第1 ARTEXについて最初に押さえること
ARTEXは,AIを利用するペネトレーションテストのための基盤であり,特定のAIモデルそのものの名称ではない。
ペネトレーションテストとは,実際の攻撃に近い方法でシステムへの侵入の可能性などを調べる試験である。
Microsoft及びCrowdStrikeは,令和8年10月,ARTEXを悪用した攻撃について調査結果を公表した。
JPCERT/CCも同月23日の注意喚起の更新で,ARTEXなどを悪用した攻撃試行を取り上げている。
企業にとっての問題は,「中国のAIだから危険」という分類だけでは捉えられない。
公開システムの脆弱性,管理不備,外部サービスに与えた権限などを,攻撃者がAIを使って効率よく探索・悪用し得る点にある。
本稿は,令和8年10月24日までに確認した公表資料を基に,仕組みと対策を整理する。
第2 AIモデル・攻撃ツール・攻撃者を分ける
1 AIモデルは判断や文章生成を担う
AIモデルは,入力された情報を基に解析や次の行動の提案などを行う。
どのモデルを使用したかと,どの組織が攻撃したかは,別々の確認事項である。
2 ARTEXは複数の処理を組み合わせる基盤である
Microsoftの説明によれば,ARTEXは,複数のAIエージェントを用いる基盤である。
AIモデルを呼び出すだけでなく,調査や試行の処理を組み合わせて進める。
使用するモデルを変更できるため,ARTEXの悪用を特定のモデル1製品の問題に限定することはできない。
CrowdStrikeが調査した韓国向けの活動では,ARTEXの主なモデルとしてDeepSeekが使われていたと報告されている。
同報告に登場する別のモデルの利用記録まで,すべて同一のARTEX設定だったと読むべきではない。
3 使用ツールだけでは攻撃者を特定できない
同じツールを異なる攻撃者が利用することがある。
「ARTEXが見つかった」という事実だけから,国,組織,動機又は他の事件との同一性まで確定することはできない。
攻撃者の帰属に関する評価には,観測資料と評価の確度を付けて読む必要がある。
第3 韓国・国内・ConnectWiseの報告は何が違うか
1 CrowdStrikeによる韓国金融分野の調査
CrowdStrikeの令和8年10月7日付け報告は,韓国の金融分野を狙う活動について,公開状態にあった攻撃側の記録などを分析したものである。
同社は,中国語を使用し,金銭目的とみられる攻撃者との評価を示しているが,その確度は中程度とされている。
確定した捜査結果又は裁判所の認定として紹介することは適切でない。
2 JPCERT/CCによる国内向けの注意喚起
JPCERT/CCは,令和8年10月23日,注意喚起にケースEを追加した。
Cairn,CyberStrikeAI及びARTEXなどを悪用し,公開Webアプリケーションの脆弱性や管理不備を狙う攻撃試行を確認したと説明している。
同資料は,すべての事案で同じ攻撃手法が用いられたことを示すものではないと明記している。
国内の漏えい事案を一括してARTEXの被害と扱ったり,特定の企業と特定の攻撃者を対応させたりするには,別の根拠が必要である。
3 MicrosoftによるStorm-0940の調査
Microsoftの令和8年10月21日付け報告は,China-state alignedと評価するStorm-0940によるARTEXの悪用と,ConnectWiseに関係するアプリケーション資格情報の悪用を扱っている。
前記の韓国向け活動と同じ攻撃主体によるものだと,これらの報告だけで断定することはできない。
同報告で重要なのは,顧客が既にアクセスを許可していたアプリを通じ,対話型のユーザーログインを必要としないアクセスが行われた点である。
詳しくは,Microsoft 365の外部アプリ権限の記事で整理する。
第4 企業が点検すべきこと
1 公開システムと権限を点検する
まず,インターネットから到達できるシステムを把握し,適用すべき更新,管理画面の公開範囲,設定ファイル・バックアップファイルの配置を確認する。
業務用又は従業員用という名称だけで,外部から攻撃されないとは判断できない。
APIについては,認証に加えて操作ごとの認可を確認する。
利用者やトークンの権限,有効期限,不要な権限の失効,繰り返しアクセスへの制限などを点検する。
具体的な対象と対策は,個人情報保護委員会が示した不正アクセス9類型の記事も参照されたい。
2 ログと初動の担当を決める
攻撃がAIを使ったものかの特定を待つ間にも,アクセスの遮断,証拠の保全及び影響範囲の調査が必要になる。
保存するログの種類・期間,外部サービスから取得できる記録,休日の連絡先と判断権限を,あらかじめ整理しておくことが実務上有用である。
これは,AI専用の対策だけを追加すれば足りるという意味ではない。
従来の点検と初動を,攻撃の速さや並行した試行にも対応できるよう運用するという提案である。
3 IPアドレスだけで断定しない
JPCERT/CCは,掲載したIPアドレスが調査時点では正規に利用されている可能性もあると注意している。
過去の記録を照合する手掛かりとして用い,IPアドレスの一致だけで,攻撃者の同一性や侵害の成功を決めないことが大切である。
第5 被害調査と責任の問題を混同しない
AIツールの存在,攻撃の実行,認証の成功,権限の変更及びデータの取得・外部送信は,それぞれ確認すべき事実が異なる。
技術報告を読む際は,どこまで確認でき,どこから先が不明かを分ける必要がある。
また,攻撃者の行為を問題にすることと,被害組織や委託先の対応を検討することは別である。
紹介した技術報告は,日本法上の損害賠償責任を判断した裁判例ではない。
「AIを使った人だけが責任を負う」「被害企業には必ず責任がある」といった結論は,これらの報告だけからは導けない。
報告書の読み方は,情報漏えいのフォレンジック報告書をどう読むかを参照されたい。
第6 出典・関連記事
①JPCERT/CCの注意喚起(令和8年10月8日公開,同月23日更新)。
ケースE,対策及び留保を参照。
https://www.jpcert.or.jp/at/2026/at260030.html
②CrowdStrikeの韓国金融分野に関する調査報告(令和8年10月7日)。
攻撃側の記録の分析と帰属評価を参照。
https://www.crowdstrike.com/en-us/blog/unknown-threat-actor-uses-artex-to-target-south-korean-finance/
③MicrosoftのARTEX及びConnectWiseに関する調査報告(令和8年10月21日)。
ARTEXの説明,観測範囲及び対応上の留意点を参照。
https://www.microsoft.com/en-us/security/blog/2026/10/21/storm-0940-uses-artex-agentic-ai-connectwise-supply-chain-compromise/
④検討のきっかけとなった解説動画は,海外Yパパラジオの「中国発のAIハッキングツールARTEXについて説明するから落ち着け」である。
上記の技術報告と,動画の評価・比喩は区別した。
https://www.youtube.com/watch?v=Q5l2f2yqExI&t=902s
⑤広い探索と対象別の解析,AIワームとの違いは,AIを悪用した無差別サイバー攻撃とは―仕組みと企業の対策を参照されたい。