第1 海外送達の費用は一律ではない
1 国際郵便の送料だけでは総額が決まらない
海外送達(外国送達)の費用は,送達先の国・地域,送達方法,翻訳する文書の種類・分量及び住所の確認状況によって異なる。
訴状等を外国で適法に送達する手続の費用であり,荷物を海外へ送るための送料だけで総額を判断することはできない。
見積りでは,翻訳費,受領国での送達実施費,住所確認や再送達に伴う費用を区別し,弁護士に依頼する場合の報酬も別に確認する必要がある。
例えば,後記の米国の95米ドルは一定の送達要請の処理手数料であり,日本での訴訟や海外送達に必要な費用の総額ではない。
2 本記事の対象
本記事は,令和8年10月17日に確認した送達条約と公式案内に基づき,日本の裁判所から外国にいる者へ民事裁判の書類を送達する場合の費用と翻訳を整理する。
外国の裁判所から日本に書類を送る場合の手続や,日本判決を外国で執行するための費用は,同じ問題ではない。
送達方法,所要期間,受領拒否,住所不明及び公示送達の全体像は,外国送達の方法,送達条約及び公示送達で説明している。
私は外国送達に関する個別の法律相談を取り扱っていない。
第2 見積りで分ける費用の内訳
費用を比較するときは,同じ範囲の作業を比較しているかを確認する必要がある。
次の各項目が常にすべて発生するわけではなく,採用する手続と必要な作業に応じて見積りを確認する。
| 費用の区分 | 確認する内容 | 増減する主な事情 |
|---|---|---|
| 翻訳・翻訳確認 | 対象文書,言語,分量,証明の要否 | 訴状・証拠の量,専門性,修正 |
| 現地での送達実施 | 当局・実施機関の料金と支払条件 | 国・経路,特別な方法の指定 |
| 住所確認・再送達 | 調査の範囲,再試行の料金条件 | 住所誤記,転居,不奏功の理由 |
| 書類作成・送付 | 必要部数,作成・送付の実費 | 書類の追加,補正,送付方法 |
| 弁護士報酬等 | 委任範囲に含む作業と別途費用 | 訴訟代理,外国法調査,現地対応 |
翻訳料金を単純に1頁当たりで比較しても,原文頁・訳文頁・文字数・単語数のどれを単位にするかが違えば,同じ条件の比較にならない。
訳文の確認,修正,納期及び税の取扱いを含め,見積書に何が含まれるかを確認するのが実務上の出発点となる。
第3 送達条約の費用原則と米国の具体例
1 条約による送達がすべて無料という意味ではない
ハーグ送達条約12条は,受託国の役務について租税又は費用の支払・償還を生じさせない原則を置く一方,司法官等の利用又は特別な送達方法によって生じた費用は,申請者が支払・償還すると定めている。
この原則から,翻訳業者に依頼する費用や弁護士報酬まで無料になると考えることはできない。
条約本文はHCCHの公式ページで確認できる(3条,5条,7条,12条)。
https://www.hcch.net/en/instruments/conventions/full-text/?cid=17
2 米国の95米ドルは処理手数料である
米国司法省は,米国内の民間の個人・会社に対する送達要請を,委託先のABC Legal Servicesが実施すると案内している。
送達条約又は外交経路の嘱託による要請には,ABC Legal宛ての95米ドルの処理手数料を伴わせるとしている(令和8年10月17日確認)。
この95米ドルを,翻訳費,弁護士報酬,日本側の実費等も含めた「海外送達の総費用」と表示するのは適切でない。
同省は米国政府に対する要請等について別の取扱いも示しており,送達先と経路を特定してから費用を確認する必要がある。
公式案内の該当箇所は「I. Inbound Service Requests」の「A. Service on Private Litigants and Companies」である。
https://www.justice.gov/civil/service-requests
HCCHに掲載された米国の通知も,民間の個人・会社に対する条約上の要請について95米ドルと支払証明に言及している。
実際の手続では,裁判所の指示と最新の公式案内に従い,支払先・方法・証明の提出を確認する必要がある。
https://www.hcch.net/en/instruments/conventions/status-table/notifications/?csid=428&disp=resdn
第4 翻訳費用は文書の範囲と言語を確定して見積もる
1 要請書の使用言語と送達文書の翻訳を分ける
送達条約5条は,受託国の中央当局が,同条1項による送達について文書を公用語で作成し,又は公用語に翻訳するよう求め得ると定める。
他方,条約所定の様式の定型語句と記入欄の使用言語は7条の問題である。
要請書を英語で作れることから,訴状や証拠もすべて英語で足りると判断してはならない。
訴状だけでなく,呼出状,送達する証拠その他の添付文書が対象となることがある。
翻訳を発注する前に,送達先の国・地域,利用する経路,送達対象の文書及び裁判所が求める書類を一覧にする必要がある。
2 中国本土では送達する文書・証拠の中国語が問題になる
HCCHの中国中央当局の案内は,条約5条1項に基づく送達について,送達するすべての文書・証拠を中国語で作成するか,中国語訳を添付することを求めている。
ただし,中国と他の締約国との条約に異なる定めがある場合を除くとしている。
この案内を,「相手が英語を理解するから英訳だけでよい」と読み替えることはできない。
また,この記載は中国本土の中央当局の案内であり,香港・マカオの取扱いを一括して示すものではない。
https://www.hcch.net/en/states/authorities/details3/?aid=243
3 認証や翻訳の証明も別に確認する
送達条約3条は,中央当局への要請について認証その他これに類する方式を要しないと定めている。
この規定だけから,あらゆる文書について翻訳者の証明その他の確認が不要になるとは判断せず,翻訳条件と書類の要件を分けて確認する必要がある。
第5 見積り前にそろえる資料と費用を抑える際の注意点
見積りを依頼する前に,少なくとも次の事項を整理すると,対象範囲の取り違えを減らしやすい。
① 受送達者の氏名・商号,個人・法人の別,国籍,国・地域及び正確な住所。
② 日本国内の送達場所や代理人の有無,裁判所と確認した送達経路。
③ 訴状,呼出状,証拠等の文書一覧,版,分量及び翻訳言語。
④ 必要部数,翻訳の証明等の条件,提出期限及び希望納期。
⑤ 不奏功時の調査・再送達,追加翻訳,外国法調査等を含むかどうか。
費用を抑えるためには,住所や文書の版を確認し,重複資料や不要な説明を整理してから翻訳を発注することが考えられる。
ただし,必要な請求原因や証拠を削って立証を弱めたり,翻訳が必要な文書を独断で省いたりしてはならない。
最も安い送付方法で文書が届くことと,裁判上の送達が適法に完成することは別である。
私的に国際郵便やメールで送る方法へ変更する前に,適用条約,受領国の条件及び裁判所の指示を確認する必要がある。
第6 費用・翻訳についてのよくある質問
1 外国送達の費用はいくらですか
国・経路・翻訳量が定まらない段階で,一律の総額を示すことはできない。
翻訳費,現地の送達実施費,日本側の実費及び弁護士報酬等を分けて確認する必要があり,米国の95米ドルも一定の経路の処理手数料に限った数字である。
2 訴状だけを翻訳すれば足りますか
訴状だけで足りるとは限らない。
送達する証拠,呼出状その他の添付書類と,要請書・概要書の言語条件を確認し,裁判所と翻訳対象を確定する必要がある。
3 日本人が相手なら翻訳は不要ですか
国籍だけでは決まらない。
領事送達か中央当局送達かという経路,受領国の条件,使用言語及び任意受領の見込みを確認し,「日本人だからすべて日本語でよい」と一括して扱わない。
4 受領拒否や転居で再送達になれば追加費用がかかりますか
追加の翻訳,住所確認又は現地での再試行が必要かによって異なる。
最初の見積りに含む範囲と追加料金の条件を確認し,不奏功の理由を分けて対応する必要がある。
再送達と公示送達の検討は,外国送達の方法,送達条約及び公示送達を参照されたい。
第7 出典
① HCCH「1965年送達条約本文」3条,5条,7条,8条,10条及び12条。
https://www.hcch.net/en/instruments/conventions/full-text/?cid=17
② 米国司法省「Service Requests」I.A及びI.B。
https://www.justice.gov/civil/service-requests
③ HCCH「United States of America」の2025年4月25日付通知。
https://www.hcch.net/en/instruments/conventions/status-table/notifications/?csid=428&disp=resdn
④ HCCH「China – Central Authority & practical information」の翻訳条件(掲載更新日2026年1月15日)。
https://www.hcch.net/en/states/authorities/details3/?aid=243