作成日:令和8年9月30日。この記事は法務省とは関係のない独自の予想です。評価項目、重み、解説及び答案は、公式の採点基準や配点を示しません。対象年度の「出題の趣旨」及び「採点実感」は本記事作成時点で公表されておらず、参照していません。
第1 この記事の対象と結論
本記事は、法務省が掲載した令和8年司法試験の問題のうち、論文式選択科目「租税法」第2問を対象とする。答案はCBT試験の文字数に関する解説を踏まえ、一問につき30字×92行を上限とする想定で作成した。問題の条文適用基準日は、問題文の指定に従い、令和8年1月1日とする。租税特別措置法の適用は考慮しない。
本記事が予想する結論は、次のとおりである。
| 設問 | 結論の要旨 |
|---|---|
| 設問1 | D社がAに暗号資産を現物の役員退職給与として移転した実質を捉える。法人税法61条1項による譲渡益は1,800万円。販売手数料の実体はなく、隠蔽・仮装経理によって支給した役員給与2,000万円は同法34条3項により全額損金不算入。 |
| 設問2 | B店の売掛金20万円を令和4年分の事業所得に収入計上した処理は維持する。令和5年6月30日に客観的な全額回収不能が生じたと評価し、所得税法51条2項、63条及び所得税法施行令179条の限度内で廃業年の令和4年分の必要経費に算入する。同法152条による更正の請求を検討する。 |
| 設問3⑴ | Aの青色申告承認は、B店の業務を全部廃止した令和4年の翌年分から、所得税法151条2項により当然に失効する。令和4年分には効力が残る。 |
| 設問3⑵ | HはAとは別の納税者であり、Aの承認を承継しない。Hが承認申請をしていない以上、青色申告書としての効力はない。申告書の受理と3年間の無指摘は公的見解の表示とはいえず、信義則による更正処分の取消しも認められない。 |
第2問は、見かけ上は四つの論点に分かれる。しかし、実際には「誰の、何年分の、どの税額計算であるか」を保ち、同じ経済事実から発生する別の課税要素を混同しないことが全体を貫く。以下の評価項目は、この観点から問題文、条文及び判例を突き合わせた本記事の独自予想である。
第2 予想評価項目の作り方
各項目には、答案に現れているかを判定できる一つの行動又は判断を置いた。重みは1から5までの相対的な重要度であり、点数や公式配点を意味しない。
- 5:結論を左右する中心の条文・法律構成・計算・判例の判断。
- 4:設問の解決に必要な主要な当てはめ又は異なる制度の接続。
- 3:重要な事実の評価、時点、要件の確認。
- 2:結論を補強する説明又は典型的誤りの回避。
- 1:設問の限定や答案形式の遵守。
高い重みの項目を機械的に足して採点できるという意味ではない。同じ誤りが複数の項目に影響することもあり、実際の採点方法は不明である。
第3 問題の概要と結論
設問1では、D社は、退任した取締役Aに暗号資産200単位を渡すため、Fの口座を経由させた。しかし、帳簿にはFへの販売手数料と記載した。1単位の時価は10万円、帳簿価額は1万円である。ここでは資産移転による譲渡益と、Aに与えた現物の役員退職給与とを別々に計算する。Fを介した記帳の虚偽は、後者に対する法人税法34条3項の適用を決定付ける。
設問2では、Aが経営したB店の令和4年の忘年会代金20万円を、その年の売掛金・売上として計上している。Aは同年末にB店を廃業し、翌令和5年6月30日に債務者Gの無資力等が明らかになる。現金を受け取っていないことによる売上の取消しと、後に生じた貸倒損失の取扱いを混同してはならない。
設問3では、B店の営業をやめたAの青色申告承認と、同じ店舗・屋号を使用して開業したHの青色申告の可否を問う。制度の趣旨を述べるだけでは足りず、Aの承認の失効時点、Hの申請の欠如及び税務署の受理・沈黙に関する信義則上の評価まで答える必要がある。
第4 予想される評価項目
1 共通の前提
| № | 本記事独自の予想評価項目 | 重み | 問題文の手掛かり・根拠 |
|---|---|---|---|
| 1 | 租税特別措置法を用いず、問題の指定する令和8年1月1日時点の法令で論じる。 | 1 | 問題文の法令時点・適用除外の指示。 |
| 2 | D社の法人税と、A・Hの所得税の主体及び対象年分を分ける。 | 4 | 各設問の納税者、令和4年3月期、令和4・5~7年分。 |
| 3 | 見せかけの勘定科目よりも、決議・資産の移動・真の受益者から課税上の取引を認定する。 | 4 | D社の決議、F口座への送付、Aへの移転、販売手数料という記帳。 |
2 設問1――暗号資産と役員退職給与
| № | 本記事独自の予想評価項目 | 重み | 問題文の手掛かり・根拠 |
|---|---|---|---|
| 4 | Fを最終的な受益者とせず、D社から退任したAへの現物退職給与の支給と認定する。 | 5 | 株主総会の退職慰労金決議、Fの口座の経由、Aの受領。 |
| 5 | 暗号資産の譲渡に法人税法61条1項を適用し、現物支給でも時価による譲渡損益を認識する。 | 5 | 暗号資産200単位の移転、法61条1項。 |
| 6 | 時価を10万円×200単位=2,000万円と計算する。 | 3 | 1単位の時価及び単位数。 |
| 7 | 譲渡原価を1万円×200単位=200万円と計算する。 | 3 | 1単位の帳簿価額及び単位数。 |
| 8 | 法61条1項による譲渡益1,800万円を益金とし、譲渡原価200万円を別個に損金計上して二重控除しない。 | 5 | 同項の譲渡利益額の算式。 |
| 9 | 移転が令和3年4月に生じたことから、令和4年3月期の所得計算に帰属させる。 | 3 | 移転日、D社の事業年度。 |
| 10 | 現物による経済的利益も法人税法34条の役員給与に含まれ、支給額は時価2,000万円とする。 | 4 | 法34条4項、現物の退職慰労金。 |
| 11 | 退職給与が通常は法34条1項の定期同額給与等の制限から外れても、34条2項・3項の審査を要すると示す。 | 3 | 退任取締役への退職慰労金、同条の構造。 |
| 12 | D社がFへの販売手数料を仮装し、Aへの支給を隠したことから、法34条3項の隠蔽・仮装経理を認定する。 | 5 | 虚偽の勘定科目、Fの口座、過大給与と疑われることの回避。 |
| 13 | 同項では相当部分を残す法34条2項の過大給与処理でなく、役員給与2,000万円全額を損金不算入とする。 | 5 | 法34条2項括弧書き、3項、Aの役務内容。 |
| 14 | 実在しないFへの販売手数料を、別個の損金として認めない。 | 4 | Fへの委託・役務提供の実体がないこと。 |
| 15 | 設問が問う金額として益金1,800万円、損金0円を明示する。 | 5 | 益金・損金をそれぞれ答える設問1。 |
3 設問2――廃業後の売掛金の貸倒れ
| № | 本記事独自の予想評価項目 | 重み | 問題文の手掛かり・根拠 |
|---|---|---|---|
| 16 | 令和4年の飲食役務の提供によって売掛金に係る収入すべき権利が生じ、所得税法36条1項により同年の収入計上を維持する。 | 4 | 忘年会の提供、代金20万円、未回収の事実。 |
| 17 | 年末に未払いというだけで、令和4年の売上を消したり、その時点の貸倒れとしたりしない。 | 3 | 貸倒れの判明が令和5年6月30日であること。 |
| 18 | 事業遂行上の売掛債権の貸倒損失について所得税法51条2項を示す。 | 4 | B店の飲食代金債権。 |
| 19 | Gの失職、資産欠如、高齢及び再就職の見込みのなさを総合し、全額の客観的回収不能とその時点を評価する。 | 5 | 令和5年6月30日までに判明したGの事情。 |
| 20 | Aが令和4年末に対象事業を全部廃止しているため、令和5年の通常の事業所得への算入で終えず、所得税法63条を適用する。 | 5 | B店の廃業時点と貸倒れの時点。 |
| 21 | 所得税法施行令179条の限度及び算入順序を示し、まず廃業年の令和4年分の事業所得へ算入する。 | 5 | 同条1号・2号、廃業年の所得。 |
| 22 | 「令和4年分の所得税額約200万円」だけでは同条の所得金額による限度額を算定できないことを踏まえ、20万円全額の算入は事業所得等の限度を満たすとの前提を明示する。 | 3 | 問題文の税額情報、同令179条1号イ・ロ。 |
| 23 | 売上計上を維持したまま、必要経費の追加による税額の再計算を行い、所得税法152条の更正の請求を示す。 | 5 | 令和4年分の確定申告済み、法63条・152条。 |
| 24 | 請求期間を後発事実が生じた日の翌日から2か月とし、6月30日を発生日とするなら令和5年8月31日を示す。 | 4 | 所得税法152条、貸倒発生日の認定。 |
4 設問3⑴――Aの承認
| № | 本記事独自の予想評価項目 | 重み | 問題文の手掛かり・根拠 |
|---|---|---|---|
| 25 | 正確な帳簿と自主申告を促し、適正・公平な課税を実現するという青色申告制度の趣旨を示す。 | 4 | 所得税法143・144・148条、最判昭和62年10月30日。 |
| 26 | 青色申告承認は申請者本人に与えられる法的地位で、一身専属的であると示す。 | 4 | 同判決、法143・144・146・147条。 |
| 27 | Aが対象業務を全部廃止したため、所得税法151条2項により翌令和5年分以後の承認が当然に効力を失うとする。 | 5 | B店の全部廃止、同項。 |
| 28 | Aの令和4年分の承認はなお有効で、届出又は取消処分の有無に結論を左右させない。 | 3 | 法151条2項の「翌年分以後」。 |
5 設問3⑵――Hの承認と信義則
| № | 本記事独自の予想評価項目 | 重み | 問題文の手掛かり・根拠 |
|---|---|---|---|
| 29 | HはAと別の納税者であり、店舗・屋号・従業関係を引き継いでもAの承認を承継しない。 | 5 | Hの独立開業、青色申告承認の一身専属性。 |
| 30 | Hは法144条の申請をしておらず、法146条の承認及び147条のみなし承認もないとする。 | 5 | 承認申請の不存在、各条文。 |
| 31 | Hが青色の様式で3年分申告したことは申請・承認の代わりにならず、各申告を白色として扱う。 | 5 | 申告書の提出・受理、最判昭和62年10月30日。 |
| 32 | 租税法律主義と納税者間の平等を踏まえ、適法な課税処分を信義則で取り消すには信頼保護を要する特別の事情が必要と示す。 | 5 | 同判決の信義則に関する判示。 |
| 33 | 公的見解の表示、信頼に基づく行動、これに反する処分、経済的不利益及び帰責事由の有無を、判例が不可欠とした考慮点として検討する。 | 4 | 同判決。法定の機械的な5要件とは表現しない。 |
| 34 | 税務署による申告書の受理及び無指摘が、承認や申告内容を是認する公的見解の表示でないと論じる。 | 5 | 3年分の受理・無指摘、同判決。 |
| 35 | Hの申請欠如、公的見解を信じた不可逆的な行動及びそれに由来する経済的不利益が示されないことを評価する。 | 3 | Hの行動、同判決の考慮点。 |
| 36 | 白色申告を前提とする増額更正は信義則に反せず、Hの取消訴訟での主張は認められないと結論する。 | 5 | 設問3⑵の訴訟上の主張。 |
本記事が独自に置いた項目は36項目である。重み5は、設問1の取引認定・譲渡益・隠蔽仮装経理・損金不算入、設問2の貸倒れ・廃業特例・手続、設問3の承認の失効・非承継・判例適用に集中させた。実際の評価項目、比重、採点実感は不明である。
第5 模範解答
1 答案の前提
以下は本記事の独自答案である。1行30字以内、計92行の形式で示す。見出しを含む答案部分の行数であり、記事の前後の解説・出典は行数に含めない。条文と判例の正確さを優先し、既存の公開答案を転載していない。
2 答案
第1 設問1
D社がFへの販売手数料と記帳しても、株主総会はAへの役員
退職慰労金として本件資産を移すと決議し、Fの口座はAへの
移転の経由地にすぎない。D社による、退任した取締役Aへの現
物の退職給与支給と認定すべきである。Aが無報酬で取締役会に
年1回出席するだけだった事情は、退職給与の相当性を検討する事
情となるが、支給の実体をFへの手数料には変えない。本件資産は
資金決済法2条14項の暗号資産であり、法人税法61条1項の
短期売買商品等に含まれる。無償の現物給与としての移転でも、D
社が資産をAに譲渡したことに変わりはない。同項は、譲渡時に有
償譲渡で通常得べき対価の額と譲渡原価との差額である譲渡利益額
を、譲渡契約日の属する事業年度の益金に算入する。時価は1単位
10万円の200単位で2000万円、原価は帳簿価額1単位1万
円の200単位で200万円である。よって、令和3年4月16日
の移転に係る譲渡益1800万円を、D社の令和4年3月期の益金
に算入する。法人税法61条1項が原価控除後の譲渡益を益金とす
るので、原価200万円を別途損金に算入すると二重控除となる。
退職を原因とする給与は本来、法人税法22条3項2号の費用と
なり、34条1項の定期同額給与等の制限から原則として除外
されるが、同条2項は不相当に高額な部分を損金不算入とする。
ただし、同条3項は、事実を隠蔽し又は仮装して経理することに
より役員へ支給する給与の全額を損金不算入とし、同条2項も3項
適用分を除く。現物支給も同条4項の経済的利益であり、支給額は
移転時の時価2000万円である。D社は過大な退職給与と疑わ
れることを避けるため、真の受給者と支給原因を隠し、実際にはな
いFへの販売手数料を装って帳簿処理し、Fの口座も経由させた。
これは隠蔽・仮装経理によるAへの役員給与である。したがって
合理的な退職給与の部分も含め2000万円全額が34条3項に
より損金不算入となり、Fへの真の手数料もない。結論として、
本件移転につき益金算入は1800万円、損金算入は0円である。
第2 設問2
忘年会の飲食代は、役務提供によって令和4年に収入すべき権利が
確定した。所得税法36条1項は現金回収を要件としないので、
売掛金20万円を同年の事業所得の総収入金額に算入した処理は正
しい。年末に未回収というだけで収入計上を取り消したり、貸倒損
失を令和4年の通常の必要経費にしたりはできない。事業遂行上生
じた売掛金が貸倒れとなれば、所得税法51条2項により、その損
失額は、通常、貸倒れが生じた年分の事業所得の必要経費となる。
債権の弁済期徒過だけで足りず、債務者の資産・収入・稼働可能性
などから回収不能が客観的に明らかでなければならない。
Gは令和5年に失職し、高齢で再就職の見込みも資産もなく、今後
も支払えない。6月30日に判明した事情から債権全額20万円の
貸倒れと認められる。ただし、Aは令和4年12月末にB店を閉じ
て本件事業を全部廃止した。廃業しなければ令和5年の事業所得の
必要経費となった貸倒損失は、所得税法63条の廃業後に生じた費
用・損失の特例の対象である。同法施行令179条は、廃業年の確
定した総所得金額等及び当該事業所得の金額のいずれか低い額を限
度として、まず廃業年分に必要経費算入し、超過部分を所定の限度
で前年分に算入する。所得税額約200万円は限度額を示さない。
令和4年の総所得額等と事業所得額が共に20万円以上なら、
売上計上を維持して同額を同年分の必要経費に算入する。Aは令
和4年分を既に申告しているため、所得税法152条に基づき、
更正の請求で減額を求められる。請求期間は貸倒れの事実が生じ
た日の翌日から2か月以内である。6月30日を発生日とすれば令
和5年8月31日までに、令和4年分について請求すべきである。
第3 設問3⑴
青色申告制度は、申告納税制度の下、正確な記帳と
帳簿書類の保存を奨励し、所得を正しく把握して適正・
公平な課税を実現するため、帳簿義務を守る納税者に
税務署長の承認を経て特別の申告を認める制度である。
推計課税の制限、純損失の繰越し等の手続・所得計算上の特典が、
記帳を促す誘因となる(所得税法143、144、148条等)。
承認は特定の納税者に付与される一身専属的な資格である。
Aは事業所得を生む唯一のB店を令和4年末に廃止した。
所得税法151条2項により、青色申告の対象業務を全部廃止した
日の属する年の翌年分以後、承認は届出や取消処分を待たず当然に
効力を失う。令和4年分の申告にはなお承認の効力がある。Hが同
じ屋号・店舗で開業しても、Aの承認の存否や効力に影響しない。
第4 設問3⑵
HはAとは別の納税者である。旧従業員が同じ店舗・
屋号を使っても、Aの青色申告承認はHへ承継されない。
所得税法143、144条所定の承認申請をしておらず、
146条の承認も147条のみなし承認も成立しない。青色様式の
申告書を3年分提出したことは承認申請ではなく、申告書に青
色申告としての効力はない。各年分は白色申告として扱われる。
適法な課税処分にも民法1条2項の信義則が及ぶ余地はある。
しかし租税法律主義と納税者間の平等を踏まえ、最判昭和62年
10月30日は、信頼を保護して法律どおりの課税を免れさせな
ければ正義に反する特別の事情を要するとした。その判断では、
税務官庁による信頼の対象となる公的見解の表示、それを信頼した
行動、表示に反する課税処分、信頼行動による経済的不利益、その
行動につき納税者に帰責事由がないことを検討する。同判決は、
承認を得ない者の青色申告書の受理と税額収納、翌年以降の申告
用紙送付があっても、公的見解の表示に当たらないと判示した。
Hの申告書を税務署が受理したことは、申告内容の是認でも青色
承認でもない。令和5年分から7年分まで指摘がなかったという沈
黙も、公的見解の表示ではない。承認申請をしないまま提出を続け
たのはH自身であり、たとえ青色申告が許されると信じても、その
信頼に基づく申告以外の行動や、増税以外の経済的不利益は示され
ていない。最高裁の事案より課税庁の積極的行為も乏しく、特別の
事情は認められない。したがって白色申告を前提とする各増額更正
は信義則に反せず、Hの取消訴訟での主張は認められない。
第6 答案の補足解説
1 設問1――譲渡益と役員給与を別々に処理する理由
法人税法61条1項は、暗号資産の譲渡について、譲渡時に有償譲渡なら通常得られる対価と譲渡原価との差を譲渡利益額とする。現物の役員退職給与はAに金銭対価なしで移るが、課税上の譲渡益は「零円-原価」とはならない。2,000万円の時価から200万円の譲渡原価を差し引いた1,800万円が、D社の益金に入る。譲渡原価はこの算式ですでに控除済みである。法人税法(e-Gov)、国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて」3-1-2。
他方、Aが受ける経済的利益は現物の役員退職給与であり、その額は時価2,000万円である。通常の退職給与なら、その相当性を法人税法34条2項によって問題にする余地がある。しかし本問では、D社はFへの販売手数料を装い、真の受給者と支給原因を隠した。そのため同条3項が問題となり、合理的な部分を含む全額を損金に算入しない。同条2項は3項が適用される給与を対象から除く。Fへの実際の手数料も存在しない。したがって、益金1,800万円と損金0円を別々に示すことが重要である。法人税法34条。判例秘書で事案・判断・結論を確認した東京地裁令和元年5月30日判決(平成29年(行ウ)第259号、L07432016)は、実際には代表者が個人として負担すべき費用を従業員給与と装って経理した事案で、役員への経済的利益の供与と同条3項の適用を認めた。本問の退職給与・暗号資産そのものを扱う判決ではないが、名目上の支払先と真の受益者を分けて認定する点で参考になる。国税庁公表の判決全文。なお、国税不服審判所平成29年7月14日裁決は役員の分掌変更時に実質的な退職があったかを扱うもので、同条3項の隠蔽・仮装経理を本件と同じ事実関係で認めた先例ではない。
2 設問2――「収入の年」と「貸倒損失の年」を切り分ける
役務の提供を終え、代金請求権を取得した令和4年には、未回収でも所得税法36条1項の総収入金額となる。Gの資産・収入等から回収不能が客観的に明らかになったのが令和5年6月30日であれば、貸倒損失が生じるのは後の年である。債権の弁済期徒過や、単なる入金遅れだけでは足りない。所得税法(e-Gov)、国税庁・所得税基本通達51-11以下。判例秘書で全文を確認した最高裁平成16年12月24日判決(平成14年(行ヒ)第147号、民集58巻9号2637頁、L05910116)は、法人税法22条3項3号の貸倒損失について、全額回収不能が客観的に明らかかを、債務者の資力だけでなく取立てに要する労力・費用や経済的環境も含め、社会通念で総合判断するとした。所得税法51条2項に直接の判示をしたものではない。本問で20万円全額が6月30日に回収不能となったとの評価は、問題文のGの事情と所得税基本通達51-12を踏まえた本記事の当てはめである。国税庁・所得税基本通達51-12。
ただしAは令和4年末にB店を全部廃止している。事業が続いていれば令和5年分の事業所得から控除されるはずの貸倒損失について、所得税法63条が廃業年又はその前年への算入を認める。施行令179条は、まず廃業年の所得金額による限度を調べる。問題文の「所得税額約200万円」は税額であって、同令の限度に用いる事業所得の金額そのものではない。したがって、20万円全額を令和4年分に算入する結論は、同年の総所得金額等と当該事業所得の金額がいずれも20万円以上であるという前提付きである。これらが20万円未満なら、同令2号に従って前年分への算入も検討する。所得税法63条関連の国税庁通達、所得税法施行令179条の条文。
既に申告した令和4年分の減額は、所得税法152条の後発的理由による更正の請求で求める。同条の期間は事実が生じた日の翌日から2か月以内であり、6月30日を貸倒発生日と評価する場合は、令和5年8月31日までとなる。問題文の「6月30日に分かった」ことが事実発生日自体を確定させるかは、厳密には事実認定の問題であり、答案ではこの条件を添えるのが正確である。国税庁・更正の請求手続。
3 設問3――承認の効力と信義則は別の問いである
青色申告承認は、単に帳簿を付けていることから当然に発生しない。申請者本人に青色申告書を提出できる地位を与える設権的処分である。Aについては、対象業務の全部廃止によって令和5年分以後の承認が所得税法151条2項で失効する。Hについては、同じ店を使うとしてもAの承認を引き継がず、自らの申請・承認が必要となる。所得税法151条、最高裁昭和62年10月30日判決の全文。
同判決は、前事業主の承認があっても承継者が申請しなければ青色申告としての効力を認められないとした。そのうえで、信義則によって法律どおりの課税を排除するには、平等・公平を犠牲にしてなお信頼を保護しなければ正義に反する特別の事情を要するとした。税務署が青色申告書を受け取り、税額を収納し、その後の青色申告用紙を送った事実さえ、承認を示す公的見解にはならないと判断している。本問のHには、受理と無指摘以上の積極的表示がなく、信義則の主張は一層難しい。判例が挙げた公的見解・信頼行動・不利益等は「少なくとも考慮が不可欠な事項」であり、法律に書かれた定型的な5要件と扱うべきではない。なお、同判決の主文は原判決破棄・差戻しであり、最高裁が当事者の課税処分取消請求を最終的に棄却したものではない。最高裁昭和62年10月30日判決の全文。
第7 公開参考答案の調査
令和8年9月30日、ウェブ上で「令和8年/令和8年/R8」「司法試験」「租税法」「第2問/第二問」「参考答案/解答例/再現答案」に加え、「暗号資産」「退職慰労金」「B店」「青色申告」「信義則」など問題固有の語を組み合わせて調査した。note、個人ブログ、予備校、PDF及び答案リンク集も確認した。この調査で、令和8年司法試験・租税法第2問と特定でき、答案本文を閲覧できる公開参考答案は確認できなかった。検索範囲にない答案や未索引の答案が存在しないという意味ではない。
検索で見つかる令和7年司法試験・租税法第2問の再現答案は前年の別問題である。また、司法試験の参考答案リンク集の令和8年欄には租税法へのリンクがなく、司法試験論文CBTシステムの令和8年租税法欄は問題演習の入口であって、公開参考答案の本文とは確認できなかった。令和8年予備試験の租税法答案や、公認会計士・税理士試験の租税法答案も、本件の参考答案には含めていない。本記事の結論を公開参考答案からの一致として示すことはできず、問題文・法令・判例から独立に構成した。
第8 出典と確認状態
1 問題・法令・判例
- 法務省・令和8年司法試験の問題掲載ページ。対象は選択科目租税法第2問である。
- e-Gov法令検索・法人税法:22条、34条、61条。
- e-Gov法令検索・所得税法:36条、51条、63条、143~148条、151条、152条。
- 所得税法施行令179条:廃業年と前年の必要経費算入限度及び順序。
- 国税庁・暗号資産等に関する税務上の取扱いについて:法人の暗号資産の譲渡原価と譲渡損益。
- 国税庁・所得税基本通達63条関係:廃業後の費用と税額の再計算。
- 国税庁・更正の請求手続:後発的事由の請求期間。
- 最高裁昭和62年10月30日判決全文:青色申告の一身専属性、申請の欠如と信義則。判例秘書L04210126(昭和60年(行ツ)第125号)の全文と照合済み。リンク先は公開の転載ページであり、裁判所サイトの判決原本との照合は未了である。
- 東京地裁令和元年5月30日判決全文(国税庁)(平成29年(行ウ)第259号、判例秘書L07432016):真の役員給与を従業員給与に仮装した経理と法人税法34条3項の適用。本問への類推資料。
- 最高裁平成16年12月24日判決(平成14年(行ヒ)第147号、民集58巻9号2637頁、判例秘書L05910116):法人税法上の貸倒損失における全額回収不能の総合判断。本問の所得税法51条2項の直接の先例としては扱わない。
- 東京地裁平成25年1月29日判決(判例秘書L06831072、税務訴訟資料263号順号12142):所得税法51条2項の「事業の遂行上生じた」債権について、事業との直接の関連及び業務遂行上の通常の必要性を検討。本問の飲食代金債権とは事実関係が異なる。
2 確認状態
確認済み:対象問題の設問構造、法人税法34条・61条、所得税法63条・151条・152条、所得税法施行令179条及び最高裁昭和62年10月30日判決の関連部分に基づく法律構成。判例秘書Plusで関連判例・裁決を検索し、本文の閲読範囲と判例の射程を確認した。検索結果の全件を通読したものではない。
本記事の推論:予想評価項目の全ての重み、20万円の貸倒れが6月30日に全額生じたとの事実評価、令和4年分の限度内で全額算入できるとの前提、Hの信義則主張に対する本件への当てはめ。
未確認:令和8年司法試験租税法の公式「出題の趣旨」「採点実感」及び公式配点。令和8年司法試験租税法第2問の公開参考答案の存在一般。Aの令和4年分の施行令179条上の限度額の数値を直接算定するための所得金額。