第1 簡易裁判所判事とは
1 簡易裁判所の事件を担当する裁判官
簡易裁判所判事とは,簡易裁判所に置かれ,民事・刑事事件などの裁判を担当する裁判官の官職である。裁判所法5条は,下級裁判所の裁判官を高等裁判所長官,判事,判事補及び簡易裁判所判事に区分し,同法32条は,各簡易裁判所に簡易裁判所判事を置くと定める。「簡裁判事」「簡判」と略されることもある。
簡易裁判所判事も,憲法及び法律に拘束され,良心に従って独立して裁判を行う裁判官である。任命経路に司法修習を終えていない者を対象とする選考があることと,任命後に裁判官として判断を行うことは別の問題である。
本記事は,仕事内容,判事・判事補との違い,任命資格,任期・定年及び給与の見方を説明する。筆記・口述試験,推薦外候補者,再任選考及び過去の合否資料は,簡易裁判所判事の採用選考で詳しく扱う。
2 簡易裁判所は一人の裁判官で事件を扱う
裁判所法35条により,簡易裁判所は一人の裁判官でその事件を取り扱う。複数の裁判官による合議体を基本とする制度ではない。ただし,一つの簡易裁判所に裁判官が一人しかいないという意味ではなく,裁判官の配置人数と,一つの事件を担当する人数は区別する必要がある。
裁判官全体の種類や仕事内容については,裁判官とは―仕事内容・種類・なり方と経歴の調べ方及び裁判官の種類を参照されたい。
第2 簡易裁判所判事の仕事内容
1 民事訴訟・少額訴訟
簡易裁判所は,訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求について,行政事件訴訟に係る請求を除き,第一審の裁判権を有する(裁判所法33条1項1号)。簡易裁判所判事は,貸金,売買代金,敷金返還,交通事故の損害賠償などの事件で,当事者の主張と証拠を検討し,判決や和解による解決に関与する。
140万円は訴訟の目的の価額による管轄の基準である。簡易裁判所で扱われるすべての手続に共通する上限ではなく,移送や管轄合意等の規律もあるため,実際の申立先は事件と手続ごとに確認する必要がある。
少額訴訟は,60万円以下の金銭支払請求について,原則として一回の審理で解決を図る特別な民事訴訟手続である。通常訴訟へ移行する場合もあり,60万円以下なら必ず少額訴訟だけで終わるわけではない。簡易裁判所の通常訴訟と少額訴訟を混同しないことが大切である。
2 民事調停
民事調停では,裁判官が二人以上の調停委員とともに調停委員会を構成し,当事者の話合いによる紛争解決に関与する。民事調停法による裁判官だけの調停や,民事調停官が担当する場合もある。調停委員は簡易裁判所判事とは異なる立場である。
民事調停は通常,簡易裁判所で行われるが,訴訟の管轄と同じ140万円という金額だけで利用範囲が決まるものではない。手続の選び方は,裁判所の「簡易裁判所の民事事件Q&A」で確認できる。
3 刑事事件・略式手続
簡易裁判所は,罰金以下の刑に当たる罪,選択刑として罰金が定められている罪,及び裁判所法33条1項2号に列挙された罪について第一審の裁判権を有する。簡易裁判所判事は,証拠と当事者の主張に基づいて有罪・無罪や刑を判断し,法律の要件に従って略式手続も扱う。
科すことのできる刑にも制限がある。裁判所法33条2項は,原則として拘禁刑以上の刑を科すことを禁止し,窃盗など同項所定の事件に限り,3年以下の拘禁刑を科すことを認める。これを超える刑が相当と認められる場合は,同条3項により事件を地方裁判所に移さなければならない。
これは現在の条文に基づく説明である。拘禁刑導入前の事件には経過措置が関係するため,古い資料の「懲役」という記載を現在の条文と同じ表現として扱わない。
4 支払督促を発するのは裁判所書記官である
簡易裁判所で行う手続のすべてを,簡易裁判所判事が担当するわけではない。支払督促は,債権者の申立てにより,裁判所書記官が金銭等の支払を命ずる手続である。裁判官が双方の主張・証拠を調べて判決をする通常訴訟とは仕組みが異なる。
「簡易裁判所の仕事」と「簡易裁判所判事の権限」を区別すると,書記官や調停委員との役割の違いも理解しやすい。
第3 判事・判事補・裁判所書記官との違い
1 官職・任命資格・職務の違い
| 区分 | 主な位置付け | 任命・職務の基本 |
|---|---|---|
| 簡易裁判所判事 | 簡易裁判所に置かれる裁判官 | 裁判所法44条の任命資格又は45条の選考任命。簡易裁判所では一人の裁判官で事件を扱う。 |
| 判事 | 高等裁判所,地方裁判所,家庭裁判所に置かれる裁判官 | 裁判所法42条の資格による任命。原則として所定の職歴を通算10年以上要する。 |
| 判事補 | 地方裁判所,家庭裁判所に置かれる裁判官 | 原則として司法修習を終えた者から任命。単独での裁判には裁判所法27条の制限と特例法による例外がある。 |
| 裁判所書記官 | 裁判所法60条に基づく裁判所職員 | 記録の作成・保管その他の事務を担当し,支払督促など法令上の権限も持つ。裁判官の官職ではない。 |
「判事」「判事補」「簡易裁判所判事」は,裁判官の官職の区別である。「裁判長」は合議体における役割であり,同じ分類ではない。また,「書記官から簡易裁判所判事への昇進」が勤続年数だけで自動的に生じる制度ではない。
2 簡易裁判所で判事が職務を行う場合との区別
裁判所法36条は,裁判事務の取扱上さし迫った必要がある場合に,地方裁判所等が所定の条件の下で他の簡易裁判所の裁判官又は地方裁判所の判事に職務を行わせる制度を定める。この職務の代行と,簡易裁判所判事への任命は別の制度である。
裁判所法44条2項は,任命資格に用いる在職年数の計算を定める規定であり,判事が簡易裁判所の職務を代行する根拠条文ではない。
第4 簡易裁判所判事になるには
1 裁判所法44条の任命資格による経路
裁判所法44条1項は,高等裁判所長官又は判事の職にあった者,及び判事補,検察官,弁護士,裁判所事務官等の所定の職にあり,所定の在職年数を通算して3年以上となる者について任命資格を定める。大学の法律学の教授・准教授等も,条文上の対象に含まれる。
ただし,同条2項は,検察官,弁護士及び裁判所事務官等の在職年数について,原則として司法修習を終えた後の年数に限る。同条3項の例外もある。職名と勤務年数だけを抜き出し,「裁判所事務官や書記官として3年間働けば任命資格を得る」と理解するのは正確でない。
2 裁判所法45条の選考任命による経路
裁判所法45条は,多年の司法事務経験その他の職務に必要な学識経験のある者について,44条1項に該当しなくても,簡易裁判所判事選考委員会の選考を経て任命される道を設ける。司法試験合格・司法修習修了は,この経路の一律の要件ではない。
一方,法曹資格が不要な経路があることは,誰でも一般の就職試験と同じように受験・採用されることを意味しない。推薦委員会の推薦を受ける経路と,選考委員会が必要と認める推薦外候補者の経路がある。推薦候補者の選考には5法の筆記試験,第2次選考には法律・人物の試問等が含まれる。
制度と試験問題の公表先は,最高裁判所の簡易裁判所判事選考委員会である。推薦基準の時点,筆記試験を経ない経路,近年の合格率を確定できない理由については,採用選考の詳説を参照されたい。
3 選考合格・最高裁判所の指名・内閣の任命を分ける
簡易裁判所判事は,下級裁判所の裁判官として,最高裁判所が指名した者の名簿により内閣が任命する(裁判所法40条1項)。45条の選考に合格したという段階だけで,既に簡易裁判所判事に任命されたことにはならない。
裁判所事務官などの職員採用試験と,簡易裁判所判事への任命・選考も別である。裁判所に就職する入口と,裁判官の官職に任命される条件を区別する必要がある。
第5 任期・定年・給料の見方
1 任期は10年で,再任されることができる
裁判所法40条3項により,簡易裁判所判事の任期は,その官に任命された日から10年であり,再任されることができる。ただし,「再任できる」と「当然に再任される」は同じではない。
45条の選考任命による簡易裁判所判事について,再任にも選考を要することは,採用選考記事の再任の説明で扱っている。
2 定年は70歳である
裁判所法50条により,簡易裁判所の裁判官は70歳に達した時に退官する。高等裁判所,地方裁判所又は家庭裁判所の裁判官の定年65歳とは異なる。
10年という任期は任命からの期間,70歳という定年は年齢による退官の基準であり,二つの数字が異なることに矛盾はない。
3 給料は報酬の号で異なる
簡易裁判所判事の報酬月額は一律ではなく,裁判官の報酬等に関する法律の別表に1号から17号が定められ,同法15条に特別の報酬月額が定められている。任命された経路だけから個人の報酬の号や年収を確定することはできない。
月額の全区分と過去資料は,裁判官・検察官の給与月額表で確認できる。報酬以外の給与は,同法9条が簡裁判事特号・1号から4号と,その他の裁判官とで準拠する区分を分けているため,手当を一律に計算しないことも必要である。
年収には報酬月額の12か月分以外に,支給要件に応じた手当等が関係する。月額の12倍を手当込みの年収又は手取り額として扱わないよう,裁判官の年収の計算方法を併せて参照されたい。
第6 よくある質問
1 司法試験に合格していなくてもなれるか
45条による選考任命の道がある。ただし,必要な司法事務経験・学識経験と選考を要する。司法試験を受けていないという理由だけで任命を否定することも,資格が不要だから容易に採用されると考えることも正確でない。
2 裁判所書記官は自動的に簡易裁判所判事になるか
ならない。書記官は裁判官とは異なる職であり,任命資格・選考・指名・任命の各条件を満たす必要がある。44条2項の司法修習後の年数という限定を省いて,書記官の勤続年数だけで判断することもできない。
3 簡易裁判所判事は民事事件だけを扱うか
民事事件だけではない。簡易裁判所には,裁判所法33条所定の刑事事件の第一審の裁判権もある。ただし,すべての犯罪を審理できるわけではなく,科すことのできる刑にも制限がある。
4 「簡易」という名称なら裁判官の判断の効力も弱いか
名称だけで判断の効力が弱くなるものではない。管轄事件と手続の特徴を示す区別であり,確定判決等の効力や不服申立ては,それぞれの訴訟法の規律に従う。少額訴訟の判決に対する不服申立てなど,通常訴訟と異なる手続にも注意が必要である。
第7 出典・関連記事
1 法令・裁判所の公式資料
① 日本国憲法76条・80条,及び裁判所法5条・27条・32条から36条・40条・42条から45条・50条・60条。
② 裁判官の報酬等に関する法律9条・15条及び別表。
③ 裁判所「裁判官」,簡易裁判所の民事事件Q&A,少額訴訟,調停委員,民事調停法5条・6条・23条の3。
④ 簡易裁判所判事選考規則,選考手続の概要,簡易裁判所判事候補者選考実施要綱。
法令及び公式資料の確認日は令和8年10月11日である。個々の資料の作成日と確認日は同じではない。
2 制度・選考・人事に関する関連記事
① 簡易裁判所判事の採用選考―任命資格,推薦,筆記・口述試験,推薦外候補者,再任及び過去の合否資料。
② 簡易裁判所判事の採用選考と平成19年の国会答弁―当時の答弁と問題漏えいの疑いに関する調査の説明。
③ 簡易裁判所判事選考委員会(第2回)議事録―年度別の議事録資料。
④ 裁判所の指定職職員―指定職職員等の辞職と簡易裁判所判事への任命に関する資料。