第1 民事事件と刑事事件は何が違うか
民事事件は,権利・義務をめぐる紛争などを扱う事件であり,刑事事件は,犯罪の捜査や,犯罪の成否・刑罰の判断に関する事件である。同じ交通事故や暴行などから,民事と刑事の両方の問題が生じることがある。
「相手方を処罰してほしい」という問題と,「治療費や慰謝料などを支払ってほしい」という問題では,求める結果も手続も異なる。相談する際には,身体の安全を守る必要,刑事手続への対応,損害の回復を分けて整理するとよい。
以下は,通常の民事訴訟と,検察官の起訴により始まる刑事裁判を中心にした比較である。民事事件には,訴訟以外の調停や執行などもある。
| 比較する点 | 通常の民事訴訟 | 刑事裁判 |
|---|---|---|
| 主に判断すること | 金銭の支払,物の引渡しなどの権利・義務 | 犯罪の成否と刑罰 |
| 主な当事者の呼び方 | 原告と被告 | 検察官と被告人 |
| 裁判開始の基本 | 原告が訴状を提出する | 原則として検察官が起訴する |
| 弁護士の立場 | 当事者の訴訟代理人など | 被疑者・被告人の弁護人など |
第2 「被告」と「被告人」の違い
1 民事の被告は請求を受ける相手方である
原告は民事訴訟を提起する者,被告は訴えを提起された相手方である。被告という呼び名は,原告の請求に理由があることや,被告が犯罪をしたことを意味しない。原告の主張に対して,認める点,争う点,知らない点を整理し,答弁書や準備書面,証拠によって対応する。
2 刑事の被告人は起訴された者である
刑事手続では,起訴前の捜査対象者を被疑者,起訴された者を被告人と呼ぶ。起訴されたというだけで有罪が確定するわけではない。刑事訴訟法336条は,被告事件が罪とならない場合や犯罪の証明がない場合に,無罪を言い渡すことを定めている。
逮捕・勾留は刑事手続の身柄拘束であり,通常の民事訴訟で支払請求を受けたこと自体によって行われるものではない。一方,裁判所からの民事の呼出しや提出期限には,必要な対応を取らなければ不利益が生じることがある。刑事の身柄拘束とは別の問題として,書類の内容を確認する必要がある。
第3 同じ出来事について両方の手続が進む場合
1 交通事故や暴行などの例
交通事故では,刑事上の責任の判断と,被害者の治療費・休業損害・慰謝料等の賠償が問題になることがある。暴行等によるけがでも,犯罪の捜査と,民事上の損害賠償請求が問題になることがある。ただし,出来事の名称だけで犯罪や賠償責任が必ず成立するとはいえず,それぞれの要件と証拠を確認する必要がある。
民法709条は,故意又は過失による権利・法律上保護される利益の侵害によって生じた損害について,賠償責任を定めている。同法710条は,その責任を負う場合の財産以外の損害の賠償を定める。損害賠償では,責任の根拠に加え,損害の内容,金額,出来事との関係が問題になる。
2 刑事判決だけで賠償金が振り込まれるわけではない
刑事裁判で有罪判決を受けたことと,被害者に対して賠償金が支払われることは区別する必要がある。損害の回復については,任意の支払,示談,民事上の請求などを検討する。刑事手続に関連する被害回復の制度が利用できる場合もあるが,すべての事件に同じ制度が使えるわけではない。
民事訴訟でも,支払を命ずる判決を得ただけで現実の回収が完了するわけではない。任意に支払われないときは,必要な条件を確認して強制執行等を検討する。債権差押えの実務を参照されたい。
第4 不起訴と民事責任の関係
不起訴は,検察官が刑事裁判を求める起訴をしない処分である。犯罪の嫌疑が認められない場合や証拠が十分でない場合のほか,刑事訴訟法248条に基づく起訴猶予もある。このため,「不起訴になった」という結果だけで,すべて同じ理由による処分と考えることはできない。
民事上の損害賠償責任は,民法等の要件に基づいて判断される。不起訴であったことだけから賠償責任が当然になくなるとはいえない。また,刑事処分の結果だけで民事上の請求額が決まるわけでもない。刑事と民事で提出できる資料や争点を区別し,具体的な事情を検討する必要がある。
第5 示談すると何が変わるか
1 民事上の合意内容を確認する
示談は,当事者が紛争の解決条件を合意することである。賠償金額,支払期限,分割払い,対象とする請求の範囲などを明確にする。支払に関する合意と,実際の支払が済んだことは別である。未払が生じた場合にどのように対応できるかも,合意前に確認したい。
2 刑事処分への影響を断定しない
被害の回復や示談の成立は,事件によって刑事処分の判断に関係することがある。しかし,示談が成立すれば必ず不起訴になる,逮捕されない,刑が決まるというものではない。犯罪の内容,証拠,情状なども関係する。告訴の取下げ等の効果は罪名や手続の段階によって異なるため,示談書の文言だけで一般化しない。
刑事対応と損害賠償交渉を同時に依頼する場合には,依頼する業務の範囲と費用を確認する。民事の訴訟代理と刑事の弁護は,手続上の役割が異なる。
第6 相談するときに整理すること
差し迫った暴力や脅迫などで身体の安全が問題になっている場合は,安全確保を優先し,警察等への相談を検討する。金銭や契約の争いがあることを理由に,犯罪の可能性や危険な行為まで一律に「民事だから」と片付けることは適切でない。
弁護士に相談する際には,出来事の日付と経緯,相手方,けがや支出などの損害,保存している証拠,警察・検察・裁判所からの書類,交渉と支払の状況を整理する。受け取った訴状や呼出しの期限がある場合は,その書類も示す。
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刑事事件について,捜査から起訴・不起訴,公判・略式手続へ進む流れと,立場に応じた対応は,刑事事件とはで説明している。
第7 主な根拠・参照資料
民法709条・710条,刑事訴訟法247条・248条・336条,民事訴訟法,裁判所「民事事件」,裁判所「刑事事件」を参照した。