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国民健康保険の加入者が転居した場合の高額療養費―同一都道府県内の多数回該当の引継ぎ,転居月の限度額2分の1と令和8年8月の見直し(AI作成)

第1 平成30年4月の国保改革と転居

1 都道府県が市町村とともに国民健康保険を行う

厚生労働省の「厚生労働省関係の主な制度変更(平成30年4月)について」(平成30年3月23日,政策統括官付社会保障担当参事官室)は,平成30年4月1日から,国民健康保険の財政運営の都道府県単位化を柱とする国保改革を施行するとしていた。
同じ資料は,この改革に伴う高額療養費の取扱いとして,①同一都道府県内の他の市町村へ住所を移した場合の多数回該当の回数の引継ぎと,②転居した月の自己負担限度額を転出元と転入先でそれぞれ2分の1にする取扱いを挙げている。
この記事は,その2点について,資料の記載と確認日(令和8年10月4日)現在の条文とを分けて整理するものである。
平成30年4月の制度変更全体と現在の数値は,平成30年4月の厚生労働省制度変更で扱っている。

現行の国民健康保険法3条1項は,「都道府県は、当該都道府県内の市町村(特別区を含む。以下同じ。)とともに、この法律の定めるところにより、国民健康保険を行うものとする。」と定める。
同法5条は,「都道府県の区域内に住所を有する者は、当該都道府県が当該都道府県内の市町村とともに行う国民健康保険の被保険者とする。」と定める。
資格の取得は「都道府県の区域内に住所を有するに至つた日」等からであり(同法7条),喪失も「都道府県の区域内に住所を有しなくなつた日の翌日」等からである(同法8条1項)。

そのため,同一都道府県内で市町村を移っても,国民健康保険の被保険者の資格は失われない。
栃木県の「制度の変更点」も,県内の他の市町村に転居した場合でも資格は継続するが,被保険者証は転居後の市町村が改めて交付すると説明している。
これに対し,他の都道府県へ転居すると,転出元の都道府県の国保の資格を失い,転入先の都道府県の国保の資格を取得することになる。

2 保険給付と保険料の事務は市町村に残る

もっとも,保険給付が都道府県単位でまとめて行われるようになったわけではない。
厚生労働省の「国保制度改革の概要(運営の在り方の見直し)」は,都道府県が財政運営の責任主体となる一方,市町村が資格管理,保険料率の決定,賦課・徴収,保険給付及び保健事業を引き続き担うとしている。
高額療養費も,「市町村及び組合は、……世帯主又は組合員に対し、高額療養費を支給する。」と定められている(国民健康保険法57条の2第1項)。

このため,同じ都道府県の国保の被保険者であり続けても,支給の事務は転居の前後で別の市町村が行う。
平成30年3月までは,市町村を移ると多数回該当の回数が数え直しになり,転居した月には転出元と転入先の両方で満額の自己負担限度額が適用されていた。
平成30年4月の取扱いは,この2つの不利益を同一都道府県内の転居に限って解消したものである。

第2 多数回該当の回数の引継ぎ

1 多数回該当の仕組み

国民健康保険法施行令29条の3第1項は,70歳未満の世帯の高額療養費算定基準額(自己負担限度額)を所得区分ごとに定めている。
例えば,区分ウ(基礎控除後の所得の合算額が210万円超600万円以下)に当たる同項1号は,令和8年8月以後,「八万五千八百円」と,医療費が28万6000円を超える部分の1%との合算額としている。
同号ただし書は,「当該療養のあつた月以前の十二月以内に既に高額療養費……が支給されている月数……が三月以上ある場合」を「高額療養費多数回該当の場合」とし,その場合の限度額を4万4400円としている。

厚生労働省の「高額療養費の多数回該当に係る該当回数の引継ぎについて」は,多数回該当を,同一保険者から過去12月以内に高額療養費が支給されている月数が3月以上ある世帯について,4月目以降の自己負担限度額を引き下げるものと説明している。
長期にわたって治療を続ける人の負担を抑えるための仕組みである。

2 同一都道府県内の転居では回数を引き継ぐ

国民健康保険法施行令29条の3第1項1号ただし書の括弧書は,支給月数について「市町村による高額療養費の支給にあつては、当該市町村の属する都道府県内の他の市町村から支給されている月数を含む。」と定めている。
この定義は,同項2号から5号まで(区分ア,イ,エ及びオ)のただし書でも用いられている。

前記の厚生労働省資料は,X県A市で4月から6月まで3回支給を受けた世帯が7月にX県B市へ転居した例を示している。
平成30年3月までは,B市での7月の支給は1回目と数えられ,多数回該当にならなかった。
平成30年4月以後は,A市の3回が通算され,7月は4回目として多数回該当の限度額が適用される。
栃木県の前記案内は,この通算を,同一都道府県内の転居で「世帯の継続性が保たれている場合」の取扱いとして説明している。

3 引き継がれない場合

条文の文言からみると,次の場合には,転居前の支給月数は多数回該当の回数に含まれない。

①他の都道府県へ転居した場合
括弧書が含めるのは「当該市町村の属する都道府県内の他の市町村」から支給された月数に限られる。

②健康保険から国民健康保険へ移った場合,又はその逆の場合
厚生労働省資料が多数回該当を「同一保険者から」の支給月数で説明しているとおり,協会けんぽ・健康保険組合等の別の保険者から受けた支給は数えられない。
会社を辞めて国保に加入した直後,又は就職して健康保険に移った直後は,回数が1回目から数え直しになる。

③市町村の国保と国民健康保険組合(弁護士国保等)との間で移った場合
括弧書は「市町村による高額療養費の支給にあつては」と定めており,市町村の支給に限った規定である。
国民健康保険組合が支給した月数を市町村の支給月数に含める文言はない。
弁護士国保の加入条件は,弁護士国保と協会けんぽの違いで整理している。

長期の療養が続く人が転居,退職,就職又は開業を予定している場合には,多数回該当の回数がどうなるかを前提に,移る前後の自己負担の見込みを立てておく必要がある。
これは条文の文言から導いた整理であり,個別の事案での取扱いは,支給する保険者に確認する必要がある。

第3 転居した月の自己負担限度額の2分の1

1 趣旨

厚生労働省の「同一都道府県内市町村間の住所異動月における自己負担限度額の取扱いについて」は,都道府県単位で資格が付与されることに伴い,同一都道府県内の他の市町村へ住所を移した場合に,住所を移さない場合と比べて一部負担金の額が最大2倍となることのないよう,転居した月は,居住日数にかかわらず,転出元と転入先の自己負担限度額をそれぞれ本来の2分の1に設定すると説明している。
同資料は,この取扱いを,転入先の市町村で引き続き世帯の継続性が認められた世帯に対して行うとし,同じ月に3つ以上の市町村にまたがって住所を移した場合も,市町村ごとにそれぞれ2分の1とするとしている。

2 条文

現行の国民健康保険法施行令29条の3第16項は,一の市町村の区域内に住所を有する被保険者が,「月の初日以外の日において当該市町村が属する都道府県内の他の市町村の区域内に住所を有するに至り、継続して同一の世帯に属すると認められるとき」は,その月に受けた療養に係る自己負担限度額について,同条1項等の金額を表のとおり読み替えるとしている。
例えば,区分ウの「八万五千八百円」は「四万二千九百円」に,「二十八万六千円」は「十四万三千円」に,多数回該当の「四万四千四百円」は「二万二千二百円」に読み替えられる。

70歳未満の人の一部負担金は,同じ月に一の病院等で支払った額が2万1000円以上のものだけが世帯合算の対象となるが(同令29条の2第1項1号),転居した月はこの基準も「一万五百円」に読み替えられる(同条9項)。

条文は「月の初日以外の日」に住所を移した場合に限っている。
月の初日に転居した場合は,その月の療養はすべて転入先の市町村の被保険者として受けることになるから,2分の1の取扱いは問題にならない。
また,読み替えの対象は「都道府県等が行う国民健康保険の被保険者」に限られており,他の都道府県への転居や,健康保険との間で加入先が変わった月には適用されない。

3 計算例(本記事の試算)

区分ウの70歳未満の単身者が,令和8年8月以後のある月の15日に同じ県内のA市からB市へ転居し,転居前にA市で医療費40万円(窓口負担3割で12万円),転居後にB市で医療費20万円(同6万円)の療養を受けたとする。
いずれも1つの病院での療養で,多数回該当には当たらないものとする。

A市での自己負担限度額は,4万2900円に,医療費40万円から14万3000円を引いた25万7000円の1%である2570円を加えた4万5470円となる。
高額療養費は12万円から4万5470円を引いた7万4530円である。

B市での自己負担限度額は,4万2900円に,医療費20万円から14万3000円を引いた5万7000円の1%である570円を加えた4万3470円となる。
高額療養費は6万円から4万3470円を引いた1万6530円である。

この月の自己負担の合計は8万8940円である。
転居しなかったとして医療費60万円を1つの市町村で計算すると,8万5800円に(60万円−28万6000円)の1%である3140円を加えた8万8940円となり,同じ額になる。
2分の1の取扱いは,転居しなかった場合と同じ水準に負担をそろえるための仕組みであることが分かる。

4 75歳到達月の特例との違い

月の途中で75歳に達して後期高齢者医療に移る人についても,その月の国保の自己負担限度額を2分の1とする別の特例がある(国民健康保険法施行令29条の2第4項,29条の3第5項等。条文上は「七十五歳到達時特例対象療養」)。
こちらは加入する制度が変わる場合の特例であり,同一都道府県内の転居の特例とは要件が異なる。
75歳到達月の後期高齢者医療側の取扱いは,この記事では検討していない。

第4 令和8年8月からの見直しとの関係

1 月額の限度額は引き上げられ,多数回該当は据え置かれた

厚生労働省の「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(令和8年7月31日更新)は,令和8年8月から,一人当たり医療費の伸びに応じて月額の上限額を見直す一方,長期療養者への配慮として多数回該当の金額は据え置くとしている。
70歳未満の人の国保の自己負担限度額は次のとおりである。

所得区分(国保の基礎控除後所得の合算額)令和8年7月まで令和8年8月から多数回該当
ア 901万円超25万2600円+1%27万300円+(医療費−90万1000円)×1%14万100円
イ 600万円超901万円以下16万7400円+1%17万9100円+(医療費−59万7000円)×1%9万3000円
ウ 210万円超600万円以下8万100円+1%8万5800円+(医療費−28万6000円)×1%4万4400円
エ 210万円以下5万7600円6万1500円4万4400円
オ 住民税非課税3万5400円3万6900円2万4600円

令和8年7月までの欄は厚生労働省の「(参考)高額療養費制度の見直しについて」の「現行」欄により,令和8年8月からの欄は国民健康保険法施行令29条の3第1項による。
いずれも転居した月には,前記第3のとおりそれぞれ2分の1となる。
月の途中で転居した月の療養が令和8年7月以前か8月以後かで,適用される表が異なることにも注意を要する。

2 年間上限が新設された

令和8年8月から,毎年8月1日から翌年7月31日までの期間(計算期間)ごとに,自己負担の合計額に上限を設ける「年間上限」が導入された(国民健康保険法施行令29条の2の3)。
国保の70歳未満の世帯の年間上限は,原則53万円,基礎控除後の所得の合算額が901万円超の世帯は168万円,600万円超901万円以下の世帯は111万円,住民税非課税世帯は29万円である(同令29条の3第12項)。
厚生労働省の前記参考資料は,年収約200万円以下の区分に該当することが確認できた人には年間上限41万円を適用し,令和9年8月以後に償還払いするとしている。

年間上限の計算でも,同一都道府県内の転居月については,世帯合算の対象となる一部負担金の基準額2万1000円を1万500円と読み替える規定が置かれている(同令29条の2の3第4項)。
年間上限は,多数回該当に当たらない長期療養者の負担にも配慮する仕組みと説明されており(厚生労働省前記ページ),多数回該当の回数がリセットされる転居・転職の前後では,年間上限の対象期間と合算の範囲を併せて確認する必要がある。

3 令和9年8月からの所得区分の細分化

厚生労働省の前記ページによれば,令和9年8月からは,所得区分の細分化と,年収200万円未満の課税世帯の多数回該当の金額の引下げが予定されている。
令和9年8月以後の療養については,その時点の政令の表で限度額を確認する必要がある。

第5 相談を受けたときに確認すること

国保の加入者から,転居の前後の医療費について相談を受けたときは,次の順に確認するとよい(実務上の整理)。

①転居の日と,それが月の初日かどうか
②転居前後の市町村が同一都道府県内か,世帯がそのまま続いているか
③直近12か月に高額療養費の支給を受けた月とその保険者(支給決定通知書で確かめる)
④転居した月の領収書と診療明細書を,転出元と転入先の市町村ごとに分けたもの
⑤同じ時期に就職,退職又は国民健康保険組合への加入等で保険者が変わっていないか
⑥療養を受けた月が令和8年7月以前か8月以後か

高額療養費は申請によって支給されるので,請求を忘れないことも重要である。
保険給付を受ける権利は,行使することができる時から2年を経過したときは時効によって消滅する(国民健康保険法110条1項)。
起算点の具体的な取扱いは,支給する市町村に確認する必要がある。

交通事故の治療で国保を使う場合の第三者行為の届出と高額療養費の関係は,交通事故でも健康保険は使えるを参照されたい。
社会保険の資格が遡って訂正され,健康保険と国保の間で加入先が変わった場合の精算は,社会保険の資格を遡って喪失した場合の精算で扱っている。
がんの治療費と高額療養費の令和8年8月の見直しは,がん保険の放射線治療と「50グレイ以上」要件でも触れている。

第6 別セッションで掘り下げるテーマと未検討点

この記事は,提供資料である厚生労働省の平成30年3月23日の一覧表と,同ページからリンクされた国保関係の資料3点(国保制度改革の概要,多数回該当の引継ぎ,住所異動月の自己負担限度額)を全文確認した。
法令は,確認日現在のe-Gov法令検索で,国民健康保険法3条,5条,7条,8条,57条の2及び110条並びに国民健康保険法施行令29条の2,29条の2の3及び29条の3を確認した。
判例秘書による裁判例の検索は行っておらず,この記事は裁判例に言及していない。

別のセッションで掘り下げるテーマと未検討点は次のとおりである。
①年間上限の計算期間の途中で保険者が変わった場合(転職・退職・他県への転居・国民健康保険組合への加入)に,前の保険者での自己負担額を合算できるか
②「継続して同一の世帯に属すると認められるとき」の判断(転居と同時に世帯主が変わる場合,世帯分離をする場合)
③高額介護合算療養費における同一都道府県内の転居の取扱い(国民健康保険法施行令29条の4の2第8項)
④健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)と後期高齢者医療における多数回該当・年間上限の取扱いの比較
⑤高額療養費の消滅時効の起算点に関する行政解釈と裁判例

第7 出典

①厚生労働省「厚生労働省関係の主な制度変更(平成30年4月)について」(平成30年3月23日,政策統括官付社会保障担当参事官室)
②厚生労働省「国保制度改革の概要(運営の在り方の見直し)」
③厚生労働省「高額療養費の多数回該当に係る該当回数の引継ぎについて」
④厚生労働省「同一都道府県内市町村間の住所異動月における自己負担限度額の取扱いについて」
⑤国民健康保険法(e-Gov法令検索)3条,5条,7条,8条,57条の2,110条
⑥国民健康保険法施行令(e-Gov法令検索)29条の2,29条の2の3,29条の3
⑦厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(令和8年7月31日更新)
⑧厚生労働省「(参考)高額療養費制度の見直しについて」
⑨栃木県「制度の変更点」