第1 結論と制度の位置付け
税理士又は税理士法人には,犯罪による収益の移転防止に関する法律により,税理士として行う一定の業務について,取引時確認,確認記録及び取引記録の作成・保存並びに疑わしい取引の届出が求められる。
もっとも,税務相談,税務書類の作成又は税務代理を行うすべての場面が一律に対象となるわけではなく,税理士として行う業務であるか,特定受任行為の代理等に当たるか,取引時確認を要する取引かを順に判定する必要がある。
令和6年4月1日からは,税理士等について取引時の確認事項が拡充され,疑わしい取引の届出義務も設けられた。
さらに令和9年4月1日からは,対面で写真付きICチップ搭載本人確認書類を用いる場合のICチップ情報の読取りなど,本人特定事項の確認方法が改められる。
本記事は,令和8年10月15日までに確認できた法令並びに国税庁及び警察庁の公表資料に基づき,税理士事務所が受任時から記録保存及び届出判断までを一つの流れとして整備するための基準を整理するものである。
第2 すべての税理士業務が対象ではない
1 税理士として行う業務であること
最初の判定は,税理士又は税理士法人が行う業務であって,税理士法2条又は48条の5に定める業務若しくはこれらに付随し,又は関連して行う業務かという点である。
税理士の立場と関係なく私的に行う業務や,税理士業務の顧客ではない親族のために行う相続財産の管理などは,この段階で犯罪収益移転防止法の適用対象から外れる。
2 特定受任行為の代理等であること
対象となり得るのは,①宅地又は建物の売買に関する行為又は手続,②会社の設立若しくは合併その他法人の組織,運営又は管理に関する行為又は手続,③現金,預金,有価証券その他の財産の管理又は処分について,顧客のために代理又は代行する業務である。
顧客の代理又は代行をしない税務相談だけの業務や,会計参与,取締役又は監査役など法人の機関として行う業務は,国税庁が示す特定受任行為の代理等の例には含まれない。
租税の納付についての代理又は代行,成年後見人としての業務及び財産価額が200万円以下の財産の管理又は処分など,政省令により除外される業務もある。
したがって,報酬額や顧客の属性だけで対象性を決めず,依頼内容と税理士が実際に行う行為を受任記録に具体的に残す必要がある。
第3 取引時確認を要する契約と取引
1 対象となる取引
特定受任行為の代理等を行う契約を締結するときは,取引時確認の要否を判定する。
対象となるのは,宅地又は建物の売買,会社等の設立又は合併等,200万円を超える財産の管理又は処分,マネー・ローンダリングの疑いがある取引その他顧客管理上特別の注意を要する取引である。
財産の管理又は処分に関する200万円の基準は,すべての税理士業務に共通する本人確認の免除額ではない。
不動産売買又は会社設立等は金額だけで対象外とはならず,マネー・ローンダリングの疑い又は特別の注意を要する事情があれば,通常の金額基準とは別に確認が必要となる。
2 ハイリスク取引
なりすまし又は本人特定事項の偽りが疑われる取引,特定国等に関連する取引その他法令上のハイリスク取引では,通常より厳格な確認が必要となる。
ハイリスク取引で200万円を超える財産の移転を伴う場合は,通常の確認事項に加え,疑わしい取引の届出要否を判断するために必要な限度で資産及び収入の状況を確認する。
なりすまし又は偽りが疑われるときは,当初に用いたものとは異なる本人確認書類又は確認方法で本人特定事項を再確認する。
本人確認書類の提示拒否,偽造の疑い,架空名義又は借名,実体のない法人,不自然な送付先又は経済合理性に乏しい取引は,形式的に一項目だけで結論を出すのではなく,他の保有情報と合わせて評価する。
第4 確認する事項
1 自然人
自然人について確認する基本事項は,氏名,住居及び生年月日から成る本人特定事項,取引を行う目的並びに職業である。
申告を受ける事項と,本人確認書類等によって裏付ける事項を区別し,確認日,確認方法及び担当者を記録する。
2 法人
法人については,名称及び本店又は主たる事務所の所在地,取引を行う目的,事業内容並びに実質的支配者を確認する。
法人自体の実在確認と,現に依頼をする担当者の本人特定事項及び代理権限の確認は別の作業である。
3 実質的支配者
資本多数決法人では,原則として議決権の50%を超えて保有する自然人を確認し,そのような者がいない場合は25%を超えて保有する自然人,議決権以外の関係により支配的な影響力を有する自然人,代表権を有する自然人の順に検討する。
法人の種類により判定基準が異なるため,株主名簿,有価証券報告書,法人税確定申告書の別表,定款認証時の申告資料又は実質的支配者リストなど,リスクに応じた資料で申告内容を補強する。
実質的支配者の確認義務は,令和6年4月1日から税理士等について追加された確認事項である。
顧客法人の名称と代表者だけを記録し,最終的に支配する自然人を確認しない運用では足りない。
第5 令和9年3月31日までの本人特定事項の確認方法
令和9年3月31日までに行う取引時確認には,現行の犯罪収益移転防止法施行規則に定める対面,書類及び転送不要郵便,オンライン画像,ICチップ情報又は公的個人認証などの方法を用いる。
電子メールで運転免許証等の画像を一枚受け取るだけで,いずれの方法でも当然に確認が完了するわけではない。
採用する方法ごとに,提示,送付,画像取得,ICチップ読取り,電子署名又は取引関係文書の送付のうち何が必要かを確認する。
令和9年4月1日の施行前に適法に完了した取引時確認は,施行後に一律にやり直す必要はない。
第6 令和9年4月1日からの本人特定事項の確認方法
1 対面ではICチップ情報の読取りが中心となる
令和9年4月1日から,写真付きのICチップ搭載本人確認書類を対面で用いる場合は,書類の提示を受けるだけでなく,ICチップ情報を読み取って映像面に表示させる方法が基本となる。
対象となり得る書類には,マイナンバーカード,運転免許証,在留カード,特別永住者証明書及び旅券等があり,読み取ったICチップ情報と券面情報を照合する必要がある。
ICチップのない写真付き本人確認書類又は写真のない一定の本人確認書類を用いる場合は,書類の提示に加えて,取引関係文書を転送不要郵便等で送付するなど,新規則が定める補完手続が必要となる。
事業者は法令上利用可能なすべての本人確認書類に対応する義務を負うわけではないため,受け付ける書類と代替方法を手順書に明記することができる。
2 非対面は電子的な確認方法へ移行する
非対面では,容貌の画像と本人確認書類のICチップ情報を組み合わせる方法,公的個人認証サービスによる電子署名を用いる方法その他新規則が列挙する電子的な方法が中心となる。
本人確認書類の画像と本人の容貌画像だけに依存する従来の一部方法は廃止されるため,税理士事務所がオンライン受任を続ける場合は,対応する本人確認サービス又は公的個人認証の利用経路を施行前に決めておく必要がある。
ICチップ読取装置の不具合で直ちに読み取れない場合でも,合理的な期間内に読取りを行って取引時確認を完了させることは可能とされている。
ただし,障害時対応を券面の目視だけで恒常的に代替するのではなく,不具合の発生,暫定受付,後日の読取り及び確認完了を追跡できる記録が必要である。
3 非居住外国人等と法人担当者
住民基本台帳法の適用を受けない非居住外国人等については,利用できる本人確認書類及び補完方法に特則がある。
外国人であること自体を疑わしい取引の理由とせず,国内の住居の有無,旅券等の記載,取引関係文書の送付可能性及び法令上の例外要件を個別に確認する。
法人との取引でも,現に取引を担当する自然人の本人特定事項の確認には,令和9年4月1日以後の方法が適用される。
法人の登記事項証明書を取得しただけで,担当者の本人確認及び代理権限の確認が完了したと扱ってはならない。
第7 確認記録と取引記録は別に作り7年間保存する
税理士等は,取引時確認を行った場合,直ちに確認記録を作成し,特定取引等に係る契約が終了した日等から7年間保存しなければならない。
また,特定業務に係る取引を行った場合は,直ちに取引記録を作成し,取引が行われた日から7年間保存しなければならない。
確認記録には,確認した事項,確認方法,使用した本人確認書類,確認日及び担当者などを残し,取引記録には,取引の日付,内容及び財産の移転状況などを残す。
令和9年4月1日以後のICチップ読取りについても,読取りに用いた方法と照合結果を記録できるようにするが,ICチップ情報そのものを一律に保存する義務が新たに生じたと解してはならない。
確認済みの情報を最新に保つため,氏名,住居,法人所在地,事業内容又は実質的支配者に変更があったときの届出条項を契約又は事務所規程に設けることが考えられる。
使用人の教育,内部規程,統括管理者,継続的な記録精査及び高リスク取引の承認手続も,取引時確認を実効的にするための体制整備である。
第8 疑わしい取引の届出と守秘義務
1 届出が必要となる場合
税理士等は,特定受任行為の代理等について収受した財産が犯罪による収益である疑いがある場合又は顧客等が特定業務に係る取引に関してマネー・ローンダリング行為を行っている疑いがある場合,速やかに国税庁へ疑わしい取引を届け出る。
この義務は令和6年4月1日から税理士等に課されており,実際の特定受任行為だけでなく,その準備又は関連行為と捉えられる顧問契約等で収受した財産が犯罪収益であると認められる場合も問題となる。
参考事例に形式的に該当するだけで直ちに届出対象となるわけではなく,反対に参考事例にない態様でも,顧客属性,取引状況及び保有情報を総合して疑わしいと判断すれば届出が必要となる。
届出判断の経過は,結論だけでなく,疑いを生じさせた事実,確認した追加資料,合理的な説明の有無及び責任者の判断を記録する。
2 税理士法上の守秘義務との関係
犯罪収益移転防止法8条2項は税理士の守秘義務に配慮しており,税理士法38条に照らして漏らしてはならない事項が含まれる場合は,疑わしい取引の届出義務が免除される。
したがって,「法令上の届出であるから常に守秘義務の問題は生じない」と扱うことも,「守秘義務があるから税理士は一切届け出ない」と扱うことも正確ではない。
個別案件では,情報を知った業務と特定受任行為との関係,税理士業務に関して知り得た秘密か,届出書に含める情報の範囲及び法令上の免除の適用を検討する。
届出を行う場合は,警察庁JAFICが案内する電子申請又は書面の方法に従い,届出を行った事実を顧客等へ知らせないためのアクセス制限も設ける必要がある。
第9 弁護士の本人確認制度との違い
税理士等は犯罪収益移転防止法の取引時確認,7年間の記録保存及び守秘義務に配慮した疑わしい取引の届出を直接問題とするのに対し,弁護士等については同法12条に基づく日弁連の会規及び規則が具体的な義務を定める。
弁護士の確認記録及び取引記録の保存期間は対象行為の終了後5年間であり,税理士等に対する同法8条2項の届出制度と同一ではない。
弁護士と税理士が共同して会社設立,不動産取引又は相続財産の管理に関与するときは,一方が確認したから他方の義務も当然に完了すると考えず,それぞれの資格,受任行為,確認事項,方法及び保存期間を判定する。
弁護士の制度については,弁護士が依頼者の本人確認を行う場合―対象業務・令和9年4月1日の確認方法・記録保存を参照されたい。
第10 税理士事務所の確認表
1 受任時
①税理士法2条又は48条の5の業務若しくは付随・関連業務か。
②顧客のために行う特定受任行為の代理等か。
③取引時確認を要する契約又は取引か。
④自然人又は法人の確認事項と,法人担当者の代理権限を確認したか。
⑤法人の実質的支配者をリスクに応じた資料で確認したか。
⑥ハイリスク取引又は疑わしい事情がないか。
2 確認方法と記録
①確認実施日が令和9年4月1日の前か後かを区別したか。
②採用する対面又は非対面の方法に必要な提示,読取り,電子署名又は郵送を完了したか。
③ICチップ情報と券面情報を照合し,確認結果を記録したか。
④確認記録と取引記録を別々に作成したか。
⑤契約終了日等又は取引日を基準に7年間の保存期限を設定したか。
⑥本人特定事項等の変更を把握し,情報を最新に保つ手続があるか。
3 疑わしい取引と所内体制
①参考事例だけでなく,顧客属性,取引状況及び保有情報を総合したか。
②届出義務と税理士法38条の守秘義務との関係を個別に検討したか。
③届出の要否,理由,判断者及び参照資料を記録したか。
④届出情報へアクセスできる者を限定したか。
⑤職員研修,内部規程,統括管理者及び障害時の代替手順を整備したか。
第11 出典と確認範囲
1 法令及び国税庁資料
①e-Gov法令検索「犯罪による収益の移転防止に関する法律」
②国税庁「犯罪収益移転防止法における税理士の責務」
③国税庁「税理士・税理士法人におけるマネー・ローンダリング,テロ資金供与及び拡散金融対策に関するガイドライン」
2 令和9年4月1日の確認方法
①警察庁「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の改正に係るQ&A」
②警察庁JAFIC「犯罪による収益の移転防止に関する法律」
③デジタル庁「マイナンバーカード対面確認アプリ」
3 確認範囲
本記事の制度上の結論は,法令,国税庁の所管ガイドライン及び警察庁の改正資料を中心に確認した。
国税庁ガイドラインは所管行政庁の公表資料であり,法令そのものと区別して用いている。
本記事は裁判例によって定立する争点を扱うものではないため,裁判例を制度上の結論の根拠として用いておらず,判例秘書も検索していない。
本人確認サービス及び読取アプリが対応する書類,端末,費用及び運用条件は変更され得るため,導入時に各提供者の最新情報を確認する必要がある。