第1 この記事の対象と要点
1 対象とする手続と資料
本記事は,裁判官,裁判官以外の裁判所職員及び調停委員が春秋叙勲,藍綬褒章,死亡叙勲,叙位又は高齢者叙勲の候補者となるとき,裁判所の内部でどのように推薦が行われるかを整理するものである。
主な資料は,最高裁判所事務総局人事局長が平成28年4月27日付けで高等裁判所長官等に宛てた推薦の通達4本(情報公開で一部不開示のまま開示されたもの)であり,内閣府の推薦要綱等と,情報公開・個人情報保護審査委員会の答申も用いる。
基準日は令和8年10月18日である。
受章者の実際の名簿は勲章受章者名簿(裁判官,簡裁判事,一般職,弁護士及び調停委員)に,役職ごとの受章の傾向は裁判所関係者及び弁護士に対する叙勲の相場(AIリライト)にまとめている。
2 要点
① 春秋叙勲では,高等裁判所が管内の裁判所に所属し又は所属していた候補者を最高裁判所事務総局人事局長宛てに推薦し,最高裁判所長官が内閣総理大臣に推薦する。
② 裁判所内部の推薦期限は,春の叙勲が前年の10月20日,秋の叙勲がその年の4月20日であり,内閣府賞勲局への協議書類の提出期限より2か月余り早い。
③ 藍綬褒章の推薦対象は,調停委員と,家庭裁判所から少年の補導を委託された補導受託者である。
④ 死亡叙勲・叙位は死亡の事実を把握した事務局長の報告と協議から,高齢者叙勲は年齢88歳に達した者について始まる。
⑤ 推薦対象者の要件の一部,推薦障害事由及び別表は不開示であり,「公職の経歴」を求める基準の文書については存否も明らかにされていない。
第2 春秋叙勲の推薦
1 最高裁判所長官は推薦者の一人
春秋叙勲候補者推薦要綱(平成15年5月16日内閣総理大臣決定)は,最高裁判所長官を,内閣総理大臣に叙勲候補者を推薦する「各省各庁の長」の一つとしている。
推薦に当たっては,あらかじめ文書で内閣府賞勲局に協議し,その書類は,春の叙勲では前年の12月26日までに,秋の叙勲ではその年の6月30日までに提出する。
2 推薦対象者
春秋の叙勲候補者の推薦について(平成28年4月27日付け最高裁人調第295号人事局長通達,令和2年7月13日最終改正)第1は,次のいずれにも該当する者を叙勲候補者として推薦するとしている。
① 生存者
② 叙勲の発令日(春は毎年4月29日,秋は毎年11月3日)において年齢70歳以上の者
③ 昭和39年春以降の春秋の叙勲(賜杯を含む。)により勲章又は銀杯若しくは木杯(他省庁の所管する分野の功労によるものを含む。)を授与されていない者
④ 紅綬褒章及び紺綬褒章を除く各種褒章を受章した者については,受章後5年を経過した者
⑤ 不開示とされた要件
②の年齢の要件に続く部分と⑤の要件は黒塗りであり,第2の推薦障害事由も,「第1の定めにかかわらず,次のいずれかに該当する者は,叙勲候補者として推薦することができない。」という柱書を除いて不開示である。
3 推薦庁と推薦の流れ
同通達第3の1によれば,高等裁判所は,当該高等裁判所又は管内の裁判所(検察審査会を含む。)に現に所属し,又は退職時に所属していた推薦対象者を,最高裁判所事務総局人事局長宛てに推薦する。
調停委員以外の候補者については,再任用職員,臨時的任用職員,任期付採用職員,非常勤職員及び執行官としての所属は,ここでいう所属に含まれない。
判事等を退職した後に簡易裁判所判事に任命された者は,簡易裁判所判事として所属し又は所属していた簡易裁判所の所在地を管轄する高等裁判所が推薦する。
候補者が他省庁の所管する分野で功労を有するときは,その省庁等と十分協議し,裁判所から推薦することについて了解を得る(栄典協議)。
推薦は,叙勲候補者名簿,勲章審査票,功績調書,履歴書,刑罰等調書(本籍地の市区町村長が発行するもの),戸籍抄本又は戸籍の個人事項証明書,栄典関係協議書等を提出して行う。
裁判所内部の推薦期限は,春の叙勲が前年の10月20日,秋の叙勲がその年の4月20日である。
推薦要綱が定める内閣府賞勲局への協議書類の提出期限(前年の12月26日,その年の6月30日)と比べると,最高裁判所での取りまとめに2か月余りの期間が置かれていることになる。
4 推薦の上限数,辞退歴及び事故の報告
同通達第4は,次の点も定めている。
① 推薦対象者について別に推薦上限数を定めた場合には,高等裁判所はその範囲内で推薦する。
② 過去に辞退又は取下げをしたことがある者を推薦しようとする場合には,最高裁判所事務総局人事局調査課長と協議しなければならない。
③ 推薦対象者以外の者等についても,特別の事情がある場合には,調査課長と協議した上で推薦できる。
④ 推薦した候補者について発令日までに叙勲に影響を及ぼす事故が生じた場合には,速やかに調査課長に報告する。
5 最高裁判所長官から内閣総理大臣への推薦文書
平成30年2月8日付けで最高裁判所長官が内閣総理大臣に宛てた「叙勲について」と題する文書(最高裁人調第81号)は,「別紙の者は,別添功績調書のとおり国家又は公共に対する功績が顕著であるので,叙勲についてよろしくお取り計らい願いたい。」という1文の文書である。
別紙は,作成者として最高裁判所を表示した「死亡叙勲候補者リスト」であり,候補者の氏名,死亡年月日及び人数は不開示とされた。
第3 藍綬褒章と遺族追賞の推薦
1 推薦対象者は調停委員と補導受託者
春秋の藍綬褒章受章候補者及び遺族追賞候補者の推薦について(平成28年4月27日付け最高裁人調第296号人事局長通達,平成30年10月5日最終改正)は,藍綬褒章の推薦対象を,民事調停委員若しくは家事調停委員の職にある者若しくはあった者(調停委員)と,少年法25条2項3号に基づき家庭裁判所から少年の補導を委託された施設,団体又は個人において少年の補導に従事している者又は従事していた者(補導受託者)に限っている。
推薦対象者の要件として開示されているのは,①生存者であること,②昭和39年春以降の春秋の叙勲により勲章又は銀杯若しくは木杯を授与されていないこと,③調停委員又は補導受託者として藍綬褒章を受章していないこと,④紅綬褒章及び紺綬褒章を除く各種褒章を受章した者は受章後5年を経過していることであり,残りの要件と推薦障害事由は不開示である。
2 推薦庁と推薦期限
高等裁判所は,管内の裁判所に所属し又は退任時に所属していた調停委員と,管内の家庭裁判所から少年の補導を委託された補導受託者について,管内の地方裁判所又は家庭裁判所の意見を聴き,候補者を選考の上,人事局長宛てに推薦する。
提出書類は,藍綬褒章受章候補者名簿,褒章審査票,功績調書,履歴書,刑罰等調書等である。
推薦期限は,春の藍綬褒章が前年の10月5日,秋の藍綬褒章がその年の4月5日であり,春秋叙勲より15日早い。
3 遺族追賞
同通達第2は,推薦対象者の要件の一部を満たす調停委員又は補導受託者が死亡した場合に,褒章条例第6条に定める追賞の候補者として遺族を推薦できるとしている。
遺族は,配偶者,子,父母,孫,祖父母,兄弟姉妹の範囲及び順位に従って定める特定の1名である。
推薦は,調停委員が死亡し又は退任した時に所属していた裁判所(簡易裁判所所属の調停委員については,その所在地を管轄する地方裁判所)又は補導を委託していた家庭裁判所が,高等裁判所を経由して人事局長宛てに行う。
第4 死亡叙勲・叙位と高齢者叙勲の推薦
1 死亡叙勲・叙位
叙位及び死亡叙勲の候補者の推薦について(平成28年4月27日付け最高裁人調第298号人事局長通達,令和2年9月8日最終改正)は,裁判官,裁判官以外の裁判所職員又は調停委員の経歴を有する死亡者を推薦対象としている。
生前に叙位又は叙勲を受けない旨の意思表示をしていた者は除かれ,昭和39年春以降の春秋の叙勲で勲章又は銀杯若しくは木杯を授与された者は死亡叙勲の候補者とすることができない。
推薦障害事由は,春秋叙勲の通達第2に該当する者等である。
手続は,高等裁判所,地方裁判所又は家庭裁判所の事務局長が,所属していた裁判官,職員又は調停委員の死亡の事実を把握したときに,直ちに人事局調査課長に報告し,推薦の当否と推薦期限を協議することから始まる。
協議の際には,退官又は退職時の所属庁及び官職等,死亡の年月日・場所及び原因,受章済みの勲章及び褒章等を記載した書類と,履歴書,人事記録,調停委員人事カード等の経歴が分かる書類を送付する。
協議を行った庁の長は,人事局長宛てに推薦し,地方裁判所又は家庭裁判所の長が推薦するときは高等裁判所を経由する。
提出書類は,功績調書,履歴書,刑罰等調書,除籍抄本,死亡診断書又は死体検案書の写し等である。
2 叙位の推薦先と手続文書
叙位について,最高裁判所事務総長は,最高裁判所が内閣府賞勲局に叙位対象者を推薦していないため,その手続の文書を作成又は取得していないと説明し,令和2年度(最情)答申第22号(令和2年9月24日)はこの判断を妥当とした。
内閣府大臣官房人事課に対する推薦についても,事務総長は「叙勲の手続を参考に,先例に基づいて行っている」と説明し,令和2年度(最情)答申第42号(令和3年1月25日)は,手続を定めた文書を保有していないとの判断を妥当とした。
叙位の対象となった裁判官は,叙位の対象となった裁判官(平成31年1月以降の分)にまとめている。
3 高齢者叙勲
高齢者叙勲の候補者の推薦について(平成28年4月27日付け最高裁人調第297号人事局長通達,平成30年10月5日最終改正)は,叙勲に相当する功績を有する者(過去に叙勲を受けない旨の意思表示をしていた者を除く。)のうち,生存者であり,年齢が88歳に達し,昭和39年春以降の春秋の叙勲で勲章又は銀杯若しくは木杯を授与されていない者を推薦対象としている。
推薦障害事由は,春秋叙勲の通達第2に該当する者である。
高等裁判所,地方裁判所又は家庭裁判所が,退職時に所属していた推薦対象者を人事局長宛てに推薦し,判事等を退職後に簡易裁判所判事に任命された者は,簡易裁判所判事退官時の所属庁の所在地を管轄する地方裁判所が推薦する。
第5 推薦基準の非公開と情報公開の答申
1 推薦基準は大部分が不開示
4本の通達は,推薦対象者の要件の一部,推薦障害事由の具体的内容及び別表を不開示としている。
開示されたのは,年齢,既受章歴,推薦庁,提出書類,期限及び手続の流れであり,どのような経歴・功績があれば推薦されるかという実質的な基準は公開資料から確認できない。
2 「公職の経歴」を求める基準の存否応答拒否
「平成20年春の叙勲から候補者の経歴に関する基準を厳しくして,公職の経歴を強く求めることとした際に作成した文書」の開示申出に対し,最高裁判所事務総長は,その存否を明らかにしないで不開示とした。
令和2年度(最情)答申第61号(令和3年3月23日)は,存否を答えるだけで,裁判所において叙勲候補者の推薦の際に公職の経歴を強く求めているかどうかという栄典の推薦に関する基準等の有無を明らかにすることになるとして,この判断を妥当とした。
同答申は,その情報が公になると「裁判所内部の栄典推薦基準等が推察され,これらの基準等を満たすと叙勲が与えられるなどの誤解や憶測を招き,適正な栄典事務の遂行に支障を及ぼすおそれがある」との事務総長の説明を不合理とはいえないとしている。
したがって,平成20年春に基準が変更されたかどうか自体も,公開資料からは確認できない。
3 内定者名簿の不開示
令和4年度(最情)答申第13号(令和4年7月27日)は,昭和46年4月に開催された最高裁判所裁判官会議(第14回)の議事録に含まれる春の叙勲及び賜杯内定者名簿について,登載者の氏名のほか,官職及び内定者数等の不開示も妥当とした。
その理由として,実際の受章者数は内定者の辞退や推薦取消等により内定者数から減少する場合があり,官職及び内定者数を公にすると受章に至らなかった者の有無及び人数が明らかになるとの判断が示されている。
受章に至らなかった経過も,公にすると栄典事務に支障を及ぼすおそれがある情報に含まれると判断されたことになる。
第6 出典・関連記事
1 最高裁判所の通達・文書(ブログ掲載の開示文書)
春秋の叙勲候補者の推薦について(平成28年4月27日付け最高裁人調第295号)1頁~7頁
春秋の藍綬褒章受章候補者及び遺族追賞候補者の推薦について(平成28年4月27日付け最高裁人調第296号)1頁~6頁
叙位及び死亡叙勲の候補者の推薦について(平成28年4月27日付け最高裁人調第298号)1頁~6頁
高齢者叙勲の候補者の推薦について(平成28年4月27日付け最高裁人調第297号)1頁~4頁
叙勲について(平成30年2月8日付け最高裁人調第81号)2頁~3頁
2 答申・内閣府の資料
令和2年度(最情)答申第22号
令和2年度(最情)答申第42号
令和2年度(最情)答申第61号
令和4年度(最情)答申第13号(裁判所HP)5頁~6頁
春秋叙勲候補者推薦要綱(内閣府)
褒章受章者の選考手続について(内閣府)
少年法(e-Gov法令検索)
褒章条例(e-Gov法令検索)
3 関連記事
勲章受章者名簿(裁判官,簡裁判事,一般職,弁護士及び調停委員)
裁判所関係者及び弁護士に対する叙勲の相場(AIリライト)
叙勲を受けた裁判官の一覧(令和時代)(AI作成)
叙勲を受けた裁判官の一覧(平成時代)(AI作成)
調停委員の叙勲・褒章―瑞宝章・藍綬褒章の授与基準,推薦手続及び受章者数(AI作成)
叙位の対象となった裁判官(平成31年1月以降の分)
裁判官の死亡退官