取引先の事業や不動産が別会社に移ったのに,未払代金や保証債務だけが旧会社に残っている。この場合,事業を続けている会社へ当然に全額請求できるとは限りません。しかし,債務を承継しなかったという説明だけで,回収の検討が終わるわけでもありません。
会社分割では,承継する権利義務を定めた契約・計画と,債権者を保護する規定を確認します。本記事では,事業を受ける側が株式会社である場合を中心に,残存債権者の直接請求と,最高裁判決が認めた詐害行為取消しの違いを整理します。
第1 最初に確認するのは,誰に債務が残ったか
吸収分割承継株式会社は,効力発生日に吸収分割契約の定めに従って権利義務を承継します。新設分割設立株式会社は,その成立の日に新設分割計画の定めに従って権利義務を承継します(会社法759条1項・764条1項)。会社の名称や営業場所が似ているという事情だけで,個々の債務の承継を決めないことが出発点です。
確認する資料は,元の契約書・請求書・保証契約書,分割前後の会社の登記事項,吸収分割契約又は新設分割計画,承継する権利義務を特定する資料です。資料を並べ,債権の発生原因,債務者,未払額,分割の効力発生日を一つずつ対応させます。
事業譲渡は会社分割と異なる取引です。事業譲渡で譲受会社へ請求する問題は,事業譲渡における残存債権者の請求を参照してください。
第2 残存債権者が承継会社へ直接請求できる場合
1 吸収分割では承継会社が知らなかった場合にも注意する
会社法759条4項は,吸収分割会社が残存債権者を害することを知って吸収分割をした場合に,残存債権者が承継株式会社へ債務の履行を請求できる旨を定めています。請求できる責任の範囲には,承継した財産の価額という限度があります。
ただし,承継株式会社が分割の効力発生時に残存債権者を害することを知らなかったときは,同項による責任は生じません。旧会社の認識だけを調べて,承継会社側の認識を検討しないのは不十分です。
2 新設分割についても直接請求の規定がある
会社法764条4項は,新設分割会社が残存債権者を害することを知って新設分割をした場合に,新設分割設立株式会社への履行請求を認めています。ここでも,承継した財産の価額が責任の限度です。759条4項ただし書のような承継会社の善意による除外は,同条項には置かれていません。
両制度とも,単に分割後の支払が滞ったというだけで要件を満たすとは判断できません。分割前後に旧会社へ残った財産・債務,移った財産とその評価,分割の対価,分割時の関係者の認識を具体的に調べます。
3 適用除外と債権者保護手続を確認する
759条5項・764条5項には,それぞれ適用除外があります。分割契約・計画に,分割の効力発生日・新会社成立の日に承継会社の株式を対価とする一定の自己株式取得又は株式の配当を行う定めがある場合は,4項の直接請求をそのまま適用できません(758条8号・763条1項12号)。
また,異議を述べることができる債権者が各別の催告を受けなかった場合には,759条2項・3項,764条2項・3項などの検討も必要です。「催告がなかった」という一点から,全ての残存債権者が同じ請求をできると結論付けず,異議を述べられる立場か,公告・催告がどのように行われたかを分けて確認します。
根拠条文は,e-Gov掲載の会社法の758条・759条・763条・764条・789条・810条です。
第3 直接請求には期限と倒産時の制約がある
759条4項・764条4項の責任については,分割会社が残存債権者を害することを知って分割したことを知った時から2年以内に,請求又は請求の予告をしない残存債権者に対する責任が消滅します。吸収分割では効力発生日から,新設分割では設立株式会社の成立の日から10年を経過した場合も同様です(各条6項)。
「分割を知った日」と「害することを知って分割したことを知った日」を,説明を簡単にするために同じものへ置き換えないことが大切です。通知,登記,決算書,説明を受けたメールなどを日付順に整理し,どの時点で何を知ったのかを確認します。
さらに,分割会社について破産・再生・更生手続開始の決定があったときは,残存債権者は4項による直接請求権を行使できません(各条7項)。これは全ての債権や倒産手続内の回収可能性が消えるという説明ではありません。手続開始後は,その手続で取り扱う債権と回収方法を確認する必要があります。
第4 最高裁平成24年10月12日判決が認めたこと
最高裁第二小法廷平成24年10月12日判決・平成22年(受)第622号は,新設分割で不動産を別会社へ移し,保証債務を旧会社に残した事案です。旧会社は,分割後には新会社等の株式以外の資産を保有しない状態になっていました。
最高裁は,債務が新会社に承継されず,その新設分割に異議を述べることもできない旧会社の債権者が,民法424条により詐害行為取消権を行使できると判断しました。否定できるのは,債権保全に必要な限度での新会社への権利承継の効力です。新会社の設立そのものを無効にするという判断ではありません。
この判決は,現在の会社法759条4項・764条4項の直接請求制度を適用した判決ではありません。当時の法律に基づく判決の説明と,現在の直接請求の説明を分けて読む必要があります。現行法上の取消しの要件や期間は,個々の分割と債権について改めて検討します。
第5 株式を受け取ったから回収に影響がないとは限らない
同判決の須藤正彦裁判官の補足意見は,分割の対価が相当であることと,残存債権の引当てとなる財産が維持されることを区別しています。分割後の株式価値という見方だけでは,どの債権者がどの財産から回収できるのかという変化を見落とします。
実務上の検討では,分割前後の貸借対照表の差額だけで判断せず,担保の付いた不動産の残余価値,手元資金,回収できる売掛金,取得した株式の換価可能性を別々に確認する方法が考えられます。これは同補足意見を踏まえた資料整理の提案であり,全ての事件で同じ評価額になるという趣旨ではありません。
第6 相談前に整理しておきたい資料
まず,債権そのものを裏付ける契約・納品・請求・入金の資料をそろえます。次に,分割の方式と日付,債務の承継の有無,分割前後の財産の所在,公告・催告,関係会社から受けた説明を整理します。手元にない契約・計画は,取得済みと扱わず,不足資料として区別しておきます。
相談時には,誰に何を請求したいのかを分けて伝えると検討が進みます。例えば,旧会社に残った債権の履行,承継会社への会社法上の直接請求,財産の移転を対象とする取消しは,同じ「回収」の希望でも確認する要件と効果が異なります。
第7 関連資料
会社法上の直接請求の確認には会社法原文,判決の射程の確認には平成24年10月12日最高裁判決全文を参照してください。会社分割などの関連判例を探す入口は,会社法等に関する最高裁判例の索引です。