第1 DNA型鑑定とは何か
DNA型鑑定は,DNAのうち人によって違いがある部分を調べ,資料の由来が同じ人物かどうか,生物学的な血縁関係があるかどうかを検討する鑑定である。
刑事事件の個人識別だけでなく,親子・兄弟姉妹などの血縁鑑定や,身元不明者の確認にも利用される。
本記事では,令和8年10月16日に確認した警察庁の指針,学会の指針,大学の解説,裁判例及び鑑定機関の料金表示を基に,依頼する前と結果を読む際の注意点を整理する。
鑑定結果が示す科学的な情報と,犯罪の成否や法律上の親子関係という法的な結論は,分けて考える必要がある。
1 DNA鑑定とDNA型鑑定は違うものか
「DNA鑑定」と「DNA型鑑定」は,個人識別や血縁関係の確認という文脈では重なる意味で使われる。
千葉大学の解説は,DNA全体の塩基配列を調べるのではなく,多型のある部分の型を調べることから,DNA型鑑定と呼んでいる。
ただし,DNAという語を使う検査がすべて同じ目的・方法であるわけではない。
警察庁の指針が対象とするDNA型鑑定は,遺伝病等の特定の遺伝形質の有無や内容を分析する鑑定ではない。
体質や疾患に関する遺伝子検査と,個人識別のための鑑定を混同しないことが大切である。
2 個人識別と血縁鑑定の違い
| 目的 | 比較するもの | 結果を読むときの注意 |
|---|---|---|
| 個人識別 | 現場等の資料と対照資料のDNA型 | 同じ人物由来かという問題と,いつ・どのように付着したかという問題を分ける |
| 親子鑑定 | 親子とされる人のDNA型と遺伝様式 | 生物学的な関係を評価するもので,戸籍を自動的に変更するものではない |
| 兄弟姉妹等の血縁鑑定 | 想定される続柄に応じた複数人のDNA型 | 親子鑑定と同じ検査条件・判断の確かさになるとは限らない |
第2 鑑定の仕組みと検体
1 STR型検査の基本的な流れ
STRは,短い塩基配列の繰り返し回数に個人差がある部分である。
代表的なSTR型検査では,資料からDNAを取り出し,PCRで対象部分を増幅し,電気泳動等によって型を調べ,対照資料と比較する。
検査する領域や使用機器は方法によって異なり,古い解説の座位数や製品名を,すべての現在の鑑定に当てはめることはできない。
型が一致した場合も,一致という言葉だけで評価を終えず,検査できた範囲と,その型が集団内に現れる頻度等を確認する。
日本DNA多型学会の2019年指針も,異同識別では偶然に同じ型を持つ確率等を計算し,評価することを勧めている。
2 どのような検体を使うか
口腔内細胞,血液・血痕,唾液,毛根鞘の付いた毛髪,骨,歯などが鑑定の対象となり得る。
ただし,対象となり得ることと,その検体から十分な情報を得られることは同じではない。
資料の量,劣化,保管状況,他人由来のDNAの混入などが結果に影響する。
使用済みの物から検査できる場合でも,その物が誰のものか,誰が使用したか,誰が採取・保管したかを確認しなければならない。
検査の技術的な可否とは別に,所持品の取得や検体の提供について,同意・権限等の問題が生じる。
第3 DNA鑑定の費用と期間
1 DNA鑑定の費用はいくらか
費用は鑑定の目的と条件によって異なる。
私的な確認を目的とするプラン,裁判等への提出を想定して本人確認や採取証明を付けるプラン,特急対応などを,同じ条件の料金として比べないことが大切である。
法科学鑑定研究所の公表例は,令和8年10月16日の確認時点で次のとおりである。
これは一機関の表示例であり,全国共通の相場や当事務所の料金を示すものではない。
| 公表プラン | 掲載額 | 掲載されている期間 |
|---|---|---|
| 私的DNA親子鑑定ライトプラン | 25,800円 | 約2週間 |
| 私的DNA親子鑑定ベーシックプラン | 66,800円 | 3~7営業日 |
| 法的DNA親子鑑定 | 89,800円 | 3~7日 |
料金の出典:https://alfs-inc.com/dna/dna-parent/
申込み前には,対象人数,検体の種類,消費税,送料,採取立会い,追加の報告書,再検査及び特急対応を含めた総額を確認したい。
「法的鑑定」という商品名だけで,裁判所による採用や,主張する親子関係が認められることまで保証されるわけではない。
2 結果は何日で出るか
検査に要する日数と,申込みから本人確認・検体採取・輸送・結果の受領までの日数は区別する。
上記の期間は各プランの掲載値であり,すべてが申込日から起算する期間とは限らない。
特殊な検体,資料の劣化,追加検査等により日程が変わることもある。
提出期限があるときは,期間の起算点と,報告書を受け取れる日を鑑定機関に確かめる必要がある。
第4 DNA鑑定は信用できるか
1 一般的な識別能力と個別の結果を分ける
DNA型鑑定は高い識別能力を持つが,個別の鑑定については,資料の同一性,検査方法,品質管理,結果の解釈を確認する必要がある。
「精度が高い」という一般論だけでは,検体の取り違えや汚染まで否定できない。
また,ある集団で偶然同じ型が現れる確率は,被告人が無実である確率そのものではない。
鑑定書の数値は,何を仮定し,何と何を比べた評価なのかを確認して読むべきである。
2 微量な試料と混合試料の注意点
資料が少ない場合や劣化している場合は,検出されるはずの型の一部が検出されないなど,結果の解釈が難しくなることがある。
複数人由来のDNAが混ざる場合も,単独の人物由来の資料とは異なる検討が必要である。
さらに,DNAの由来を検討することと,そのDNAがいつ,どの行為によって付着したかを検討することは異なる。
NISTの解説も,解析から寄与した可能性のある人物を評価できても,付着の方法や時期まで分かるわけではないと説明している。
このため,犯罪との関係は,付着部位,物の使用状況,接触の経緯及び他の証拠も含めて判断する必要がある。
3 再鑑定のために何を残すか
警察庁の令和6年指針は,現場資料について,なるべく一部で鑑定し,再鑑定に配慮して残余資料・試料を保存する取扱いを示している。
ただし,任意提出された口腔内細胞や被疑者から採取した血液の残余には別の取扱いがあるため,すべての試料が同じように保存されると考えてはいけない。
鑑定書だけでなく,検査の経過を記録したワークシートや分析データ等も重要である。
再検証を考える場合は,残余資料・試料と元データの所在,保存状況及び取得できる範囲を,手続に応じて確認する。
第5 日本ではDNA鑑定は禁止されているか
DNA鑑定が日本で一律に禁止されているわけではない。
警察による個人識別のほか,大学等でも裁判所や弁護士等の依頼による血縁鑑定が行われている。
ただし,鑑定できることから直ちに,誰でも他人の検体を自由に取得してよいという結論にはならない。
日本DNA多型学会の2019年指針は,生体から資料を採取する場合に,内容・目的の説明と文書による同意等の適切な手続を求めている。
これは学会の指針であり,法律の条文や個別事件の適法性判断と同一ではないが,依頼時に確認すべき重要な事項である。
特に,未成年者の検体や,当事者間に利害の対立がある場合は,誰がどの範囲で同意できるかを具体的に検討する必要がある。
警察による採取では,任意提出,遺留物の領置,身体からの強制採取などを区別する。
東京高裁平成28年8月23日判決は,警察官が身分・採取目的を秘し,廃棄すると思わせて紙コップを回収した事案で,採取手続の違法と,後の鑑定書の証拠能力を判断した。
ごみや紙コップという物の種類だけで,一律に適法・違法を決めることはできない。
取得経過による違いは,捨てたごみ・紙コップを警察が押収してDNA型鑑定できるかを参照されたい。
第6 鑑定結果は裁判でどのように扱われるか
裁判では,資料の取得手続,検査結果の確かさ,証明しようとする事実との関係を分けて検討する。
刑事訴訟法318条は,証拠の証明力を裁判官の自由な判断に委ねている。
高い科学的識別能力があるというだけで,他の証拠や具体的な事件の事情を検討する必要がなくなるわけではない。
鑑定機関が用いる「私的」「法的」という区分は,依頼目的や本人確認・採取証明等のサービスの違いを確認するための手掛かりになる。
その表示だけを根拠に,私的な鑑定はすべて裁判で使えない,法的な鑑定なら必ず裁判で認められると判断することは適切ではない。
誰のどの検体を,どのような手続で検査したか,結果が何を示すかを確かめる必要がある。
第7 親子・兄弟関係と相続は鑑定だけで変わるか
生物学的な血縁関係が鑑定で示されても,法律上の親子関係や相続人の地位が自動的に変わるわけではない。
最高裁平成26年7月17日判決は,嫡出推定が及ぶ父子関係について,生物学上の父子関係がないことが科学的証拠で明らかでも,親子関係不存在確認の訴えでは争えないとした。
その後の民法改正では嫡出否認の仕組み等が見直されたが,適用される規定と手続は,子の出生日,婚姻・認知の有無等によって異なる。
鑑定を先に注文する前に,確認したい事実と,その結果によって使える法的手続を整理することが重要である。
親子鑑定と兄弟姉妹鑑定では,比較する関係と遺伝様式が異なる。
一方の広告に示された肯定確率等を,別の続柄の鑑定へそのまま当てはめてはいけない。
具体的な戸籍・相続の問題は,DNA鑑定で兄弟・親子関係と相続は変わるかを参照されたい。
第8 依頼前と結果受領後に確認すること
| 確認する段階 | 確認事項 |
|---|---|
| 依頼前 | 個人識別・親子・兄弟姉妹等の目的,提出先,法的手続との関係 |
| 採取前 | 本人確認,同意・採取権限,対象人数,検体の種類 |
| 見積り | 税・送料・立会い・追加検査・報告書を含む総額と納期 |
| 結果受領後 | 検体番号,検査方法,検査できた範囲,数値の意味,判断の留保 |
| 結果に疑問がある場合 | 採取・保管記録,元データ,残余資料の所在,専門家による検討の必要性 |
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第10 出典
警察庁「DNA型鑑定の運用に関する指針について」(令和6年3月29日),別添2,5及び6(PDF実頁2~6)。
https://www.npa.go.jp/laws/notification/keiji/kanshiki/kanshiki_r06-14_dnashishin.pdf
日本DNA多型学会「DNA鑑定についての指針(2019年)」,2,3,6~9。
https://dnapol.org/guideline2019
千葉大学附属法医学教育研究センター「DNA型鑑定」,定義,検査方法及び血縁鑑定の解説。
https://www.m.chiba-u.ac.jp/class/houi/topics/topics-3.html
NIST「DNA Mixtures: A Forensic Science Explainer」,混合試料の解釈と,DNAの付着方法・時期に関する解説。
https://www.nist.gov/feature-stories/dna-mixtures-forensic-science-explainer
法科学鑑定研究所「DNA親子鑑定の費用・料金」,令和8年10月16日確認。
https://alfs-inc.com/dna/dna-parent/
東京高裁平成28年8月23日判決(平成27年(う)第1872号),採取手続及び証拠能力の判断。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-86565.pdf
最高裁平成26年7月17日第一小法廷判決(平成24年(受)第1402号),裁判要旨。
https://www.courts.go.jp/hanrei/84337/detail2/index.html
法務省「民法等の一部を改正する法律について」及びe-Gov法令検索「民法」「刑事訴訟法」(令和8年10月16日の現行施行版を確認)。
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00315.html
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131