第1 結論―全国一律の金額又は収入割合はない
インドの子の養育費には,全国一律の月額又は「収入の何%」という一つの法定算式があるわけではない。
裁判所は,適用される法令と手続を特定した上で,子の必要,従前の生活水準,両親の実収入・資産・負債,他の扶養義務,教育費・医療費及び監護の実情等を資料に基づいて検討する。
令和6年7月1日からは,従前の刑事訴訟法125条に対応する簡易な扶養手続が,Bharatiya Nagarik Suraksha Sanhita, 2023(BNSS)144条に置き換わっている。
もっとも,BNSS144条だけで全ての子の扶養問題が処理されるわけではなく,Hindu Adoptions and Maintenance Act, 1956(HAMA)20条,Hindu Marriage Act, 1955(HMA)26条又はSpecial Marriage Act, 1954(SMA)38条等が問題となることもある。
日本とインドにまたがる事件では,養育費の金額に加えて,どちらの国で請求するか,どの国の法律を適用するか,既存の合意又は裁判を他国で利用できるか,実際に差し押さえる財産がどこにあるかを分けて確認する必要がある。
当事者の一方がインド国籍であることやインドに住むことだけで,インド法の適用又は日本の裁判のインドでの強制執行が当然に決まるものではない。
第2 子の養育費と配偶者の扶養を分ける
インドの公的資料では,子の養育費と,妻又は離婚した妻の扶養が同じ条文又は同じ裁判の中で扱われることがある。
しかし,権利者,支払期間,取消しの要件及び考慮事情は同じではない。
BNSS144条1項は,十分な資力がある者が扶養を怠り,又は拒んだ場合について,妻,子及び父母を区別して列挙している。
妻の再婚,正当な理由のない同居拒否又は別居合意に関する規定を,子の養育費が当然に消滅する根拠として用いることはできない。
離婚していない父母の間でも,子に関する同条の要件を満たせば申立ての問題となり得るため,「離婚後でなければ養育費を請求できない」とは限らない。
第3 最初に適用される法令と手続を特定する
1 BNSS144条による簡易な扶養命令
BNSS144条は,十分な資力があるのに扶養を怠り,又は拒む者に対し,第一級司法治安判事が月額の扶養料を命じる枠組みを定める。
対象には,自ら生活を維持できない嫡出又は非嫡出の子が含まれ,既婚か否かだけで未成年の子を除外する文言ではない。
成年の子については,既婚の娘を除き,身体的又は精神的な異常若しくは傷害のため自ら生活を維持できない場合が条文上の対象となる。
この年齢と要件は,他の家族法上の扶養請求と同じではないため,後記のHAMA20条等と混同しない。
同条は,本案の月額扶養料のほか,手続中の暫定扶養料及び手続費用を命じることができるとし,暫定扶養料の申立ては,相手方への通知送達後60日以内の処理に努める旨を置く。
ただし,これは一律に60日で支払開始又は終局判断が確定するという保証ではない。
2 HAMA20条による子の扶養
HAMAは,ヒンドゥー教徒のほか,仏教徒,ジャイナ教徒及びシク教徒等に適用される一方,イスラム教徒,キリスト教徒,パールシー教徒又はユダヤ教徒には,条文上の適用要件を満たさない限り当然には適用されない。
したがって,当事者がインド国籍であるというだけでHAMAを適用しない。
HAMA20条は,親に嫡出又は非嫡出の子を扶養する義務を負わせ,子は未成年の間,親に扶養を求めることができるとする。
また,同条3項は,未婚の娘が自己の収入その他の財産によって生活を維持できない場合に,その扶養義務を定める。
インド最高裁のAbhilasha v. Parkash判決は,旧刑事訴訟法125条とHAMA20条3項の違いを扱い,成年の未婚の娘によるHAMA上の請求には,適切な主張立証と同法上の手続が必要であることを示した。
同判決はBNSS施行前の判決であるため,現在の具体的事件ではBNSS144条の文言と施行後の裁判例を併せて確認する必要がある。
3 HMA26条及びSMA38条
HMA26条は,HMAに基づく手続の中で,未成年の子の監護,扶養及び教育について暫定命令又は判決時の命令をする権限を裁判所に与える。
SMA38条も,SMAに基づく手続における未成年の子の監護,扶養及び教育について同種の権限を定める。
これらは,それぞれの婚姻法に基づく手続との結び付きがあるため,BNSS144条又はHAMA20条と自由に置き換えられる一つの制度ではない。
婚姻の方式,当事者の宗教,係属中の離婚・婚姻手続,子の年齢及び求める命令を確認し,請求の根拠を選ぶ必要がある。
第4 金額を決める際の考慮事情
インド最高裁のRajnesh v. Neha判決は,複数の扶養手続の調整,資産・負債の開示,金額の考慮事情,支払開始時期及び執行について全国的な指針を示した。
同判決はBNSS施行前に旧刑事訴訟法125条等を扱ったものであるが,収入と必要を資料化し,重複命令を避けるという実務上の枠組みを理解する上で重要である。
金額を検討する際は,少なくとも次の事情を確認する。
| 確認事項 | 資料の例 |
|---|---|
| 子の通常の生活費 | 食費,衣類,住居,交通,通信等の月額一覧 |
| 教育・医療・特別な必要 | 学費,教材,通学,医療,障害又は疾病に関する資料 |
| 従前の生活水準 | 同居中の住居,学校,習い事,家族の支出実績 |
| 両親の収入と稼働能力 | 給与明細,税資料,事業帳簿,資格,職歴,銀行取引 |
| 資産・負債・他の扶養義務 | 不動産,金融資産,借入れ,同居家族,他の子への支払 |
| 実際の監護と直接負担 | 同居日数,教育・医療費の直接払い,送迎・日常監護 |
名目上の給与だけでなく,生活水準,銀行取引,事業収入及び保有資産と整合するかを確認する。
一方の親が無収入であるという申告だけから支払能力又は養育負担を決めず,育児による就労制約,健康,資格,実際の就労可能性及び資産を区別して検討する。
第5 収入の25%又は子1人当たりの定額ではない
インドの養育費について,給与の25%等の数値が紹介されることがあるが,それを全ての子の養育費に適用される全国一律の法定割合として扱うことはできない。
配偶者扶養に関する個別裁判の割合,暫定命令の目安又は特定の事実関係における結論と,子の具体的な必要に基づく算定を分ける必要がある。
子が1人であるか複数であるか,私立学校又は特別な医療を必要とするか,双方の親にどの程度の資力と他の扶養義務があるかによって結論は変わる。
相談時には割合を先に当てはめるのではなく,月額支出表と双方の資力資料を作成する方が適切である。
第6 何歳まで支払うかは根拠法ごとに異なる
「インドでは18歳で養育費が必ず終わる」と一律に説明することはできない。
BNSS144条では,未成年の子と,身体的又は精神的な異常若しくは傷害のため自活できない一定の成年の子を区別している。
HAMA20条では,子一般の請求は未成年の間とされる一方,自己の収入又は財産で生活を維持できない未婚の娘について別の義務が定められている。
HMA26条及びSMA38条は,各婚姻法上の手続における未成年の子を対象とする。
したがって,生年月日だけでなく,婚姻の有無,障害・傷害,経済的自立,適用される身分法,既存命令の終期及び係属手続を確認する。
大学在学中であることだけで全ての法令上当然に同じ結論になるとも,成年到達だけで既存命令が当然に消滅するとも決め付けず,命令文と根拠法を読む必要がある。
第7 申立日,暫定扶養料及び資産開示
BNSS144条2項は,月額扶養料又は暫定扶養料について,命令の日から,又は裁判所がそのように命じるときは申立日から支払うことができると定める。
Rajnesh v. Neha判決は,扶養申立ての日から支給することを全国的な指針として示したが,個別事件では最終的な命令文と理由を確認する必要がある。
同判決は,扶養事件における資産・負債の開示書式を示し,先行する扶養手続及び命令を開示して重複を調整することを求めた。
当事者は,インド又は外国で既に得た命令,係属事件,受領済額,直接払い及び未払額を一つの一覧にし,同じ期間について二重の回収が生じないよう管理する必要がある。
第8 不払い,変更及びインド国内の執行
BNSS144条3項は,正当な理由なく命令に従わない場合について,各回の不払額を徴収するための令状と,一定の場合の拘禁を定める。
ただし,各支払期日から1年を超えた後の徴収申立てには条文上の期間制限が問題となるため,支払期日ごとに未払額と申立日を管理する必要がある。
BNSS146条は事情変更に応じた扶養額の変更等を,147条は命令を義務者の所在する場所で執行し得る旨を定める。
収入減少,失職,再婚又は転居があったことだけで,既存命令を無視してよいわけではなく,変更申立てと未払分の扱いを分ける。
具体的な執行方法は,命令を出した機関,義務者の所在地,財産の種類及び州・裁判所の手続によって異なる。
申立書,命令書,送達資料,支払記録,未払計算書及び財産情報をそろえ,インドの弁護士に管轄と執行手段を確認する必要がある。
第9 日本からインドにいる親へ請求する場合
日本の裁判所で新たに養育費を求める場合は,まず日本の国際裁判管轄を確認し,次に「扶養義務の準拠法に関する法律」によって適用法を定める。
詳しい判断順序は,国際養育費の請求と回収及び国際扶養の準拠法で整理している。
日本の裁判所がインド法を適用する場合でも,BNSS144条,HAMA20条,HMA26条又はSMA38条のどれが問題となるかを確定する必要がある。
インド法の原文,施行日,宗教・婚姻に関する適用範囲及び必要な裁判例を,翻訳だけでなく原文と照合する。
インドで直接手続を選ぶ場合は,BNSS145条その他の管轄規定,当事者の所在,婚姻手続の係属及び請求根拠を現地弁護士と確認する。
日本にいる申立人からの本人確認,委任状,認証,翻訳,オンライン又は代理人による手続の可否は,利用する裁判所と事件類型を特定して確認する必要がある。
第10 日本とインドの裁判を相手国で使う場合
1 日本の養育費判断をインドで使う場合
インド民事訴訟法13条は,外国判決が当事者間で終局的なものとして扱われない例外を定める。
管轄ある裁判所の判断か,本案について判断されたか,自然的正義に反しないか,詐欺によらないか,インド法に反する請求を維持するものではないか等を確認する必要がある。
同法44A条は,インド政府が官報で相互国として指定した領域の上級裁判所による一定の金銭判決について,認証謄本等を地方裁判所へ提出して執行する枠組みを定める。
日本のどの裁判所・どの種類の養育費判断が同条の対象となるかは,最新のインド官報による指定,相互国・上級裁判所の範囲及び判決の性質を事件ごとに確認しなければならない。
44A条を利用できない場合に必要となる外国判決に基づく訴え,出訴期間,送達及び立証も,現地弁護士へ確認する必要がある。
2 インドの養育費判断を日本で使う場合
インドの養育費判断を日本で利用する場合は,家事事件手続法79条の2,民事訴訟法118条及び民事執行法24条等による承認・執行を検討する。
判断機関の裁判権,相手方への呼出し又は応訴,公序,相互の保証,確定性及び給付内容を資料化する必要がある。
BNSS144条の命令は刑事手続法典に置かれた司法治安判事の命令であり,日本法上どの種類の外国裁判として扱われるかを名称だけで決めることはできない。
命令の性質,確定・変更可能性,送達・防御の機会,給付部分,未払額及びインド法上の効力を確認した上で,日本の承認・執行要件に当てはめる必要がある。
3 2007年ハーグ扶養条約
HCCHの締約当事者一覧では,令和8年9月16日更新時点で,日本及びインドはいずれも2007年ハーグ扶養条約の締約当事者として掲載されていない。
したがって,日印間で同条約の中央当局を通じた回収手続を当然に利用できるとは扱わず,裁判地・執行地の国内法をそれぞれ確認する。
第11 よくある質問
1 インドの養育費は子1人当たりいくらですか
全国一律の定額はない。
子の具体的な生活費・教育費・医療費と,双方の親の収入・資産・負債・他の扶養義務を資料化し,適用される法令と手続に従って決める。
2 手取り収入の何%を支払いますか
全ての子の養育費に適用される一律の割合はない。
配偶者扶養に関する数値又は個別裁判の割合を,子の養育費の固定ルールとして用いない。
3 監護親が再婚すると子の養育費は終わりますか
監護親の再婚だけで,実親に対する子の扶養請求が当然に消滅するとは限らない。
子の法的身分,養子縁組,既存命令の内容,適用法及び事情変更の手続を確認する。
4 配偶者の不貞があると子の養育費は払わなくてよいですか
配偶者間の責任又は配偶者扶養の可否と,子自身の扶養を区別する必要がある。
配偶者の不貞だけで子に対する扶養義務が当然に消滅するとは扱わず,子に関する根拠条文,既存命令及び具体的な必要を確認する。
5 離婚前でも子の養育費を請求できますか
BNSS144条の子に関する文言は,父母が離婚済みであることだけを申立ての前提としていない。
ただし,利用する手続,管轄,婚姻・親子関係及び扶養の必要を具体的に確認する必要がある。
6 日本の調停調書があればインドの給与をすぐ差し押さえられますか
日本の差押命令をインドの給与又は預金へそのまま及ぼすことはできない。
日本の判断をインドで承認・執行する経路と要件を確認し,インドの手続によって財産へ執行する必要がある。
第12 相談時にそろえる資料
①子,監護者及び義務者の国籍,宗教,婚姻の方式,住所・居所・常居所の変遷を示す資料。
②出生証明書,戸籍,親子関係,親権・監護及び養子縁組に関する資料。
③養育費の合意書,裁判書,確定・送達・執行可能性を示す資料及び正確な翻訳。
④両親の給与,税務,事業,銀行取引,資産,負債及び他の扶養義務に関する資料。
⑤子の住居費,教育費,医療費,障害又は特別な必要に関する月額・年額資料。
⑥各支払期日,支払済額,未払額,直接払い,送金記録及び催告の一覧。
⑦勤務先,金融機関,不動産その他の執行対象財産とその所在国・州。
第13 関連記事
①国際養育費の請求と回収―準拠法・日本の裁判管轄・外国裁判の承認と強制執行
②国際扶養の準拠法―常居所地法・共通本国法・日本法
③国際離婚の手続選択と日本の国際裁判管轄・準拠法
④養育費を払わない場合の回収方法
⑤養育費は18歳・20歳・大学卒業のいつまでか
第14 出典と調査範囲
①インド政府India Code「Bharatiya Nagarik Suraksha Sanhita, 2023」144条から147条まで。
②インド内務省・BNSS等の施行日を令和6年7月1日とする令和6年2月23日通知。
③インド政府India Code「Hindu Adoptions and Maintenance Act, 1956」2条・20条。
④インド政府India Code「Hindu Marriage Act, 1955」26条。
⑤インド政府India Code「Special Marriage Act, 1954」38条。
⑥インド最高裁Rajnesh v. Neha判決(令和2年11月4日)。
⑦インド最高裁Abhilasha v. Parkash判決(令和2年9月15日)。
⑧インド政府India Code「Code of Civil Procedure, 1908」13条・44A条。
⑨HCCH・2007年ハーグ扶養条約の締約当事者一覧。
⑩扶養義務の準拠法に関する法律,家事事件手続法,民事訴訟法及び民事執行法。
令和8年10月16日現在の上記法令,施行通知,裁判例及び条約締約当事者一覧を確認した。
Rajnesh v. Neha判決及びAbhilasha v. Parkash判決はBNSS施行前の旧刑事訴訟法125条を扱うため,現在の事件ではBNSS144条及び施行後の裁判例との整合を確認する必要がある。
インド民事訴訟法44A条の日本に関する最新の相互国・上級裁判所指定,BNSS144条命令の日本法上の分類,個別州・裁判所の必要書類,翻訳・認証,出訴期間及び現地代理実務は,具体的事件ごとに追加調査を要する。