誤振込・誤送金では、「口座に入金された以上、受取人が自由に使える」「誤りなので預金自体が成立しない」という両極端な理解はいずれも危険です。預金債権の成立、不当利得返還義務、銀行に対する告知義務、実際の払戻し・送金行為を分けて検討する必要があります。
第1 誤振込を三つの法律関係に分ける
誤振込の検討では、次の三つの関係を区別します。
- 受取人と被仕向銀行との預金契約関係
- 振込依頼人と受取人との不当利得関係
- 受取人が銀行窓口、インターネットバンキング又は決済サービスを利用した行為の民事・刑事上の評価
一つ目の関係で預金債権が成立することと、二つ目の関係で受取人が返還義務を負うことは両立します。また、預金債権が成立するからといって、誤振込を知った後の具体的な払戻し・送金方法まで常に適法になるわけではありません。
第2 受取人と銀行―預金債権は成立する
最高裁第二小法廷平成8年4月26日判決・平成4年(オ)第413号は、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係があるかどうかにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して預金債権を取得するとしました。
同判決は、振込依頼人が誤振込金相当額について受取人に不当利得返還請求権を取得し得る一方で、誤振込を理由に受取人の債権者による預金債権への強制執行を当然に排除できるわけではないことも示しています。誤振込金が他の預金と混在し、差押え、相殺又は払戻しが絡むと、当事者間の関係だけでは処理できません。
第3 送金者と受取人―不当利得返還請求
振込みの原因となる契約、債務その他の法律関係がない場合、振込依頼人は受取人に対し、民法703条・704条に基づく不当利得返還請求を検討します。善意の受益者と悪意の受益者では返還範囲や利息・損害の扱いが異なり得るため、受取人が誤振込を認識した時点が重要です。
送金者は、受取人へ直接連絡する前後を問わず、まず仕向銀行に誤振込を通知し、組戻しの可否と必要書類を確認します。組戻しは、既に入金処理が完了している場合には一般に受取人の承諾を要する取扱いが問題となるため、申出だけで必ず返金されるとは限りません。銀行の個別判断、口座の状態及び第三者の権利関係も確認が必要です。
第4 銀行への払戻請求と権利濫用
最高裁第二小法廷平成20年10月10日判決・平成19年(受)第152号は、原因関係のない振込みによる預金について、受取人が振込依頼人に不当利得返還義務を負うというだけでは、銀行に対する預金払戻請求が権利の濫用になるとはいえないとしました。
もっとも、払戻しが当該金員を不正に取得するための行為であり、詐欺罪等の犯行の一環を成す場合など、払戻しを認めることが著しく正義に反する特段の事情があるときは、権利濫用となり得ることも示しています。同判決は、当該事案について権利濫用を否定した上で、銀行が第三者にした払戻しの有効性等を更に審理させるため差し戻したものであり、銀行の全責任を最終確定した判決ではありません。
第5 刑事責任
1 窓口で事実を秘した払戻し
最高裁第二小法廷平成15年3月12日決定・平成10年(あ)第488号は、受取人が誤振込を知りながら、その事実を銀行窓口の係員に告げずに払戻しを請求し、現金の交付を受けた事案について、詐欺罪の成立を認めました。
最高裁は、銀行が組戻し、照会その他の措置を講ずるために誤振込の有無が重要であり、受取人には誤振込を銀行へ告知すべき信義則上の義務があるとしました。窓口係員に事実を秘して払戻しを求める行為が欺罔行為に当たり、係員の誤振込の有無に関する錯誤も詐欺罪の錯誤に当たるという判断です。
2 オンライン送金等
山口地裁令和5年2月28日判決・令和4年(わ)第69号は、町が誤って振り込んだ給付金を利用したオンライン決済及びインターネットバンキングによる送金等について、刑法246条の2の電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた下級審判決です。
同判決は、誤振込を知った受取人の告知義務、銀行の調査等手続を採る利益、告知義務違反の状態での送金行為等が正当な権利行使といえるかを検討しました。その上で、正当な権利行使であるという前提を含む情報を銀行の電子計算機に与えたことを「虚偽の情報」に当たると評価しています。
これは最高裁判決ではなく、特定の事実関係に関する下級審判決です。オンラインで誤振込金を動かしたすべての場合に当然に同罪が成立すると一般化せず、認識、告知状況、入力情報、権限、財産上の利益及び各取引の具体的経過を確認する必要があります。
第6 送金者・受取人の初動対応
送金者側は、送金日時、金額、振込先、受付番号及び誤りに気付いた時刻を記録し、直ちに仕向銀行へ連絡します。銀行の案内に従って組戻しを申し出るとともに、受取人の連絡先が分かる場合でも、威迫的な連絡や公開の場での個人情報の提示は避けます。受取人が返還を拒否し、残高流出のおそれが具体的な場合は、不当利得返還請求、仮差押えその他の民事手続を早期に検討します。
受取人側は、心当たりのない入金に気付いたら、金員を移動・出金・決済に使用せず、被仕向銀行へ連絡します。送金者を名乗る者から直接返金先を指定された場合も、別の詐欺である可能性を排除できないため、銀行を通じた確認を優先します。返金に伴う振込手数料、税務・会計処理及び口座利用制限についても銀行又は専門家に確認します。
第7 証拠保全と弁護士の確認事項
- 振込依頼書、ネットバンキングの受付画面、取引明細及び通知メール
- 銀行への連絡日時、担当窓口、受付番号及び回答内容
- 受取人が誤振込を認識した時点を示す連絡記録
- 入金後の払戻し、振替、送金、決済及び残高の時系列
- 組戻し申出、受取人の同意又は拒否、口座制限の経過
- 差押え、相殺、第三者への支払等の競合する権利関係
法的評価は、入金そのものと、その後の返還義務・告知義務・取引行為を分けると整理しやすくなります。受取人に預金債権が成立したという判例だけを根拠に使用を正当化したり、不当利得返還義務があるというだけで銀行への払戻請求を直ちに権利濫用としたりしないことが重要です。