平成14年度の最高裁民事破棄判決92件・破棄決定3件を,原審が何を取り違えたために破棄されたのかという観点から整理する。結論を年代順に並べるのではなく,訴訟の入口,対象行為と期間,証拠から結論への推論,契約・担保の実質及び救済方法を分け,後の事件処理に再利用できる形にすることを目的とする。
第1 本記事の対象と資料の読み方
入口とした資料は,判例時報に全6回掲載された「平成14年度最高裁民事破棄判決等の実情」合計136頁である。この論文は最高裁判所調査官が平成14年度の破棄事件を整理した二次資料であり,判決そのものではない。
そこで,本記事では,論文全体から抽出した件数・類型と,裁判所ウェブサイトの判決本文・裁判要旨まで照合した9件とを区別する。9件以外の事件については,事件番号,全文,少数意見,射程及び後続判例を個別に確認していない。判例秘書についても今回の調査ではログイン後の本文照合を実施できていない。
平成14年判決には,旧破産法,旧民法724条,法例,旧郵便法,改正前の地方自治法その他の当時法を前提とするものが含まれる。判決から抽象的な考え方を学ぶことと,現在の事件に当時の条文・結論を直接適用することとは別である。
第2 平成14年度の件数と特徴
論文の集計によれば,民事破棄判決は92件,破棄決定は3件である。旧民事訴訟法事件24件,新民事訴訟法事件68件,差戻し46件,自判50件であり,4件は一部差戻し・一部自判のため重複する。民集登載24件,裁判集のみ登載25件,いずれにも登載されないもの43件であった。
終局人員3264件に対する破棄判決率は2.82%であり,同論文によれば当時の過去10年で件数・率とも最大であった。もっとも,この数値は論文の集計であって,本記事が最高裁の公刊判例一覧から独自に全件を再集計したものではない。
重要なのは,最高裁で新しい法理が示された事件だけを見るのではなく,原審が当事者,請求,対象行為,期間,証拠評価又は救済を混同したために破棄された事件を,日常の訴訟準備へ戻すことである。
第3 破棄理由から学べる6つの実務類型
1 本案の前に訴訟の入口を確認する
平成14年度には,法律上の争訟,当事者適格,原告適格,訴えの利益,上訴の利益,必要的共同訴訟,重複訴訟,宗教上の教義判断など,訴訟の入口に関する破棄が目立つ。
最高裁平成14年7月9日判決(平成10年(行ツ)第239号)は,地方公共団体が行政上の義務の履行を求めた宝塚市パチンコ条例事件である。行政上の義務が存在することと,行政主体が裁判所にその履行を求める訴訟を提起できることは別の問題である。
実務では,請求原因を深掘りする前に,①具体的な権利義務又は法律関係か,②原告・被告は誰か,③訴えの利益が判決時まで残るか,④先行訴訟・共同訴訟・参加効の問題がないか,⑤裁判所の判断に教義その他の法律外の判断が不可欠でないかを確認する。
2 請求・対象行為・相手方・期間を分ける
住民監査請求・住民訴訟では,契約締結,支出負担行為,支出命令,支出及び損害賠償請求権の不行使が,それぞれ別の財務会計行為又は怠る事実となり得る。どの行為を対象とするかにより,当事者,期間の起算点及び必要証拠が変わる。
最高裁平成14年7月2日判決(平成10年(行ヒ)第51号)は,談合業者に対する不法行為債権の行使を怠る事実について,特定の財務会計行為の違法を判断しなければ監査できない関係にない場合,地方自治法242条2項の期間制限は適用されないとした。
「怠る事実」と書けば常に期間制限がなくなるわけではない。訴状・監査請求書を作成する前に,請求,対象行為又は怠る事実,被告・相手方,起算点・期間及び必要証拠を一枚の表にする。
3 経験則違反は推論の矢印を攻撃する
事実認定を争う場合,「証拠の評価がおかしい」と述べるだけでは足りない。原審の推論を「基礎事実→中間推認→最終認定」に分け,各矢印について経験則,専門知見,反証可能性及び見落とされた証拠を示す。
最高裁平成14年1月29日判決(平成10年(オ)第780号)は,新聞社間の記事提供関係や同一名称の新聞を知っていたことだけから,被害者が別紙への記事掲載を現実に認識したとするのは経験則に反するとした。消滅時効の起算点では,情報を知り得た可能性と,損害・加害行為を現実に知ったことを区別しなければならない。
4 外部情報の肩書だけで相当性を認めない
最高裁平成14年1月29日判決(平成7年(オ)第1421号)は,通信社が一般に一定の信頼性を有するというだけでは,犯罪・スキャンダル記事を真実と信じたことについて相当な理由があるとはいえないとした。
これは,AI,調査会社,専門家,通信社又は判例データベースを利用する法律実務にも通じる。資料の権威ではなく,命題ごとに,誰が何を直接確認したか,どの資料と矛盾しないか,反証を検討したか,いつの情報かを記録する。二次資料やAI出力は論点発見に有用であっても,最終的な立証・法的根拠そのものではない。
5 名称より契約・担保の経済的実質を見る
論文に掲載された破棄事件には,転貸借,譲渡担保・仮登記担保,敷金,共同抵当,弁済充当,負担付贈与など,名目と経済的実質のずれが問題となったものが多い。
契約書の表題だけで類型を決めず,①誰が資金・物件・信用を提供したか,②誰が返済又は履行を求め続けたか,③利息・使用料・減価償却相当額を誰が負担したか,④第三者への移転後にどの権利が残るか,⑤原審と異なる法的構成を採るときに処分権主義・釈明義務・不意打ちの問題がないかを確認する。
6 救済方法と判決時点を取り違えない
破棄差戻しは,最高裁が事件の最終結論を全部確定したことを意味しない。差戻しの理由,差戻審で残る争点,追加立証の要否及び主位的・予備的請求の関係を確認する。
最高裁大法廷平成14年9月11日判決(平成11年(オ)第1767号)は,旧郵便法の免責・責任制限にも憲法17条上の限界があるとした。法律に免責規定があるというだけで検討を止めず,制度目的,被害者の代替手段,職務の性質,過失の程度及び損害負担の公平を検討する必要がある。ただし,郵政民営化後の現行制度へ旧郵便法の結論を直接当てはめることはできない。
第4 一次資料で確認した9件
次の9件については,裁判所ウェブサイトの事件番号,判決日,法廷,結果,判示事項及び裁判要旨を確認した。
- 最高裁平成14年1月22日判決(平成12年(受)第828号)―弁護士法73条は形式だけでなく弊害のおそれと社会経済的正当性を総合評価する。
- 最高裁平成14年1月29日判決(平成7年(オ)第1421号)―通信社配信というだけでは真実相当性を認めない。
- 最高裁平成14年1月29日判決(平成10年(オ)第780号)―知る機会と現実の認識を区別する。
- 最高裁平成14年2月28日判決(平成9年(オ)第608号)―労働からの解放が保障されない仮眠時間は労働時間となる。
- 最高裁平成14年7月2日判決(平成10年(行ヒ)第51号)―怠る事実型の監査請求に期間制限が当然適用されるわけではない。
- 最高裁平成14年7月9日判決(平成10年(行ツ)第239号)―行政上の義務の存在と司法上の履行請求可能性は別である。
- 最高裁大法廷平成14年9月11日判決(平成11年(オ)第1767号)―法定免責にも憲法17条上の限界がある。
- 最高裁平成14年9月24日判決(平成12年(受)第1584号)―破産宣告後の物上保証人による一部弁済後も,全部の満足まで届出債権全額で権利行使できる。
- 最高裁平成14年11月8日判決(平成12年(受)第1556号)―完成した重い副作用症候群がまだ現れていなくても,予兆と当時の医学的知見から予見・回避義務を検討する。
第5 現行実務への橋渡し
平成14年判決を現在の事件に用いるときは,少なくとも次の更新作業が必要である。
- 旧破産法24条・26条の事件は,現行の破産法104条,求償・代位の関係及び経過措置を確認する。
- 旧民法724条の時効・除斥期間は,令和2年施行の改正民法,経過措置及び生命・身体損害の特則を確認する。
- 法例を前提とする事件は,法の適用に関する通則法と経過措置を確認する。
- 解雇事件は,労働契約法15条・16条,就業規則及び最新判例で再評価する。
- 住民訴訟・情報公開事件は,現行の地方自治法,対象自治体の現行条例及び最新運用を確認する。
- 医薬品事件は,投与当時の添付文書・医学的知見と現在の資料を分ける。
第6 代理人が最初に作る検討表
平成14年度の破棄理由を実務に戻すには,次の列を持つ検討表が有用である。
- 請求・抗弁・救済方法
- 対象となる行為,権利又は怠る事実
- 原告,被告,第三者及び法律上の地位
- 起算点,期間,催告・中断・更新その他の期間事由
- 要件事実と証明責任
- 基礎事実から結論までの推論経路
- 直接証拠,二次資料,専門家意見及び反証
- 当時法,現行法,経過措置及び後続判例
- 一次資料で確認済みか,判例秘書未確認か,なお要確認か
最高裁の破棄理由は,難解な実体法解釈だけではない。当事者,請求,対象,期間,証拠評価及び救済を混ぜたことが破棄を招いている。AIを使う場合も,勝敗を早く断定させるより,これらを分離し,どの欄に一次資料・証拠・現行法の確認が欠けているかを可視化する方が安全である。
第7 一次資料・二次資料・判例秘書の確認状態
件数及び9件以外の事件類型は,判例時報掲載論文を通読して整理した二次資料ベースである。OCRは検索と論点抽出の補助に用いたが,日付,事件番号,金額,条文番号又は引用文言の最終根拠にはしていない。
第4の9件は裁判所ウェブサイト掲載資料で照合した。他方,残る86件は判決全文との個別照合をしていない。判例秘書のLIC番号,全文及び判例評釈リンクも未確認である。また,裁判所ウェブサイトは全裁判例を掲載するものではないため,検索で見つからない事件を存在しないものとして扱ってはならない。
第8 出典・関連記事
主な出典は,判例時報掲載「平成14年度最高裁民事破棄判決等の実情」全6回及び本記事でリンクした裁判所ウェブサイト掲載資料である。
年度別の読み方は,平成18年度最高裁民事破棄判決等の実情―110件から学ぶ破棄理由と訴訟実務及び平成19年度最高裁民事破棄判決等の実情も参照されたい。
物上保証人・保証人等による一部弁済後の届出債権額は,破産手続開始後に保証人・物上保証人から一部弁済を受けた場合の届出債権額と配当―破産法104条で詳しく扱う。