国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状は,検察官の請求に基づき予審裁判部が発する司法上の判断である。発付されたことは有罪が確定したことを意味せず,ICCが独自の警察力で各国へ入り,直ちに逮捕できることも意味しない。
逮捕状の法的効力,国の協力義務及び現実の身柄確保を分けると,「逮捕状があるのに逮捕されない」という報道を理解しやすくなる。本記事は制度の一般的な仕組みと日本の協力手続を説明する。
第1 誰が逮捕状を請求し,誰が発付するのか
1 検察官の請求と裁判部の判断
ローマ規程58条は,捜査開始後,検察官の請求に基づき予審裁判部が逮捕状を発付することを定める。検察官の請求,裁判部の発付,逮捕の実行は異なる段階である。
予審裁判部は,提出された証拠等を検討し,①対象者がICCの管轄権に属する犯罪を行ったと信じる合理的な理由があること,②公判への出頭の確保,捜査・裁判の妨害や危険の防止,場合により犯罪の継続の防止のため,逮捕が必要と認められることを審査する。
2 出頭命令との違いと逮捕状の存続
逮捕状に代えて,出頭命令(summons to appear)を求めることもできる。予審裁判部が,犯罪を行ったと信じる合理的な理由があり,出頭命令で出頭を確保するのに十分と認める場合の手続である(58条7項)。逮捕状と出頭命令は同じではない。
逮捕状は,裁判所が別段の命令をするまで効力を有する(58条4項)。長期間逮捕されないこと自体で,当然に失効するわけではない。他方,61条10項は,予審裁判部が確認しなかった罪状又は検察官が撤回した罪状について,先に発した逮捕状が効力を失うと定める。個別事件では,発付時の文書だけでなく,罪状確認や撤回等の後続手続も確認する必要がある。
第2 逮捕状は有罪判決ではない
逮捕状の段階では,犯罪を行ったと信じる合理的な理由等が審査される。公判へ進めるための罪状確認の段階では,対象犯罪を行ったと信じる実質的な理由を裏付ける十分な証拠が問題となる(61条)。
有罪判決には,裁判所が合理的な疑いを超えて有罪であると確信することが必要であり,証明責任は検察官が負う。適用法に従って有罪が証明されるまで,被告人は無罪と推定される(66条)。
したがって,「逮捕状が請求された」「逮捕状が発付された」「身柄を確保された」「罪状が確認された」「有罪判決が言い渡された」は,それぞれ別の事実として表記する必要がある。発付段階で対象者を有罪と確定した人物として扱うことは適切でない。
第3 実際に逮捕するのは誰か
1 各国の当局による逮捕とICCへの引渡し
ICCは独自の警察を持たず,身柄の確保を各国の協力に依存する。ローマ規程58条5項は,逮捕状を基礎として仮逮捕,又は逮捕及び引渡しを請求することを定める。
59条は,逮捕等の請求を受けた締約国が,その国の法律と規程第9部に従って逮捕の措置をとることを定める。逮捕された者は速やかに国内の権限ある司法当局の前に連れて行かれ,対象者の同一性,適正な手続及び権利の尊重等が確認される。
ICCへの引渡し(surrender)と,ある国家から別の国家への犯罪人引渡し(extradition)は,ローマ規程102条でも区別されている。引渡先と法的根拠が異なるため,通常の二国間犯罪人引渡しの説明だけでICCへの引渡しを判断することはできない。
2 逮捕状と協力請求の関係
89条1項によれば,ICCは対象者が所在する可能性のある国に,資料を添えて逮捕・引渡しを請求する。締約国は,規程第9部及び国内の手続に従ってその請求に応じる。
逮捕状そのものと,特定国に対する協力請求,国内の拘禁・引渡しの決定は区別すべきである。ICCの書類が出たことだけで,国内の裁判官や検察官が関与する手続が一切不要になるわけではない。
第4 締約国と非締約国の協力義務
1 締約国は規程に従った協力義務を負う
86条は,締約国がICCの管轄権に属する犯罪の捜査・訴追について全面的に協力する義務を定める。88条は,規程第9部に定める協力のための国内手続を確保することを要求する。
協力義務があることと,あらゆる請求を条件の確認なく実行することとは同じではない。競合する引渡請求,受理許容性への異議,協力の実施を妨げる問題等について,規程は協議・延期等の仕組みを定める(89・90・95・97条)。各国が自由に義務を無視できるという意味でもない。
2 非締約国には別の根拠を確認する
非締約国について,ローマ規程の締約国義務が当然に同じ形で適用されるとはいえない。87条5項は,特別の取決め,協定その他の適当な基礎によって協力を求めることを定める。また,12条3項によって管轄権を受諾した国は,規程第9部に従って協力する。
国連安全保障理事会が事態を付託した場合は,付託決議がどの国に何を要求しているかも確認する。「非加盟国だから一切協力しないでよい」「安保理が付託すれば全世界の国に同じ義務が生じる」という一括した説明は避けるべきである。
3 協力しない場合の扱い
締約国が規程に反して協力請求に応じず,ICCの職務遂行を妨げた場合,ICCはその旨を認定し,締約国会議又は安保理付託事件では安全保障理事会に付託できる(87条7項)。
これは,不協力が法的に問題になり得る仕組みである。しかし,その認定によってICCに独自の逮捕部隊が与えられ,対象者の身柄が自動的に確保されるわけではない。
第5 国家元首の地位,管轄権と免除を分ける
27条は,国家元首・政府の長等の公的資格それ自体によってICCでの刑事責任を免れず,その資格に伴う免除等がICCの管轄権行使を妨げないことを定める。
一方,98条は,第三国の国家・外交上の免除や,派遣国の同意を必要とする国際協定との関係で,協力請求に制約が生じる場合を定める。裁判所自身が刑事責任を問えるかという問題と,他国がその人物を逮捕・引渡しする際の国際法上の義務との関係は,検討する場面が異なる。
したがって,「現職の国家元首なら常に逮捕できない」「27条があるので,どの国もどの人物も無条件に逮捕しなければならない」のいずれも,条文だけから一括して結論を出す説明としては不十分である。具体的な事件では,締約国か,管轄権の根拠は何か,安保理決議があるか,免除・協力について裁判所がどのように判断したかを確認する。
第6 日本での拘禁・引渡しの手続
1 外務大臣,法務大臣,東京高検・東京高裁の役割
日本では,「国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律」が協力手続を定める。外務大臣が協力の請求を受理し,規程に適合しない方式の場合を除いて,書面と関係書類を法務大臣に送付する(3・4条)。
法務大臣は,20条に定める除外事由がない場合,東京高等検察庁検事長に対し,東京高等裁判所への引渡し審査請求を命ずる。東京高検の検察官は,対象者の現在地が分からない場合を除き,速やかに審査を請求する(22条)。
拘禁は,既に仮拘禁されている場合等を除き,東京高等裁判所の裁判官があらかじめ発する拘禁許可状によって行われる(21条)。東京高裁は引渡しが可能かを審査し,その決定を踏まえ,法務大臣の命令により引渡しへ進む(23・25条)。
2 緊急の仮拘禁と日本人の場合
仮拘禁の請求についても,法務大臣,東京高等検察庁検事長及び東京高裁の裁判官が発する仮拘禁許可状による手続が設けられている(34・35条)。ICCの逮捕状が,そのまま日本の拘禁許可状と同じ書類になるのではない。
19条は,集団殺害犯罪等の「重大犯罪」とICCの運営を害する罪とで,引渡しの要件を分ける。重大犯罪を扱う同条1項には,日本国民であること自体を引渡しの除外事由とする規定はない。これに対し,ローマ規程70条1項の罪を扱う同条2項6号は,日本国民である場合を除外する。両者を混同して,日本人はICCへ絶対に引き渡されないと説明することはできない。
また,20条1項3号は,協力請求に応じることがローマ規程98条に規定する国際法上又は国際約束上の義務に反する場合を除外事由とする。実際の引渡しでは,国籍だけでなく,19条の要件,20条の除外事由及び関連手続を確認する。
第7 なぜ逮捕状があっても身柄を確保できないのか
対象者がどこにいるか,その国がどの協力義務を負うか,実際に対象者へ接近できるか,国内手続が進んでいるかという条件が関係する。紛争下で当局が対象者を支配できない場合や,協力請求に応じない場合には,法的な請求と現実の執行に隔たりが生じ得る。
公判では,被告人の出席が原則として必要である(63条)。罪状確認の手続には一定の場合の不出頭に関する別の規定があるため,「身柄がなくても公判で当然に有罪判決が出る」とも,「逮捕されなければすべての手続が永久に停止する」ともいえない(61条2項)。
報道を読む際は,①検察官の請求か裁判部の発付か,②対象犯罪と管轄権の根拠,③対象者の所在と国の協力義務,④国内手続とICCの後続決定,⑤有罪・無罪の判決があるか,を順に確認すると,異なる段階を混同しにくい。
第8 出典・関連記事
対象犯罪,管轄権の条件,補完性及び日本との関係を通覧する場合は,国際刑事裁判所(ICC)とは―役割・管轄権・加盟国と日本との関係を参照できる。
①ICC「Rome Statute of the International Criminal Court」。特に12・27・58~63・66・86~90・95・97・98・102条。
②e-Gov法令検索「国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律」。2026年10月11日時点の施行版(2026年5月21日施行)を確認。特に2~4・19~25・34・35条。
③ICC締約国会議第22会期の協力に関する英国代表発言。独自の警察を持たず各国の当局に依存するとの説明。これは英国代表の説明であり,個別事件についての裁判所の判決ではない。
④外務省「国際刑事裁判所(ICC)の概要」(2026年9月)。締約国の逮捕・引渡しへの協力についての説明。
日本の検察官が担う権限の全体像は,検察権の意義及び内容を参照できる。ICCや関係者に対する経済制裁については,ICCへの米国制裁―理由・対象・影響と日本の対応で扱っている。