第1 IT重説と書面電子化を分けて理解する
1 結論
IT重説とは,テレビ会議等を用いて,宅地建物取引士が宅地建物取引業法(以下「宅建業法」といいます。)35条の重要事項説明を対面と同様に行う方法です。
これに対し,書面電子化とは,宅建業法34条の2,35条又は37条に基づく書面を,紙に代えて電子メール,ウェブサイトからのダウンロード,CD-ROM又はUSBメモリ等により提供することです。
両者は別の制度ですから,重要事項説明書を電子交付しながら説明を対面で行うことも,紙の重要事項説明書を事前交付してIT重説を行うこともできます。
電子ファイルが届いたという事実だけで,適切な重要事項説明を受けたこと,内容を理解したこと,又は契約上のリスクを承諾したことまで当然に証明されるわけではありません。
2 本記事の資料範囲
本記事は,2026年10月15日現在の宅建業法と,国土交通省の「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明 実施マニュアル」(令和6年12月版)及び同FAQを中心に整理しています。
国土交通省のマニュアルには,法令上必ず対応すべき「遵守すべき事項」と,トラブル防止の観点から可能な限り対応する「留意すべき事項」が併記されています。
そのため,個別の紛争では,法令違反の有無,行政上の取扱い,契約上又は不法行為上の民事責任及び証拠評価を区別する必要があります。
第2 制度の経緯と現在の位置付け
1 IT重説の本格運用
国土交通省は,平成26年4月に「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会」を設置し,平成27年1月に最終とりまとめを公表しました。
その後の社会実験を経て,賃貸取引は平成29年10月1日から,売買取引は令和3年3月30日からIT重説の本格運用へ移行しました。
IT重説を行うための事前登録は不要であり,顧客から希望された場合に宅建業者が必ず応じなければならない制度でもありません。
2 書面電子化の施行
宅建業法上の重要事項説明書等を電磁的方法で提供できる制度は,令和4年5月18日に施行されました。
これにより,媒介契約締結時書面,重要事項説明書及び契約締結時書面について,それぞれ法令所定の要件を満たせば電子提供が可能になりました。
もっとも,売買契約書が宅建業法37条書面を兼ねる場合でも,宅建業法に根拠のない民間の取引慣行上の文書や押印まで国土交通省のマニュアルが一律に扱っているわけではありません。
3 平成26年資料の位置付け
今回提供された「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会」資料は,社会実験前の検討段階における課題整理として有用です。
しかし,現在の実施要件を確認する際は,社会実験後の制度改正を反映した令和6年12月版マニュアル,FAQ,宅建業法並びに関係政省令を優先して参照する必要があります。
第3 重要事項説明書等を電子交付する場合
1 相手方の承諾が必要である
宅建業者は,電子書面を提供する前に,相手方が利用するIT環境が予定する提供方法及びファイル形式に対応できるかを確認する必要があります。
また,電子書面を提供する方法と,PDF等のファイル形式及びバージョン等を示した上で,電子提供を受けることについて相手方の承諾を得る必要があります。
提供方法又はファイル形式を変更する場合は,変更後の内容を示して改めて承諾を得ることが必要です。
2 電子書面の要件
電子書面は,相手方が出力して紙の書面を作成でき,電子書面に記録された内容について改変の有無を確認できる措置が講じられ,必要事項が明瞭に読むことのできる状態で提供されなければなりません。
実務では,電子署名等による改変確認方法,ファイルの保存方法,閲覧に必要なソフトウェア及び閲覧不能時の連絡方法まで説明しておくことが重要です。
閲覧上のトラブルが解消せず,電子提供を適切に実施できない場合は,電子提供を中止して紙の書面を交付する対応が必要になります。
3 受領の記録だけでは足りない
メール送信履歴又はダウンロード履歴は,提供の時期及び経路を示す資料にはなりますが,相手方がファイルを開き,説明時に同じ版を参照し,内容を理解したことまで直ちに示すものではありません。
宅建業者側は,提供したファイルの名称,版,ハッシュ値,送信日時,宛先,承諾記録,閲覧可否の確認及び差替え履歴を保存することが望ましいです。
買主又は借主側も,受領したファイルを上書きせず保存し,送信メール,ダウンロード通知,質問と回答,訂正版の到着時刻及び説明当日に参照した版を一体として保全する必要があります。
第4 IT重説を適法かつ実効的に行うための条件
1 双方向の映像・音声
IT重説では,宅地建物取引士と説明の相手方が,映像と音声により互いの様子を確認しながら,対面と同様に説明を受け,質問できる環境が必要です。
音声のみの電話,録画済み動画の視聴又は質問できない一方向配信だけでは,IT重説の要件を満たしません。
開始前に音声及び映像の状態を確認し,説明途中で視認又は聞き取りに支障が生じた場合は中断し,支障を解消してから再開する必要があります。
原因を解消できない場合,又は相手方がIT重説を拒否する意向へ変更した場合は,IT重説を中止し,必要に応じて残りの部分を対面説明へ切り替えます。
2 重要事項説明書の事前交付
重要事項説明書は,説明開始前に,相手方の手元にある状態にしておく必要があります。
相手方が事前に内容を確認できる時間を確保し,説明箇所を画面共有等で示しながら,手元の書面と同じ版を参照していることを確認することが望ましいです。
電子交付を利用しない場合は,紙の重要事項説明書を事前に郵送してIT重説を行うことができます。
3 宅地建物取引士証の提示
宅地建物取引士は,IT重説に先立って宅地建物取引士証を画面上で提示し,相手方が顔写真,氏名その他の記載事項を十分に視認できるようにする必要があります。
国土交通省のマニュアルは,顔写真と説明者の顔が同一であること,氏名等の記載事項及び提示を受けたことを,相手方に声に出して確認してもらう方法を例示しています。
宅地建物取引士証の提示場面を含め,開始時刻,説明者,参加者,使用システム,通信障害及び再開時刻を実施記録に残すと,後日の立証に役立ちます。
4 本人・代理人及び同席者の確認
重要事項説明の相手方が契約当事者本人又は適法な代理人であるかを確認します。
売買取引では,犯罪による収益の移転防止に関する法律に基づく本人確認も別に必要となり得るため,IT重説の本人確認だけで足りると考えるべきではありません。
通訳者,親族又は助言者が同席する場合は,氏名,立場,途中参加又は退出の時刻及び録画・録音に関する同意の範囲を確認して記録します。
第5 外国人取引,通訳及び翻訳
1 日本語書面の受領と理解は同じではない
外国人の買主又は借主が日本語の重要事項説明書を受領したとしても,その記載内容を現実に理解したことまで当然に推認できるわけではありません。
説明言語,通訳者の氏名と立場,翻訳対象,質問回答,専門用語の対応関係及び日本語正文との優先関係を記録することが重要です。
翻訳版は,どの日本語版に対応するかが分かるように,作成日,版番号又はファイル名を一致させ,説明後の修正履歴も保存します。
2 通訳者がいる場合の確認
通訳者を介する場合でも,宅地建物取引士が法定の説明主体であることは変わりません。
要点ごとに相手方へ質問の機会を与え,単なる「分かりました」という応答だけでなく,管理費,法令上の制限,解除,契約不適合責任等の重要な事項について,相手方自身の理解を確認することが望ましいです。
宅地建物取引士,通訳者,相手方の発言を区別できる形で議事メモを作成すると,後日の争いを小さくできます。
第6 録画・録音と個人情報
1 録画・録音は法定要件ではない
IT重説の録画・録音は,宅建業法上の一律の義務ではありません。
国土交通省のマニュアルは,録画・録音がトラブル発生時の解決手段として有効である一方,個人情報,断片的記録及び編集の問題があると指摘しています。
したがって,録画がないことだけで直ちにIT重説が無効になるとはいえず,録画があることだけで説明義務を尽くしたともいえません。
2 録画・録音を行う場合
録画・録音を行う場合は,利用目的,記録範囲,提供先,保存期間,削除時期,複製提供の扱い及び情報管理方法を明らかにし,参加者の了解を得て行うことが適切です。
録画・録音記録は個人データに当たり得るため,個人情報の保護に関する法律及び関係ガイドラインに従った安全管理が必要です。
予定外の同席者が参加した場合は,その者についても利用目的等の同意又は確認を行い,必要であれば一旦中止します。
関係者の機微情報を扱う場面では,その旨を伝えて録画・録音を中断し,必要に応じて再開します。
3 証拠としての保全方法
録画・録音を証拠として利用する可能性がある場合は,元データを編集せず保存し,作成日時,取得者,機器,ファイル名,ハッシュ値,複製の経路及び保管場所を記録します。
切抜き動画又は反訳書だけでなく,開始前後を含む全体記録,重要事項説明書の該当版及び送受信履歴を対応付ける必要があります。
保存期間は,個人情報の利用目的に必要な範囲と,契約又は不法行為をめぐる紛争可能性の双方を踏まえて定め,削除により相手方へ不測の損害を与えないよう配慮します。
第7 説明義務違反を争う場合の考え方
1 四つの論点を分ける
IT重説をめぐる紛争では,少なくとも,①宅建業法及び関係政省令の法定要件,②国土交通省マニュアル上の遵守事項又は留意事項,③売買,賃貸借又は媒介契約上の説明義務,④不法行為,錯誤又は詐欺等の民事上の効果を分けて検討します。
マニュアル上の留意事項に反したことと,直ちに契約が無効になること又は損害賠償責任が生じることは同じではありません。
反対に,宅建業法35条の列挙事項に形式的な違反がない場合でも,具体的な交渉経過,質問への回答又は特段の認識から,契約上若しくは不法行為上の説明義務が問題となることがあります。
2 因果関係と損害
説明義務違反を理由に損害賠償等を求める場合は,説明されなかった又は誤って説明された具体的事項を特定し,正しい説明があれば契約を締結しなかった,又は異なる条件で締結したという因果関係を検討します。
さらに,取得価格,修補費,利用不能期間,転売時の価値低下その他の損害項目ごとに,違反との関係及び金額を立証する必要があります。
重要事項説明書に記載があるという事実は重要ですが,記載の分かりやすさ,口頭説明,質問回答,説明時間,通信障害及び相手方の属性を含む全体事情から評価されます。
3 集めるべき資料
売買契約書,媒介契約書,重要事項説明書,添付図面,管理規約,販売資料,電子メール,チャット,通話記録,録画・録音,反訳書,電子署名情報,承諾記録及びファイルの更新履歴を収集します。
不動産に関する客観資料として,登記事項証明書,公図,地積測量図,建築確認資料,法令上の制限に関する行政資料及び現地写真も照合します。
管理費その他の継続的負担が問題となる場合は,重要事項説明の内容と,管理契約の成否,不当利得の要件及び実際に受けた利益を別々に検討する必要があります。
第8 宅建業者・買主等の実務チェックリスト
1 宅建業者側
① IT重説と書面電子化のどちらを行うかを分けて確認する。
② 電子提供の方法及びファイル形式を示して承諾を取得する。
③ 重要事項説明書を事前に提供し,説明当日に参照する版を固定する。
④ 映像と音声の状態,宅地建物取引士証の視認及び相手方本人を確認する。
⑤ 質問の機会を設け,通信障害があれば中断・再開の経緯を記録する。
⑥ 録画・録音を行う場合は,利用目的,参加者の了解及び保存ルールを確認する。
⑦ 通訳又は翻訳を用いる場合は,日本語正文との対応と質問回答を保存する。
2 買主・借主側
① 重要事項説明書を説明前に受領し,開けることと印刷できることを確認する。
② ファイル名,版,受信日時及び送信者を残し,訂正版で旧版を上書きしない。
③ 説明を受けても不明な点はその場で質問し,回答をメール等で再確認する。
④ 管理費,修繕,越境,接道,建築制限,災害リスク及び解除条件等を契約書案と照合する。
⑤ 録画・録音を希望する場合は,関係者の了解と利用範囲を確認する。
⑥ 外国語による補助が必要な場合は,通訳者及び翻訳版を早めに用意する。
3 弁護士が紛争相談を受けた場合
最初に,取引類型,契約日,説明日,説明方法,書面の提供方法,説明者,参加者及び問題となる説明事項を時系列で固定します。
次に,宅建業法上の法定事項,マニュアル上の遵守事項,契約上の説明義務及び民事上の請求原因を分け,それぞれに対応する証拠を整理します。
最後に,相手方の違反だけでなく,依頼者がいつ何を知り,どの判断をし,どの損害が生じたかを具体化します。
第9 税理士との連携が必要となる場面
1 IT重説は税務説明を代替しない
重要事項説明には,不動産取引に関する法定事項が含まれますが,譲渡所得税,源泉徴収,消費税,固定資産税精算,相続税又は外国人・非居住者に関する税務判断を全面的に代替するものではありません。
取引当事者の居住者・非居住者区分,個人・法人の別,建物と土地の対価区分及び利用目的によって税務上の結論が変わるため,必要に応じて税理士へ確認します。
2 連携時に共有する資料
弁護士と税理士が連携する場合は,売買契約書案,重要事項説明書,固定資産評価証明書,代金内訳,決済予定日,当事者の居住地及び利用目的を同じ版で共有します。
法務上の説明事項と税務助言の担当範囲を明確にし,誰がいつどの前提で回答したかを記録することが,後日の説明範囲を明らかにします。
第10 一次資料と関連記事
1 一次資料
・宅地建物取引業法(e-Gov法令検索)
・国土交通省「ITを活用した重要事項説明及び書面の電子化について」
・国土交通省「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明 実施マニュアル」(令和6年12月版)
・国土交通省「同FAQ」(令和6年12月版)
・国土交通省「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会」資料
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3 裁判例の確認状況
本記事の制度説明は,宅建業法及び国土交通省の現行資料により裏付けています。
宅建業者の説明義務違反に関する個別裁判例は,事案ごとに説明対象,認識,因果関係及び損害が異なるため,本記事では未確認の裁判例を一般命題の根拠として使用していません。
個別事件へ引用する場合は,判例秘書その他の認証された判例データベース又は裁判所公刊物で判決全文を確認し,判決日,裁判所,事件番号,請求原因及び判示範囲を照合する必要があります。