第1 代物弁済では三つの金額を分ける
会社が設備などの事業用資産を債権者へ渡して借金を返す場合,資産の時価,その資産によって消える債務の額,他の債権者のために残っていた担保余剰は,同じ金額とは限らない。
消費税,破産法上の否認,貸倒損失では,それぞれ判断する対象が異なる。
本記事は,令和8年10月19日に確認した現行法令と国税庁の公表取扱いに基づき,国内で法人が自己の事業用資産を代物弁済に供する場合を整理する。
納税義務の有無,資産の課税区分,取引日及び契約内容を確かめた上で適用する。
第2 先に確定するのは消滅する債務の範囲
1 資産の評価額だけで残債務を決めない
残債務が900万円,資産の評価額が750万円というだけでは,取引後に150万円の債務が残るとは限らない。
資産の給付によって900万円全額を消滅させる合意なのか,750万円分だけを消滅させる合意なのか,残額について別途の免除があるのかを確認する。
民法482条は,債権者との契約により,本来の給付に代わる別の給付をしたとき,その給付が弁済と同一の効力を有すると定める。
契約書には,対象債務,元本・利息等の内訳,代替給付,債務が消滅する範囲と時点を具体的に記載することが望ましい。
2 所有権留保車の返還を一律に代物弁済としない
所有権留保付きの車を売主等へ返す場合は,既存の留保所有権の実行,元の売買の解除,買主からの別個の資産譲渡のいずれに当たるかを,契約と精算内容から確認する。
車両の引渡しという外形だけで,通常の事業用資産の代物弁済と同じ消費税処理を選ぶことはできない。
売買契約,信販・保証契約,登録名義,期限の利益の喪失条件,返還合意及び精算書を照合する。
所有権留保に関する否認の結論を,元の売買の課税関係や返還時の税額へそのまま移さない。
第3 消費税では消滅債務額が対価となる
1 現金の受領がなくても資産の譲渡を検討する
国税庁No.6145は,代物弁済による資産の譲渡を,対価を得て行う資産の譲渡の例として挙げる。
現金を受け取らないことだけを理由に,消費税の対象外とすることはできない。
消費税法28条1項は,金銭以外の物・権利その他の経済的利益も対価に含める。
同庁No.6301は,代物弁済の場合の対価を,代物弁済により消滅する債務の額と説明している。
2 資産の時価と税込・税抜を分ける
前記の例でも,通常の代物弁済によって900万円全額が消滅する契約であれば,資産の評価額750万円だけを根拠として対価を750万円にすることは適切でない。
一部弁済や別途の債務免除を含む場合は,名称による形式的な分割で結論を出さず,各合意の関係と取引の実態を確認する。
消費税の課税標準となる対価には,消費税・地方消費税の相当額を含めない。
消滅債務額を把握した後も,税込・税抜の合意,資産の課税・非課税の区分,適用税率を確認する必要がある。
受領側の取得価額や仕入税額控除は,受領側の適用制度と保存書類を含む別の検討となる。
第4 否認では共同担保の減少を確かめる
破産法162条は,破産者自身の既存債務についての担保供与又は債務消滅行為を対象とする。
危機時期や相手方の認識を確認するとともに,他の破産債権者を害するかを検討する。
債権者が従前から有効な担保権を持ち,代物弁済がその担保価値の実現にとどまる場合は,無担保債権者への資産移転と同じ評価にはならない。
担保の成立・対抗要件,被担保債権の範囲と残高,実行できる時期,資産の処分見込額,費用及び担保余剰を調べ,取引前後で一般債権者の引当価値が減るかを比較する。
他の債権者を害しないと評価できても,それだけで消費税の課税資産の譲渡がなくなるわけではない。
逆に,税務上の対価を確認できても,否認の要件を満たさないことまで証明したことにはならない。
なお,破産法160条2項が定める過大な代物弁済は,債権者が受けた給付の価額が消滅債務額を超える場合の超過部分を扱う。
消滅債務額が資産評価額を上回る場合と,大小関係を取り違えない。
第5 貸倒損失は残った債権について別に判断する
代物弁済で債権全額が消滅した場合と,一部だけが消滅して残債権がある場合を分ける。
資産評価額と従前の債権額の差額だけを取り出して,当然に貸倒損失とすることはできない。
国税庁No.5320は,債権切捨て,事実上の全額回収不能,一定期間取引停止後の売掛債権等について,それぞれ異なる要件を示している。
事実上の貸倒れでは,債務者の資産状況・支払能力等から全額回収不能が明らかになったことが必要であり,担保物がある場合はその処分後でなければ損金経理できないとされる。
消費税の貸倒れに係る税額控除も別に判断する。
No.6367が対象とするのは,消費税の課税対象となる取引から生じた売掛金等であり,貸倒れの事実を示す書類の保存が必要である。
法人税の貸倒損失を検討したという理由だけで,貸付金などの債権に消費税の控除を当てはめない。
第6 弁護士と税理士が共有する資料
弁護士は,債務の同一性,代替給付の権利移転,担保と対抗要件,期限及び否認の対象行為を確定する。
税理士は,同じ契約と精算書を使い,消滅債務額,資産の課税区分,税込・税抜,計上時期及び残債権の税務処理を照合する。
共有する資料は,原契約と変更合意,債権残高明細,担保・登録資料,評価書と処分費用の見積り,代物弁済契約書,引渡し・移転の記録,精算書及び回収経過である。
資産の評価額,消滅債務額,残債権額及び担保余剰を別欄にし,契約・精算書・会計記録が同じ取引を表しているかを決済前に確認することが有用である。
第7 関連記事と根拠
1 関連記事
偏頗弁済と否認権 https://yamanaka-bengoshi.jp/2026/09/23/henpa-bensai-hinin-160-161-162/
法人の貸倒損失の計上基準 https://yamanaka-bengoshi.jp/2026/07/10/%EF%BD%8Bashidaore-keijyoukijyun/
2 根拠と適用範囲
民法482条 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
破産法160条・162条 https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000075
消費税法28条・39条 https://laws.e-gov.go.jp/law/363AC0000000108
国税庁No.6145「資産の譲渡の具体例」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6145.htm
国税庁No.6301「課税標準」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6301.htm
国税庁No.5320「貸倒損失として処理できる場合」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5320.htm
国税庁No.6367「貸倒れに係る税額の調整」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6367.htm
否認の制度趣旨と担保価値の比較については,法務省の令和2年司法試験出題の趣旨の倒産法第1問設問3(PDF22~23頁)も参考にした。
試験資料は論点の説明資料であり,個別事件の結論や代物弁済の税額を回答するものではない。
法務省・令和2年司法試験の出題の趣旨 https://www.moj.go.jp/content/001339369.pdf