーンアウトで追加代金が支払われる仕組み
アーンアウトとは,会社売却後の業績など,契約で定めた条件の達成に応じて追加の売買代金を支払う仕組みである。
売主と買主で将来の事業価値の見方が異なるときに使えるが,追加分を当然に受け取れるわけではない。
条件の定義と,売却後にその条件を確かめられる仕組みが重要になる。
1 後払い・価格調整・補償との違い
確定した代金の支払日を後にするだけの後払いと,将来の条件により追加代金が発生するアーンアウトは異なる。
また,実行日時点の純資産や純有利子負債などを確定して代金を精算する価格調整,表明保証違反などの損害を埋める補償とも,支払の根拠が違う。
契約書では,名称だけで判断せず,何が起きれば,誰が,誰に,いくら支払うのかを確認する。
売却代金と役員退職金の区別,後払い代金の回収については,中小M&Aの売却代金と役員退職金―支払義務,後払い,税務と手取り額の確認(AI作成)も参照されたい。
2 計算例では「超過部分」と「全額」を分ける
例えば,対象期間の営業利益が3000万円を超えた場合に,超過額の2倍を追加代金とし,上限を2000万円とする契約を考える。
営業利益が3800万円なら追加代金は1600万円,4500万円なら上限の2000万円となる。
これは仕組みを説明するための仮例であり,標準的な料率や相場を示すものではない。
「3000万円以上になれば一定額を支払う」という条件なら,境界を少し超えるだけで支払額が大きく変わることがある。
ちょうど3000万円の場合,赤字の場合,事業売却や組織再編で単純比較ができなくなった場合も,計算例を作って確かめるとよい。
第2 業績条件と会計処理を具体化する
1 指標・対象期間・対象事業をそろえる
売上高,営業利益,顧客維持率などのどれを指標にするかで,当事者が負担するリスクは変わる。
連結か単体か,どの事業を含めるか,開始日と終了日,決算期変更時の扱いを定める。
複数年度の合計で判定するのか,各年度別に判定するのか,未達分を翌年度へ繰り越すのかも確認する。
2 買収後の費用配賦や会計方針変更を扱う
買収後に親会社への管理料が発生したり,買収に伴う一時費用が計上されたりすれば,事業そのものの成績が同じでも利益額が変わり得る。
従来の会計方針を使う範囲,例外として調整する項目,関連当事者取引の扱いを具体化する。
「従来と同様に計算する」という一文だけで処理できるかは,実際の勘定科目と計算資料で確かめる必要がある。
ASBJの「企業結合に関する会計基準」第27項は,将来の業績等に依存する条件付取得対価の会計処理を定めている。
これは契約上の追加代金の発生条件や,売主の税務上の所得区分を一律に決める規定ではない。
会計・税務の検討と,支払義務を定める契約の検討をそれぞれ行う必要がある。
第3 売却後の経営と検証手続を決める
1 買主の事業運営と売主の関与を整理する
買主が売却後の経営を担う場合,売主は,自分では決められない投資,人員配置,取引条件によって追加代金が左右されることになる。
通常の経営裁量を認める範囲と,追加代金を不当に減らす目的の行為を制限する条項などを検討する。
買主に特定の投資や人員維持を求めるなら,内容・期間・例外を定め,業績目標を達成させる義務まで負わせるのかを曖昧にしない。
売主が役員や従業員として残る場合は,追加代金と,給与・賞与・退職金を区別する。
退任や解雇が生じたときに追加代金の権利がどうなるかも,役務提供の条件と併せて確認する。
2 報告・資料閲覧・異議申立てを組み合わせる
計算を買主側だけで行い,売主が基礎資料を確認できない契約では,数式が明確でも検証が難しい。
計算書の提出期限,添付資料,質問への回答,守秘義務を伴う資料閲覧の範囲を定める。
異議がある場合は,対象項目と金額を示す期限,協議期間,第三者の専門家に判断を委ねる範囲を確認する。
専門家による数値の決定と,契約違反の有無を裁判などで判断する手続は,扱う問題が異なる。
専門家の選任方法・費用負担・判断の拘束力と,訴訟等との関係を明記することが望ましい。
第4 支払時期と他の請求との関係を確認する
追加代金の確定日と支払日,支払通貨,遅延時の扱いを定める。
買主が表明保証違反の補償請求を主張した場合に,追加代金と相殺できるのか,争いのない部分は支払うのかも確認する。
同じ事実を業績計算上の減額と補償請求の双方に反映させる場合は,二重に調整しないためのルールが必要になる。
表明保証の補償請求については,M&Aの表明保証違反が発覚したら―簿外債務・架空売上と補償請求(AI作成)を参照されたい。
契約を締結する前に,計算式だけでなく,業績を作る側,資料を持つ側,支払う側の役割まで並べて確認することが重要である。
第5 参考資料
塩野誠・宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック M&A契約書式編』(東洋経済新報社,2018年)76~79頁は,アーンアウトの契約設計を検討するための解説資料である。
本記事の数値例と確認項目の整理は,個別の契約にそのまま適用できるひな型を示すものではない。