第1 この記事の要点
本記事は,他社の特許権の存続期間が満了した後に後発品(同じ有効成分の医薬品・農薬,同じ構成の機械等)を販売しようとする事業者が,満了前にどこまで準備をしてよいかを,特許法の条文と裁判例から整理するものである。
特許権者の側から見れば,どこからが侵害として争えるかの整理でもある。
結論は次のとおりである。
①存続期間中でも,満了後の製造販売のため,医薬品の製造承認の申請に必要な試験を行う目的で特許発明の技術的範囲に属する物を生産・使用することは,特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり,侵害とならない(最高裁平成11年4月16日判決)。
②他方,試験に必要な範囲を超えて,満了後に譲渡する製品を存続期間中に生産することは,侵害として許されない(同判決)。
③試験の一部を大学等に委託した場合や,他社の承認申請の試験のために製造・譲渡した場合も,試験のための実施として同項の範囲内とした裁判例がある(大阪地裁平成11年9月2日判決)。
④存続期間中の「譲渡の申出」(見積書の交付を含む。)は,譲渡が満了後であっても侵害行為とされ,満了後の販売による損害も,存続期間中の申出と相当因果関係のある損害とした裁判例がある(知財高裁平成26年6月26日判決,大阪地裁令和2年1月20日判決,知財高裁令和6年4月24日判決)。
⑤試験に用いる検査・実験装置等(いわゆるリサーチツール)が他人の特許発明の実施品である場合に,その使用まで同項で免責されるとした裁判例は,裁判所ウェブサイトでは確認できなかった。
本記事の基準日は令和8年10月10日であり,条文はe-Gov法令検索の現行のもの,裁判例は裁判所ウェブサイトの判決全文によった。
第2 前提となる条文
1 実施行為と特許権の効力
特許法2条3項1号は,物の発明の「実施」として,その物の生産,使用,譲渡等(譲渡及び貸渡し),輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。)をする行為を定めている。
同法68条本文は,特許権者が業として特許発明の実施をする権利を専有すると定める。
したがって,存続期間中に業として行う生産・使用・譲渡等の申出は,それぞれが独立の実施行為であり,例外に当たらない限り特許権の侵害となる。
2 試験研究の例外と存続期間
特許法69条1項は,特許権の効力は試験又は研究のためにする特許発明の実施には及ばないと定める。
同法67条1項は,特許権の存続期間を特許出願の日から20年で終了すると定め,同条4項は,安全性の確保等を目的とする法律による許可その他の処分で政令で定めるものを受ける必要があるために特許発明を実施できなかった期間があるときは,5年を限度として延長登録の出願により存続期間を延長できるとする。
この政令である特許法施行令2条は,農薬取締法3条1項の登録等(1号)と,医薬品医療機器等法14条1項の医薬品の承認等(2号)を挙げている。
3 損害賠償と過失の推定
特許権侵害による損害賠償の根拠は民法709条であり,特許法103条は,他人の特許権を侵害した者はその侵害の行為について過失があったものと推定すると定める。
後発品の準備が侵害と判断されれば,過失がなかったことを示す事情がない限り,損害賠償の責任を負うことになる。
第3 承認・登録のための試験は試験研究の例外に当たる
1 最高裁平成11年4月16日判決
最高裁判所第二小法廷平成11年4月16日判決(平成10年(受)第153号,民集53巻4号627頁)は,第三者が,特許権の存続期間終了後に後発医薬品を製造販売する目的で,薬事法(当時)14条の製造承認申請のため,存続期間中に特許発明の技術的範囲に属する医薬品等を生産し,これを使用して申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは,特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり,特許権の侵害とならないとした。
理由として,同判決は,存続期間が終了した後は何人でも自由に発明を利用できることが特許制度の根幹の一つであること,承認の申請には一定の期間をかけて試験を行う必要があり,存続期間中にこの試験ができないとすると,存続期間の終了後もなお相当の期間,第三者が発明を自由に利用できない結果となることを挙げている。
2 農薬その他の登録・承認制度
同判決は医薬品の事案であるが,その理由は,販売の前に試験を経た行政上の承認・登録が必要であり,その試験に相当の期間を要するという制度の構造に基づいている。
特許法施行令2条が,存続期間の延長登録の理由となる処分として,医薬品の承認と並べて農薬取締法の登録を挙げていることからすると,農薬の登録のための試験にも同じ理由が当てはまると考えられる。
なお,同判決より前の東京地裁昭和62年7月10日判決(昭和60年(ワ)第7463号)は,農薬の登録を得るための試験は技術の進歩を目的とするものではなく専ら販売を目的とするとして,特許法69条の「試験又は研究」に当たらないとしていた。
最高裁平成11年判決の後は,この考え方をそのまま当てはめることはできない。
3 試験を外部に委託する場合
大阪地方裁判所平成11年9月2日判決(平成10年(ワ)第2175号)は,後発医薬品の製造業者が,承認申請のための試験の一部(生物学的同等性試験)を大学の教授に委託して行った事案で,製造と試験のための使用を特許法69条1項に当たるとした。
同判決は,試験の実施方法の適否に争いがあっても,存続期間終了後の製造販売を目的とする承認申請に必要な資料を得るための試験であることに変わりはないとしている。
また,同判決は,他社が小分け製造の承認申請のための試験を行うために,その他社へ医薬品を製造・譲渡した行為についても,他社の試験の実施のために行われ,存続期間中の特許権者の独占的実施の利益を害しないとして,同項に当たるとした。
4 試験に使う装置・試薬(リサーチツール)
承認・登録のための試験に,他人の特許発明の実施品である検査・実験装置や試薬を使う場合は,別の問題になる。
最高裁平成11年判決が免責の理由としたのは,存続期間が終了した特許発明を後発品として自由に利用できるようにすることであり,試験の対象となる特許発明についての判断である。
試験の道具として使う装置の特許は,試験での使用こそが主な市場であり,その使用まで特許法69条1項で免責すると,その特許権の価値が大きく失われる。
この点を正面から判断した裁判例は,裁判所ウェブサイトでは確認できず,以上は本記事の整理である。
このため,試験の道具として他人の特許製品を使う場合は,正規品の購入や実施許諾によることを前提に計画するのが安全である。
第4 存続期間中の生産・在庫の積上げ
最高裁平成11年判決は,存続期間中に,承認申請のための試験に必要な範囲を超えて,存続期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し,又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは,特許権を侵害するものとして許されないとしている。
同判決は,このように解する限り,特許権者には存続期間中の独占的実施による利益が確保されるとも述べている。
したがって,満了日の発売に間に合わせるために,存続期間中に販売用の製品を製造して在庫を積み上げることはできない。
試験用に製造する数量は,試験計画と照らして必要な範囲であることを,記録で説明できるようにしておく必要がある。
実例として,東京地裁平成10年3月23日判決(平成9年(ワ)第18040号)は,後発医薬品の製造業者に対し,特許権の存続期間の満了の日である平成11年12月11日までの間,医薬品の製造・販売及び販売の申出・宣伝広告を禁止した。
他方,同判決は,満了の日より後の差止めを求めた部分は理由がないとしている。
第5 存続期間中の譲渡の申出・見積り・受注
1 申出は独立の実施行為である
特許法2条3項1号は,「譲渡等の申出」を,譲渡等と並ぶ独立の実施行為としている。
後発品の事業者からは,譲渡そのものは存続期間経過後の適法な行為であるから,その申出も侵害にならないという主張が考えられる。
しかし,次の裁判例は,存続期間中にされた申出を侵害行為としている。
2 裁判例
(1) 知財高裁平成26年6月26日判決
知的財産高等裁判所平成26年6月26日判決(平成25年(ネ)第10007号)は,存続期間中に将来の注文の打診を承諾する形で譲渡の申出がされ,見積書も作成された製品について,譲渡自体は存続期間の満了後であっても,その申出行為は特許権を侵害する行為であり,見積書の交付行為も譲渡の申出に当たると判断した。
その上で,満了後の販売によって生じた損害も,存続期間中の侵害行為(譲渡の申出)と相当因果関係のある損害とし,特許法102条1項の譲渡数量に含めた。
(2) 大阪地裁令和2年1月20日判決
大阪地方裁判所令和2年1月20日判決(平成28年(ワ)第4815号)では,被告が,存続期間中に受注し満了後に製造・納入したものは,存続期間満了後の適法な譲渡についての申出にすぎないから損害算定の基礎にすべきでないと主張した。
同判決は,存続期間中に譲渡の申出をして受注し,その時点で請負契約が成立している以上,製造・納入の完了が満了後でも,その損害は存続期間中の侵害行為である譲渡の申出と相当因果関係にあるとして,この主張を退けた。
(3) 知財高裁令和6年4月24日判決
知的財産高等裁判所令和6年4月24日判決(令和5年(ネ)第10052号等)は,存続期間内に製造され,又は譲渡の申出がされた製品は特許権を侵害するものであるから,満了後に譲渡された場合でも,その譲渡によって失った特許権者の市場機会の喪失は存続期間内の侵害行為と相当因果関係のある損害となり得るとし,侵害者の利益は特許法102条2項の利益の額に含まれるとした。
同判決は,存続期間中に発注があった以上,その前に販売の申込みか発注後の承諾があったとして,譲渡の申出を推認している。
3 実務上の注意
これらの裁判例は,いずれも存続期間中に受注・発注や見積書の交付があった事案である。
製造も契約もない段階で,満了後に販売する予定であることを顧客に知らせる行為が「譲渡等の申出」に当たるかを判断した最高裁判所の判例は,本記事では確認できていない。
もっとも,申出が独立の実施行為とされている趣旨は,申出の時点で需要者が後発品の購入を見込んで特許製品の購入を控えるなど,譲渡を待たずに特許権者の需要が失われ得る点にあると考えられる。
令和7年司法試験の知的財産法第1問も,存続期間中に満了後の販売を特許権者の顧客に申し出た行為の適法性を問うものであり,採点実感は,申出が独立の実施行為とされている理由を論じた上で妥当性を検討した答案を高く評価していた。
後発品の事業者は,存続期間中に,価格を示した見積書の交付,受注,予約の受付,特許製品の顧客への個別の売込みを行わないようにし,満了前の告知が必要なときも,その文言と相手方を慎重に検討する必要がある。
第6 特許権者の側の確認事項
特許権者の側では,次の点を確認することになる。
①存続期間の満了日と,特許法67条4項の延長登録の有無・範囲
②後発品の事業者の試験の目的と規模(承認・登録の申請に必要な範囲か)
③存続期間中の製造数量・在庫の有無(試験に必要な範囲を超える生産は侵害)
④存続期間中の見積書・受注・予約・顧客への個別の売込みの有無と,その証拠
⑤試験に自社の特許製品(検査・実験装置等)が使われていないか
侵害が認められれば,特許法103条により過失が推定され,存続期間中の申出と相当因果関係のある範囲で,満了後の販売分の損害も問題となり得る。
第7 チェックリスト(後発品の事業者)
①対象の特許権の存続期間の満了日と延長登録の有無を,特許原簿で確かめたか
②存続期間中の製造・使用は,承認・登録の申請に必要な試験のためのものに限られているか
③試験用の製造数量と試験計画の対応を記録に残しているか
④試験を委託する場合,委託先に渡す数量と用途を契約・記録で特定しているか
⑤試験に使う装置・試薬に他人の特許がないか,正規品の購入又は許諾を得ているか
⑥存続期間中に販売用の製造・在庫の積上げをしていないか
⑦存続期間中に見積書の交付・受注・予約受付・顧客への個別の売込みをしていないか
⑧満了前に告知をする場合,その文言・相手方・時期を弁護士と検討したか
第8 関連記事
①令和7年度司法試験知的財産法第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した25項目と5段階の重み付け
②修理・再生品は特許権侵害になるか―消尽,新たな生産,交換部品及び間接侵害
③医薬用途発明の進歩性と予測できない顕著な効果―最高裁令和元年8月27日判決
④特許無効を争う三つの手続―無効審判・審決取消訴訟・侵害訴訟の無効の抗弁
第9 出典
1 法令
①特許法(e-Gov法令検索)2条3項,67条,68条,69条,102条,103条
②特許法施行令(e-Gov法令検索)2条
③民法(e-Gov法令検索)709条
2 裁判例
①最高裁判所第二小法廷平成11年4月16日判決(平成10年(受)第153号,民集53巻4号627頁)
②東京地方裁判所昭和62年7月10日判決(昭和60年(ワ)第7463号)
③大阪地方裁判所平成11年9月2日判決(平成10年(ワ)第2175号)
④東京地方裁判所平成10年3月23日判決(平成9年(ワ)第18040号)
⑤知的財産高等裁判所平成26年6月26日判決(平成25年(ネ)第10007号)
⑥大阪地方裁判所令和2年1月20日判決(平成28年(ワ)第4815号)
⑦知的財産高等裁判所令和6年4月24日判決(令和5年(ネ)第10052号等)
3 公式資料
①法務省「令和7年司法試験の採点実感」(選択科目のうち知的財産法)