第1 本記事の対象と資料
本記事は,平成21年中に最高裁判所で言い渡された民事事件(行政事件・労働事件を含む。)の破棄判決68件と破棄決定4件を,原判決の監査と破棄後の事件処理に使える形で整理するものである。判例時報の記事名は「平成21年度」であるが,対象は会計年度ではなく平成21年1月から12月までの暦年である。
入口とした資料は,田中一彦・鎌野真敬「最高裁民事破棄判決等の実情(上)(下)―平成二一年度」判例時報2082号・2083号である。同論文は,最高裁判所調査官が当該年の破棄事件を全件整理した二次資料であり,事件の所在,原審判断及び破棄理由を横断して把握するのに有用である。
もっとも,年次報告は個々の判決・決定そのものではない。主文,事実関係,判示,補足意見・反対意見及び射程を訴訟書面で用いるときは,裁判所が公表する判決・決定本文又は判例秘書等に収録された本文を確認する必要がある。
第2 平成21年の件数と統計の読み方
上告事件の新受は2364件,上告受理申立ての新受は2792件で,合計5156件であった。両方を並行して申し立てた事件を1件に換算すると,新受は3280件である。
既済は,上告事件2381件,上告受理申立て2769件の合計5150件であり,並行申立てを1件に換算すると3275件であった。破棄判決68件を換算後既済3275件で割ると約2.1%となる。
68件の内訳は,論旨による破棄65件,職権による破棄3件である。登載区分は,民集24件,集民25件,いずれにも登載されないもの19件と整理されている。許可抗告の既済52件に対し破棄決定は4件であり,約7.7%となる。
ただし,これらは年次報告が用いる集計単位による割合である。通常の「上告成功率」,一般の抗告許可申立てが許可される割合又は特定分野・特定代理人の勝率として用いることはできない。また,破棄事件だけを集めた資料であるため,同じ分野で破棄されなかった事件の母数は分からない。
第3 原判決を監査する5つの視点
1 本案前の入口を独立して点検する
平成21年の破棄例には,当事者の死亡による訴訟の当然終了,訴訟代理権,外国国家の裁判権免除,当事者適格,訴えの利益及び行政処分性が問題となったものが含まれる。本案の法解釈や証拠評価がどれほど強くても,手続の入口に欠缺があれば審理の前提が崩れる。
受任直後に,当事者・代表者の存否,死亡・合併等による承継,訴訟代理権,送達,管轄,裁判権,当事者適格及び訴えの利益を,本案とは別のチェック欄で確認する必要がある。職権調査事項は,当事者の主張書面を点検する作業とは別の線で監査する。
2 理由の食違いを判決書内部の論理として示す
民事訴訟法312条2項6号は,判決に理由を付せず,又は理由に食違いがあることを絶対的上告理由とする。理由の食違いは,当事者の主張又は証拠と判決理由が食い違うという意味ではない。判決書中の前提事実,法的評価,中間命題及び主文が相互に両立せず,記載された理由から主文を導けないことを示す必要がある。
原判決から,①確定した事実,②採用した法規範,③当てはめの中間命題,④法律効果,⑤主文を抜き出し,隣り合う命題が論理的につながるかを確認する。単なる説明不足,証拠評価への不満及び重要な攻撃防御方法についての判断遺脱とは区別する。
3 原審の誤りを三層に分ける
破棄理由は,少なくとも次の三層に分けると整理しやすい。
- 法規範の層:適用条文,判例法理,要件又は判断枠組みの選択・解釈を誤った。
- 決定的事実の層:法規範の適用に必要な事実を拾い落とし,又は経験則・論理則に反して事実を認定した。
- 法律効果の層:損害の範囲,控除,時効の起算点,請求主体又は判決主文を誤った。
この三層を混ぜると,上告理由が「結論が不当である」という抽象論になりやすい。どの層の誤りが,主文のどの部分に影響したかを一対一で示す。
4 制度目的と援用主体を分ける
最高裁第二小法廷平成21年3月27日判決(平成19年(受)第1280号)は,譲渡禁止特約が債務者の利益を保護するためのものであることから,特約に反して債権を譲渡した債権者は,特段の事情がない限り,自ら特約の存在を理由に譲渡の無効を主張できないとした。
条文上の効果だけを見るのではなく,誰を保護する制度か,誰がその保護利益を援用しているかを分ける必要がある。この判決は平成29年改正前民法の事案であるから,現行民法466条・466条の5の結論をそのまま導くものではないが,制度目的と主張主体を分ける思考は現行法でも重要である。
5 事実認定の不満を法令違反へ組み替える
最高裁は法律審であり,「証拠の評価が気に入らない」というだけでは足りない。原判決が経験則・論理則に反する推論をした場合,判断枠組みが要求する決定的事実を認定しないまま評価をした場合又は証明責任の配分を誤った場合に,法令違反として構成する。
そのためには,証拠の量を並べるのではなく,法的要件ごとに必要な事実,原判決が認定した事実,欠けた事実,反対事実及び証拠を対応させる。差戻し後に追加できる証拠と,上告審の記録だけで評価できる問題も区別する。
第4 破棄自判と破棄差戻しの違い
破棄自判は,最高裁が示した正しい法規範を原審の確定事実に当てはめれば結論を出せる場合に用いられることが多い。前記平成21年3月27日判決は,原判決を破棄し,第1審判決を取り消した上で,本訴請求を棄却し,反訴請求を認容した。
これに対し,破棄差戻しは,正しい法規範の下でなお事実認定,損害算定,因果関係又は抗弁の審理が必要な場合に用いられる。破棄差戻しは依頼者の最終勝訴ではない。差戻審に向けて,①最高裁が拘束力をもって示した判断,②破棄された原審判断,③未確定の要件事実,④証明責任,⑤追加証拠,⑥代替的な請求・抗弁を分ける必要がある。
差戻審の具体的な準備は,民事の破棄差戻審―拘束力,残存争点及び主張立証(AI作成)で整理している。
第5 分野別に残った実務上の学び
① 過払金・消滅時効:一つの基本契約に基づく継続取引では,過払金充当合意,取引終了及び時効起算点を分ける。過払金返還請求権の消滅時効はいつから進行するかも参照されたい。
② 債権譲渡制限:特約の有無だけでなく,その目的,譲渡人・債務者・譲受人の誰が無効又は対抗を主張するか,譲渡の原因行為が改正民法の施行前かを確認する。現行法との関係は,預貯金債権の譲渡制限特約と預金契約の法的構造で扱っている。
③ 労働:管理監督者であっても深夜割増賃金の規定は排除されない。所定賃金に深夜割増賃金を含む趣旨が明らかか,含まれる額を特定できるかも確認する。最高裁第二小法廷平成21年12月18日判決の本文で確認できる。また,請負・業務委託・労働者派遣・黙示の雇用契約は,契約名ではなく,採用,配置,指揮命令,賃金及び解約権限の実態を検討する。
④ 会社・内部統制:取締役の経営判断を結果損失だけで評価せず,判断時点の情報,審査過程,警戒兆候及び情報取得可能性を分ける。体制の設計と運用も区別する。
⑤ 行政・税務:行政処分性,原告適格及び訴えの利益を本案と分ける。税務では対象年度の法令・経過措置と計算構造を固定し,現在の条文から過去の課税年度を逆算しない。
⑥ 相続:平成21年の旧遺留分減殺請求に関する判例を現在の遺留分侵害額請求にそのまま当てはめない。相続開始日,旧法・現行法の別,現物返還か金銭債権かを最初に確定する。
第6 破棄決定4件から学ぶこと
年次報告が整理する破棄決定4件からは,次の手続上の注意を引くことができる。
- 情報公開訴訟:不開示文書を検証目的物として提示させるインカメラ審理の可否は,個別法・条例と現行制度を確認する。
- 特許仮処分:秘密保持命令を仮処分事件で利用できるかは,知的財産訴訟の手続条文と後続実務を確認する。
- 特別抗告:憲法違反という表題でも,実質が単なる法令違反にとどまらないかを点検する。上訴理由は名称ではなく内容で区別する。
- 弁護士による債権譲受け:弁護士法28条の職務規律と,債権譲渡の私法上の効力を自動的に同一視しない。
これらは年次報告による論点整理である。個別事件の申立理由,主文及び射程を引用するときは,各決定本文を確認する必要がある。
第7 受任直後・控訴審・上告検討時のチェックリスト
受任直後:当事者の生死・法人の存否,代表権,訴訟代理権,承継,送達,管轄,裁判権,当事者適格,訴えの利益及び前置手続を確認する。
控訴審:請求原因,認否,抗弁,再抗弁,予備的主張及び判断の有無を対応させる。判決の基礎となる法規範,決定的事実及び法律効果を三層に分ける。
上告・上告受理申立ての検討:憲法違反・絶対的上告理由と,判例違反その他の法令解釈上重要な事項を区別する。理由の食違いは,判決書内部の命題を引用して示す。単なる証拠評価の不満は,経験則・論理則,証明責任又は判断枠組みの誤りに結び付くかを確認する。
破棄後:自判か差戻しかを確認し,最高裁が確定した判断,未確定事実,残存する請求・抗弁,追加証拠及び和解の判断材料を整理する。
第8 一次資料,二次資料及び判例秘書の確認状態
年次報告の全37頁を確認し,破棄判決68件・破棄決定4件,論旨による破棄65件・職権による破棄3件その他の統計を確認した。年次報告は,個別事件の判決・決定本文ではなく二次資料である。
本記事作成時に裁判所公表の全文を直接確認した個別事件には,継続的金銭消費貸借取引における過払金返還請求権の消滅時効,譲渡禁止特約に反して譲渡した債権者による無効主張及び管理監督者の深夜割増賃金に関する各最高裁判決がある。情報公開訴訟のインカメラ審理については,後続の裁判所公式資料による引用・位置付けまでの確認であり,平成21年1月15日決定の本文を直接確認したものではない。
年次報告に登場する68判決・4決定の全件について,裁判所公表本文を確認したものではない。判例秘書はログイン入口まで確認したにとどまり,検索照会0件,ヒット数不明,本文確認0件である。未検索をもって,事件が存在しない又は判例秘書に未収録であると評価することはできない。
第9 現行法への接続と関連記事
平成21年当時の法理を現在の事件に用いるときは,当時法,改正内容,施行日・経過措置,現行法及び後続判例の順に確認する。特に,消滅時効,債権譲渡制限,遺留分,外国国家の裁判権免除,労働者派遣,情報公開,税法及び保険約款は,その後の法改正又は制度変更の影響が大きい。
① 田中一彦・鎌野真敬「最高裁民事破棄判決等の実情(上)―平成二一年度」判例時報2082号
② 同「最高裁民事破棄判決等の実情(下)―平成二一年度」判例時報2083号
③ 過払金返還請求権の消滅時効に関する最高裁判決本文
④ 譲渡禁止特約に関する最高裁平成21年3月27日判決本文
⑤ 管理監督者の深夜割増賃金に関する最高裁平成21年12月18日判決本文
⑥ 平成21年度から令和6年度までの最高裁民事破棄判決の分析(AI作成)
⑦ 上告審に関するメモ書き(AIリライト)
⑧ 最高裁の破棄判決等一覧表,及び最高裁民事破棄判決等の実情