第1 この記事の対象と結論
平成26年司法試験の民事系科目第3問(民事訴訟法)を対象に,公式の出題趣旨と採点実感から独自に整理した22項目を5段階で重み付けし,模範解答案と解説を示す。
評価項目と重みは本記事の分析であり,法務省の公式採点基準・配点・得点予測ではない。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 平成26年司法試験・民事系第3問(民事訴訟法) |
| 問題文 | 法務省の問題PDFの10頁~15頁(第3問の本文は11頁~15頁) |
| 法的基準時 | 平成26年の試験実施時。後発の改正・判例を当時の答案要求へ持ち込まない。 |
| 資料の状態 | 両公式資料の対象範囲を読んだ。出題趣旨はPDF8頁~10頁の第3問,採点実感はPDF28頁~32頁の総論・設問別記述・末尾注記。 |
| 主要な検討事項 | 和解への表見法理,和解代理権と謝罪条項,予測外の後遺障害と既判力 |
| 評価項目と重み | 公開22項目,重み5は5項目,重み合計87。非採用の許容分岐を全答案へ累積要求しない。 |
| 主要判例 | 最高裁第三小法廷昭和45年12月15日判決(昭和45年(オ)第112号,民集24巻13号2072頁,判例秘書の判例番号 L02510278),最高裁第一小法廷昭和38年2月21日判決(昭和35年(オ)第480号,民集17巻1号182頁),最高裁大法廷昭和33年3月5日判決(昭和24年(オ)第182号,民集12巻3号381頁)。原文確認の範囲は第7参照。 |
| 答案の構成・分量 | 設問1~3に対応し,答案本文は5000字以内。設問3は合意内容限定構成を採用。 |
| 試験後の改正・判例 | 本記事は試験当時の問題の検討を目的とし,現在の事件へのそのままの適用は想定しない。 |
| 年度別の一覧 | 確認日現在,平成26年の年度別の一覧記事は掲載していない。 |
| 確認日 | 令和8年11月1日 |
設問1では,和解の取引的性質と紛争終結という効果に着目し,表見法理で訴訟上の和解を維持する理由を示す。
設問2では互譲が代理権の範囲を画する規範となり,設問3では人身損害の予測困難を踏まえ,和解対象とその既判力の範囲を限定する。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
第4は答案の何を評価するかを項目ごとに示し,両公式資料の根拠を頁・設問で併記する。
条件付き項目はその構成を採る場合だけ対象とする。
2 5段階の重み付けの基準
| 重み | 判断基準 |
|---|---|
| 5 | その設問の判断を大きく分ける核心 |
| 4 | 結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ |
| 3 | 通常押さえる法的処理・事情の評価 |
| 2 | 論証を補強する説明・個別事情・誤りの注意 |
| 1 | 補充的な引用・記述範囲の確認 |
項目ごとに公式資料の位置と設問での役割を確認して重みを判断している。
両資料に登場したという件数だけで重みを決めず,注意という種別だけで一律の重みにもしない。
(1) 適用条件と注意の扱い
合理性基準・無制限授権説・既判力縮小構成などの項目は,その構成を選んだ場合だけ評価する。
本答案は互譲基準と合意内容限定構成を採っているため,別構成を答案へ併記すること自体を要求しない。
規範を置かず事情だけで権限内とする誤りの注意は,正しい規範を示す番号10にまとめている。
同じ理解や誤りを二重に評価しない。
(2) 重み5の事項
番号1は設問1の検討対象と到達点,番号6は私法面と訴訟面を分断する不都合,番号10は和解代理権を画する互譲の規範,番号16は人身損害の予測困難,番号20は合意限定構成における更改的効力と既判力の接続である。
これらは各設問の骨格又は採用構成の核心であり,それを支える主要論証・当てはめの重み4と区別している。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
XはAの暴行による傷害について,Aと使用者B社を被告に330万円を請求し,150万円を支払う内容の訴訟上の和解をした。
B社側は登記上代表取締役のCが出頭しましたが,後にDはCが既に解任されていたと主張した。
また,Aの代理人L2は和解の特別授権を受け,Xの減額と引換えに謝罪・不再発誓約の条項を定めた。
和解が有効で履行された後,Xに新たな後遺障害が診断された。
2 設問が求めること
| 設問 | 指定と答案の到達点 |
|---|---|
| 1 | 和解の効力維持を立論する。訴訟一般の表見法理論,具体的な実体法上の適用条文選択,訴状送達の効力へ逸れない。 |
| 2 | 和解の特別授権がある前提で,昭和38年判決を踏まえ謝罪条項を権限内とする。弁護士倫理・内部の契約違反責任は除外。 |
| 3 | 既判力肯定を前提に追加請求の遮断を否定する。117条は趣旨の参考で,単純類推ではない。既判力有無の一般論は除外。 |
第4 評価項目と重み
1 設問1
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 訴訟上の和解の効力維持に検討を絞り,訴状送達や訴訟行為一般の判例変更の議論に逸れない。 | 5 | 実頁8・設問1:訴訟上の和解に対する表見法理 | 実頁29・設問1:判例変更が必要 |
| 2 | 訴訟上の和解を,私法上の和解契約と裁判所への一致した陳述という合同訴訟行為の両面から捉える。 | 3 | 実頁8・設問1:合同訴訟行為との併存 | 実頁29・設問1:私法上の契約としての側面 |
| 3 | 和解契約の互譲という取引的性質を理由に,取引行為と訴訟手続の区別だけでは表見法理を否定できないと論証する。 | 4 | 実頁8・設問1:取引行為と訴訟手続 | 実頁29・設問1:互譲という取引的性質 |
| 4 | 手続不安定論が善意・悪意という主観的要件により訴訟行為の効力が左右されるとの指摘であることを正確に把握する。 | 3 | 実頁8・設問1:手続の不安定を招く | 実頁29・設問1:善意悪意という主観的要件 |
| 5 | 終結時の和解を有効に扱うことが紛争の蒸し返しを防ぐ点を示し,和解に即して手続不安定論に反論する。 | 4 | 実頁8・設問1:具体的な理由を挙げて | 実頁29・設問1:訴訟上の和解について検討 |
| 6 | 私法上の和解契約だけが有効で訴訟上の和解は無効とする場合の不都合を説明し,私法上有効又は再訴可能という指摘だけで論述を終えない。 | 5 | 実頁8・設問1:不都合が | 実頁29・設問1:それで論述を終える |
| 7 | 登記を信頼したX側に債務名義取得のための再訴の時間的・経済的負担を負わせ,公示を怠った会社に履行先延ばしを認める不合理を具体化する。 | 4 | 記載なし | 実頁29・設問1:時間的,経済的な負担 |
2 設問2
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 8 | L2には民事訴訟法55条2項2号の和解特別授権があるという問題文の前提を維持する。 | 3 | 実頁9・設問2:授権された和解権限 | 実頁30・設問2:和解に関する特別授権 |
| 9 | 昭和38年判決を,抵当権設定が当該和解の互譲の方法として権限に含まれた判例として使い,当然の無制限授権判例と読み替えない。 | 4 | 実頁9・設問2:無制限説を採用するもの | 実頁29・設問2:一定の限界ないし制限 |
| 10 | 和解が互譲を本質とすることから,互いに譲歩する権限が和解代理権の範囲を画するという規範を定立する。本人の拒絶の有無や経済的不利益がないことだけで権限内としない。 | 5 | 実頁9・設問2:和解の本質が | 実頁30・設問2:当該権限の |
| 11 | Xの賠償額減額とAの謝罪・誓約との対価関係を評価し,条項1が和解代理権内であると結論付ける。 | 4 | 実頁9・設問2:対価性が認められる | 実頁30・設問2:互いに譲歩する権限 |
| 12 | 客観的合理性又はAの合理的意思を範囲基準とするなら,具体的事情からその合理性を論証する。【適用条件】合理性基準を採る場合。 | 3 | 記載なし | 実頁30・設問2:具体的な論証がなく |
| 13 | 無制限授権説を採るなら,その理由と昭和38年判決をその立場で理解できる理由を説明する。【適用条件】無制限授権説を採る場合。 | 4 | 実頁9・設問2:無制限であるとすることの理由付け | 実頁30・設問2:無制限であると解すべきか |
3 設問3
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 14 | 条項2・5を形式的に適用すると追加損害賠償請求が既判力により遮断されるという出発点を明示する。 | 3 | 実頁9・設問3:主張が遮断される,との主張 | 実頁31・設問3:このような原則 |
| 15 | 既判力肯定を前提とし,既判力の縮小と和解合意の範囲限定を区別して,採用する構成から追加請求を導く。 | 4 | 実頁9・設問3:2つの法律構成 | 実頁31・設問3:上記各立論の違い |
| 16 | 人身損害は後遺障害の変化等により将来変動し,損害全体を正確に予測して訴訟追行・和解することが困難な性質を説明する。 | 5 | 実頁9・設問3:人身損害においては | 実頁31・設問3:人身損害の特殊性 |
| 17 | 117条を単純に類推適用せず,人身損害の将来予測に限界があるため再調整を許す制度趣旨を参考にする。 | 4 | 実頁9・設問3:損害額の再調整 | 実頁31・設問3:単純に類推適用するのではなく |
| 18 | 既判力縮小構成では,人身損害の予測困難は一時金でも同じで,完全な攻撃防御が期待できる限度に既判力を限定すると説明する。【適用条件】既判力縮小構成を採る場合。 | 4 | 実頁9・設問3:一時金方式であっても同様 | 実頁31・設問3:どのような具体的な事情 |
| 19 | 既判力縮小構成では,和解時に予測できなかった後遺障害について本件の診療・交渉事情と結び付けて遮断を否定する。【適用条件】既判力縮小構成を採る場合。 | 3 | 実頁9・設問3:正確な将来予測 | 実頁31・設問3:自分の言葉で論述 |
| 20 | 合意内容限定構成では,和解の既判力が和解の更改的効力を訴訟上反映するもので,その範囲を超えないと説明する。【適用条件】合意内容限定構成を採る場合。 | 5 | 実頁10・設問3:和解の更改的効力が及ぶ範囲 | 実頁31・設問3:和解による合意内容の限定 |
| 21 | 合意内容限定構成では,成立時に双方が認識し又は認識できた損害だけを対象とするのが合理的意思に合致すると説明する。【適用条件】合意内容限定構成を採る場合。 | 4 | 実頁10・設問3:当事者の合理的意思に合致 | 実頁31・設問3:合意内容の限定 |
| 22 | 条項2・5を本件の予測外後遺障害の不存在まで確認するものと解さず,その請求を遮断する既判力は生じないと結論付ける。【適用条件】合意内容限定構成を採る場合。 | 4 | 実頁10・設問3:不存在とする趣旨の既判力は生じない | 実頁31・設問3:和解条項第2項 |
4 重みの分布
| 重み | 項目数 | 重みの合計 |
|---|---|---|
| 1 | 0 | 0 |
| 2 | 0 | 0 |
| 3 | 6 | 18 |
| 4 | 11 | 44 |
| 5 | 5 | 25 |
| 合計 | 22 | 87 |
項目数と重みの合計は公開表の集計である。
試験の得点や合格可能性ではない。
一般的な答案作法や文字の判読性に関する指摘は,別の加点・減点項目として重ねていない。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
以下は試験問題の指示に沿った一例である。
実体法上の表見法理の具体的な適用条文の選択はひとまず措き,設問3では和解の合意内容を限定する構成を採用する。
後遺障害の予見可能性・因果関係・損害額は与えられた事実だけで確定せず,追加請求が当然に認容されるとはしていない。
2 答案
1 設問1
(1) 検討の出発点
Cに真の代表権がなかったとすれば,Cの和解はB社の有権代表者による訴訟行為ではない。
昭和45年判決は,民法109条及び商法262条は取引の相手方を保護し,取引の安全を図る規定であるから,取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する者を定めるに当たっては適用されないとする。
しかし,同判決は,無権代表者を代表者として進行した訴訟で本案判決がされた事案である。
本問では,和解について同じ結論とすべきかを検討する。
(2) 和解の取引的性質と手続の安定
訴訟上の和解は,私法上の和解契約と,その内容を一致して裁判所に陳述する合同訴訟行為とが併存する。
私法上の和解は互譲により紛争を解決するもので,相手方の代表権を信頼して自らも権利を譲歩するという取引的性質がある。
裁判所が審理に基づいて権利の存否を判断する判決と異なり,和解の合意形成では取引安全の要請が強く働く。
したがって,訴訟手続内の行為であるという区別だけで表見法理を排除すべきではない。
表見法理を用いると,善意・悪意という主観的要件によって訴訟行為の効力が変わり,手続が不安定になるとの反論がある。
確かに,進行中の個々の訴訟行為を相手方の主観により有効・無効とすれば,手続の積み重ねを不安定にし得る。
しかし,本件では,終結時の和解を有効に扱うことで,当事者が合意した解決の蒸し返しを防止できる。
過去の全訴訟行為に一律に表見法理を適用する必要もない。
和解に限った適用は,かえって紛争の終局性を確保する方向に働く。
代表権欠缺が職権調査事項であり,上訴・再審の理由にもなることは本人の手続保障に資するが,それだけで和解の相手方の信頼を常に犠牲にすべきことにはならない。
以上から,判例の一般論の全面的変更を主張するのではなく,和解の性質に即して表見法理の適用を認めるべきである。
(3) 私法上の効力との不整合
私法上の和解契約に表見法理を適用できるのに,合同訴訟行為としての和解は常に無効とすると,契約で権利関係を確定したにもかかわらず,Xは和解調書を債務名義として支払を実現できない。
Xが改めて訴え,その契約の効力を主張して債務名義を得なければならないとすれば,登記を信頼して行動せざるを得なかったX側に,時間・費用・労力を重ねて負担させることになる。
他方,代表者交替を公示しなかったB社には,自らが契約上負担する義務の履行を先延ばしする余地を与える。
この不均衡は,私法上の契約としては有効だから再訴すればよいというだけでは解消されない。
同一の互譲による紛争解決を訴訟上も実現するため,和解については表見法理を認め,その訴訟法上の効力を維持するべき理由となる。
本件では,L1は登記事項証明書を確認し,登記上の代表取締役Cを代表者として手続を進め,Xも330万円から150万円へ譲歩した。
適用すべき実体法上の表見法理の要件が満たされる限り,B社は代表権欠缺を理由に本件和解の効力を争えないと立論する。
具体的な適用条文の選択は本設問の検討対象としない。
2 設問2
(1) 和解権限を画する規範
L2には民事訴訟法55条2項2号の和解の特別授権がある。
和解は互譲を本質とするから,和解権限の授与には,当該紛争の解決のため相手方の譲歩を引き出す対価として自らも譲歩する権限が含まれる。
訴訟物外の事項であるというだけで別途の明示的授権を要するわけではないが,無関係な処分まで当然に含む無制限の権限でもない。
昭和38年判決は,貸金債務の弁済猶予・分割払いという譲歩と引換えの抵当権設定を,訴訟物に関する互譲の一方法として和解代理権に含まれるとした。
その事案で認めた付随行為と互譲との関係を,本件でも検討すべきである。
(2) 条項1への当てはめ
Xは減額に応じる代わりに,Aの謝罪と不再発の誓約を条項へ記載することを求め,その結果150万円という金額で合意した。
謝罪等は本件傷害に関する紛争解決の一環であり,減額との対価関係がある。
したがって,この条項を設ける権限は,互譲を実現する和解代理権の範囲に含まれる。
謝罪が人格に関わることは担保設定との相違であるが,本件は内心の反省を裁判所が強制的に形成させる場面ではなく,本件紛争の解決文言を減額と交換して合意した場面である。
Aの個別の同意を認定する必要はなく,L2の「異存はないはず」との説明をAの実際の同意と扱うものでもない。
また,単に経済的不利益がないから権限内だとするのでもない。
よって,AはXとの間で条項1の無権代理を理由に本件和解の効力を争うことはできない。
3 設問3
(1) 既判力による遮断という原則
和解条項2が損害賠償債務を150万円と定め,条項5がそのほかの債権債務がないことを確認している以上,既判力を形式的に及ぼせば,Xの追加賠償請求はその遮断を受ける。
不法行為による損害賠償請求権は事故時に将来損害も含めて成立しており,後遺障害の判明をそのまま和解後の新たな権利発生とはいえない。
包括的な清算条項があるので,単純な一部請求後の残部請求でもない。
そこで,既判力を肯定する前提を守りつつ,既判力自体を縮小するのではなく,本件和解の合意内容を限定する構成によって反論する。
(2) 人身損害の性質と117条の趣旨
人身損害は,後遺障害の発生や程度の変化によって将来変動する。
損害全体を完全に予測して主張立証し,又は和解の条件を交渉することには限界がある。
117条が定期金賠償判決について事情の著しい変更による再調整を許すことは,この予測の限界に対応するものである。
本件は一時金による和解なので,同条を単純に類推適用するものではない。
しかし,人身損害について正確な将来予測が困難なことは,一時金による解決でも変わらない。
この性質を踏まえて,当事者がいかなる損害を和解の対象としたかを解釈すべきである。
(3) 合意の限定と既判力の範囲
この構成では,和解の既判力は,合意によって権利関係を確定する更改的効力に反する蒸し返しを,訴訟上遮断する効力として理解する。
したがって,既判力の範囲が和解の更改的効力の範囲を超えることはない。
将来発生するかも定かでない後遺障害を含む損害全体を正確に把握して合意することは困難である。
本件和解は,成立時に双方が認識していたか,又は認識できた損害を対象としたものと解するのが合理的意思に合致する。
抽象的な清算文言だけから,予測不能な損害の危険までXが全て引き受けたと解すべきではない。
本件は,通院治療終了後の既知の傷害について賠償を求めた事件であり,和解から半年以上後に新たな症状が現れ,後遺障害として残存すると診断された。
和解時にはその発生を認識できず,その危険を織り込んだ清算でもなかったと認められれば,この請求権は和解対象外である。
条項2・5も,その不存在まで確認する趣旨ではないと解する。
その結果,当該後遺障害に基づく損害賠償請求権を不存在とする既判力は生じておらず,追加請求は遮断されない。
150万円の履行済みという事情も,和解対象外の損害賠償債務の不存在を意味しない。
もっとも,事故との因果関係・損害額等はなお審理を要し,追加請求が当然に認容されるわけではない。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案の1は番号1~7,2は番号8~13,3は番号14~22に対応する。
以下の表には重み5・4の全項目と,重み3以下でも構成に応じた適用条件を持つ項目を示す。
表に掲げない番号2・4・8・14は,それぞれ和解の両面,手続不安定論,特別授権,遮断という原則の前提整理である。
これらも答案の該当箇所で扱っている。
非採用の構成は未充足とせず,適用外の理由を示す。
第4の重み5・4の項目及び条件付きの項目について,模範解答との対応を次の表に示す。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 1 | 5 | 訴訟上の和解の効力維持に検討を絞り,訴状送達や訴訟行為一般の判例変更の議論に逸れない。 | 1の(1)~(3) |
| 3 | 4 | 和解契約の互譲という取引的性質を理由に,取引行為と訴訟手続の区別だけでは表見法理を否定できないと論証する。 | 1の(2) |
| 5 | 4 | 終結時の和解を有効に扱うことが紛争の蒸し返しを防ぐ点を示し,和解に即して手続不安定論に反論する。 | 1の(2) |
| 6 | 5 | 私法上の和解契約だけが有効で訴訟上の和解は無効とする場合の不都合を説明し,私法上有効又は再訴可能という指摘だけで論述を終えない。 | 1の(3) |
| 7 | 4 | 登記を信頼したX側に債務名義取得のための再訴の時間的・経済的負担を負わせ,公示を怠った会社に履行先延ばしを認める不合理を具体化する。 | 1の(3) |
| 9 | 4 | 昭和38年判決を,抵当権設定が当該和解の互譲の方法として権限に含まれた判例として使い,当然の無制限授権判例と読み替えない。 | 2の(1) |
| 10 | 5 | 和解が互譲を本質とすることから,互いに譲歩する権限が和解代理権の範囲を画するという規範を定立する。本人の拒絶の有無や経済的不利益がないことだけで権限内としない。 | 2の(1)・(2) |
| 11 | 4 | Xの賠償額減額とAの謝罪・誓約との対価関係を評価し,条項1が和解代理権内であると結論付ける。 | 2の(2) |
| 12 | 3 | 客観的合理性又はAの合理的意思を範囲基準とするなら,具体的事情からその合理性を論証する。【適用条件】合理性基準を採る場合。 | 合理性を独立基準とする構成は非採用。互譲基準を採用。 |
| 13 | 4 | 無制限授権説を採るなら,その理由と昭和38年判決をその立場で理解できる理由を説明する。【適用条件】無制限授権説を採る場合。 | 無制限説は非採用。2の(1)は互譲に結び付く限界を示す。 |
| 15 | 4 | 既判力肯定を前提とし,既判力の縮小と和解合意の範囲限定を区別して,採用する構成から追加請求を導く。 | 3の(1)・(3) |
| 16 | 5 | 人身損害は後遺障害の変化等により将来変動し,損害全体を正確に予測して訴訟追行・和解することが困難な性質を説明する。 | 3の(2) |
| 17 | 4 | 117条を単純に類推適用せず,人身損害の将来予測に限界があるため再調整を許す制度趣旨を参考にする。 | 3の(2) |
| 18 | 4 | 既判力縮小構成では,人身損害の予測困難は一時金でも同じで,完全な攻撃防御が期待できる限度に既判力を限定すると説明する。【適用条件】既判力縮小構成を採る場合。 | 既判力縮小構成は非採用。下記設問3解説で比較する。 |
| 19 | 3 | 既判力縮小構成では,和解時に予測できなかった後遺障害について本件の診療・交渉事情と結び付けて遮断を否定する。【適用条件】既判力縮小構成を採る場合。 | 既判力縮小構成は非採用。下記設問3解説で比較する。 |
| 20 | 5 | 合意内容限定構成では,和解の既判力が和解の更改的効力を訴訟上反映するもので,その範囲を超えないと説明する。【適用条件】合意内容限定構成を採る場合。 | 3の(3) |
| 21 | 4 | 合意内容限定構成では,成立時に双方が認識し又は認識できた損害だけを対象とするのが合理的意思に合致すると説明する。【適用条件】合意内容限定構成を採る場合。 | 3の(3) |
| 22 | 4 | 条項2・5を本件の予測外後遺障害の不存在まで確認するものと解さず,その請求を遮断する既判力は生じないと結論付ける。【適用条件】合意内容限定構成を採る場合。 | 3の(3) |
(2) 設問1の解説
出題趣旨は,訴訟行為に対する表見法理不適用説への一般的,抽象的な反論ではなく,訴訟上の和解について表見法理の適用によりその効力を維持する議論を求めている。
答案は互譲という取引的性質と,終結した解決を維持する安定性を示し,番号1・3・5に対応した。
番号4の反論対象は善意・悪意という主観的要件による効力の変動である。
番号6・7については,私法上の和解が有効でも債務名義として使えないとする不都合を具体化している。
採点実感は,登記を信頼した側へ再訴の時間的・経済的負担を課し,公示を怠った側の履行を遅らせる解決を問題にしている。
私法上有効だから再訴すればよい,という結論で終わる答案とは区別すべきである。
(3) 設問2の解説
昭和38年判決を踏まえ,番号9・10では,抵当権設定が訴訟物に関する互譲の一方法であるという理由を規範へ接続した。
番号11では,減額と謝罪条項の対価関係を具体的に評価している。
本人が拒絶したか,謝罪に経済的不利益がないかだけで結論を出すことは,番号10に含めた注意に反する。
合理性基準を使う場合の番号12と無制限授権説を使う場合の番号13は,本答案の採用構成とは異なる。
それらの構成を採る答案では,具体的な合理性又は無制限とする根拠を説明し,昭和38年判決との整合も示す必要がある。
謝罪と内心の反省との区別は本記事の補足的な比較であり,公式資料が独立の評価項目として要求したものではない。
(4) 設問3の解説
番号14で,まず包括清算条項を形式的に適用すると既判力で遮断されるという原則を示した。
その上で番号16・17により,人身損害の将来予測の困難と117条の趣旨を確認している。
判明が後になったことと権利が後から成立したことを混同することや,一部請求の残部論へ置き換えることは,問題文の会話と整合しない。
本答案は番号20~22の合意内容限定構成である。
和解の更改的効力とその訴訟上の反映である既判力の範囲を結び付け,双方が認識し又は認識できた損害を対象とする合理的意思から,予測外損害の不存在まで確定していないと論じた。
単なる手続保障不足という言い換えではない。
これに対し,番号18・19の既判力縮小構成は,確定判決と同じように既判力を捉えつつ,人身損害では一時金でも完全な将来予測と攻撃防御が困難なことを踏まえ,その期待可能な限度へ遮断効を縮小する構成である。
どちらも許容される立論ですが,根拠を取り違えず,本件の事情へ接続する必要がある。
117条をそのまま類推適用する構成ではない。
(5) 答案の弱点と扱わなかった事項
本答案は一つの立論例であり,事実審の認定や個別事件の助言を代替するものではない。
後遺障害の予測可能性を認められる場合や,将来損害の危険を明確に引き受けた合意がある場合は,合意対象の評価が変わり得る。
会社の内紛の詳細,具体的な表見規定の選択,弁護士倫理,因果関係・損害額の確定,後発法による現在の事件処理は扱っていない。
原典確認の範囲は第7のとおりである。
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② 平成28年司法試験民事系第3問(民事訴訟法)の模範解答と評価項目
3 本問の論点に関連する山中弁護士ブログの記事
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
問題はPDF10頁~15頁,出題趣旨はPDF8頁の第3問見出しから10頁の次科目見出し直前まで,採点実感はPDF28頁~32頁を読んだ。
他の問題の内容は本記事の根拠に用いていない。
評価表の「記載なし」は,この関連範囲を読んだ上での表示である。
2 判例・法令と独自分析の範囲
最高裁第一小法廷昭和38年2月21日判決(昭和35年(オ)第480号,和解契約無効確認等請求事件,民集17巻1号182頁)
上記の裁判所ウェブサイトの全文(全2頁)で,抵当権の設定が「訴訟物に関する互譲の一方法」としてされ,和解の代理権限に含まれるとした判示を確認した。
昭和33年判決(昭和24年(オ)第182号,借地権確認請求事件,民集12巻3号381頁)は,全文で「裁判上の和解は確定判決と同一の効力を有し(民訴二〇三条)、既判力を有するものと解すべき」との判示を確認した。
昭和45年判決(昭和45年(オ)第112号,売買代金請求事件,民集24巻13号2072頁,判例秘書の判例番号 L02510278)は,判例秘書の全文で,民法109条及び商法262条は「取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する者を定めるにあたつては適用されない」との判示を確認した。
民事訴訟法55条2項2号・117条・267条・312条2項4号・338条1項3号は,e-Gov法令検索の平成24年10月1日施行版(次の施行日は平成29年6月2日)で確認した。
公式資料に示された要求と,重みの判断,答案の具体的表現,補足的な比較は区別している。
重みと本答案は記事独自の整理である。
実務での使用に当たっては,現在の法状態の確認が必要である。