第1 不貞の共同不法行為で区別すべき三つの問題
1 この記事の対象
この記事は,婚姻中の一方配偶者と第三者が肉体関係を持った場合を中心に,①被害を受けた配偶者に対して誰がどこまで賠償責任を負うか,②配偶者又は不貞相手による一部弁済,示談若しくは免除が他方の責任にどう影響するか,③支払った者から他方に求償できるかを整理するものである。一般的な情報提供を目的とするものであり,個別事件では婚姻関係の経過,請求の名目,示談条項及び支払の趣旨を確認する必要がある。
民法709条は,故意又は過失により他人の権利又は法律上保護される利益を侵害して損害を生じさせた者に賠償責任を負わせている。民法719条1項前段は,数人が共同の不法行為によって損害を加えたときは各自が連帯して賠償責任を負うと定める。不貞をした配偶者と不貞相手は,両者について民法709条の要件が満たされ,同じ損害を共同して生じさせた範囲で,共同不法行為者となる。
2 外部責任,一部弁済及び求償は別の問題である
第一は,被害配偶者との関係である。共同不法行為が成立すれば,被害配偶者は,共通する損害の範囲で,配偶者又は不貞相手の一方だけを被告とすることも,双方を被告とすることもできる。ただし,配偶者と不貞相手について違法性,故意・過失又は責任の対象となる損害が異なれば,最終的な責任額まで常に一致するわけではない。
第二は,一方から現実に金銭が支払われた後の残額である。同じ精神的損害が現実に填補された限度では,他方に対して同じ損害を重ねて回収することはできない。他方で,財産分与,養育費又は配偶者だけが負う離婚慰謝料として支払われた金銭が,不貞相手も負担する不貞慰謝料を当然に減らすわけではない。
第三は,配偶者と不貞相手の内部関係である。一方が被害配偶者に支払った後,他方に負担を求めるのが求償である。被害配偶者が誰にいくら請求できるかという外部責任と,最終的に両者がいくらずつ負担するかという内部負担は区別しなければならない。
第2 配偶者と不貞相手が責任を負う要件
1 配偶者と不貞相手の責任は別々に判断する
不貞をした配偶者は,他方配偶者との婚姻共同生活の平和を害したことについて,不法行為責任又は離婚に伴う慰謝料責任を負い得る。不貞相手については,肉体関係があったという事実だけで足りず,婚姻共同生活の平和の維持に係る権利又は法律上保護される利益を侵害したことについて故意又は過失が必要である。
最高裁昭和54年3月30日第二小法廷判決は,第三者が既婚者との肉体関係に及んだことについて故意又は過失がある限り,第三者が配偶者を誘惑したか,両者の関係が自然の愛情から生じたかにかかわらず,他方配偶者に対する不法行為責任を認めた。この判例は第三者責任の出発点であるが,その後の最高裁判例は,婚姻破綻,不貞慰謝料と離婚慰謝料の区別及び過失の具体的な審理を通じて責任の範囲を限定している。
2 不貞相手の故意・過失
不貞相手が相手方を既婚者と知っていた場合は,通常,故意が問題となる。既婚者であると知らなかった場合は,交際開始時及び肉体関係を持った時点の説明,客観的事情,確認の経過並びに婚姻状態について得ていた情報から,知らなかったことに過失があるかが判断される。交際相手の説明を信じたという一事だけで過失が当然に否定されるものではなく,反対に,戸籍上の離婚が未成立であることだけで過失が当然に肯定されるものでもない。
最高裁令和8年6月5日第二小法廷判決は,不貞相手が「離婚した」と信じたことに相当の理由がなかったというだけで,直ちに過失を認めた原審を破棄した。同判決は,肉体関係を持った当時,婚姻関係が既に破綻していたと信じ,かつ,そのように信じる相当の理由があったかも検討しなければならないとしたものである。上告人の責任を最終的に否定した判決ではなく,婚姻破綻及びその認識について更に審理させるための破棄差戻判決である。
3 肉体関係の時点で婚姻関係が既に破綻していた場合
最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決は,第三者が一方配偶者と肉体関係を持った当時,夫婦の婚姻関係が既に破綻していた場合,特段の事情がない限り,第三者は他方配偶者に対して不法行為責任を負わないとした。保護されるべき婚姻共同生活の平和がその時点で既に失われているためである。
破綻は,単に夫婦仲が悪い,離婚を考えたことがある又は家庭内別居であると述べるだけで決まらない。別居の有無と期間,夫婦間の連絡,家計,離婚協議又は調停の経過,関係修復の行動,未成年の子を含む生活実態などから総合的に判断される。また,実際には破綻していなくても,不貞相手が破綻していると信じ,そう信じることに相当の理由があれば,過失が否定される余地があることを令和8年判決が明確にした。
第3 不貞慰謝料と離婚慰謝料の責任範囲
1 不貞慰謝料と離婚慰謝料は同じ請求ではない
不貞慰謝料は,不貞行為によって婚姻共同生活の平和が害された精神的損害を対象とする。離婚慰謝料は,夫婦の一方が他方の有責行為により離婚をやむなくされたことから生ずる精神的損害を対象とする。両者は損害発生の契機及び責任主体が異なるため,「不貞が原因で離婚した」という事実だけで,不貞相手が配偶者と同じ離婚慰謝料を負うことにはならない。
最高裁平成31年2月19日第三小法廷判決は,不貞相手が単に不貞行為に及んだにとどまらず,当該夫婦を離婚させることを意図して婚姻関係に不当な干渉をするなどし,離婚のやむなきに至らせたと評価できる特段の事情がない限り,不貞相手に離婚慰謝料を請求できないとした。したがって,配偶者には離婚慰謝料が成立しても,不貞相手には不貞慰謝料だけが成立するという責任範囲のずれが生じ得る。
2 配偶者と不貞相手の金額が常に同じとは限らない
同じ不貞行為による共通損害について共同不法行為が成立する場合,各自は原則としてその共通損害の全体について責任を負う。しかし,不貞相手の故意・過失の程度,参加した期間,婚姻関係への関与及び責任の対象となる損害が配偶者と異なるときは,裁判例上,不貞相手の責任範囲を配偶者より狭く捉える場合がある。内部負担割合を外部責任にそのまま持ち込むべきかについても裁判例及び学説に議論があり,「不貞相手は常に慰謝料全額を負う」又は「不貞相手の責任は常に半額である」という一律の説明は正確でない。
実務では,①配偶者と不貞相手に共通する不貞慰謝料,②配偶者だけが負う離婚慰謝料又は別個の暴力・侮辱等による損害,③財産分与,婚姻費用及び養育費を分ける必要がある。この区分をしないまま示談総額だけを比較すると,一部弁済の効果と求償額の双方を誤りやすい。
第4 一部弁済,示談及び免除が他方へ及ぼす効果
1 同じ損害を二重に回収することはできない
配偶者と不貞相手が同じ不貞慰謝料について不真正連帯債務を負う場合,一方による現実の弁済は,共通損害が填補された限度で他方の残債務を減少させる。被害配偶者は請求相手を選べるが,認定された同一の損害を超えて二重に回収できるわけではない。
もっとも,訴訟で配偶者と不貞相手が別々の金額を命じられた場合でも,判決額を機械的に合算してよいとは限らない。各判決がどの損害を対象とし,先行する支払をどの範囲で考慮したかを確認する必要がある。後の訴訟では,先行判決,和解調書,示談書,領収書及び振込記録を提出し,既払金の趣旨と共通損害の残額を主張立証することになる。
2 支払名目と充当先を示談書で明確にする
次の表は,一部弁済の考え方を示すための仮定例であり,慰謝料相場を示すものではない。不貞慰謝料としての共通損害を200万円,配偶者だけが負う離婚慰謝料等を100万円と仮定する。
| 支払の内容 | 共通する不貞慰謝料の残額 | 理由 |
|---|---|---|
| 配偶者が不貞慰謝料として80万円を支払った | 120万円 | 共通損害200万円の一部が填補されたためである。 |
| 配偶者が財産分与として80万円を支払った | 支払名目だけでは減少しない | 財産分与と不貞慰謝料は目的が異なり,示談全体の趣旨を確認する必要がある。 |
| 不貞相手が不貞慰謝料として200万円を支払った | 0円 | 共通損害が全額填補されれば,同じ損害を配偶者から重ねて回収できない。 |
| 配偶者が総額180万円を解決金として支払った | 示談条項の解釈が必要 | 不貞慰謝料,離婚慰謝料,財産分与等の内訳が不明だからである。 |
示談書では,①支払者,金額及び支払日,②不貞慰謝料,離婚慰謝料,財産分与,養育費その他の内訳,③他の共同不法行為者に対する残請求を維持するか,④他の共同不法行為者も免除するか,⑤支払者と他方当事者との間で求償を放棄するかを分けて記載する必要がある。被害配偶者と配偶者との清算条項だけで,不貞相手と配偶者との内部的な求償関係まで当然に処理されるわけではない。
3 配偶者を免除しても不貞相手は当然には免責されない
最高裁平成6年11月24日第一小法廷判決は,配偶者と不貞相手の損害賠償債務を不真正連帯債務とした上,離婚調停において被害配偶者が不貞をした配偶者の慰謝料債務を免除しても,当時の連帯債務に関する免除の規定は適用されず,不貞相手に当然に免除の効力は及ばないとした。同判決は,調停条項及び提訴時期から,被害配偶者が不貞相手の債務まで免除する意思はなかったと判断した。
したがって,「配偶者とは清算済みである」というだけで,不貞相手に対する請求が消滅したとも,必ず残るとも断定できない。現実の支払による損害填補と,債務を免除する意思表示を分け,示談の当事者,対象債務,清算条項及び他方当事者への効力を文言と交渉経過から判断する必要がある。
第5 不貞をした配偶者と不貞相手との求償
1 現実に支払い,自己の負担部分を超えたことが出発点となる
最高裁平成10年9月10日第一小法廷判決は,共同不法行為者の一人が責任割合に従って定まる自己の負担部分を超えて被害者に賠償したとき,他方の負担部分について求償できるとした。不貞事件でも,判決を受けただけ,請求を受けただけ又は将来支払う可能性があるだけではなく,まず現実の弁済その他の共同免責が問題となる。
求償額は,原則として「共同の損害についての実払額のうち,自分の内部負担部分を超える額」である。配偶者だけが負う離婚慰謝料等の支払を,不貞相手に求償することはできない。また,支払額が自己の内部負担部分を超えていなければ,最高裁判例が示した伝統的な基準による求償は認められない。
2 内部負担割合は常に50対50ではない
内部負担割合は,単純に人数で等分するのではなく,共同不法行為に対する各人の関与及び責任の程度から定める。不貞事件では,交際の開始経緯,不貞関係の主導性,既婚であることや婚姻状況についての説明,不貞の期間及び回数,発覚後の継続,婚姻関係への働き掛け,虚偽説明その他の事情が検討対象となり得る。
もっとも,「不貞をした配偶者が常に主たる責任を負う」,「不貞相手が誘ったから常に多く負担する」又は「配偶者と不貞相手は常に半分ずつである」という固定的な最高裁基準はない。公刊裁判例の分析でも,両者を同額とする外部責任の処理,第三者の外部責任自体を限定する処理及び内部求償で差を付ける処理が併存しており,個別事情を離れて割合を予測することはできない。
3 求償放棄は被害配偶者との示談と分けて合意する
不貞相手が被害配偶者へ示談金を支払う際,配偶者に対する求償権を放棄することを解決条件とすることがある。この合意には配偶者の参加又は別個の同意が必要であり,被害配偶者と不貞相手の二者間だけで,参加していない配偶者の債務を当然に確定又は免除することはできない。
三者間で解決する場合は,①被害配偶者に対する共同の賠償総額,②各人の支払額,③被害配偶者から各人への清算,④配偶者と不貞相手との求償の有無を別条項にするのが明確である。二者間示談を先行させる場合は,後の請求又は求償を残すのかを明示し,署名していない者への効力を過大に表現しないことが必要である。
第6 証拠,時効及び請求を進めない判断
1 立場ごとに集めるべき資料
被害配偶者が立証すべき中心的事実は,①婚姻の存在,②肉体関係又はこれを合理的に推認させる事実,③不貞相手の故意・過失,④不貞時に婚姻関係が破綻していなかったこと,⑤精神的損害及び因果関係,⑥既払金の有無と充当先である。まず,自分が適法に保有するメッセージ,電子メール,写真,日程・宿泊・決済の記録,配偶者の説明又は認否,離婚協議書,調停調書,示談書及び振込記録を時系列に整理する。
請求を受けた不貞相手は,交際相手から何をいつ説明されたか,婚姻状況をどのような客観的事実で確認したか,肉体関係の時点で婚姻関係がどのような状態にあると認識していたかを示す資料を保存する。配偶者側は,婚姻関係の経過,不貞の開始・継続への関与及び既払金の内訳を確認する。他人のアカウントへの無断アクセス等により証拠を取得してはならず,相手方又は通信事業者の資料を当然に入手できると考えるべきでもない。
2 消滅時効は請求相手と損害ごとに確認する
民法724条は,不法行為による損害賠償請求権について,被害者又は法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間,又は不法行為の時から20年間行使しないときに時効消滅すると定める。不貞の事実を知った時と不貞相手を特定した時が異なることがあり,不貞慰謝料と離婚慰謝料では損害及び起算点の問題も同一とは限らない。
配偶者と不貞相手に対する請求権は,成立要件及び認識時期を個別に確認する必要がある。求償権の時効は,被害配偶者の原請求と別の問題であり,実際の支払時期と法的構成を基に検討する。時効完成が近いときは,交渉中であるというだけで安全と考えず,訴え,調停,合意による時効完成猶予その他の手段の要否を早期に確認すべきである。
3 追加請求又は訴訟を進めない停止基準
次のいずれかに当たる場合は,費用と時間を投じる前に請求の縮小又は停止を検討すべきである。①肉体関係又はこれに代わる違法行為を裏付ける客観的資料がなく,推測だけである場合,②肉体関係より前に婚姻関係が既に破綻していた可能性が高い場合,③不貞相手に既婚の認識も過失も認め難い場合,④共通する不貞慰謝料が既払金により既に全額填補されている場合,⑤時効の問題を解消できない場合,⑥追加調査の費用に比べて結論が変わる可能性が低い場合である。
反対に,低負担の資料整理後も,肉体関係の有無,婚姻破綻の時期,故意・過失又は支払の充当先が結論を左右する形で残るときに限り,第三者保有資料の取得申立て,証人尋問その他の高負担な手段を検討する。理論上可能な手続を先に並べるのではなく,何が判明すれば責任又は金額が変わるかを明確にする必要がある。
第7 主要な最高裁判例の位置付け
| 裁判例 | 示した規律 | 射程・注意点 |
|---|---|---|
| 最高裁昭和54年3月30日第二小法廷判決 | 不貞相手に故意又は過失があれば,誘惑の有無等にかかわらず配偶者に対する不法行為責任が成立し得る。 | 第三者責任の出発点であり,後の判例による破綻・損害類型・過失の限定と併せて読む必要がある。 |
| 最高裁平成6年11月24日第一小法廷判決 | 配偶者と不貞相手の債務は不真正連帯債務であり,配偶者への免除が不貞相手に当然には及ばない。 | 現実の弁済による損害填補と,債務免除の意思を分ける必要がある。 |
| 最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決 | 肉体関係の時点で婚姻関係が既に破綻していれば,特段の事情がない限り不貞相手は責任を負わない。 | 破綻の有無と時期が決定的であり,単なる不仲とは区別される。 |
| 最高裁平成10年9月10日第一小法廷判決 | 自己の内部負担部分を超えて賠償した共同不法行為者は,他方の負担部分を求償できる。 | 不貞固有の事件ではないが,一部弁済・和解後の求償を考える基本判例である。 |
| 最高裁平成31年2月19日第三小法廷判決 | 特段の事情がない限り,不貞相手は離婚に伴う慰謝料を負わない。 | 不貞慰謝料の責任まで否定した判決ではない。 |
| 最高裁令和8年6月5日第二小法廷判決 | 離婚済みと信じた相当理由だけでなく,婚姻関係が破綻したと信じる相当理由も過失判断で審理すべきである。 | 破棄差戻判決であり,不貞相手の無責任を最終確定したものではない。 |
第8 関連記事
共同不法行為の一般的な要件,不真正連帯債務,一部弁済及び求償については,共同不法行為の要件・過失相殺・求償関係(AIリライト)を参照されたい。
最高裁令和8年6月5日判決の補足意見と平成8年・平成31年判例との関係については,最高裁令和8年6月5日判決の補足意見についての検証にまとめている。
第9 出典・参考資料
1 法令
① e-Gov法令検索「民法」(明治29年法律第89号)709条,719条及び724条
2 裁判例
① 最高裁判所第二小法廷昭和54年3月30日判決の判例書誌(昭和51年(オ)第328号,民集33巻2号303頁。裁判所HP未掲載。有斐閣Onlineの判例書誌及び鈴木論文所収の判旨原文により確認)
② 最高裁判所第一小法廷平成6年11月24日判決(平成4年(オ)第1814号,裁判集民事173号431頁,裁判所ウェブサイト)
③ 最高裁判所第三小法廷平成8年3月26日判決(平成5年(オ)第281号,民集50巻4号993頁,裁判所ウェブサイト)
④ 最高裁判所第一小法廷平成10年9月10日判決(平成9年(オ)第448号,民集52巻6号1494頁,裁判所ウェブサイト)
⑤ 最高裁判所第三小法廷平成31年2月19日判決(平成29年(受)第1456号,民集73巻2号187頁,裁判所ウェブサイト)
⑥ 最高裁判所第二小法廷令和8年6月5日判決(令和7年(受)第933号,破棄差戻,裁判所ウェブサイト)
3 文献
① 大塚正之『不貞行為に関する裁判例の分析―慰謝料算定上の諸問題』(日本加除出版,2022年)321頁~331頁
② 小島妙子・水谷英夫編著『離婚・パートナー関係の実務相談Q&A―先輩弁護士は別居前後で考える!』(日本加除出版,2023年)175頁~176頁
③ 武藤裕一・野口英一郎『離婚事件における家庭裁判所の判断基準と弁護士の留意点』(新日本法規出版,2022年)323頁
④ 鈴木清貴「共同不法行為としての不貞行為―離婚慰謝料に関する最判平成31年2月19日民集73巻2号187頁を契機として」武蔵野法学14号(2021年)174頁~149頁,武蔵野大学学術機関リポジトリ